仲間の紹介、そしてエリスの不安
酒場の角テーブルで、一時的な協力関係を結んだ四人は向かい合って座っていた。
テーブルの上には【青年】が麦酒、【活発な少女】が果実水、【修道女】が紅茶と、それぞれが頼んだ飲み物が置かれている。
……なお、エリスは金欠のため一人寂しく水が提供されている。
「じゃあ、改めて自己紹介しようか!」
爽やかな笑顔の【青年】が口を開いた。
同時に、机の上の黒猫はその実力を見極めようとその卓越した観察眼を持って評価していく。
「俺はレオン。剣術が得意で、強くなるために修行の一環としてこの地方のあちこちを旅してるところだ」
(……掌に刻まれた跡からして少々腕は立つ剣士のようだな。あくまでも一般的な人間に比べて、であるが)
続いて【活発な少女】が立ち上がった。
「私はミリア! 短剣を使った接近戦と、あと物品鑑定なんかも得意だよ!」
(……ふむ、見た目通り素早い動きで相手を撹乱し、攻撃を仕掛ける型を持っていそうだ。だが戦闘能力は至って平凡。むしろ鑑定眼こそが真骨頂のような気がするが)
続いて【修道女】が静かに頷くと、優しい声で話し始めた。
「私はクラリスと申します。教会で回復術と結界魔法を学びました。様々な知識を得たいと思って旅をしています」
(……まずまずの使用術といったところか。しかし、強度を見てみなければ評価はできん。……まあ非戦闘要員のため、どうでもいいというのが正直なところではあるが)
結論からしてみれば、三人とも冒険者としては至って平凡。
それどころか若干弱いまであるかもしれない、というのが魔王の総評である。
しかし、魔王はそれが好都合のように静かに微笑んでいる。
三人の自己紹介を聞いたエリスは、少し緊張しながらも自己紹介をした。
「私はエリスと申します。棒術を少々嗜んでおりまして自分の身を守るくらいはできます。一人でも困っている人を助けるために相棒のマオと各地を旅していて……その、今回参加したのはお金を落としてしまって……はい」
「まあ! それは素晴らしい!」
エリスの恥ずかしながらの言葉に、クラリスの目が突然輝いた。
彼女は思わずエリスの両手を握り、熱心に語りかける。
「自己犠牲の精神こそが、まさに神の教えそのものです! どのようなきっかけがあってその精神を持たれたのか、非常に興味深い!」
レオンも感心したように頷き、ミリアはテーブルに手をついて身を乗り出して言った。
「同い年くらいなのにお宝探ししてる私なんかとは全然違って優しいんだね! 私も見習わなきゃっ!」
己を奮い立たせるように頷くミリアに、エリスは照れくさそうに俯いた。
「いえ、そんな大したことじゃありません。こんなことしか私にはできませんから」
なおも謙遜するエリスに、レオンとクラリスは温かく諭した。
「そんなことない。今のご時世では皆が皆、自分のことだけで精一杯だ。とても他人のことを気にしてる余裕なんてない。そんな中、人助けをするがために旅をしてるって、誰にでもできることじゃないさ」
「そうですわ。エリスさんのような方がいらっしゃるから、この世界はまだ希望に満ちているのです」
頬をかきながら苦笑するレオンと、エリスの手を握ったまま、深く頷くクラリス。
そしてミリアは恐縮しているエリスのそばに寄り、にっこり笑ってその肩を軽く叩いた。
「これからよろしくね、エリス! マオちゃん! きっと楽しい旅になるよ!」
そして三人は魔王を見下ろしながらその毛並みを味わうかのようにわさわさと触り始めた。
想定外の強襲に、魔王は逃げることもままならない。
《ま、待て! 無礼だぞ! ……エ、エリス! 手を貸せ!》
こうして和やかな雰囲気の中、自己紹介が終わると一行は店の外に出て、依頼主のいる街の事務所へと向かうのであった。
◇ ◇ ◇
「ああ、募集していた依頼に参加される方たちですね。こちらへどうぞ」
事務所では少し疲れた顔の中年男性が彼らを迎えた。
男は大きな地図を広げ、目的地までのルートを指し示し、なぞっていく。
「明日の朝、資材を大量に積んだ荷車を隣町まで運んでください。道中、戦闘は発生しないと思いますが……念の為、警戒はしておいてください」
エリスは微かに眉をひそめた。
(念の為、ですか。……本当に?)
