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勇者が仲間と共に旅をしなかった理由



《ふと気になったのだが……》

 

 とある街の宿にて、暖炉に薪をくべながら火を起こしている最中のエリスに突然、魔王が低い声で口を開いた。


 その声は、単なる雑談というより、何か深い問いを投げかけるような響きを持っていた。


《お前は勇者だった頃、なぜ仲間を集めなかった? 魔王討伐という大任なら、通常は大人数で行動するのが普通だと思っているのだが》


 エリスは火おこしの手を止め、少し驚いたように目を見開いた。

 赤い瞳が暖炉の炎に照らされ、揺らめいている。


「また懐かしい話を。今度は一体、どんな風の吹き回しですか?」


《……単なる興味だ》


 素直じゃない魔王の態度にエリスは微笑み、ぽんぽんと膝を叩く。

 

 少女の膝に招待された魔王は、のっそりとその上に乗る。

 

 程よい体温と柔らかさが非常に落ち着くのか、尾をゆっくり振りながら、深くため息をついた。


 そして、さらに深く問いただすように魔王は続けた。

 

《勇者であった頃のお前は確かに強かった。それこそ、この世の頂点に君臨するほどのものを持っていたくらいに。――しかし、たとえ勇者といえど、単騎で配下含めた世の軍勢を相手にするのは……無謀というほかなかったろうに》


 エリスはしばらく黙り、暖炉の炎を見つめた。

 その顔には、寂しげな微笑みが浮かんでいる。


 過去の記憶がよみがえり、胸の奥で少しだけ疼くのを感じたのだろう。


「……私からは仲間を募らなかったからです」

 

《なぜだ?》

 

「自分の末路がわかっていたから、ですね」


《……そうだったな》


 エリスの微かに震える声は、段々と小さくなっていく。


 その目には、遠い過去を見つめるような深い陰りが宿っていた。


 魔王も、エリスの想いが理解できたのか、納得したように返した。

 

「魔王を倒した後、勇者という存在がどう扱われるか。王都の上層部の考え方は、なんとなく理解できていました。強大すぎる力は、平和な世には不要だと」


《だからこそ、付き従う者たちに、同じ運命を迎えさせるわけにはいかないと思った。――ということか》


 エリスは言葉を返さない。


 しかし、その寂しげな笑みはより深みを増し、魔王に肯定の意思を示している。


 魔王が、自分の考えていることを理解してくれた。

 エリスにとってそれが、何よりも嬉しかった。

 

「魔王討伐の旅にご一緒したい、と自ら願い出る人たちは確かに多かったです。陛下直属の騎士団や、魔法省の見習い魔術師、それに一般民の中から志願する方も」


 エリスの声には、懐かしさと切なさが入り混じっている。

 暖炉の火がぱちりと爆ぜ、その横顔を優しく照らした。


《それは意外だ。……だが、お前は余と戦う時は一人だった。なぜ奴らはついて来なかったのだ?》


 魔王の問いは当然のことだった。


 エリスは深く目を瞑りながら、問いに対する答えを向けた。


「それは……私の『行動』のせいです」


 魔王にはその言葉の検討がついていない。


 エリスは俯きながら、静かに続けた。


「――着いてきた方々は皆、私の『行動』に失望し、ついて来られなくなったのです」




 それは、エリスがかつて勇者として、人々に憧れを持たれていた時のこと。



 

 今では遠い昔のように思える過去の記憶。

 



 それを、糸を手繰り寄せるようにエリスは振り返っていく。




◇ ◇ ◇ ◇

 



 それは、各地で活躍していたエリスが、一度城へ招待された後のこと。

 

「王の勅命です!我らは勇者様と共にあり!」


「私達では勇者様の足元にも及ばないかも知れませぬ。ですが、少しでもお手伝いできれば!」


「迷える子羊達のためならば、この身、いくらでも使い潰してくだされ……!」


 どこからともなく現れた人達が、魔王討伐にご一緒したいと志願してきたのだ。


「え、えっと……私は別に一人で……」

 

 エリスとしては一人で魔王討伐に向かいたかった。 


 共に行く人数が増えればそのぶん巻き込んでしまう人が多くなるとわかっていたからだ。


 しかし、エリスにその申し出を断る胆力はなかった。


(こ……断れなかった……!)

