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魔法都市に到着した少女。しかし、お金がなかった!


 幾日もの旅路を経て、エリスと魔王は、魔法都市『アルカディア』に到着した。


 都市の入口に立った瞬間、エリスは思わず息を呑んだ。

 石畳の道は自動修復するのか傷ひとつなく舗装され、建物の壁面には触れればわかる、魔障壁のようなものが貼られている。


 まるで、魔法を利用して創られた、要塞のような場所であった。

 

「わあ……すごいです……」


《ふん、魔法技術をこれでもかと見せつける、いかにも魔術師どもが好みそうな都市だな》


 魔王の相変わらずの不機嫌な声も、今のエリスにはほとんど聞こえていない。

 少女の赤い瞳は、あちこちに散らばる魔法の残滓に釘付けだった。


 ――しかし、しばらく街を散策した後のこと。


 エリスは気まずそうに魔王に相談した。


「……魔王」


《なんだ》


「私達、もうお金がほぼないです」


 エリスは財布の中身を晒すように、手のひらに数枚の銅貨を並べた。

 魔王はそれを一瞥し、深く長いため息をついた。


《……先日、ルミナとかいう女に金を渡した時に、お前が言ってたではないか。勿論、資金稼ぎの手段は考えているのだろうな?》


「…………い、依頼を受けに行きましょうか」


 エリスは苦笑しながら、行き先を決める。

 その足が向かうのは、仕事探しをするための場所であった。


 

◇ ◇ ◇ ◇


 

 エリスが向かったのは、街の中心部にある「職業安定所」と書かれた建物。

 中にはいくつかの掲示板が立てられ、様々な依頼紙が貼られている。


「えーっと……『魔導具工房、見習い募集。魔力素の基礎知識必須』……これは無理ですね。『魔法書の写し書き、魔法文字が読める方』……うーん……」

 

 一つ一つ丁寧に確認していくが、ことごとく「魔法が使えること」が条件に含まれている。

 

 魔法が一切使えないエリスの肩が、次第に落ちていった。


《魔法が使えなければ、ここでの仕事は難しいようだな》


「何か……私にもできるお仕事は……」

 

 魔王の呟きに、エリスはさらに沈み込みながらも依頼紙を睨む。


 ――そんな時だった。


「おや、お嬢さん。仕事をお探しかい?」


 穏やかな声に振り向くと、そこには恰幅の良い初老の男性が立っていた。

 着ている服は上質で、店のオーナーか何かだろうとエリスは直感する。


「は、はい。旅の資金が減ってしまって……何かお仕事はないかと」


「なるほど。それなら、うちで働いてみないかい? 二日間だけど、給仕をしてくれる人を探していてね」


「飲食店ですか! ぜひお願いします!」


 エリスが勢いよく頭を下げると、男性はにこにこと笑って依頼用紙を差し出した。

 そこには『お食事処 グローメル』と書かれている。


「この用紙を受付に持っていき、応募してくれ。私は外で待っているよ」


「はい! 少々お待ちいただければ!」


 エリスはパッと明るい表情になり、依頼用紙を片手に受付へと飛んでいく。

 給仕は初めてであったけれど、いまはとにかくなんでも仕事をするしかない。


 ――このままでは、今夜の宿も泊まれないのだから。






 受付を行った後、外に出ると、やはり先ほどのようにニコニコしながらオーナーが立っていた。


「依頼の承諾、本当にありがとう! では早速、店に来てくれるかい? 制服もあるから、それを着て仕事をしてもらうよ」


「制服、ですか?」


 エリスが首を傾げると、オーナーは意味深な笑みを浮かべた。



 

◇ ◇ ◇ ◇




 

 連れてこられた店は、思っていたよりも高級そうな雰囲気だった。

 

 落ち着いた照明に、白いクロスがかかったテーブルが並べられている。

 

 想像するだけで、優雅な食事が提供されることが間違いない場所だといえよう。


「こちらが更衣室。まず最初に、この制服に着替えてみてくれ」


 手渡されたのは、一着の衣類。

 黒を基調とした服とロングスカートに、白のエプロンと……フリルのついたヘッドドレスが手渡された。


「わあ……これが制服なんですね」


「ああ。これはね、この都市に古くから伝わる『伝統の正装』なんだ。格式高い店でしか見られない、由緒正しい服装だ」


 オーナーは実に堂々と言い放つ。


《……明らかにこじつけて言っているな。何か企んでいるかもしれん。気をつけろ》


 魔王の声は鋭いが、制服に夢中なエリスには全く届かない。


 少女は純粋な瞳を輝かせ、服を受け取った。


「伝統のある正装……! 大切に着ますね!」



◇ ◇ ◇ ◇


 

