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エリスは理解した。この旅の目的は、人々を赦すこと。


 夕闇が深まり、街灯の灯りが公園を柔らかく照らし出している中。

 

 リリィはエリスにある一つのことを問うた。

 それは、己の看取り師としての向き合い方だった。

 

「勇者様……いえ、エリスさん。私はずっと、あなたを見殺しにした贖罪として、残りの人生を患者さんを看取ることに捧げようと思っていました」

 

「ええ。それは、とても尊い行いだと思います」


 エリスは優しく微笑むが、リリィは被りを振ってその言葉を否定する。


「でも、それは赦しを得るためにやっていただけ。偽善でしかない」


 ただ純粋に、患者のことを想っているわけではない。

 

 リリィはその最期を看取る時、罪滅ぼしをしている気になっていることは否定できなかったのだ。


 

 側から見れば、最大の献身にも見える看取りの仕事。

 

 その行いが、罪滅ぼしをする気になれるという、見返りを求めてしまっていたのだ。


 だから、リリィは言った。

 尊いものでは全くない、偽善だと。


 しかし――

 

「そんなこと、ありませんよ」

 

 そう言って、エリスはリリィの手を握り直した。

 

「リリィさん、人が旅立つ時には、心の準備が必要です。それは誰にでもできることではありません」

 

 リリィの手のひらには、看取り師として働く中でできた無数の小さな傷や、薬品で荒れた跡が刻まれている。

 

 それが、エリスの言葉に説得力を与えていた。

 

「あなたの役目は、その準備を手伝い、寄り添い、最期まで見捨てずに見届けること。それは単なる仕事ではなく、とても尊い使命なのです」


 リリィははっとしたように目を見開いた。


 その瞳に、初めて理解の光が灯る。


「使命……?」

 

「そうです。あなたがこれまで看取ってきた方々は、決して孤独ではなかった。だって、リリィさんに見守られて旅立つことができたのだから――それがどれほど大きな意味を持つか、私はよくわかっています」


《随分と説得力がある物言いだな》

 

(私自身が経験したことですから)


《……そうだったな》


 寂しげに微笑むエリスの横顔を見て、魔王はその尻尾をエリスの腕に巻き付ける。

 

 魔王なりに慰めているつもりなのかもしれない。

 それがエリスには、嬉しかった。

 

「私はずっと、贖罪のつもりでこの仕事を続けてきました。でも……」


 リリィはゆっくりと立ち上がり、公園の向こうに見える診療所を見つめた。


 窓には、まだいくつかの明かりが灯っている。


「それだけではないでしょう? リリィさんが患者さんに接する時、そこには本物の優しさがあります。それは偽りのない、真心からのものだと思います」


 エリスも立ち上がり、リリィの隣に立った。


「あなたは自分が思っている以上に、多くの人を救ってきたのです」


 その言葉を聞いた瞬間、リリィの表情が変わった。


 これまでずっと彼女を縛っていた重苦しい影が消え、目に確かな輝きが戻ってきた。





 

 二人は並んで公園を後にし、診療所へと歩き始めた。


 道すがら、リリィはこれまで看取った患者たちのことを語り始めた。


 最初は苦しんでいた人々が、最後には安らかな表情で旅立っていったこと。


 ――その一つ一つが、今ではかけがえのない思い出として、リリィの心に蘇ってくる。


 


 最後にリリィは、エリスに一つの問いをした。

 

「エリスさん、教えてください。あなたは……なぜ私を癒そうとしてくれたのですか?」


 エリスは足を止め、夜空の星を見上げる。

 

 そして、リリィに向けて真っ直ぐな瞳を向けた。


 

「リリィさんが、助けを求めているように見えたからです」

 


 たとえ、見知らぬ他者であっても助けを求めているのであれば放っておけない。

 

 それが、エリスの存在意義だからだ。


 リリィの目にまた涙が浮かんだが、今度は悲しみではなく、温かい感動の涙だった。




◇ ◇ ◇ ◇


 

 

 次の朝、エリスが診療所を訪れると、リリィは既に仕事を始めていた。


 しかし、これまでとは明らかに様子が違う。


 リリィの動作には迷いがなく、患者に接する笑顔は自然で輝いていた。


「おはようございます、エリスさん」


 なんて綺麗な笑顔なんだろう。

 エリスがそう思うくらいの変わりようだった。


 

 老医師も診察室の入り口に立ち、驚いたようにリリィを見つめている。


「リリィさん、何かあったのかい? 随分と表情が明るくなったようだ」


 リリィは老医師に微笑み、宣言した。

 

