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空が裂けるとき、僕は君を殺す。――たとえ終わりが決まった恋でも、君を愛し続けるために。  作者: 外宮あくと


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第2話 祝福の外側

 木々の葉はすっかり落ち、季節は秋から冬へと変わっていた。冷たい風が吹き、人々のコートの襟はきつく締められている。

 ルシアンは、父に頼まれた書籍を購入して、家に帰る途中だった。

 人もまばらな石畳の道に、カツンと足音が響いている。

 前方から、肩をすぼめて少しうつむき気味な男が歩いてきた。ルシアンに気付いた彼は、あからさまに彼を避けるように道の端に寄った。

 通り過ぎざまに、チッと舌打ちが聞こえた。

 ルシアンの首元には、黒テンの毛皮が巻かれていた。夜のように深く、滑らかな光沢を放っている。ルシアンの金色のゆるい巻毛が、黒に美しく映えていた。


「処刑人のくせに、貴族気取りか……」


 襟巻も手袋もない男の忌々しげな声がルシアンの背中に投げつけられた。

 罵倒はいつものことだ。

 ルシアンは少し視線を落とし、そのまま歩いていった。

 処刑人の家系は、処刑人にしかなれない。自分が選んだ職業ではないのに、忌み嫌われてしまう。だが、それも仕方がないとルシアンは思う。

 自分の手は、すでに血で汚れているのだからと。どんなに洗おうと、この手が無垢な子どものころに戻ることはないのだと思った。


 十六の年で、初めて処刑を行った。

 自分と罪人を見つめる人々の視線が恐ろしくて堪らなかった。

 泣きながら、震えながら剣を振り下ろした。

 一刀で首を落とせず、罪人の苦悶の絶叫が広場を満たした。

 ルシアンは剣を落とし、その場に座り込んでしまった。恐怖で腰が抜けていた。

 見かねた父が処刑台に上がり、罪人の首を落とした。

 あのときの叫びは、ルシアンの胸に今も重く沈んでいる。

 

 誰も処刑などしたくはない。

 罪人を殺せと叫ぶ者でさえ、自らの手で処刑するように言われれば、たじろぐだろう。

 それでも、誰かがやらねばならない仕事だ。

 しかし、これは人殺しの仕事だ。正気の者なら、望んで担うものではない。


 だから、国は家系で縛り付ける。

 モルテーヌ家の一族は、生まれながらの処刑人なのだ。

 その代わりというわけではないのかもしれないが、モルテーヌ家の者は貴族並みの待遇を受けていた。大きな屋敷に住むことも、教育を受けることも許されている。黒テンの毛皮をまとうことも。

 ただ、モルテーヌ家の者と知られて、学校でいじめに遭い爪はじきになっても、理不尽に商店への出入りを禁止されても、そんなことまで国は関知しないのだった。


 ルシアンは毛皮の襟巻を外し、鞄にしまった。見せびらかすつもりはなかった。ただ、母からの好意を身に付けたかっただけだった。

 冷たい風が、首をかすめていった。

 先ほどの男は、もっと寒いのだろうなと思った。


 しばらく行くと、軽やかなカランカランという、教会の鐘の音が聞こえてきた。おめでとうという歓声と和やかな笑い声。

 結婚式が行われているのかと、ルシアンは顔を上げた。

 たまたま通りがかっただけの小さな教会。そのアプローチに、精一杯の正装をした町の人々と、白い衣装を着た男女がいた。幸せそうな顔でお互いを見つめ、そんな彼らを皆が祝福している。吹き付ける風の冷たさなど、今の彼らには問題にならないのだろう。

 ルシアンの目も思わず細くなる。幸せな光景というものは、たとえ他人のものであっても、心を温かくしてくれる。


 そのとき、一人の招待客の女性がルシアンに気付いた。

 真っ黒な外套を着たルシアンに眉をひそめる。祝いの場にはふさわしくない、まるで喪に服すような彼のいで立ちを、非難するような目だった。

 ルシアンは、気配を消すように歩を早めた。

 その瞬間、女性の声が響いた。


「モルテーヌ! なんて不吉なの!」


 一斉に視線が集中した。

 いたたまれず、ルシアンは顔を伏せた。彼らの幸せにケチをつけるつもりはない。早々に立ち去らねばと思った。

 しかし、いくつもの言葉の鞭は続く。


「早く立ち去れ! 『天配てんぱい』の二人の門出なんだぞ!」

「なんてひどい奴だ。このはれの日に、その忌まわしい姿を見せるなんて!」


 ルシアンは小走りに教会の前を走り抜ける。

 『天配』という言葉に動揺していた。

 申しわけないことをしてしまったと思う。二人を祝福していた者たちの怒りも当然だと思ったのだ。


 天に祝福された対の二人。それを、天配と呼ぶ。

 彼らは、出会った瞬間に、互いが運命の伴侶だと気づくのだという。

 天配の印である赤い光が瞳に灯り、その光が二人をつなぐ。その絆は身分さえも越え、誰も引き裂くことはできない。彼らは、全ての人から祝福されるのだ。

 その天配の二人の結婚式に、黒衣のモルテーヌ、処刑人が現れれば、不吉だと叫ぶのはもっともだった。


 ルシアンは、前方の角を曲がって、彼らから姿が見えなくなるまで走り続けた。

 結婚式をしているのだと気づいたときに、引き返せばよかったと後悔した。そうすれば、彼らの心を逆なでることはなかっただろう。 

 結婚式という幸せの象徴を、遠くから眺めるくらいは許されるのではないかと思ってしまったのだ。

 愚かなことだと、自分を笑った。

 いつかは自分も妻を娶るだろう。

 しかし、モルテーヌと知って嫁いでくる女はいない。一族の遠縁の中から、年齢の合う女性と結婚することになるだろう。


――ねえ、お兄様。私にもいつか『天配』の彼が現れるのかしら?


 無邪気に言った妹の言葉が思い出された。

 随分と昔の話だ。彼女は今、モルテーヌの分家に嫁いでいる。

 結局、いつまでたってもモルテーヌはモルテーヌのままなのだ。


――モルテーヌの人間に『天配』は現れない。


 かつて妹に告げた自分の答えが、ルシアン自身の胸を刺していた。

 天に祝福された運命の恋人。

 天配の人が、いつか自分の前に現れやしないか。そんな叶うはずのない夢を、ルシアンは今も捨てきれずにいた。

 モルテーヌとは何の関わりもない人が天配であったなら、自分を縛り付けるものから解放されるのではないかと。

 天配という、幸せな運命。

 できることなら自分も、その運命に選ばれてみたかった。

 冷たい風が、毛皮のない首元を撫でていった。





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