 着替え終えたエリスが姿を現した瞬間、オーナーの目がまん丸になった。


 黒いスカートが彼女の細い腰を優しく包み込み、白いエプロンが胸元で可憐なリボンを結ぶ。


 フリルのヘッドドレスは黒髪によく映え、何より彼女の持つ清らかな気品と、どこか儚げな雰囲気が、その姿を完璧に引き立てていた。


「うん……うん! これは良い! 実に良い!」


 オーナーは何度も頷きながら、目を細める。

 欲に塗れたものではなく、芸術品を賞賛するかのような様子で、エリスを眺めている。


 しかし、その態度が魔王は気に入らなかったようで。

 

(……欲に塗れた視線を少しでも送ってみろ。その顔、掻き毟ってやるからな)


 沸々と怒りが込み上げてくる魔王はオーナーを睨みつけるが、所詮は黒猫の視線。

 まるで気にされずに、オーナーはエリスの周囲をぐるりと周り、衣服の装着に問題ないかを確認していく。


 そして腕を組み、大きくうなづいた。

 問題ない、というサインだった。


「よし、バッチリだ! 少し動いて違和感がなければ、次はやってもらう仕事を教えるよ」


「で、では……」


 エリスは鏡の前でくるりと回ってみる。

 スカートの裾がふわりと広がり、慌てて手で押さえつけた。


 しかし、違和感はない。

 むしろ、腕と脚がぴっしりと押さえつけられているお陰で、いつも以上に動きやすいとさえ思えた。

 

「これ、とっても動きやすいです!」


「そうか、それなら何よりだ! では、早速やってもらう仕事のやり方を教えようか」


 

◇ ◇ ◇ ◇



 給仕の方法とその他雑用を短時間で教え込まれたエリスは、多少の緊張を抱きながらも店の入り口付近に待機している。

 

 そして、開店時間になると、すぐに最初の客が訪れた。


「いらっしゃいませ」


 エリスが笑顔で迎える。

 その瞬間、客の動きが一瞬止まった。


「……ここの新しい給仕さんかい?」


「はい。エリスと申します。今日から二日間、こちらでお手伝いさせていただきます」


 深々とお辞儀をして、客の顔をその真紅の瞳で見つめた。

 客はなぜか顔を赤らめて、急ぎ足で席に着いた。





  

 

 エリスの動きは、まるで熟練の給仕人のようだった。


「ただいまお飲み物をお持ちいたしますね」

 

 第六感で客の視線を読み取り、水を欲しがっているタイミングで給水する。


「お待たせしました。本日のおすすめ、港町『ポートブルー』から仕入れた海鮮盛り合わせでございます」

 

 メニューを迷っている客には、さりげなくおすすめを提案する。


「空いているお皿、お下げしますね」

 

 食器を下げるタイミングも完璧で、無駄な動作が一切ない。


「オーナーさん! 一と三のテーブルの料理、持っていきますね!」


 複数のトレーを片手に運ぶ姿は優雅であり、曲芸そのもの。

 ロングスカートがふわりと揺れ、タイツに包まれた足元は軽やかに動く。


 客たちは、料理以上にエリスの姿に見惚れていた。


「あの給仕さん、すごく可愛いね」


「上品な立ち振る舞いだ。どこかの家のお嬢様なんじゃないか?」


「黒髪に紅い目が映えてて綺麗……あまり見かけない組み合わせだ」


 囁き声が店内に広がっている。

 一方のエリスはそれに気づかない。


 目の前のことをこなすだけで精一杯であり、ただただ、自分の仕事を懸命に消化するだけだったからだ。


「お客様、お水のおかわりはいかがですか?」


「あ、ああ……頼む」


「少々お待ちくださいませ」


 エリスが微笑むたびに、客はなぜかどきりとする。


「すごいな、あの給仕さん。なんていうか……清らかっていうか、近寄りがたい雰囲気があるのに、すごく親しみやすいっていうか」


「わかる。なんていうか『癒し』って感じだよな」


 客の話題はエリス一色だった。

 笑顔を絶やさずに動き回るその姿は、料理を食べるのも忘れて見惚れるほどだった。

 

 オーナーは厨房からその様子を眺め、満足げに頷いている。


「俺の目に狂いはなかったな……! それに、伝統の正装って言ったのも、大正解だった。あれだけ着こなせるのは早々いないはずだ」


《……いけしゃあしゃあと》


 魔王は心の中で毒づく。

 そして、先ほどから、なぜか無性に怒りが収まらなかった。


 《……ふん》


 原因はわからないが、鎮めるために体を丸めて休む体制に入る魔王。



 ――その怒りは、先ほどからエリスに向けられている客の卑猥な目線に対するものだとは、魔王自身、自覚していなかった。

 

 


◇ ◇ ◇ ◇



 

