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絶望に浸る聖女



 老婆の教えてくれた通り、小さな礼拝堂は、街外れにある湖畔の森の中にひっそりと建っていた。


 人の気配はまるで感じられない。

 しかし、入り口の階段はきれいに掃き清められ、扉の取っ手も錆びついていなかった。


「ごめんください」

 

 挨拶をしながら入ると、礼拝堂の奥では、一人の女性が祈りを捧げていた。


 痩せた、しかし気高さの残る背中。

 かつては輝いていただろう金髪は、色あせてぼさつき、簡素な灰色のローブをまとっていた。


 その女性はゆっくりと振り向いた。


「……どなたですか?」

 

 その顔はやつれており、疲れ切った顔をしている。

 しかし、一番衝撃的だったのはその瞳だった。


 かつては優しい光を宿していたであろう碧眼は、全ての光を失い、深い罪悪感と苦悩で曇りきっていた。


「私はもう、治療を行なっておりません。どうかお引き取りください」


 その声はかすれており、生きる気力をほとんど感じさせないものだった。


「私はエリスと申します。旅の者です。治療をお願いしたいのではなく、お話をしたくて参りました」


「話すことなど、何もありません。どうかお引き取りを」


 セシリアは再び祈りに向かおうとしたが、エリスは動かなかった。


「セシリアさん、ですよね? この街、ミストレイクで『聖女』様と呼ばれているあなたにお聞きしたいことがあるのです」


「申し訳ありませんが、お引き取りください」


「『水光療法学』……あなたの生み出したものが、大勢の人を救ったとお聞きしております」


「……お引き取りください」


 セシリアは取り付く島もなく、エリスの質問に答える気配はない。


 今は、誰にも会いたくない。

 そんな気持ちだけが強く、声に表れていた。


 しかし、エリスは諦めずにセシリアに質問をする。


「――私は魔法が使えません。ですので、どうか魔法についてお教えしていただけませんでしょうか」


「お引き取りください。私はもう、魔法なんて使う気はありません」


 冷たく言い放つセシリアに、エリスは押し黙ってしまう。


 そして再び、セシリアは背を向け祈りを捧げ始めた。


 誰に対しての祈りなのか。

 何を思っての祈りなのか。


 エリスにはわからないまま、その背中を見つめることしかできない。

 

《余計な詮索はよせ。この女の苦悩は、我々が関わることではない》

 

(でも、魔王……)


《今ここでこうしていても、埒があかないぞ。ひとまず一度退き、この女の心を開く方法を考えるのだ》

 

 エリスは無念を抱きながらも、魔王の言葉を肯定するかのように、目を瞑り俯きながら頷いた。

 

 そして、再び顔を上げて、セシリアの背中に告げた。


「わかりました。今日は失礼します。ですが、必ずまた来ます。……その時は、きちんとお話しできれば嬉しいです」


 エリスは立ち上がり、礼拝堂を後にする。


 振り返れば、セシリアはまだ背中を向けたまま、跪いて祈りを捧げている姿が見えた。



 





 霧が立ち込める湖畔を歩き、宿へと戻りながらエリスは決意を固めた。


「魔王、私決めました。絶対にセシリアさんとお話しできるようにします」


《……ふん、お前にしては珍しく、気合が入っているじゃないか》


 その瞳には、強い意志の光が宿っている。

 悲痛な雰囲気を纏うセシリアの姿を見て、放っておけるわけがなかったからだ。


「だって、放っておけないんですもの。セシリアさん、絶対に王都で何かあったはずですから」


 それが、エリスが当事者となった『永劫回帰の儀』なのかはまだわからない。


 しかし、王都と関わりを持っていたことからも、セシリアと話す意味は絶対にあるはずなのだ。


 ――それが、次なる贖罪の旅に繋がることも考えられるのだから。



◇ ◇ ◇ ◇


 

 宿に戻るや否や、エリスは宿の老婆に懇願した。


「お婆様、お願いです! セシリアさんについて書かれている本を全て、お貸しください!」


 突然の頼み事に老婆は狼狽えるが、すぐに微笑みを浮かべ、胸を拳でトン叩いた。


「……何をしようと思っているのかはわからないけれど、そんなことでいいのなら協力するよ! 部屋で少し待ってなさい。すぐに持っていってあげるからね」

 


 

 部屋には老婆が持ってきた本が山積みにされ、エリスは次々と内容を頭に叩き込んでいく。

 

 ページをめくるたびに、かつてのセシリアの輝かしい功績が記されている。

 

 多くの人々を救った治療の記録。

 開発した新しい魔法。

 そして、この街で『聖女』とまで呼ばれるようになった偉業の数々。

 

 それら全てと、現在のセシリアの姿が、あまりにも対照的だった。

  

(セシリアさんについてもっと知り、もう一度話す機会を得たい)


 ――その悲しみの根源が何であるのか、そして自分にできることがあるのかどうかを確かめるために。


 一冊、また一冊と読破していくエリスの手は止まることを知らない。

 恐るべき集中力を灯しながら、ただ読むのではなく、内容に“共感”し、理解していく。



 しかし、それでも時間が経てば疲労が溜まるのは人間の常だ。


 大きく息を吐き、数秒の休憩をしてから再び本に目を落としていく。



 目が疲れようとも、頭が痛くなっていようとも。


 エリスは知りたいのだ。

 セシリアという人間を。



《……やれやれ》



 魔王は積まれた本を器用に開き、眺め始める。

 身体と同程度の大きさの本であるけれど、数秒顔を動かしながら文字を追い、次の頁を捲る。


《……こちらの魔法理論が主題の本は余が要約しておく。魔法が苦手なお前には難しすぎるだろう》


 素直じゃない言葉を向けながら、顔はエリスの方を見ることはなく、魔王は本に没頭していく。


 完全なるエリスのわがままなのに、魔王は協力してくれる。

 その意思の表明が、エリスに大きな励ましとなった。


「……はい! ありがとうございます!」



 宿の夜は更けていく。

 二人の本を捲る音だけが、部屋に響きながら。




 

◇ ◇ ◇ ◇



 

 そして、翌朝、エリスは決断した。

 

 今日、セシリアを説得するための理由を、街に探しに行こう。


 そして近いうちにもう一度、礼拝堂を訪ねよう。



 また門前払いされるからもしれない。

 今度こそ、強い拒絶をされるかもしれない。



 だけど、それでもエリスはセシリアを放って置けなかったのだ。

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