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その復讐心は、純粋な善意によって溶かされる。

 翌日、エリスは人助けをしつつ、次なる旅の準備のために、街の市場を練り歩いていた。


 様々な店を覗き込み、便利そうなものを手に取って確認するその姿は、買い物を楽しんでいる村娘そのものだ。


 そんな中、とある青年がエリスに尋ねてきた。

 

「あの……すみません! ここいらで小さいガマグチの財布を見ませんでしたか?」


「いえ、見ていませんが……っ! まさか探し物ですか!? ならお手伝いしますよ!!」


「え? あの……いや、助かります」


 頼んでもいないのにやる気に満ち溢れるエリス。


 そんな彼女の姿に呆然としながらも、青年は好機であることを悟った。


(……なんてバカな小娘だ。このままギャレンさんの元へ誘導してやる)


 そう、この青年は先日窃取を働き、エリスに邪魔された情けなき男ギャレンの手下。


 勿論、財布を落としたのもわざとであり、エリスを狙い定めたものである。


「色は赤色、手のひらと同程度の大きさで中身は銀貨が数枚、ですね。わかりました! 絶対に見つけ出しますから安心してくださいね!」


「お、おう……」


 純粋な善意を向けてくるエリスに、青年は妙に罪悪感を覚える。

 

 騙していることに胸が傷み始めるが、必死に被りを振りながら正気を保とうとする。


 一方のエリスは、地面に這いつくばりながら第六感を研ぎ澄まし、財布の在処を探索する。

 

 衣服が汚れようが、素肌が埃に塗れようが構わない。

 その懸命な姿は、周囲の人間に影響を与えていく。


「お嬢ちゃん、俺も協力するよ!」

「猫ちゃんが持って行ったのかもしれないね。私、ちょっと猫ちゃんの集会見てくる!」

「偉い娘さんだねぇ……どれ、あたしも」


「皆さん……ありがとうございます!」


(お、俺はなんてことを……)


 次々と財布を探す協力者が増えていくことに、青年は呆れるどころか申し訳なさに縮こまってしまう。


 ギャレンに拾ってもらった恩は確かにある。

 しかし、だからといってここまでの善意を無碍にしているかの感覚は、耐え難いものであった。

 


「あっ!ありましたよ!」


 露店が立ち並ぶ場所の間に、青年がこっそり隠してあった財布をようやくエリスが見つけた。


 拍手喝采が起きる中、照れくさそうにするエリスは青年に財布を手渡した。


「はい、どうぞ! 見つかって本当に良かったです!」


「あ、ああ……ありがとう」


 周囲はいいものが見れたと満足したのか、すぐに散り散りになり、普段の喧騒へと戻っていく。

 

 同様にエリスも、その場から離れようとしたので慌てて青年はその肩を掴んだ。


「あ、あの! 本当に助かったよ! お礼がしたいんだが……なにぶん金が無くて……」


「いえ、いいんですよ。困っているときはお互い様、ですから」


「そんなこと……あっ! そうだ!」


 青年はごそごそと衣服の中から一枚の小さな取り出し、エリスに渡した。


 紙には、こう記載されていた。

 ――特別優待券(格安)、と。


「知り合いが飲食店を開店するとのことで貰ったんだが……あいにく金がないので捨てようと思ってたんだ。味は保証する。よければ楽しんできてほしい」


 わざとらしすぎると思いながらも、青年はエリスを誘導する。

 しかし、顔を合わせることができない。


 騙していることの罪悪感がどうしても拭えず、態度に出てしまったからだ。


「へえ……このお料理、美味しそうですね! でしたら、楽しませてもらいますね! ありがとうございます!」


 ぺこりと頭を下げ、るんるん気分で紙に記載されている場所へと足を向けるエリス。

 

