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第10話 エピローグ


 時は過ぎて、冬。

 蒼とは相変わらず、親友のような、恋人のような、絶妙な距離感を保っていた。


 俺は初めての恋人で、よく距離感が掴めていなかった。

 妙な空気になると、ふざけて空気を変えてしまう。


「おはー」

「お、き、き来たな。デカ男」

「チビ。お前昨日のメッセ返せよ」

「つ、通知欄に残しとこうと思ったんだよ」


 授業中、横目に蒼を見ると俺のことを睨みつけていた。

 他の人から見れば、これは震え上がるほど怖い目線だが、俺にとっては子猫が睨みをきかせているようなものだ。


 昨日のメッセージをすぐに返さなかったことが、気に食わないらしく不機嫌だ。

 しょうがない。あとで、でかい飴でもあげるか。


 授業が終わると、俺を蒼は引っ張り屋上へ連れていく。


「お、おい。マフラーマフラー」

「俺のを一緒に巻けばいい」

「ば、ば、……ばか。お前が近づきたいだけだろ」


 屋上に着くと、蒼は真剣な眼差しで俺を見つめる。

 まただ。あの、妙な空気。

 赤らむ頬。それが冬のせいなのか、それとも蒼のせいなのかは……。本当は分かる。それは分かりきっている。


 蒼はじりじりと俺に寄る。

 背中に壁がどんどん近づく。


 ドンと、壁に背中がつく。

 すると、蒼は口を開く。


「近づきたいに決まってんじゃん」

「な、な……」

「俺たち、付き合ってんだよ?」


 俺はポッケをガサゴソと探り、飴玉を取り出す。

 それを無理やり蒼の口に放り込むと、にやりと笑った。


「そんなほっぺがボコってなってるやつに……な、何言われても……」


 蒼はそれでも、真顔だった。

 切れ長の目が、俺の心臓を刺す。

 バクバクと心臓が高鳴る。


 蒼は黙ったまま、俺を逃がさないように肩を掴んでいた。

 その目線が恥ずかしくて、蒼から目を逸らす。

 その瞬間、蒼は俺の顎を掴む。


 俺は無抵抗で、少し顔を上げ、無理やり目線を合わせるしかなかった。


「な、なんだよ……なに……」


 目の前に蒼が近づき、目を瞑る。

 蒼は飴を含んだまま、俺に口付けする。

 そのまま飴が、俺の口に移る。


「な、なんだよこんなとこで」

「……なに? 保健室でも行く?」

「……ばか」


 顔が熱くなって、恥ずかしくて。

 蒼の顔を見れなかった。

 甘い味と、蒼が口の中に広がる。


「ねぇ、手握って」

「は? なんでだよ」

「いーから、握ればか」


 俺は無抵抗で蒼の手を握る。

 すると、何か金属のような感触がする。


 手を開くと、銀色のネックレスがそこにはあった。


「え? なにこれ」

「プレゼント……。お前と付き合って、半年記念」

「え、え……俺……用意してな……」

「お前には、もっといいことしてもらうから」

「え……?」

「お前ん家でゲーム。新作やらせろよ?」

「は、はぁ!? 変な言い方すんなよ」

「お前こそ、変なこと考えんなよ。まぁ、さすがに実家ではな……」

「こ、こえぇよ! まだ心の準備出来てないの!」


 そんな言葉を交わしていても、俺は少し、後悔していた。

 記念日……か。そんなの考えていなかった。

 帰りに、駅ビルでも行ってみようか。


 授業終わりに、蒼は案の定話しかけてくる。


「一緒に帰るだろ?」

「うーん、今日は行きたいところあってぇ……」

「は? どこ?」

「……んー……ゲーセン……」

「じゃあ一緒に行こう」


 まずい。それじゃあ、プレゼントにならないじゃないか。

 でも、こうなると蒼は絶対に来る。

 どうしようかな……。


「あ、柏木」

