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遠くの君へ -アイの定義-

サルベージ品ばっかりですみません。でも一応これは手を入れています。

さてわたくし、今つい先ほど生まれました、語り部です。

名前はまだ決まっておりません。

有名な文学書籍をもじったわけではありませんが、わたくしの名前など些細な問題。

このたびわたくしが語るのは、ごくつまらない、ありふれた、けれど同時に劇的なアイのお話でございます。


多くの国がありました。多くの人が多くの国にいました。

人々は何のために巡り合いどんな関係を築きどんな未来を導くのか、老いも若きも男も女も卑賤な者も高貴な者も、誰もそれがわからないまま生きていました。

そんな哲学的なことはごく一部の学者や暇を持て余した者が考えることで、知らなくても多くの人は生きていけるのですから、真剣に考えたりはいたしません。

されどとある国の中、同じ時別の場所で同じ哲学的な問いを真剣に発した男女がおりました。

とある国の中心で青年は問います。「アイとは何だ」

とある国の端で少女も問います。「アイとは何でしょう」

そうこれは、つまらなく平凡でありふれた、けれど劇的なアイを問うお話です。


■ある王子の場合


少年はとある国の第2王子として生まれました。

美しい母親に似て美しく、賢い父親に似て賢く、努力を惜しまない少年でした。

けれど彼がどんなに努力をしてもどんなに賢さを示しても、父の王も母の王妃も兄の王太子に付きっきり。

なんでも兄が先に褒められ、彼はおざなりな賞賛を贈られるばかり。

争いを避けるために、その国では王族に生まれても国の後継者以外は政治に口出しはできず、碌な財産も受け継げません。

だから周囲も第2王子よりも王太子の兄をもてはやします。


「僕はいらない子なの?」


そう聞いても、みんなそんなことはないよと言うばかり。

愛されたくて構われたくて、一生懸命に彼は努力を重ねます。


もっと賢くなれば。

もっと美しくなれば。

もっと逞しくなれば。


父も母も兄もみんなも、自分を見てくれるようになるだろうか。

やがて第2王子は国の誰よりも賢く、美しく、逞しい青年に育ちます。

そう、兄の王太子よりも。


だんだんと、だんだんと、周囲が彼を見る目に様々な感情を宿すようになりました。

父母は困ったような戸惑ったような、そしてかすかな恐怖を抱いて彼に接するようになりました。

優しかった兄が、彼をそばに近づけなくなりました。


「僕はこんなに頑張っているのに、どうして愛されないんだろう」


年老いた城のまじない師に彼は情けなく問いかけました。


「それは貴方が誰も愛していないからですよ」


まじない師は困ったようにそう言いました。


「僕はみんなを愛している。愛していなければこんなに苦しむものか。これが愛でないのなら、アイとはなんだ?」


彼は憤りながらまじない師に問いかけました。


「言葉にしてはわからぬもの。西に行かれるとよろしいでしょう。あなたの答えが待っている」


まじない師は静かにそう告げました。


■ある少女の場合


とある国の西の片隅に、小さな森がありました。

小さな森の中には小さな村があり、小さな家が小さな庭に囲まれていくつも点在していました。

その村の端には1人の少女が住んでいました。

両親ははやり病で彼岸の住人となり、それでも残してくれた財産と小さな畑を耕して得られる収穫をやりくりしてつつましく暮らす、気の優しい少女でした。

少女が一人きりになったとき、いくつもの手助けの手が差し伸べられました。

けれど迷惑をかけたくなくて少女はそのすべてを断り、1人で暮らすことを選びました。

そしてある冬、少女が両親を亡くした流行病がまたやってきて、幾人かの命を奪いました。

少女は村のために、遠くにいるお医者さんを両親の財産を切り崩して呼びました。

おかげで村はそれ以上の犠牲を出すことはありませんでした。

またある秋は、村は気候に恵まれず不作で、それでも収穫した作物は税金として取られて、みんなが貧困に喘いでいました。

少女は比較的実りの良かった自分の畑の収穫物を、みんなに無償で配り歩きました。

そして賭け事の好きな幼馴染が、遠くの村で作ってきた借金のことで泣きついてきた時、もうほとんど何も持っていなかった少女は、長く綺麗な自分の髪を切り落として幼馴染に与えました。

