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第4話 滲む血。腫れる心。


 授業の開始を告げるチャイム。

 風が舞い込む。

 隣には、蒼は居なかった。


 思わず、携帯を握りしめた。

 来ないの?と連絡したかった。

 けれど、あいつとは連絡先を交換していないことに気づいた。


 学校ではずっと一緒に居たから、そんなもので繋がっていなくても平気だった。

 今になって、後悔する。


 心がザワつく。……寂しい。


 その時、教室の扉が開く。


「おい、遅刻だぞ。髙木……どうした? 大丈夫か?」

「……すみません」


 蒼は、俺に目を合わせようともせず、フラフラと歩いてくる。

 眉から目にかけて、ガーゼが当てられ、唇は切れて赤くなっている。いつも以上に開いていない目が、目つきの悪さを引き立たせる。


 正直、俺は少し怖かった。

 喧嘩でもしたのか?分からない。

 でも、聞かない方がいい。なぜか、それだけは分かった。


「いい……いつもより顔派手じゃん。遅刻魔」

「……今日初めてだろ。遅刻」

「き、き……き今日来ないかと思ったから、来てよかった」


 それは、心から思っていた言葉だった。

 でも、なぜかつっかえる。

 吃る。それで感情がバレる。そんな風に怖くなった。


「はは。海、俺がいないとダメなわけ?」

「お前しか……と、友達いないし」

「……そっか」


 いつもより長い沈黙。

 いつもより正直な俺。

 空白を埋めるように、本音が漏れる。


 一時間目が終わる。

 俺はすぐに、蒼の方を向く。


「ねぇ、柏木。ちょっといい?」


 蒼の向こうから……陽キャ集団の1人が話しかけてくる。


「な、なな……なに? なんか用?」

「いいから来て。柏木借りるよ、髙木」

「俺のじゃないし……」


 蒼は表情ひとつ変えず、ぶっきらぼうにそう言った。

 俺は少し悲しくて、陽キャに呼ばれるままについて行くことにした。


 また、虐められる?


