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魔王は信じた。少女が愚かなる理想を叶えることを。


 エリスの光の術によって怪我が回復したシルフィアは、完全に敗北したことを悟り、戦意喪失している。

 そんな彼女に対し、魔王はエリスを介して指示を送った。


 エリスがこれから壮絶な痛みに襲われること。

 原因は、魔王の力の残滓のせいであること。

 残滓をシルフィアに吸収してもらうこと。

 

「えっと……《拒否することは許さぬ》、とのことです」


「わ、わかりました……やってみます」


「あの、無理はしないでくださいね? 以前、バルドルさんにも同じことをしてもらいましたが、少し吸収しただけで凄い悶絶されてましたので」


 バルドルの名前を出した途端、シルフィアは目を見開いた。


「バルドルが? なら私もやる。あんな奴に引けを取るわけにはいかないし」


 急にやる気になるシルフィア。

 

 どうやらバルドルと因縁のようなものがあるようで、負けるものかと腕をまくり、魔力の吸収をする準備をし始める。


 予想だにしない反応にエリスは苦笑したが、協力してくれることに感謝の思いが募った。


 

 ――そして、魔王の力の消失が始まった。

 ゆらりと揺れるように、エリスの銀髪は黒く染まっていき、金色の瞳も紅色に戻っていく。


 その姿は、普段のエリスそのものである。


「あ……ぐっ……!」


 しかし、その顔面は血の気が失せていき、衰弱が始まったことで、たちまち膝をついてしまう。

  

 勇者となった際の脅威的な自己治癒能力により、肩と脇腹の深い裂傷は完治している。

 しかし、魔王の力の激烈な反動が、身体を内側から蝕み始めていたのだ。


 まるで、全身の神経を一つ残さず灼熱の針で刺すような、耐え難い苦痛だった。


(……これが、魔王様の力の反動)


 一方、シルフィアはエリスの様子を見つめていた。


 激痛に襲われ、仰け反りながら呻き声をあげている。

 その姿は、先ほどまで圧倒的な力を見せていた勇者と同一人物とは到底思えない。


 そばに落ちている棒切れや石を使い、命を奪うことすら造作もないはずだ。


 ――しかし、シルフィアは既にその選択肢を放棄していた。

 

「……痛むかもしれないけれど、じっとしていて」

 

 シルフィアが手を差し出すと、エリスの身体からその掌へ、黒い気である魔王の力が吸い込まれ始める。

 

 魔族である彼女にとって、魔王の力はバルドルと同様、ある程度まで吸収可能な動力源。


 本来であるならば、その力は消耗し切った魔力を回復させ、エリスの光術による魔力の拘束すらも解除できるはずだった。

 

 しかし、今回は違う。

 エリスの体内で暴れ狂う魔王の力の残滓は、激烈な苦痛を伴う毒のようなものであったからだ。


 

「っ! ……あ……ああああっ!!!」


 残滓を吸収した直後、シルフィアの身体を壮絶な痛みが襲い始めた。


 それは想像をはるかに超える灼熱の苦痛で、まるで体内の血管が一つ残さず破裂するかのようだった。


 たった数秒しか吸収していないのに、このザマである。


 悶絶し、地面に跪き、息を切らしながらシルフィアは叫んだ。


「な、なに……この痛み……!? なんで耐えられるの……!? 頭おかしいんじゃないの……!」


 シルフィアは涙と鼻水を流し、のたうち回りながらも、エリスの苦しみを少しでも和らげようと再び力の残滓を吸収し始める。


 それは敗北した者としての責任感なのか、あるいはほかの複雑な感情からなのか、シルフィア自身にもわからなかった。


 

 やがて、限界が訪れたのか、シルフィアは地面に横たわってしまった。


 一方、エリスは激痛に襲われることは無くなった。

 顔にはまだ疲労の色が濃いが、強い筋肉痛と全身の倦怠感が生じるくらいまで和らいだのだ。


 これなら、問題なく動ける。

 エリスは深く息を吸い、ゆっくりと立ち上がった。


「ありがとうございます……随分と楽になりました」


 エリスは心からの笑顔をシルフィアに向けた。


 シルフィアは苦悶の表情を浮かべながらも、立ち上がった。


「……感謝するなんて白々しい。敗者への労りのつもりなら、やめて」


「いえ、反動の痛みって本来は地獄の苦しみなので……この程度まで肩代わりしてくれたことの感謝でしかないですよ」

 