「先生、私これからも、看取り師として頑張りたいと思います」


 リリィの表情はもう、以前と比べて無表情ではない。

 

 感情を取り戻し、その瞳には決意の焔が揺れ動いていた。




◇ ◇ ◇



 

 

 昼休み、リリィはエリスを小さな中庭に招き、深々と頭を下げた。


「エリスさん、ありがとうございました。あなたのおかげで、ようやく本当の意味で看取り師という仕事に向き合えるようになりました」


「それはなによりです。――ですが」


 エリスは真剣な表情でリリィを見つめる。


 リリィに今まで見せたことのない、勇者の息吹を感じる表情だ。

 

「リリィさん。私が勇者であること、そして生きていることを、どうか誰にも話さないでください」


 エリスの訳ありな態度に、リリィは自然と察した。

 

「……勿論です。王都に情報が行ったら、大変なことになりますものね。このことは、私の心の中で永遠の秘密にします」


 リリィは深くうなずき、誓いのように胸に手を当てた。



 しかし、それと同時に、リリィの表情に再び迷いが浮かんだ。


「でも……エリスさんに人生を変えるくらいのことをしてもらったのに、お返しをしてあげられないのが辛いです。何か、してあげられることはありせんか?」


 エリスは少し困ったように俯いた。


 金銭的な援助は受けたくないが、かといってリリィの決意を否定するのも忍びない。


(魔王、どうましょうか……)

 

《なぜ余に意見を求める。お前のことはお前で決めろ》


 いきなり意見を振られた魔王は興味なさげにエリスへ決断を促す。


 エリスはしばし考え、考えて、うんうん唸り声をあげながら考える。


 そして、何か閃いたのか、パッと顔を上げ、温かな微笑みを浮かべた。


「では、リリィさんにしてもらいたいことがあります」


 エリスは、何か懐かしい記憶を思い出すかのような笑顔で、リリィに一つ提案した。




◇ ◇ ◇ ◇



 

「こんなことでよかったのですか?」

 

「こんなことじゃないですよ。これが、私のして欲しかったことですから」

 

 夕暮れ時、診療所の一室で静かな時間が流れていた。


 エリスは窓辺の椅子に座り、リリィが彼女の黒髪を梳かすのを任せている。


 リリィの手つきは、あの『永劫回帰の儀』の日にお世話してくれた時と同じように丁寧で、優しい。


 だが、かつてのように涙で曇ることはなく、ただ静かな慈しみに満ちている。


 銀色ではなくなったエリスの黒髪も、リリィは同じ真心を込めて梳かしていく。


「あの時、リリィさんの手つきが、最期を迎える私を安心させてくれたのを、ずっと心に残っていたんです」

 

「私はただ、できることしかしていないです」


 櫁が髪を通るたびに、二人の間に流れる空気が優しく包み込んでいく。


 過去の後悔や憐憫、後ろめたさが、この穏やかな時間の中で浄化されていくようだった。


「そのできること、というのが私にとって一番して欲しかったことなんです。――今、この時と同じで」


 エリスの言葉に、リリィの手がほんの少し止まった。


 そして、より一層丁寧に、慈愛を込めて髪を梳かし続けた。



 夕日が窓から差し込み、二人を黄金色に染めていく。


 この静かな時間の中で、言葉以上に深い理解が交わされていた。


 髪を梳かすという行為を通して、二人はあの日の悲しみを昇華し、新たな絆を紡いでいく。


「ありがとうございます、エリスさん。こうしてまた、あなたのお役に立つことができて」

 

「いいえ、私こそ、リリィさんのお役に立てて良かったです」


 やがて髪を梳かし終えると、エリスの黒髪は夕日に照らされて深い輝きを放っていた。


 リリィの目にも、かつての虚無感はなく、澄んだ安らぎが満ちている。




 エリスは思う。


 これで、思い残すことはない、と。


 ――リリィとの、本当の別れの準備ができたのだ。



 エリスは立ち上がり、リリィの手を握った。


 二人の間に流れる静かな理解。


 それは、何よりも雄弁に、この別れが終わりではなく、新たな始まりであることを物語っていた。


 


◇ ◇ ◇ ◇



 

 翌朝、朝日が昇り始める刻のこと。


 リリィは何かを感じたように診療所の窓を開けた。


 そこには、エリスが去っていったことを告げるかのように、空っぽの街道が広がっていた。


「……行ってしまったのね」


 一抹の寂しさが胸をよぎったが、すぐに納得した。


 エリスの立場を考えれば、これが最善の別れ方だった。


(勇者様……いえ、エリスさん。あなたの旅路が、今後とも無事でありますように)