「で、で、で……な……なに?」

「柏木、あいつ……髙木には近づかない方がいい」

「ど、どうして……篠田にそんなこと言われなきゃいけないの?」


 こいつ、篠田陸人(しのだりくと)は中学からの同級生だった。

 篠田とは、中学で最初の頃は仲が良かった。

 入学したての時は、いつも一緒に居た。

 まさに、今の蒼みたいな存在だった。


「あいつの噂聞いたことないの? 前の学校で不良のこと気絶するまでボコして停学したって。それにあの傷……絶対危ないやつだよ」

「……それがなに?」

「なにって……。俺はお前のこと心配で」

「い、いい……今更心配? ふざけんなよ。中学の時に俺のこと見捨てたのに……なんで今? 余計なお世話なんだよ」

「柏木……それはごめ……」

「黙れよ! お、お、お前に何言われても、蒼がどんなやつでも……俺の友達なんだよ」


 俺は篠田のことを睨みつけ、教室に戻った。

 しかし、そこに蒼は居なかった。

 話したかった。ただ、それだけだった。

 なのに、蒼が居ないことが心に穴を開ける。


「ね……ねね……ねぇ、髙木蒼どこいったかわかる?」


 そこら辺の女子に声をかける。

 女子は、はっとした顔をして手を叩く。


「髙木くん? あっ、さっき保健室の前で見たかな」

「ありがと。ごめん、俺も保健室行ったって先生に言っといて!」


 俺は保健室へ走った。

 この後、先生に怒られるかなんて気にならなかった。

 ただ、蒼と喋りたかった。


 その道中で、篠田とすれ違う。


「柏木……う、海!」

「……」


 俺は篠田を無視して、保健室へと真っ直ぐに走る。


 ガラガラと保健室の扉を開ける。


「すみませーん……あれ?」


 そこに、先生は居なかった。

 ベッドのどこかに居る。俺の勘がそう言っていた。

 一番奥のカーテンが閉まったベッド。

 きっと……そこに居ると思った。


 俺はシャッとカーテンを開く。


「うぁ!? え!?」

「あ! ごめんなさい!」


 違う人だった……。

 しかも、カップルがイチャついていた……。

 俺はすぐにカーテンを閉め、顔が熱くなるのを感じる。


「こっちだよ、ばーか」


 蒼が、向かいのベッドのカーテンから顔を出していた。


「……も、もう。分かってたなら、声かけろよ」

「お前がそっち行ったらおもれぇなと思ったの。ほんとに行くなんてな……いてて」


 蒼は笑い、そして唇の傷を抑える。


「き、き傷、大丈夫か?」

「ああ、大丈夫。それで保健室来たんじゃないんだ」

「サボり?」

「そうだよ……なのにお前が来ちゃサボれねぇじゃん」

「はぁ? 俺との会話、義務とか思ってるわけ?」

「そうだろ……どこにでも着いてきやがってよぉ」


 二人で少し笑って、心のモヤモヤが少し晴れていく。


「一緒にサボろーぜ。どうせ、気づかないよ」

「あ、俺保健室行ったって報告してって女子に頼んじゃったわ」

「何やってんのお前……まぁお前がサボりだとは思わないか」


 ひとつのベッドに、並んで座る。

 カーテンの中が、俺たちの秘密基地のように感じる。


「なぁ……この傷……なんでついたか気になんねぇの?」

「正直気になるけど、別に言いたくないなら……言わなくていいかな。それよりお前と話したいだけ」


 蒼の方を向く。

 真っ直ぐとその目を見つめる。

 赤く充血した片目。その目は痛々しかったが、俺には関係なかった。

 吸い込まれる。またそんな風に感じる。


 いつもよりまつ毛が濡れている気がする。

 それが、綺麗だと思った。


「話しても……いい?」


 弱々しく、蒼がそう言った。

 嬉しかった。俺のことを信用してくれていると感じた。


「もも、も……も、もちろん。」


 吃る言葉は、照れ隠しを含んでいるような気がした。


「俺の家、父ちゃんだけなんだよ。父ちゃん、昨日誕生日だったからさ、ケーキ買って帰った。そしたら、また飲んでて。酒が入ると……父ちゃん変わっちゃうんだ」

「うん」

「それで、こんなもん要らねぇってケーキ叩きつけられて。片付けようとしたら、これ。殴られて、蹴られて。苦しくて、辛くて、悲しかった……。最近は落ち着いてたのに……な」

「うん……」

「ごめんな、こんなこと。引くよな」

「引くかよ。お前が無事で良かった。その口ぶりだと、お父さんにも事情あんだろ?」

「うん……父ちゃん、母ちゃんが死んでからずっとそんなで。俺が病気になってから、母ちゃん……。父ちゃんさ……俺のこと恨んでんだよ。昨日も首締められて、お前が居なかったらって……。可哀想だよなぁ……俺なんかが息子で」

「……」


 俺は何を言ってやったらいいのか分からなかった。

 目に涙を浮かべながら唇を噛み締めて話す蒼に、触れることさえできなかった。


「俺もさ……愛される努力してみたんだけどな……。無理みたい」


 無理やり笑う蒼。目から溢れ落ちる涙が頬伝い、ガーゼを濡らす。


「お、お……俺はお前が居ないとダメだ」

「……え?」

「お、お前が初めてできた友達なんだ。だから……居なくなったりすんな」


 気恥しくて、目を合わせられなかった。

 きっと、気持ち悪がられる。


 そんなことを思っていると、蒼は俺を強く抱き締めた。

 ゆっくりと、俺の肩に顎をのせる。

 吐息が熱くて、こしょばい。


「そんな可愛いこと言うのやめろ……俺以外に」

「は? 何言ってんの?」

「お前は俺だけの友達でいいんだよ」


 そう言って、蒼は俺をくすぐる。

 俺は笑いを耐えきれず、大きな笑い声を出す。

 ドキドキは止まらない。

 心臓が高鳴る。


 それを、笑い声でかき消した。


「あんた達! ここは休むところ! 遊ぶなら出ていきなさい!」


 保健室の先生の怒声が響く。

 俺たちはにんまりと悪い笑みを浮かべ、シーっと口に指を立てた。二人でカーテンから出て、先生に謝ると、教室に戻ることにした。


 心臓はまだバクバクと脈を打つ。

 きっと、勘違いだ。

 こいつは……ただの特別な……友達。

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