 シルフィアは顔を背け、照れくさそうに言うが、エリスはその言葉にさらに優しい笑みを浮かべた。


 その笑顔は、先程まで殺し合おうとしていた者同士とは思えなかった。


「……あなたって本当に愚かね」


「あはは……魔王にもよく言われます」

 


 苦笑するエリスに、シルフィアは完全に敗北を悟った。


 力ではもちろん精神性においても、そして何より『人としての大きさ』において、完全に敗北したのだ。

 もう二度と、この少女に敵対することなどできない。


 ――シルフィアは心の底から、そう思ったのだ。


「……? えっと、魔王から質問とのことです。《幾つか答えてもらう。余を封じたあの石は誰から貰った? 我らの現状を教えてもらった者と同一人物か?》」


 エリスの口を通して魔王は質問する。

 今後の旅において、脅威になりかねないことだったからだ。


「……お察しの通り、同一人物です。間に別の者が入って渡されたから、誰は分かりませんが我らと同様、魔王様の復活を目論んでいるのは間違いありません」


 シルフィアの情報に、エリスの目が見開かれる。

 魔王が滅びても、未だかつての野望を捨てきれずにいるものが存在している。


 なにより、自分達の現状を知っているということ。

 それは、今後も襲撃に遭う可能性が高いということだ。


《愚か者がまだまだいる、ということか。全く、呆れるわ》


(そんなこと言っちゃいけません。それだけ、あなたを信望している方が多いということですし)


《……襲われるのはお前だというのに》


 エリスの呑気な指摘に魔王は自身の配下以上に呆れてしまう。

 この娘は本当に自分への危害に対して嫌悪感が薄い。


 退ける自信があるからか。

 それとも、互いに分かり合える可能性を確かめたいからか。


 シルフィアの“今”の態度を見ながら、魔王は目を細めた。


「……気をつけることね。あなた達の容姿と現在の能力は完全に共有されてる。今度襲撃に遭った時は、今回みたいには行かないかもね」


 遠い目をしながらシルフィアは警告する。

 情けのつもりなのか、独り言のように声は小さい。


 しかし、そんな態度にすらエリスは目を輝かせる。


「ありがとうございます! 気をつけますね!」


 エリスは頭を下げ、心の底から感謝を向ける。

 

 敗者に対する態度ではまったく無い。

 勝者の余裕、というわけでもない。



 その心意気に、シルフィアの全身に“何か”が鋭く通り過ぎていった。



(こ……この娘は……!)


 皮肉にも苦笑いで返し、攻撃的に一切ならない。

 敗者に向けて追い打ちをかけない。

 それどころか、感謝すべきところは全力で感謝をする。


 全く愚かで、本当に救いようが無い少女。


 そんな存在に、シルフィアは心を鷲掴みにされたのだ。

 やがて、その感情は身体を無意識に動かした。



 ――シルフィアが、急にエリスを抱擁したのだ。



「……? えっと、シルフィア、さん?」


「じっとしてて。大丈夫、取って食うつもりはないから」


 急に抱擁されたことに困惑するエリスだが、拒絶する意思はない。

 敵意を全く感じず、むしろ庇護欲を向けられていることを、第六感で捉えたからだ。


「……私みたいな馬鹿者が、これからもあなたを攻撃するかもしれない。だけど、絶対に負けないでね」

 

「シルフィアさん……」


「致命傷を与えた私が言えたことじゃないけどね。……でも、気をつけてね」


「――はい!」


 心配してくれる意志を向けてくれるシルフィアに、エリスは全力で感謝する。

 急な態度の変化に戸惑いはあるけれど、その声の優しさ、体温の温かさ。


 そしてなにより――和解できたことを証明する敵意の喪失。


 それら全てが、エリスの喜びへと繋がっていたのだ。


 

 シルフィアは、さらに感激していた。

 


 急に態度を変えたことに警戒されるかもしれない。

 そんな懸念を晴らしてくれたエリスの態度に、口から出る言葉は止まらなくなった。

 

「――それはそれとして、勇者であるあなたの姿。初めてみたけれど、本当に美しかった……! 心を鷲掴みにされた。圧倒的な力と威厳。それでいて。どこか悲しげなような雰囲気」


「し、シルフィアさん?」


「そしてあの私の魔法を模倣した光術。速度、範囲、威力全てが私を遥かに超えていて、素晴らしかった……!」


 突然、輝いた目をしながらシルフィアが語り始めたことに再び戸惑うエリス。


 しかし、シルフィアのその姿は楽しそうで、うっとりとした表情で、先ほどの光景を思い浮かべているようだった。


「最後に『降参しますか?』って微笑んでくれた時、もう私の心は滅茶苦茶になった。殺意を向けた相手なのにあんな微笑みを向けて……まるで全てを赦してくれるかのようにすら感じた」


 シルフィアの抱擁する力がさらに強まる。

 言葉の端々に、尊敬や信望を込めた感情が隠れず見えていた。

 

(魔王、シルフィアさんは大丈夫なのでしょうか……?)