「お、おう。あ……篠田! 今日ゲーセン行ける?」

「はぁ?」

「は? 何言ってんのお前」

「い、いやぁ……三人でゲーセン行こうかなって……」

「なんでだよ。髙木と……あんま仲良くねぇし」

「こっちから願い下げ。篠田くん、海のこと変な目で見てるし」

「お、おい……だからさ……仲良くなるためにも……」

「せっかくの記念日なのに……」


 蒼の表情は、いつにも増して真顔だった。

 小声で呟いた言葉は、ちゃんと聞こえていた。

 だからこそ、篠田が必要なんだ。


 俺は廊下に篠田を連れ出す。

 すると、篠田は呆れたような顔をする。


「なに? なんか企んでんの?」

「い、い、いや。あいつへのプレゼント買いたいんだけど……あいつがついてまわるから買える時間無さそうでさ。篠田に時間稼ぎしてほしいんだよ」

「……それはさ、都合良く扱いすぎじゃない? 俺のこと」

「ご、ごめん……」


 確かに、そうかもしれない。

 自分への好意を……良いように扱いすぎているかもしれない。


「まぁ、もうお前のこと好きじゃないけど。キッパリ振ってくれちゃったからさ。……だし、お前には悪いことしてきたから、協力する」

「え、まじ!?」

「……うん」

「よ、よかったぁ……ありがと! じゃあよろしく!」


 教室に戻ると、蒼はまた不機嫌そうな顔をしていた。

 しょうがない。でも……今日のプレゼントで巻き返す。


 帰り道は、気まずかった。

 俺の横にピッタリと付き篠田を睨みつける蒼と、苦虫を噛み潰したような顔をする篠田。

 それに挟まれる俺は、どんな顔をすればいいのか分からなかった。


 それよりも、ゲーセンでどう立ち回るか考えないと。


「篠田くん、海の隣歩かないでくんない」

「なんでだよ」

「海は俺……」


 少し高い位置の蒼の口を焦って手で塞ぐ。

 俺たちが付き合っていることは、慎重に扱わないと。


「わー! わー! ほらほら、もう着くよ! 何しよっか?」

「海……お前、後で覚えてろよ」

「大丈夫か……? 柏木」


 俺たちはゲーセンに足を踏み入れ、賑やかな店内に身を任せる。

 そのまま奥のクレーンゲームのコーナーに足を運ぶ。

 よし、蒼はこういうの夢中になるタイプだ……篠田に時間稼ぎさせれば、十分な時間が稼げるはず……。


「あ、こ、こ、これ……俺の好きなやつ」

「え? そうなの? 俺が取ってやろうか?」

「え? いいの?」


 よっしゃ……狙い通り。

 張り切る蒼は、早速両替機に急ぐ。

 俺は篠田に大げさなアイコンタクトを送る。


「今居ないから喋ってもいいだろ」

「あ、あ……あいつがあれに100円入れたら、俺がトイレ行くって言って駅ビル行ってくるから、適当に時間稼いどいて」

「海ー、3つのうちどれほしいの」

「この青い猫。す、好きなんだよね」

「よーし。見てろよ」


 蒼は筐体に100円玉を5枚入れる。

 こいつ……張り切りすぎだろ……。でも、可愛い。

 クレーンゲームで奮闘する蒼を見たい気持ちを抑えて、俺は口を開く。


「あぁ! ごめん、トイレ行く!」


 その言葉と同時に、俺は走り出した。

 そのままゲーセンを出ると、たまたま近かった駅ビルに走り込む。


 重いドアを開けて、息を整える。


 何やればいいんだろ……。なんの考えもなしに、メンズ向けのアクセサリー屋に入る。


 怖めの店員さんが居る古着屋に併設されたアクセサリー屋は、リーズナブルな割に凝ったデザインが多かった。


「いらっしゃい。何か探してる?」

「あ、あの……恋人に記念日のプレゼントを……」

「ああ、いいね。ここに来たってことは、相手の子は男の子だ」


 驚いた。すんなり受け入れるこの人に。

 大人って……皆こうなのか?


