任務完了! そして、少女は感謝の想いと違和感を覚える
翌朝、エリスはようやく少しだけ動けるようになったが、まだ自力で歩くのは困難な状態だった。
しかし依頼は完遂させる必要はあるため、先へ進む必要がある。
「すみません……足手纏いになってしまって」
「何言ってるんだ? むしろ命を助けてもらったんだ。このくらいさせてもらわないと情けないって」
背負われながら謝罪するエリスに、レオンは呆れるように言った。
その隣にはミリアが荷車を引き、クラリスは荷車に乗らない皆の一部の持ち物とエリスの愛武器である棒、そして黒猫を抱いている。
移動速度は初日の半分以下。
しかし誰もが嫌な顔ひとつせずにゆっくりと依頼の目的地を目指していく。
特にレオンは、背中のエリスの身体に響かないように、できるだけ揺らさず、一歩一歩を丁寧に踏み締めていた。
「エリス。あの時……お前の警告を聞き入れなくてすまなかった。お前の言葉を信じていれば、あんなことにはならなかったのに」
レオンが静かに歩きながら、背中のエリスに向かって話し始める。
終わったこととはいえ、魔獣に襲われる原因になった軽はずみの行動だったのは間違いないからだ。
「いえ……私ももっと皆さんが納得できるよう説得できれば……」
エリスは弱々しく首を振った。
魔獣の気配に気づけていたとしても、それが伝わらなければ意味がない。
一人で旅をしていた時と勝手が違うことに、今回エリスは改めて思い知らされたのだ。
自分のみであったら自分が判断するだけでいい。
しかし、今は違う。
索敵にしたって周りへの説得力がなければ意味をなさないのだ。
一番の過ちは当初、非戦闘員として主張してしまったこと。
最初から気配を読むことに長けていることや、むしろ戦闘要員として主張していれば問題なかったかもしれなかったのだ。
エリスは悔やむように歯を食いしばり、目を深く瞑った。
「もう、お互い様ってことでいいじゃない! 大事なのは、今みんな無事ってことだよ! 次からはエリスの言う通りにするからどんな些細なことでも遠慮せずに言ってね!」
明るさを取り戻したミリアが昨晩の寝ずの番の疲労を感じさせないように元気を振り撒く。
クラリスもその意見に同意するよう優しく頷いた。
「……わかりました。何か嫌な予感とか、変な違和感とか感じたらすぐに言いますね」
エリスはかすかに微笑み、消え入りそうな声で答えた。
◇ ◇ ◇ ◇
街にたどり着くまでの道中、三人はエリスの世話を懸命に行った。
休憩の度に水を飲ませ、汗を拭い、痛みが強い時には気休めではあるが回復術をかける。
その心遣いは偽りなく、心からのものだった。
エリスはその三人の献身に応えるように、常に第六感を働かせながら周囲の広い範囲を警戒し続けた。
魔獣以外にも生き物の気配を察知し、地形の変化の予測を立てる。
そして、導き出した最適な道を辿れるよう所々で助言し、三人はそれに従っていく。
危機を乗り越え、それぞれが互いのために行動する。
四人全員が、ようやく真の仲間として認識した瞬間であった。
◇ ◇ ◇
ようやく街に到着した一行は、荷車を無事納品しに向かう。
そこで受けた第一声は、信じられないとでも言いたそうな驚愕の言葉であった。
「あの山を越えてきたって……あんたらよく無事だったな!? 最近、魔獣の巣窟になってる山だと噂されてる場所だぞ……?」
「はは……と、とりあえず依頼通り荷物は持ってきたので受け取ってくれ。報酬も募集通りにもらえるんだろ?」
「ああ勿論。……まあこちらとしては約束の物を納品さえしてくれれば他のことはどうでもいいんだが、あの山で最近物騒なことが起きたという噂がある。興味があるなら聞いてくるといい」
物騒なことが起きた。
その言葉に先日の出来事を想像してしまったが、もしかしたら別の何かがあったのかもしれない。
一行は全員、思うところはあったが特に口に出すことはなかった。
「色々あったけれど、これで一件落着だね!」
ミリアの元気な声と共に、報酬を受け取った全員はほっと安堵の息をついた。
そして、これでしばらくは資金に困らない、とそれぞれが思う中、踏破した山の噂について一応確認したいと思う者もいる。
情報を得るには酒場が適している。
ということで足を踏み入れた一行は入店した途端、興味深い話が耳に入ってきた。
「聞いたか?例の山に住み着いた魔獣たちが姿を見せなくなったらしいぞ」
「根城にしていた廃村に入ったら最後、地獄のような場所だったのに。しかもその跡地は今じゃ地形が崩壊し、何やらとんでもない焦げ跡が残っているそうだ」
「天罰にでもあったのかねえ……でもまあ、これで港街へより早く接続できる経路が山中に確保できる。神様だかなんだかに感謝しないとな」
噂を聞いた一行は顔を見合わせ、苦笑いをした。
心当たりがありすぎたからだ。
むしろ、今の今まで、その噂の元になった状況を、体験したからだ。
まさか今も痛みに苦しむただの村娘にしか見えない少女がそれを一人で成し遂げたとは、誰も思わないだろう。
しかし、自分達はこの目でしかと見た――そしてその代償を今も払い続けている仲間がいる。
「あ、あのー……」
エリスが気まずそうに声を上げる。
結果的には依頼の完遂と危険生物の駆逐、そして多くの人間における利便性の大きな向上となった。
それは勿論、歓迎されるべきことだ。
しかし、加減を知らずに地形を変えてしまうほど、廃村を崩壊させてしまったのは明らかにやりすぎた。
一方、それを責める者はいないし、それをやったのはエリスだと告発しようとする者もいなかった。
「安心して、このことは誰にも言わないよ。だって私たちだけの秘密だもんね!!」
胸を張りながら誇らしげに語るミリアの主張に、レオンとクラリスも同意した。