その行為のどれもに少女は代価を求めませんでした。

代価を払うと申し出てきたすべての人の申し出に断りを告げました。少女は村人を愛していたので、彼らが幸せならそれでよかったのです。

ですがそのうちに村人たちは少女を敬遠し始めました。

よそよそしくなった村人に少女は悲しく問いかけます。


「どうして私を嫌いになったの?」


仲の良かった近くの家のおばさんは、疲れたように言いました。


「それは違うよ。お前が私達を愛していないだけなんだから」


少女にはわけがわかりません。


「私はみんなを愛しているわ。みんなが幸せだったらそれで良かったのに。これが愛でないのなら、アイとはなんでしょう」


少女は泣きながら、走って森の中へと逃げ込みました。


■2人が出会った場合


森に逃げ込んだ少女は湖のほとりで涙を落としながら水に映りこむ自分の姿を見ていました。

短い髪に栄養の足りていない細い身体、そしてつぎはぎだらけの服を着た、みすぼらしい少女がそこにいました。

何がいけなかったのだろうと思うと、どうしても涙が止まりません。

そこに、まじない師の言葉に従い旅に出た王子様が現れます。


「どうして君は、そんなに泣いているんだい」


王子様は泣きつづける少女のあまりに哀れな姿を放っておけず、声をかけることにしました。


「私はみんなを愛しているのに、みんなは私がみんなを愛していないというのです」


少女から返って来た返事が、自分が持っている疑問と同じことに、王子様は驚きます。


「僕も、みんなから同じことを言われたよ。どうしてなのか、一緒に考えてくれないか」


少女もまた、目の前の美しい王子が自分と同じような悩みを持っていることに驚きました。

そして王子様の提案に乗ることにしたのです。


それから2人はたびたびその湖のほとりへと赴き、お互いの話をするようになりました。

少女は王子様の飢えた心を知り、王子様に溢れる愛を注ぐようになります。

王子様も少女の与えてくれるひたむきな愛情に癒され、少女を愛おしく思うようになります。

少女は王子様に強く愛されたいと思い、王子様は少女を深く愛したいと思うようになりました。

そして王子様はある日、ついに少女に愛の告白をします。


「僕の心を、この愛を受け取ってもらえないだろうか」


少女は感動の涙を流しながら何度も頷いて「はい」と答えます。


「はい、私を愛してください。私も貴方を愛しています」


2人はお互いの身体をしっかりと抱きしめて、幸福を噛み締めました。

そしてその瞬間、2人は一緒に悩んでいた問題の答えが見つかったことを知りました。


「僕たちはきっと、ずっと自分を認めてくれない人を拒絶しかしてこなかった」


王子様は静かにぽつりと言いました。

少女は王子様の言葉に先ほどとは別の涙を流しながら頷きます。


「私は与えているつもりで、差し出された手を全て払いのけていた。貴方は愛されることばかりを望んで、誰かに愛を与えることが出来なかった」


王子様も少女の言葉に涙で目を潤ませながら頷きました。


「城のまじない師の言葉がようやく全て分かった。言葉にしては分からないもの。君に出会い、君に満たされたからこそ、僕は誰かを愛したいと思えるようになれた。同じように君を愛で満たしたいと。ありがとう」


いいえ、と首を横に振りながら少女もまた言葉を紡ぎます。


「とても美しく強く賢い貴方がみすぼらしい私の愛を受け入れてくれたから、私も貴方に愛されたいと思うようになりました。愛される喜びを貴方は私に教えてくれました。私こそ、貴方に幾万の感謝を。私を愛してくださって、ありがとうございます」


2人は再びしっかりと抱き合い、そしていつまでも変わらない愛情を誓って口付けを交わしました。

少女は王城へと招かれ王子様の妃となり、王子様は兄王子様に改めて忠誠を誓います。

そしてその後は時にケンカをしたり思わぬ困難に襲われたりもしましたが、2人で乗り越えながら2人しあわせに暮らしました。

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