 リリィは朝日に向かって両手を組み、静かに祈りを捧げた。


 金色に輝く陽光が、リリィの新たな決意を優しく照らし出す。


 そして、顔を上げた。


 看取り師として、新たな一歩を踏み出すために。






 街道を歩くエリスの歩みは真っ直ぐで、リリィとの出会いを経たことで、得たものを示していた。


「魔王。あの時、私に再び生を与えてくれて、本当にありがとうございました」


 急に改まったことを言うエリスに、魔王は疑問を呈す。

 

《今更何を。……あの女との出会いで、何かを感じたとでも言うのか?》


「ええ、ようやく理解ができました。私が旅をすることで、何をすべきかを」


 

 蒼く澄み渡る空の下、エリスは想う。


 リリィは、以前出会った青年レオと同様、『永劫回帰の儀』に関係し、深く傷を負った者であった。


 そして、おそらく同じ境遇の者は、まだまだ大勢いる。


「『永劫回帰の儀』によって贖罪を負ってしまった人、心に傷を負った人、そんな人達を助けるのが、私の使命である、と」


 

 勇者を見殺しにしたことで、心に深い傷を刻んだ者。


 そんな想いを抱く必要はなかったのに。


 それも、本人の意志で行ったことですらないのに、だ。

 

 

 そして、そのような者達を助けられるのは、まさにその当事者である勇者――エリスしかいないのだ。



「私は皆に言いたいのです。贖罪を負う必要はないんですよ、と。私は、一切恨んでいませんよ、と」


《……お前には本当に呆れてしまうな》


 処刑時に感じた、身も心も焼き尽くす炎による痛みを覚えているはずなのに。

 

 それでいて、見殺した罪を追う必要はない、恨んでもいないだなんて、本当に愚かなほど純真な少女である。


 そう想う魔王の顔は、言葉とは裏腹に満足げであった。


《ならばあの愚かしいにも程があった儀式の関係者を洗い出すことから始めるんだな。何か心当たりがあるのであれば、だが》


「ええ、お別れの時にレオさんから頂いた手紙に書いてありました」


 その手紙には、あの儀式以降、陛下直属の部下が続々と退職を願ったこと。


 勇者を見殺しにしたことで、精神を病んでしまった者が大勢出た、とのことが書いてあった。


「おそらく様々な地方に、レオさんやリリィさんのような人がいるはずです」


《ふん、虱潰しになりそうだがまあいい。……だが、気をつけろ。お前の正体を明かすことは非常に大きなリスクだ。それを理解した上で慎重に行動を起こせ。何かあれば余も協力してやろう》


「――ありがとうございます、魔王」



 新たな旅の目的を見つけたエリスは、再び魔王に感謝を示す。



 

 そして、足を止め、振り返って先程まで滞在していた、リリィのいた街を見つめ、想った。

 



(リリィさん、どうかあなたが看取り師として、多くの人を癒していけますように)



 

 蒼く広がる空の下、二人は離れていながらも、同じ温かな風に包まれていた。


 

 その風は、新たな旅路へ向かうエリスを祝福している。


 

 そして、新たな使命を見出したリリィを励ますかのように優しく吹き渡っていた。







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ここまでお読みいただきありがとうございました。

作者の観葉植物です。


今回のエピソードは初期にあった『贖罪を負った青年』編の元兵士レオと同様、『永劫回帰の儀』で勇者を見捨てた自覚がある人物のお話でした。


今回のエピソードではレオ編とは違い、リリィは死場所を探していたりするわけではありません。

今を必死に生きていることで『永劫回帰の儀』前での勇者とのやり取りを経たことによる経験が、今も生きていることを示したかったのです。


それはきっと、エリスにとって何よりも嬉しかったことだと思います。自分の死(結果的に生きていますが)が無駄にならず、看取り師という尊い行いとして、この地で息づいていることをその目で見ることができましたから。


だからこそ、同様の人物がいないかを今後も探し求めます。

これが、エリスの新なる旅の目的です。


魔王は、エリスの潜在能力を引き出す(本人以外の犠牲を出さない前提)、己の復活のために力を蓄える。

エリスは困っている人を助けること。そして、自分のせいで贖罪を負った人と出会い、赦すこと。

上記が旅の目的としてようやく提示できました。


きっとこの先、二人の目的を果たすために色々な出会いまたはトラブルが起きるでしょう。

しかし、それをも乗り越えられると信じていただけたら嬉しいです。


今後もエリスと魔王の凸凹コンビを、よろしくお願いします!!


もしこの作品をお気に召された場合には、評価や感想、レビューをしていただけたら幸いです。

作者が泣いて喜び、さらにモチベーションを高めることにつながります!


 

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