勇者、敵を蹂躙す。
巨大な魔獣達が地響きを立てながら接近してくる中、エリスは悠然と歩いていた。
何事もないかのように振る舞いながら、その身から極大の闘気を放っている。
「グ……グギャオオオオッ!!!」
巨大魔獣達はその闘気を浴び、一瞬怯みつつも更に怒りを増幅させた。
甲高い雄叫びを上げながらエリスを薙ぎ払うため、その拳と脚を大きく振り被る。
しかし、巨大魔獣が攻撃行動を起こしたときには、すでに遅かった。
「――では、行きます」
エリスは目にも留まらぬ速さで巨大魔獣達の前から姿を消した。
エリスを見失った巨大魔獣は意識が逸れてしまう。
そして次の瞬間、一匹の魔獣の横顔が大きく蹴り飛ばされた。
無防備のままエリスの攻撃を受けた巨体は吹き飛ばされ、もう一匹の魔獣を巻き込み、共に転がっていく。
幸い巻き込まれなかった巨大魔獣はエリスの姿を捉え、魔力爪で横薙ぎにしようとする。
空気が切り裂かれ、発生した鎌鼬が魔力とともにエリスに襲いかかった。
しかし、その攻撃はエリスに届く前に消滅する。勇者の『自動防御』が作動し、少しの傷すら与えなかったのだ。
「――はっ!!」
お返し、とばかりにエリスは掌底を繰り出した。
衝撃波が空間を歪ませながら魔獣を巻き込み、その巨躯の様々な部位を限界まで捻り、切断したのち、宙へと大きく吹き飛ばした。
エリスの余裕のある表情は全力を出しているようには見えない。
しかし、攻撃の一つ一つが途方もない破壊力を宿していた。
「こ、これが勇者……なんて強さだ……!!」
レオンは息を呑んだ。あの巨体を持つ魔獣を弄ぶかのような一方的な強さに呆然とするしかなかった。
単身で魔王と闘い、そして打ち倒したことは聞いていた。
当時は噂に尾鰭がついているのではないかと疑っていたが、そんな自分が愚かだった。
そう思うほどに、勇者の圧倒的な強さに魅了されていたのだ。
「グ……グググ……!!」
倒れていた巨大魔獣はようやく立ち上がり、怨嗟を込めた目つきでエリスを睨みつける。
そして、彼女を押し潰そうとその手を大きく振り上げ、叩きつけた。
しかし、エリスはその掌を片手で軽やかに払うと、巨大魔獣はその衝撃に引っ張られ、その腹部を無防備に曝け出す。
機を逃さず、エリスは間髪入れずにもう片方の手で、その無防備な部位に真っ直ぐ拳を突いた。
触れていないようにも見えるその拳の先には、強烈な打撃の痕が刻まれる。
大きな殴打音とともに巨体は吹き飛んでいった。
「すごい……!すごいよエリス!!」
ミリアにはエリスが一撃を入れたようにしか見えなかった。
しかし、巨体を激しく揺らした衝撃と音が、攻撃の正体が捉えられないほど速すぎる乱撃であったことを証明していた。
さらにエリスは追撃する。
吹き飛ばされたままの巨大魔獣に光を纏いながらの速度で追いつき、その背中を蹴り上げた。
内臓が破裂し、骨が大きく砕ける音とともに、巨大魔獣の絶叫が上空に響いた。
さらに跳躍して巨大魔獣を追い越し、さらに上空へと移動したエリスは、全身を大きく捻り、強烈な後ろ回し蹴りを放った。
巨大魔獣の顔面に踵がめりこみ、鈍い音と共に首が不自然に捻れ、加速しながら大きな衝撃とともに地面に叩きつけられた。
「ギャ……アア……ッ!」
あまりにも圧倒され、格の違いを教え込まれていく巨大魔獣は怒り狂い、更に攻撃を仕掛けてくる。
しかし、エリスにとっては全てが無意に等しい攻撃であった。
魔獣がその巨体を駆使して剛力を振るっても、さらに上をいく超人的な力で返される。
凄まじい速度で撹乱し、攻撃しても見透かされたかのように受け流され、数倍の力で反撃される。
魔力を込めた攻撃は全く通じず、威圧するための咆哮も涼しげな顔しかしていない。
ただ一人の少女が、巨大魔獣にとって絶望の存在と化していたのだ。
「――ふっ!」
エリスは短く息を吐くと、それが最後の攻撃の合図だった。
血を止めどなく吐きながらも立ち向かってくる三匹の巨大魔獣。
それを前にエリスは構えを取るように右手を引き、そして抉るように前へと放った。
すると、光速の乱撃が巨大魔獣達に襲いかかっていった。
手刀や貫手混じりの乱撃により、瞬く間に牙や爪が砕け散り、腕や脚が切断されていく。
「グギャアアアアッ!!!!」
空気を震わす絶叫が廃村に響き、レオン達はつい耳を塞いでしまう。
しかし、エリスはただの雑音としてしか捉えていない。
ついに身体が崩壊し、膝をつく巨大魔獣達。
エリスはその巨体を渾身の力で蹴り飛ばし、一匹、また一匹と弾き飛んでいく。
その身を沈めた時には、地鳴りのような衝撃音と共に岩肌が砕け、塵煙が舞い上がった。
岩盤にめり込んだ敵の姿は、まるで大地に押しつぶされた異形の彫刻のようで。
身動き一つ取れないその姿は、すでに反撃をする意志を喪失しているかのように見えた。
そしてエリスは両の掌を手前で祈るように合わせ始める。
光の闘気が両手を包み込んだ。
そして、巨大魔獣達に向けて両の手をまっすぐ美しき花が開いたように形取る。
両手からは光の格子が放たれていき、岩肌の魔獣達を焦がしながら拘束していった。