そして先日、エリスが初めて勇者の姿を見せたあの時の仕草を、一斉に行った。
――人差し指を口元に当て、“内緒です“という意を示す仕草だ。
エリスはその気遣いに、心の底から感謝した。
そして改めて思った。仲間とはいいものだな、と。
それはかつて、勇者であった頃には感じることのできなかった想い。
他者に寄り添ってもらうことが、これほどまでに嬉しいものだとは思わなかったから。
だからエリスも、三人の気遣いに応えた。
「…………はいっ!」
そして、同じように“内緒です“の仕草をした。
一行全員が同じ仕草をしている。
その珍妙な光景に耐え切れず、全員一斉に笑うのであった。
◇ ◇ ◇
宿にて一晩休んだ後、ようやく一人で動けるほどに回復したエリスは一向に出会えたことの感謝をし、別れを告げた。
再び次の街へと続く街道を、エリスは肩の上の黒猫と共に一人歩く。
他者と共に旅をしていたのはたったの数日。
しかし、それでも今周囲に誰もいないことが、エリスの心をしんみりさせていた。
《……ふん、久々の一人旅に寂しさでも覚えたのか?》
「いえ、そんなことはありませんよ」
エリスの旅に大きな目的はない。
人助けをしながら、ただ流れゆくままに世界を旅をする。
その人助けも報酬や名声を鑑みてのものではないのがほとんどだ。
“いつも、どこかで、誰かが困っている。そんな知らない誰かの助けに、いつだってなりたい“
そんなエリスの存在意義とも言える行動規範は、一人旅だからこそできる行いだ。
共に旅する仲間がいたら、きっと巻き添えにしてしまい迷惑になってしまうだろう。
だから、エリスは一人で旅をするのだ。
「それでも仲間というものはいいものでした。これで、また一つ強くなれた気がします」
かつてないほどの温かな決意が宿っているように見えるその言葉に、魔王は満足げに目を細める。
《確かに今回、あの窮地から脱出するための方法を導き出し、結果的に全員を無傷で生還させた。それは大いに誇るべきことである》
珍しく褒め言葉を向ける魔王に対し、エリスは目を見開いた。
あなたがそんなことを言うなんて信じられない。
そんなことを思っているかの表情に、魔王は心外だと言わんばかりの口調で不満を漏らした。
《何かいいたそうな顔だな? 余に不満があるならはっきりと言っていいぞ。 余は今、機嫌がいいからな》
「い、いえ……なんでもありません」
心を読まれたかのような反応にエリスは動揺するが、魔王はそれ以上追及しなかった。
なにせ機嫌がいいのは本当だったからだ。
(そう、今回他者という足枷のせいで窮地に陥ったにも関わらず、最上の結果をもたらす判断ができた。いくら強者であっても、犠牲を生まない方法を導くのはどんなことよりも難しい。だがこの娘は今回、それを成したのだ。……今後が楽しみで本当に仕方がない)
今回、魔王はエリスに試練を与え、エリスはそれを無事乗り越えた。
その期待以上の結果に魔王は強烈な興奮を覚え、ますますエリスに試練を与えたくなったのだ。
(今回の学びを忘れないよう、次なる試練を早急に与えるべきである。次に向かう街で少し趣向を変えながら、再びエリスを誘導しなくては)
エリスに聞こえないよう策略を企てる魔王は、側から見ても楽しげに見えた。
一方のエリスは、今回一つの依頼を通じて、その心境に小さな変化が起きていた。
魔王の態度に、少しだけ違和感を持ってしまったのだ。
(あの戦いの時……私が魔王の力を切望した時、やけに嬉しそうでした)
余裕がなかった自分が悪いと言えばそれまでだが、いつもなら危機が訪れる前に察してくれる魔王が、そうしなかった。
それだけならまだしも、力の付与を願った際に待ち侘びていたと感じさせるような態度を見せていた。
――まるで、わざとそう仕向けたかのように。
(……気のせいだといいのですが)
ちくりと胸を痛めるエリスは、被りを振りながら再び前を向いて歩き出す。
普段のエリスに対する魔王の言い分は、正しいことがほとんだだ。
いつも口うるさいながらも、自分では気づかないことを忌憚なくいってくれるのは、エリスにとって何よりありがたかった。
そしてそれは、魔王に対して抱く強い信頼へと繋がっていた。
しかし、今回違和感を覚えた事実は、エリスの強い信頼の心へ黒ずんだ染みのように残り、広がり続けていく。
そしてこの違和感が、そう遠くない未来でお互いの関係性に大きな断絶を生むものになるとは、この時はまだ知る由もなかった。
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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
作者の観葉植物です。
今回のシリーズは、かつて勇者であった頃から一人旅をしていたエリスが、仲間を得て感じること、そして第三者から見た勇者という存在はどのようなものかをメインに描写しました。
一方、最後は不穏な空気で終わってしまいますが、これもエリスと魔王にとって越えるべき試練のようなものだと思っていますので、解決するまで少々お付き合いください。
今まで敵対したもの同士ではありますが、絆を深めていったエリスと魔王。
とはいえ、その価値観の違いは根本から違う部分が多く、時にはお互い認められない部分も出てくると思っております。
この価値観の違いをどのように解決するのか……以前のバルドル編でもあった“折衝”やエリスと魔王の関係性の上で一番適しているものを探し求め、そして提示できればと思っております。
また、是非この作品やお話に対する感想評価レビューをいただければ嬉しいです!作者にとって励みになり、モチベにもなります!
どうぞ今後もよろしくお願いします!




