総攻撃! 目標:俺
次に目を覚ました時、俺の眼下には沢山のキャラクター達がいた。
画面を通したものではない。
両の目がそれぞれ異なる角度からキャラクターを捉えていた。
立体3Dなんか目じゃないほどのリアル感。
そこに実体となってキャラクター達が存在しているのである。
どう考えても俺はゲーム世界へと入り込んでいた。
「やった! 俺は本当にゲーム世界へ来たんだ! まだまだ始めたばかりだけど、これからガンガン強くなって、この世界を救ってやるぞ!」
などと喜んでいた所、突然、右目の視界を奪われた。
何が起きたのかと恐る恐る触れてみると、矢がぶっすりと刺さってた。
それに気がつくと脳天を貫くような強く鋭い痛みが遅れて襲ってきた。
「な、なんじゃこりゃ~!」
死にたくないよう! と言う前に、俺を囲っていた無数のキャラクター達が一斉に攻撃を仕掛けてきた。
手に足に矢が刺さり、銃弾が撃ち込まれ、炎が炸裂する。
強烈な痛みが途切れること無く襲ってくる。
「やめろ! やめてくれ! くそっ、どうなってるんだ!」
俺の制止も聞かず、キャラクター達は無表情に攻撃し続ける。
遂に我慢しきれなくなり、手を出してしまった。
痛いんだよバカヤロー! というノリである。
だがその割と軽めのノリに反してパンチは異常なほど重かった。
周りにいたキャラクター達が根こそぎポリゴンとなって散る。
そして俺は気付いた。自分の腕がまるで猿のようになっている事に。
「えっ? えっ?」
自分の姿を確認する暇は無かったが、それでも自分が巨大である事には気がつくことが出来た。
そうだ。
考えてみればキャラクター達が随分と小さく見える。
全員が1/8フィギュア並に小さい。
もし自分もキャラクターとしてゲーム世界に入り込んだのだとしたら、場合によっては自分が見上げなくてはならないはずなのに。
そして四方八方から攻撃されている、この状況。
それは一つの解を導き出した。
「俺がボスになっちゃった!」
だとすれば全員から攻撃を受けているのにも納得がいく。
彼らは日常的に行っている事を俺にもしているだけなのだ。
決して俺が嫌いだからとか、臭いからだとか、キモいからだとかいう理由ではないのだ。
つまり俺が憎かろうが憎くなかろうが攻撃は続くのである。
この状況をどう打開するのか? このまま攻撃され続けるのはとてつもない痛みを伴うし、言葉が通じない様なので説得もできない。
では戦うのか? いや、でも人間を攻撃するのは倫理的にちょっと……。
あ、これ生身の人間じゃない。
「おんどりゃ~!」
相手はポリゴンで構成されたゲームキャラクターに過ぎないという事が分かれば何も躊躇する事は無かった。
近くにいた前衛達は平手で押しつぶし、遠くにいる後衛達には近くにあった岩オブジェクトを投げつける。
モンスター・オンラインでは物理エンジンが働いているので速度と体積、材質からダメージ判定が発生する。
これを利用して周囲にある動かせるオブジェクトはなんでも使った。
大きさの対比的に、素手による攻撃はあまり効率的では無かった。
拳をハンマーの様に振り下ろしても一回で一人をつぶせるかどうかである。
手刀で薙ぎ払う攻撃もやってみたが相手の装備も硬く、一発で死亡判定を加える事が出来ない。
ついでにそれらの攻撃はどちらも避けられる可能性がある。
なるべく大きなもので押しつぶしてしまう方が得策だった。
だが岩は何処かにぶつけると複数の小さな岩へと分かれてしまう。
掻き集めて頭上からばらまくだけでもそれなりに効果があったが、狙い定めたわけではないので、だいぶ隙のある攻撃だった。
かといって岩以外にめぼしいオブジェクトが見つからない。
ここは山の谷間にある岩場のようだ。
ボス戦というだけあって、相手の数も並では無かった。
いちいち数えてられないが、総数はたぶん二五六人のはずだ。
グループとしてまとめられるパーティの最大数がそこなのである。
それを正にしらみつぶしにしていくのだから大変な作業だった。
痛みに耐えながら攻撃を加え続けていたところ突然、片足の力が抜けた。
バランスを崩して膝を突いてしまう。
何が起きたのだろうと思う間もなく戦士達が身体を這い上がってくる。
(ダウンモーション!)
ボスには当然つきものの状態だった。
これが無くては戦士が効率的に攻撃出来ない。
遠隔攻撃は常に防御値による減衰を受ける。
剣を突き刺すしがみつき攻撃だけが防御値を無視して攻撃出来る手段なのだ。
今の俺の状況に言い直すと、これから効率的に攻撃されるのである。
防御値による減衰があってさえ痛いのに、これが防御値無視で体内を抉られたらどうなるか。
想像が追いつく前に恐怖を感じ、脇まで登りつつあった戦士を掴んで引きはがしにかかった。
しかし剥がしても剥がしても次々に登ってくる。
その度に銃士や魔導士達に向けて投げつけていくが際限がない。
ようやくダウン状態から回復して立ち上がる事でよじ登りをやめさせる事が出来たが、足はもう一本ある。
こちらもいつダウン状態を発生させるか分からなかった。
そもそも体力が無くなり、プレイヤー達に討伐された時、俺はどうなるのだろうか。
その考えが行き着いた先は“死”という不気味な単語だった。
恐怖を感じ、ようやく俺は決断する。
「戦略的撤退!」
集団に背を向けて走り出す。
岩場にはすぐ近くに崖があった。
そこから飛び降りる。
キャラクター達にとっては死亡判定確実な落差だったが、俺は難なく着地する事が出来た。
上を見上げると弓に持ち替えた戦士達が矢を放ってきている。
しかし矢の威力はすっかり減衰して雨粒が当たる程度の刺激しか受けなかった。
最後に近くにあった大岩を先ほどまで居た場所に放り投げて、その嫌がらせと共にエリア移動した。
何故、最初から逃げなかったのだろう。
その時になって、俺はようやく自分が冷静でなかった事に気がついた。




