少女は魔法都市を散策する
翌日、宿から出たエリス達は懐が温かくなったのもあり、買い物を始めた。
石畳の大通りには、エリスがこれまで訪れたどの都市とも違う活気に満ちており、新鮮味があった。
行き交う人々の服装は様々で、長いローブを着た老魔術師から、簡素なチュニック姿の若者までいる。
中には、手のひらに小さな光球を浮かべながら歩く者や、宙に浮いた荷物を後ろに従えて買い物をする者もいて、エリスはつい足を止めて見入ってしまう。
「わあ……」
《見るものすべてに驚くのはやめろ。田舎者と思われるぞ》
「いいじゃないですか、私は田舎者ですもの」
エリスはあっけらかんと言い放ち、露店の前で立ち止まった。
「いらっしゃい。旅の方かい?」
「はい……綺麗ですね、これ!」
そこには小さな小瓶に入った、色とりどりの液体が並べられていた。
「それは《瞬色液》って言ってね、瓶を振るだけでどんな色をも変えられる便利品だよ。時間が経てば綺麗さっぱり戻るので、『アルカナム』の女子生徒に大人気なんだ」
「あるかなむ……?」
突然の単語に、エリスは呆けたような声を出してしまう。
その反応に、店主の女性が笑いながら答えた。
「ああ、『アルカナム』は魔導学院の名称だよ。小さな子から大人まで、魔法について学びたい者が通っている、この都市の誇りとも言える場所だ」
「へえ……」
遠くに見える巨大な建造物は、今しがた都市中に響く大きな鐘音を打ち鳴らしたばかり。
魔導塔とはまた別の、見ているだけで圧倒されそうな迫力をエリスは覚えた。
「それで、この商品なんだけど……気分によって髪の色を変えたり、服の色を変えられるからお洒落にもぴったりなんだ」
店主が橙色の小瓶を開け、そばの人形に振りかける。
すると、小さな霧が発生し、人形を包んだ。
「わっ! す、すごい!」
驚くエリスの様子が新鮮だったのか、店主は笑顔でそうだろう? と自慢する。
そして、霧が消えた後、そこにあった人形は小瓶の色と同様、橙色になっていた。
「使用量によって色が消えるまでの時間も長くなる。……旅人さん、とても美人さんだし、この金色の小瓶なんかどうだい? お安くするから、一つ買って見るのもいいと思うんだ! しかも値段はざっと銅貨五枚だ!」
値段相応なのか、それとも安いのか、価値がわからないエリスは財布の中身を心の中で数え始める。
つい昨日、報酬を得て財政事情に余裕が出てきたこともあり、遠慮なくエリスは紹介された小瓶を手に取った。
中には金色の液体がゆらゆらと揺れている。
質素な毛布にでも振りかけて見れば、寝具に使用する魔王も少しは機嫌が良くなるかもしれない。
エリスは迷わず財布から銅貨を取り出した。
「じゃあ、一つ買います」
「毎度! ありがとうね!」
《おい、何を買っている! また無駄遣いを……!》
(だって綺麗ですし、魔王もこの色、嫌いじゃないでしょう? それに、二日間頑張って資金集めもしたんですし、たまの贅沢も悪くないですよ)
心の中で喋りながら、エリスは瓶を魔王の目の前に差し出す。
一瞬、金色の液体をまじまじと見つめ、すぐにそっぽを向いた。
《ふん……また金がないと騒ぐんじゃないぞ》
しかし、その尻尾はゆるゆると揺れていた。
気に入ってくれたようで、エリスは素直じゃないんだから、と苦笑するのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
エリスは瓶を大事に鞄にしまい、再び歩き出した。
大通りを抜け、広場に出ると中央には巨大な噴水が設置されている。
その周りでは、何組かの親子連れが楽しそうに水遊びをしていた。
「お兄ちゃん、見て見て!僕、魔法が使えるようになったよ!」
幼い男の子が、年長の少年に向かって両手を掲げる。
その手のひらからは、かすかに煙のようなものが立ち上っているだけだ。
しかし少年の目は期待に輝いていた。
「まだまだだよ、レン。先生が言ってたろ、まずは魔力素を感じられないと使えたことにならないぞ」
「ちぇー」
幼子が口を尖らせると、その拍子に手からほんの小さな火花がパチッと飛び出した。
幼子も、年長の少年も、そしてエリスも一瞬固まった。
「お、おい、今のは……」
「できた! 僕、魔法が使えた!」
幼子は跳び上がらんばかりに喜び、その場で飛び跳ね始めた。
年長の少年も驚いた顔のあと、すぐに笑顔になる。
「す、すごいじゃん! でも、まだ一人で使っちゃだめだぞ。先生に言ってからだ!」
「はーい!」
二人は手をつないで、嬉しそうに走り去っていく。
エリスはその光景を、何だか懐かしい気持ちで見送った。
魔法が使えるようになったあの喜び。
――自分には経験したことのないものだけれど、それでも、何かができるようになる嬉しさは知っている。
《……どうした、急にしおらしくなって》
魔王がエリスの顔色を窺うように言う。
「……あんなに小さな子でも、魔法が使えるんだなって」
エリスは素直にそう言って、寂しげに微笑んだ。
コンプレックスを隠そうともしないその態度に、魔王はかえって言葉を失う。
確かに、あの年齢で魔法を練っていたのは魔王も驚いた。
やはりこの環境自体が、魔法習得に特化しているのかもしれない。
(……この娘にも、しっかりと魔法を使えるようにしてやらねばな)
そう思いながら、魔王は魔法習得のために、できることを考え始めるのであった。
全てはこの娘――エリスのために。