 その姿に、行かせないように青年は肩を掴もうとする衝動に駆られた。


 しかし勇気が足りず、その手は虚空を掴んでしまう。


 そして握り拳を作り、己の情けさに震えることしかできなかった。



◇ ◇ ◇ ◇



「いらっしゃいませ。特別優待券をお持ちの方ですね、どうぞこちらへ」


 空が茜色になりつつあるが、夕食にはまだ少し早い時間。


 他の客はおらず、まるで貸切のような雰囲気で、エリスは豪華な食事ができる機会を得たのである。


 装飾も、雰囲気も街の一角にある飲食店とは思えない。


 かつて王宮に招かれた時の食事会を思い出すような、煌びやかさで満たされていた。


「本日はご来店いただきありがとうございます。こちらは、前菜のスープです」

 

 店員が運んできた温かいシチューに、エリスは目を輝かせる。


「わあ……美味しそう!いただきます!」


 ひとくち口にするだけでわかるその美味しさ。

 

 エリスは目を瞑り、心が震え上がった。


「美味しい……! 香ばしいだ風味がとろける甘さに絡んで……たまりません!」


《ほう、確かにこれは美味い。この地方特有の香草が効いているな》


 隣で猫用として置かれたスープを舐める魔王も、エリスに同意する。




 一方、食事を始めてすぐ、厨房の影から一人の男がじっとエリス達を観察していた。


(さあ、食え……特製調味料をたんまり仕込んだシチューを!)


 その男――復讐に燃えるギャレンは、陰険な笑みを浮かべながら念じる。


(この『眠りの乙女』という毒は、一滴で馬を眠らせるくらいの強力なものだ。効果は三日三晩。眠りにさえつけば、後はこっちのもんだ!)


 エリスは全く疑う様子もなく、シチューを一口、また一口と味わう。


「美味しすぎて、すぐに無くなっちゃいますね。はしたないと思われないか心配です」

 

《気にするな。他の客はいないのだ。思う存分味わえばいい》


 本来ならば、すでに眠りの兆候で出ているはずなのに。


 一向に変化の現れないことに、ギャレンは目を見開いた。


(ま、間違いなく毒を盛ったはず……なぜ平気なんだ!? もうとっくに倒れていてもおかしくないはずだ!)

 

 エリスは相変わらず幸せそうにシチューを味わい続け、終いには完食してしまうくらいだった。

 

 むしろ、物足りなさそうにさえ見えるくらいだ。


「完食ありがとうございます。続いてメイン料理を用意しますので、しばらくお待ちください」


 店員が皿を下げながら、次なる料理の予告をする。


 今度はスープのような、単純なものではない。


 腕によりをかけた、ギャレン自慢の肉料理だ。

 

(ええい! 次だ次!メインの料理に大量に混ぜ込んでやる!)


 目を血走させながら、ギャレンは仕込んでいた肉に『眠りの乙女』を揉み込み、調味料をバランスよく振っていく。


 採れたての野菜を高速で切り刻み、高い火力を利用した大鍋をふるいながら肉と共に炒めれば完成だ。


(どうだ!『眠りの乙女』特有の香りを薄めつつ、栄養バランスと食感、そして何よりメインの肉を引き立てるような完璧な料理だ!)


 ぜえぜえと息を切らしながら、ギャレンは料理の出来栄えに満足し、店員に渡し運ばせた。


 目標メイン料理を待ち侘びている、復讐相手であるエリスだ。


「お待たせしました。本日のメイン料理になります」


「わあ! とても美味しそうです!!」


 目を輝かせながら香りを嗅ぎ、切り分けてひとくち口に入れるエリス。


「〜〜〜〜ッ!!」


 あまりの美味しさに、全身で悶え、震え上がるくらいの感動が突き抜けていく。


《大袈裟ではないか? かつて勇者だった頃、この程度の料理、何度も食べたことが――》


(ありませんでした! 豪華な料理そっちのけで、自分のしなければいけないことばかりしてましたので!)


《そ、そうか。なら機会ができて良かったではないか》

 

 にっこりと笑いながら、メイン料理を食べ進めていくエリス。


 その姿に、またしてもギャレンは目を見開いた。


(な、な、ななな何故だッ!? 何故倒れない!? ひとくち食べれば昏倒するくらいの量を入れたんだぞ!?)