 



 こうして、エリスは十数人の人々をぞろぞろと連れて歩き、平原から山道、そして街道を移動していくのであった。



 しかし、その旅の序盤から雲行きが怪しくなる。、


 それは、最初の町に着いた時のことである。



「…………むっ!」


「どうしましたか、勇者様――って、ちょっと!? どこへ行かれるのですか!」

 

 何かを察知したエリスは、共に歩んできた志願兵たちを置いてけぼりにして、一目散に駆けていく。


 その先には、泣いている少女の姿。


 人の賑わう市場の真ん中で、さめざめと涙を流していたのだ。


「もしもし、何があったのですか?」


「わ、私のブローチが……ママから貰ったのに……」


 どうやら母親からプレゼントされたブローチを落とし、何者かに奪われたという。


 その正体は人間かもしれないし、はたまた鳥や犬猫といった動物かもしれない。


 いつの間にかなくなっていたとのことなので、手掛かりは一切なかったのだ。


「わかりました! 絶対に見つけてあげますから、もう泣いちゃだめですよ?」


「お姉ちゃん……探してくれるの?」


「ええ、もちろ――」「勇者様!!」

 

 了承する言葉を遮ったのは、志願兵の一人だった。

 

 魔王討伐という大事な任務があり、そんな小事に構っている暇はない、とのことである。


 確かに、一刻も早く魔王討伐をすることは、全人類の安心にもつながる。

 

 たかだか一人の小娘のブローチなど、比較するにも烏滸がましい事柄であった。


 

 しかしエリスは、決して見捨てることはしたくなかった。


「いえ、こんなに困っているのですから、絶対に放っておけません。すぐに探してみせますので、皆様は休憩なさっていてください」


 エリスの意思は頑なだった。


 ――例えどんな小さなことでも、困っている人がいるのであれば助けてあげたい。


 それは、エリスにとっての存在意義そのものだったから。


 

 

 こうして三日間その町に滞在し、ブローチを見つけ出すまで一行は動けなくなった。


 志願兵の中には協力してくれるものもいた。

 

 しかし、手がかりが一切ないので途方もない探索に心折れる者が続出してしまったのだ。


 結局、少女が落としたブローチはカラスの巣で発見した。



 少女が知らぬ間に落としたブローチを、鴉がヒカリモノとして嬉々と自分の巣に運び込んだ。


 それが、ことの顛末であった。


「はい、これ。もう落としちゃ駄目ですよ?」

 

「ありがとう、お姉ちゃん! 本当にありがとう!」


 少女の笑顔を見届け、一行はようやく旅を再開した。


 その中で、エリスは志願兵に同意を求めるように一言、問うた。


「やはりああいった笑顔を見ることが、何よりのご褒美ですね。そう思いませんか、皆様」


「え、ええ……」

「まあ……そうかもしれんな」


 しかし、返ってきた言葉はエリスの予想してないほどの、微妙なもの。


 明らかに不服そうな感情が込められている言葉は、この先起きることを予見しているかのようであった。



◇ ◇ ◇ ◇


 

 次の村では、魔物に襲われて重傷を負った老人を見つけた。


 エリスはまだ、光術に不慣れであった時であり、癒しの力は使えずにいた。

 

 仲間の神官は回復術を試みたが「命に別状はないが、完全な回復には時間がかかる」とのこと。


 一行には魔王討伐、というどんなことよりも優先すべき急ぎの任務があった。


 たかだか老人一人のために、時間を使うわけにはいかない。


 しかし――

 

「――少しだけこの村に留まりましょう。おそらく裏山に薬草が群生しているはずですし、私、採ってきます!!」

 

 やはり一目散に飛び出していくエリス。

 それを止める者は、もはやいなかった。


 代わりに場に残されたのは、深いため息の数々だった。



 

 結局、エリス達はその村に一週間ほど留まった。


 自ら薬草を採集し、老人が歩けるようになるまで、エリスは世話を焼いた。


 その間、仲間たちはじれったそうに待ち続けていた。



◇ ◇ ◇ ◇


 

 さらに道中、川が氾濫して渡れなくなった村があった。


「それは大変です! 私もお手伝いいたします!」

 

 エリスは自ら堤防の修復に加わり、三日間を費やした。


 食料が不足している集落では、エリス自身の食料を難民に分け与えた。


 まだ未熟なエリスは空腹を光術で補うことができなかったが、空腹で倒れそうになりながらも笑顔を見せていた。


 