「そ、そ、そうです。ネックレスを貰ったんで、俺もアクセサリーあげたいなと思って……」

「そっかぁ。じゃあ、ネックレス返すか……それか指輪とか? 重いかな?」

「……い、いや、喜びそうです」

「なら良かった。予算ある?」

「い、い、1万円くらいなら……」

「頑張るねぇ。でも、これとか半分の値段でいい感じじゃない?」


 勧められた指輪は、銀色でシンプルだった。

 でも、波の模様が描かれていた。

 それが、蒼にピッタリだと思った。


「こ、こ、これにします!!」

「元気だねぇ。はい。じゃあ、ラッピングするね」


 即決だった。

 5分くらいで決めちゃった……。

 でも、それだけ蒼にピッタリのものを見つけた。店員さんのおかげだ。


「はい。頑張れよ」

「はい! ありがとうございます!」


 俺はまた走り出した。

 ゲーセンに走り込む。

 そして、息を整えながらクレーンゲームコーナーへ急いだ。


 すると、篠田と蒼は……青い猫を取るのに必死になっていた。


「おい! 違ぇよ! 今のはもっと左だろ!」

「ばか。タグに引っ掛けんだよ」

「お、お待たせ〜?」

「あ、海。ごめん……全然取れなくて」

「ちょっと待ってて」


 俺はその筐体に100円を入れる。

 左に行くボタンを長押しして、奥に行くボタンは少しだけ押す。

 すると、確率が来たのかアームはそのまま青い猫を持ち上げる。


「はい! 取れたぁ」


 俺は笑顔で蒼にそれを差し出す。

 そのまま、4回でそこにあった2つの猫を狩る。


「よっしゃー、全部取れた」

「え……海……こういうの得意だったの?」

「うん。ぼっちの時、クレーンゲームばっかやってたから。はい、これは蒼、これは篠田ね」

「俺にもいいのかよ」

「ち、ち、ちょうど3つだし」


 俺たちはしばらくの沈黙と、顔を見合せた後に、弾けるように笑った。


「あんなに苦労したの、なんだったんだよ」

「ははは。海の意外な特技だな」


 ゲーセンからの帰り道、篠田は空気を読み俺たちを2人にしてくれた。

 俺はリュックに入った指輪を、公園で渡すことにした。


「なぁ、ちょっと公園で喋って行こう」

「いいよ? 珍しいね。お前から」

「まぁ、いいじゃん」


 そのままベンチに座る。

 そして、息を整える。緊張で、アイドリングのための会話は出来なかった。


「ふぅ……」


 ガサゴソとリュックから、指輪の入った紙袋を取り出す。


「は、は、はい! 記念日のプレゼント」

「……え? 俺に……?」

「そうだよ。蒼以外に誰がいんの?」

「う、嬉しい……」


 蒼は俯き、顔を赤らめた。

 可愛い。素直にそう感じた。


「開けていい?」

「もち」


 蒼は指輪を取り出す。

 すると、俺の顔を見てパァっと笑顔になる。


「可愛い! めっちゃいいんだけど!」

「良かったぁ……サイズは?」

「……ピッタリ。しかも薬指に」


 にやりと笑う蒼は可愛かった。

 俺は気持ちが抑えられなかった。


 そのまま、蒼を抱き締める。


「え? え……?」

「あ、あ、蒼のこと……やっぱり……大好きです……」

「な、何言ってんのお前」

「好きなの! だから、ちょっとこのままで居させろ」


 蒼の広い肩に顎を乗せる。

 俺は、どんなに穏やかな顔をしてるんだろう。

 幸せだった。こんなに、可愛い恋人が居るなんて。


「……海、俺も大好きだよ」


 耳元で聞こえる声。吐息でくすぐったい。

 広い心で俺を包み込む蒼は、俺とっての海だった。


 そして、明日も俺たちはくだらない事で笑い合うんだろう。

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