 偽物をつかまされたわけじゃないのはわかっている。


 部下の一人に対し、事前に使ったから、効果の程もよく理解しているつもりだ。



 だからこそ、視線の先にいる、何の変哲もない一人の村娘のような少女に、まるで効果がないことが信じられなかったのだ。



◇ ◇ ◇ ◇


 

「ごちそうさまでした!」


 結局、エリスは何ともなしに完食した。


 綺麗になったお皿を前に、満面の笑みを浮かべ、大満足の感情を前に出している。


「ふぅ、本当に美味しかったです……!」


 そしてエリスは席を立ち、代金を支払おうと出口付近に向かう。


 するとその時、厨房からギャレンが出てきて、緊張した面持ちでエリスを見つめ始めた。


「お会計ですね。特別優待券をご提示いただきましたので、本来金貨三枚のところ、銅貨三枚で大丈夫です」


 震える声で丁寧に告げるギャレンに、エリスは銅貨を差し出しながら、にっこりと微笑んだ。


「はい。今日のシチュー、本当に美味しかったです!」


「……それは良かった」


 内心、悔しさと困惑で一杯のギャレンは感情が追いつかないままである。

 

 そして、そんなギャレンに対し、エリスは悪意の一切ない純粋な表情でこっそり告げた。


「あの、一つだけ。……『眠りの乙女』の香ばしい風味はとても美味しかったですけど、もしかしたら他のお客様には合わないかもしれないので、気をつけた方がいいかもしれません」


 ギャレンは完全に凍り付いた。

 顔面が一気に蒼白になり、額に冷や汗が浮かぶ。


「な……なんのことでしょうか?」

 

「あの香ばしさがアクセントになって、丁度いい風味を引き立ててくれていたのですが、毒に耐性のない方には……ええと、少し強すぎるかもしれませんから」


 エリスはいたって真剣な表情で続ける。


「でも、とても綺麗な料理でした! 『眠りの乙女』をこんな美味しい料理の一要素にできるだなんて、勉強になりました!」


 ギャレンは言葉を失い、ただ呆然とエリスを見つめるしかなかった。

 

 その手は震え、受け取った銅貨を落としそうになる。


 

「ごちそうさまでした! 機会があったその時には ――美味しい料理、楽しみにしてますね!」


 エリスは深々とお辞儀をすると、にこやかに店を後にした。



 

 店内に残されたギャレンは、その場にへたり込んでいた。



「あの小娘、一体何者だ……毒が全く効かず、しかも怒りもせずに伝えてくるとは」



 何故かギャレンは深く後悔していた。

 

 そして、エリスの無邪気で純粋な笑顔と、毒を指摘するあの天真爛漫な言い方が、どうしても忘れられずにいる。


“美味しい料理、楽しみにしてますね!“


 そんなエリスの笑顔がギャレンの胸に強く刻まれ、透き通った声が耳から離れない。


「……真面目に働くか」


 ギャレンは厨房に戻り、『眠りの乙女』を廃棄する。


 そして、店に入ってきた客を出迎えるべく、目の前の調理器具を見据えながら、材料と戦いを始めるのであった。




◇ ◇ ◇ ◇


 


 エリスは今夜の宿に向かって軽やかな足取りで歩いている。


 その頭上では、夜空が街を優しく照らし、新たな明日への希望を静かに約束していた。

 

 そんな中、魔王は先ほどのやりとりについて一つ、問いただした。

 

《エリス……お前まさか、あの男が毒を入れていたことに気づいていたのか?》

 

「ええ、もちろんです。だって『眠りの乙女』の味は特徴的ですからね」


《な……!?》


 エリスはきょとんとした顔で首を傾げている。 

 

「大したことじゃありませんよ。おかげで今日はとても美味しいシチューが楽しめましたし」


《し、しかし……毒だぞ? お前、平気なのか?》


「はい。だって……」


 エリスは静かに遠い目をしながら、魔王に告げた。


 寂しそうな微笑みをしながら、かつての記憶を手繰り寄せるように。



 

「――毒なんて、勇者の頃によく盛られてましたから」


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