《……狂った訳ではなさそうであるから安心しろ。言葉通りに受け止めておけばよい》


 意見を求めるエリスに、魔王は特にこれといった助言はしない。

 


 シルフィアの変化は、ごく当然のものだと思っていたからだ。

 


(……まったく、この娘は本当に)


 

 エリスは最後まで、シルフィアと分かり合えることを諦めなかった。

 

 致命傷を負いながらもトドメはささず、降参のみ求めるだけだった。


 降参した後に裏切られ、殺意を向けられても。

 その後、結局求めたのは、やはり降参の意思のみ。


 精神の屈服によって折衝の道を切り開く、エリスの頑なな想いがそうさせたのだ。


 結果、こうして魔族でありながらも、殺し合いをした仲であっても、和解へと繋ぐことができた。

 

 ――それは、魔王やバルドルと同様の、エリスの目指す世界の一端だ。



 シルフィアはエリスの両肩に手を置き、微笑んだ。


「エリス、今はあなたに魔力を封じられたけれど、次に出会えた時には、また別の関係になれていたら嬉しいな」


「私もです! 今度は戦うことなく、楽しいお話からできたら!」


「……ッ! エリス!」


 感極まったシルフィアは、再びエリスを熱い抱擁で包んだ。


 エリスはなんだか恥ずかしい気分だけれど、頬同士を擦り合わせるように抱きしめてくれるシルフィアの姿は幸せそうだった。


 エリスは少し驚いたが、その温もりと純粋な好意に、そっと抱擁を受け入れた。




◇ ◇ ◇



 しばらくして、シルフィアはゆっくりとエリスを離すと、ゆっくりと踵を返した。

 

「それじゃあ、またね、エリス」


「はい、お達者で」


 その背中には、どこか憑き物が落ちたような、すっきりとした雰囲気が漂っていた。



 エリスはその姿が見えなくなるまで見送り、ほっとしたように一息をついた。


 また一人、対話によって和解ができた。

 一時は命を奪われかけたけれど、それは己の未熟さのせいでもある。


 だからエリスは、強く誓った。


「魔王、私はこれからもっと、もっと強くなってみせます。あなたの配下と対話ができるように」


 命を狙われる覚悟の上で、己の理想に殉じるつもりのエリスに、魔王は返した。


 

《……ふん。そのような大言壮語、後悔することのないようにな》

 


 しかし、出た言葉とは裏腹に、魔王の本心は違った。


 

 ただの戯言であるのはわかっている。

 分不相応であり、高望みであることも知っている。


 

 それでも、魔王は信じたのだ。


 ――必ずや、エリスが理想を叶えることを。







 ========================


 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 作者の観葉植物です。


 以前登場したバルドルに次ぐ、魔王の配下との戦いとのことで、今度は魔王の力を借りずに勝利を得るエリスの姿を描写できて、作者自身とても楽しかったです!

(結局は騙し討ちのせいで魔王の力を借りることにはなりましたが)


 相変わらず甘ちゃんなせいで折衝をしたエリスですが、うちの主人公はこういう奴なんです、と以前から描いていますので、ここは今後もきっと変わらないと思います。


 しかし、魔王の配下と情報共有している人物が他にもいて、エリスと魔王の二人の現在を知っていることから、今後の旅も違った風景になると思われます。


 贖罪に対する赦しの旅。

 エリスを鍛え上げる旅。

 そして、魔王の配下含めた敵対者との戦いの旅。


 これら三つをメインとした物語が今後の核となっていきますが、日常的な閑話休題もガンガン差し込んでいきます。


 もし、この作品、エピソードをお読みになって応援したい!評価したい!感想を書きたい!と思っていただけたら嬉しいです。


 エリスと魔王。

 こんな二人ではありますが、どうか今後もよろしくお願いします!

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