 

 エリスの行動の、どれもこれもが純粋で、無私で、誰から見ても賞賛に値するものばかりであった。


 人々は手助けに尽力するエリスの姿を見て「真の勇者様」と讃え、感謝の涙を流した。



 

 ――しかし、エリスが人々を助ける度に、志願兵の数は一人、また一人と少なくなっていった。


 

◇ ◇ ◇ ◇


 

《――なるほど、つまり目的が違っただけ、ということか》

 

 魔王の声が、エリスの回想を優しく遮った。


 エリスはその言葉に対し、疑問の表情を浮かべる。

 

 そのため、魔王はゆっくりと尾を振りながら説明した。


《お前の目的は『人助け』であった。魔王討伐は、そのための一手段に過ぎなかった》


「はい、その通りです」

 

《しかし、他の者たちの目的は『魔王討伐』そのものだ。だから、すれ違いが起きた》


「…………はい」

 

 エリスは黙り込んでしまった。


 魔王の指摘は、的を射ていたからだ。


「――私は、魔王を倒すことそのものが目的ではありませんでした。ただ、魔王のせいで苦しんでいる人々を助けたかっただけで」


 魔王は苦笑いの響きを含め、エリスに返した。

 

《ならば、なおさらだな。お前は旅の途中で出会う人々を助けることを最優先した。しかし、他の者たちは魔王討伐を最優先した。目的が違えば、行動も当然違ってくる》


「でも……今でも後悔はしていません。たとえ一人になっても、困っている人を助けることをやめたくありませんでしたから」


《……そうだな》

 

 魔王はしばらく沈黙する。

 何か考えをするに至り、気づいたことがあったのだ。

 

 そして、その気づきは確信となり、深いため息のような声を上げた。


《つまり、余は……お前の『人助け』の片手間として敗北した、ということか》


 その声には、少しばかり落胆の色がにじんでいた。


 世界を震撼させた魔王が、誰かを助けるための副次的な目標として扱われていたという事実。


 その事実は、魔王の誇りを傷つけたように見えた。


「そ、そんなことないですよ? 魔王とは私の全てを賭して戦わせていただきましたから。片手間だなんて、とんでもない」


 エリスは焦りながら、心配そうに魔王を見つめる。

 当人はそんなエリスの態度に、フンと一息、鼻を鳴らした。

 

《……冗談だ、馬鹿者。そもそもお前の『人助け』は普遍的なものとは違う。何よりも優先し、為すべきことだ。同列にしてる時点で、余にしっかりと向き合っていたのは理解している》

 

 素直じゃない言葉ではあったが、魔王は少し照れくさそうだった。


 身体の位置を直し、魔王は再びエリスの膝の上で丸まる。


「なら良かったです。あの決戦の頃以降、あなたに対して不真面目に向き合ったことはありませんから」

 

 エリスの確信を込めた言葉に、魔王の心は、えも知れぬ感情に満たされていった。



◇ ◇ ◇ ◇


 

 暖炉の火がぱちぱちとはぜ、二人の間に温かな沈黙が流れる。


 外の風の音もやみ、静かな夜が更けていく。


 最後に、魔王が眠気を含んだ静かな言葉で問うた。

 

《……今も仲間は欲しいと思っているのか?》


「いいえ。その存在が良いものと理解はしましたが、これからも欲しいと思いません。人助けをすることに執着していることが、負担になってしまうのはお互いに良くないですから――それに」


 エリスは静かに微笑む。

 

 かつて勇者だった頃から、今現在まで己の身に降りかかってきたことを思い、そして全て飲み込みながら。


「私には、あなたがいます――勇者であり、ただのエリスであることを認めてくれた、あなたが」

 

《――そうか》


 魔王の返事はあっさりとしていて、エリスの想いの強さとはまるで釣り合わないように見える。


 しかし、その表情は深い理解に満たされている。


 ――当然だ、と言わんばかりに。



 魔王は暖炉の前、そしてエリスの膝の上でゆっくりと目を閉じた。

 

 エリスは、そばにあった毛布を魔王に被せ、優しく、その黒色の毛皮を撫でていく。



 その姿は、お互いがお互いの存在を認め、仲間以上の絆を誇示しているかのようだった。


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