「な、なんという強力な術……素晴らしいですわ……!」
自分の拘束魔法とはまるで違う勇者の術に、クラリスは感嘆の声を上げた。
威力も強度も、そして内包する力そのものがまるで次元が違いすぎたからだ。
巨大魔獣達にはすでに絶叫をあげる力すらなかった。
エリスの攻撃によって喉を潰され、全身を崩壊させられた後の光術による拘束。
それは、次に自分達の身に起きる事実を確信させたのだ。
その顔が恐怖で満たされていく。
最後に、エリスは指をパチンと鳴らした。
それを合図に、巨大魔獣を拘束していた光術が青白い聖なる豪炎と化し、肉体を大きく包み込んでいった。
「ガ……ギャ……アア………!」
地獄のような断末魔が豪炎の前に消えていく。
岩肌すらも黒く焦がす勢いの炎はあっという間に巨大魔獣の身体を焼き尽くし、数秒も経てばまるでそこに存在すらしていなかったかのように、跡形もなく消えてしまうのであった。
戦闘開始から終結まで、わずか数分にも満たない時間だった。
残されたのはエリスの戦闘によって地形が一変した廃村の跡地だけ。
地面には無数の裂け目が走り、岩壁は粉々に砕け、戦場は静寂に包まれていた。
あれだけの魔獣の群れが、まるで存在しなかったかのように消滅したのであった。
◇ ◇ ◇
エリスの戦闘をただ見ているだけであったレオン達は、目の前の光景を見ながらしばらく呆然としていた。
たった一人の少女が、山を埋め尽くすほどの数の魔獣、そして人間よりも数倍の身体を持つ巨大魔獣を相手どり、無傷のまま殲滅したのだから、当然だった。
「ふぅ、終わりました。もう大丈夫ですよ」
エリスは重量を感じさせないようなふわりとした足取りで三人の元に戻り、優しい微笑みを浮かべた。
レオン達が無事で良かったことが、何よりも嬉しかったからだ。
「………………」
「………………」
「………………」
しかし、レオン達はエリスにかける言葉が思いつかなかった。
かつて魔王を単身で討伐した“勇者“という偉大な存在が今目の前にいる。
噂では概念となったことを聞かされていたはずなのに。
混乱し、狼狽するのも無理はなかった。
「…………あ、あのー」
沈黙が支配する場に、エリスの間の抜けた声が響き渡る。
声をかけられないままの三人と、苦笑しながらその場に立っているエリスの間に妙な緊張感が生まれていく。
そして、次に行動を起こしたのは、またもやエリスの方であった。
「――あっ!!!」
そのたった一言を、エリスは驚くようなそぶりを見せながら大きな声で上げた。
レオン達は急な大声に対し、全身に電流が走ったかのように肩を跳ね上げる。
一体どうしたというのか、とエリスを見ると彼女は掌を口元に置き、青ざめた表情をしている。
そして、呆然としていたかと思いきや、全力でとある場所を目指して駆けていった。
「あっ!ちょ、ちょっと待って……!」
その速度は文字通り高速。
ミリア達が声をかけようとする前に、既にその場から消え去っていた。
そして、しばらく置いてけぼりになったレオン達の元に、息を切らしたエリスが戻ってきた。
その手元には、今回の騒動に巻き込まれる要因にもなった大事なモノ――依頼主から受け取った、資材の山が積込まれた荷車が握られていた。
「み、皆さん! これ……なんとか無事だったみたいです! 冷や汗かいちゃいました……!」
どうやら先ほどの大立ち回りの際、荷物の存在をすっかり忘れて、周辺を吹っ飛ばしてしまったのだ。
そのせいで、依頼された荷物を巻き込んでしまったのではないかと青ざめていたようだ。
この世の誰よりも強くて、偉大な存在が、たかだか一般人が依頼を受けたものに対してここまで心配していただなんて。
「…………」
エリスの上天のような存在の大きさとはまるで違う庶民的振る舞いに、レオンたち三人は再び呆然としてしまう。
そしてしばらくの沈黙のあと。
口を開いたのは、妙に身体を震わせているミリアだった。
「……ぷっ……くくく……エリスってば、そんなドジをするなんて……!」
含み笑いを漏らし、我慢できなくなったのか大きな声で笑ってしまうミリア。
「ふふ……エリスさんも意外な面があるんですね!」
「はははっ! 勇者って、こんな親近感の湧く人だったんだな! 俺、勘違いしてたよ!」
釣られたかのようにクラリスが微笑み、レオンも大きく笑った。
相手が“勇者“であっても、ただの旅人であっても関係ない。
エリスはエリスだと、レオン達がようやく理解した瞬間だった。
「も、もう!そんな笑わなくてもいいじゃないですかっ!」
エリスも同様に、レオン達に己がかつての“勇者“であることを知られてもなんの不安がないことを理解した。
だからこそ、こうして苦情も言えるのであった。
そして、エリスの身体に変化が始まっていく。
しかし、仲間の存在に心から安心したエリスは、魔王の力が抜けていく感覚を受け入れるかのように目を瞑った。
まるで全てを委ねるかのように、ゆっくりと身体に襲いかかる激痛に身を任せるのであった。