 昼時を過ぎると、店はさらに混雑し始めた。

 あちこちのテーブルからエリスを呼ぶ声が上がる。


「給仕さん、ここ!」


「すみません、こちらのお料理もお願いします!」


 エリスは忙しなく動きながらも、決して焦った様子は見せない。

 一つ一つの動作が優雅で、まるで踊っているかのようだった。


「ただいま参ります」


 スカートの裾をひらりと翻し、次のテーブルへと移動する。


 その動線は一切の無駄がない。


 天性の才能とも言える異常発達した第六感による「先読み」の能力が、自然と仕事にも活かされているからだった。


「お嬢さん、ここの料理長に会わせてくれないか? この美味さ、ぜひ我が宿でも出したいんだ」


「申し訳ございません。私は給仕係ですので、お料理のことは……」


 エリスが困ったように笑うと、その客は「そうか、残念だ」と言いながらも嬉しそうに店を後にした。

 その客は、ただエリスと話をしたかっただけなのを、彼女は知らなかった。

 


「ギャア! し、しまったぁ……こぼれちまった……」


「大丈夫ですか!? すぐにお掃除いたしますね!」


 エリスは客の服にこびりついた液体調味料を丁寧に掃除し、すっかり痕がなくなったのをみて、満面の笑みを浮かべた。


「ふう、よかったです! 付着したままにしておくと、あとが大変ですからね!」


「あ、ありがとう」


 頬を赤くしながらその客は、エリスに心を打ち抜かれていた。


 

 エリスの行動を見ているだけの者もいれば、わざと触れ合おうと企む者も出てき始める。


「すみません! 次の注文が来ておりますので!」

 

 しかし、エリスは第六感で何かを察し、適当な言い訳を作ることで、不埒な輩のお誘いを無意識のうちに回避するのであった。

 




 

 閉店時間が近づく頃、店にはまだ長蛇の列ができていた。


「すみません、本日はこれで閉店とさせていただきます。ありがとうございました!」


 エリスが丁寧に頭を下げると、客たちからはため息が漏れる。


「明日も来るよ!」


「二日間だけって言わずに、ずっと働いてくれないかな!」


 そんな声に笑顔で手を振りながら、エリスは最後の客を見送った。



 

◇ ◇ ◇ ◇



 

 そうして泊まり込みで働くこと、二日目の夜。

 全ての仕事を終えたエリスは、オーナーから封筒を受け取った。


「二日間、お疲れ様。これは約束の賃金だ。開けてみてくれ」



 言われるがままにエリスが中身を確認すると、思わず声を上げた。


「こ、こんなに……!? 銀貨二十枚も!?」


「君のおかげで、この二日間は過去最高の売り上げだったんだ。これでも少ないくらいさ」


「ありがとうございます……! なんとお礼を言えばいいのやら」

 

 エリスは頭を下げようとするが、オーナーはそれを手で制した。


「いいんだ、こっちこそ感謝しているからね。君の給仕ぶりは、この店の自慢になるよ。もしまた給仕の仕事がしたくなったり、食事をしに来ることがあれば、ぜひ寄ってくれ」


「はい! その時は、またお手伝いさせてください!」


 エリスは心からの笑顔でそう答え、店を後にした。


 

◇ ◇ ◇ ◇


 

 街灯が魔法の光で優しく照らす夜道を、エリスは弾むような足取りで歩いていた。


 手にした封筒を大事そうに抱えながら、その表情は達成感に満ちている。


「これで当分は困りませんね」


《ふん……まあ、悪くはなかったな》


 肩上の魔王はそう言うが、その口調は不貞腐れている様子だ。


 あの後も結局、エリスは男女問わず様々な人間から口説かれ、誘われていた。

 全て捌き、受け流していたからいいものの、何かあってからでは遅いのだ。



 だから魔王は、静かに怒りを溜め込んでいたのだ。


 しかし、そもそも怒りの元凶がなんであるのか、魔王自身が無自覚なため、どうしようもない。


「魔王? どうかされましたか?」



 流石のエリスも、魔王の機嫌がよろしくないことに気づいたようで、魔王の横顔に目を配る。

 しかし、魔王はそっけなく顔を背ける。


《……別に。お前が仕事で大きなミスをしないか心配だっただけだ》



 明らかに嘘だとエリスは理解していた。

 しかし、そんな嘘であっても心配してくれる魔王が、エリスにとって本当にありがたかったのだ。




「――ありがとうございます。心配してくれて」


「……ふん」



 魔王に顔を寄せながら、エリスは夜道をまっすぐ見た。

 

 向かう先は、今夜の宿。



 初めての給仕のお仕事をして得た報酬を握りしめ、その足を軽やかにしながら、歩いていくのであった。

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