依頼の募集文にはあれだけ戦闘の発生がないことを強調されていた。
なのに、ここに来てその可能性を否定しないような説明をされるなんて。
それが、エリスの第六感を刺激し、さらに警戒心を強めていく。
「報酬についてですが、前金とかあるのでしょうか?」
クラリスは冷静に質問した。
報酬の詳細については誰もが気になるところであるため、率先して尋ねたのである。
依頼主は事前に質問されることをわかっていたためか、和やかに答えた。
「保証料として前金は銀貨一枚、無事に到着したら、残りをお支払いします。なお、荷物の状態によっては違約金が発生する可能性もありますので、くれぐれも丁寧に運んでください。もちろん捨てたりするのは論外です。……ほかに何か質問はありますか?」
四人は顔を見合わせ、それぞれ頷いた。
前金があるその姿勢が、依頼主の誠実さを実感できたので文句はなかった。
「問題ありません。大丈夫です」
レオンが代表して答えると、事務所の大きな認印が依頼用紙に押され、受注が決定した。
「では、明日の早朝。東門でお待ちしております。どうかよろしくお願いしますね」
◇ ◇ ◇
事務所を出ると、レオンが明日のスケジュールを確認した。
「じゃあ、明日の早朝、日が昇るあたりの時間に東門へ集合しよう」
ミリアは楽しそうにはしゃぎ、クラリスは冷静に頷いた。
「わーい、冒険だ冒険! 荷物運びの間にどんな宝物に出会えるかな!」
「目的地は山を越えないといけませんから、体調は万全にしておかななければ。皆さん、明日は頑張りましょうね!」
エリスも微笑み、小さく頷いた。
「はい、わかりました。ではまた明日」
一行はひとまず解散し、それぞれの宿へと向かった。
◇ ◇ ◇
エリスは宿屋の部屋で明日の準備を整えながら、複雑な思いを抱えていた。
(仲間……か)
彼女は窓の外を見つめ、夕焼けに染まる街並みを眺めた。
魔王はベッドの上で伸びをしながら、珍しく静かにその様子を観察している。
他者と共に旅をすること。
かつて勇者であった頃、そんな経験は例外を除き、全くと言っていいほど無かった。
今も魔王と共に旅をしている。
しかし、他者という括りに入れるのは違和感を覚える為、やはり現状も同様、他者との旅については思うところがあるままであった。
(何事もなければ良いのですが)
エリスは深く目を瞑り、両手を胸の前で握り締めた。
どうかこの不安が杞憂でありますように、と祈るように。
しかし、その不安はとうとう消えることが無かった。
◇ ◇ ◇
翌朝、日がようやく昇った頃。
エリスが待ち合わせ場所に到着すると、既に荷車の上に資材を置き終えた依頼人と共に、三人が待ち構えていた。
レオンは革鎧を着込み、ミリアは動きやすい身軽な装備、クラリスは聖書を含めた書物を入れた鞄を携えている。
「みんな、時間通り来てくれたな。じゃあ、出発しよう!」
「おー!」
リーダーのように振る舞うレオンの声に、ミリアを始めとした三人も同意するように声を上げた。
「先ほど渡した届け先の街の地図に、資材の搬入先が記載されています。皆様どうかよろしくお願いします!」
そういうと依頼人の男は深々と礼をしながら去っていった。
そして一行はゆっくりと街を出発した。
最初のうちは和やかな雰囲気で、ミリアが陽気に歌を歌い、荷車を引くレオンがそれに合わせて笑うなど、楽しい旅のように思えた。
旅というよりかは遊びに出かけるような、自由気ままで楽観的な空気がエリスを除いた三人に漂っている。
しかし、しばらく進んで街道の終着点。
山越えをするための山道に差し掛かったところで、エリスは急にある違和感を覚えた。
第六感が鋭い警告を発し始めたのだ。
(これは、一体……?)
エリスの額に冷や汗がにじむ。
脳裏に過ぎるのは、戦闘の発生による全員の危機。
(……気のせいであると信じたいです。依頼書にも戦闘は発生しないって書いてありましたし、なにより魔王も大丈夫といってくれました)
信頼を寄せている魔王がそう言ってくれたから。
エリスはそう自分に言い聞かせて、被りを振ることで不安を和らげようとする。
しかし、微かな違和感はますます鮮明になっていき、エリスの胸を締め付ける。
無意識に警戒心を高め、いつでも戦闘態勢に入れるよう静かに準備をし始めた。
(……ククク、エリスもようやく感じ取ったか。だがもう遅い。依頼を受け、仲間を得た以上、お前は後戻りはできん)
エリスに悟られないよう、魔王は心中でほくそ笑んだ。
(エリスには悪いが、この三人はあまりにも弱い。きっと足手纏いになり、お前は追い詰められるだろう)
魔王はエリスの気質からして、仲間を見捨てることなどできないということを理解していた。
それは、たとえ危険であることを事前に察知していたとしても、だ。
(余はこれよりお前に試練を与える。無事に仲間を守り、そして生き延びて見せよ。これもまた、お前の成長には必要な経験になるだろうからな)
エリスは背中に悪寒が走り、肩の上の黒猫を一瞥した。
魔王の表情は普段と変わらないが、何となく妙な企みをしている気がしたからだ。
(もしかしてあの時、魔王はわざと私に……?)
仮定をするエリスの胸中に、複雑な感情が渦巻いた。
怒りというよりも、むしろ戸惑いと困惑だった。
もし魔王がわざとこの依頼を受けるよう誘導したのであれば、なぜそんなことをするのか、意図が不明だったからだ。
(今の私たちにはお金が必要で、都合の良い好条件だからこそ、魔王はこの依頼を受けるよう助言してくれた。それ以外に企みがあるのだとしたら……一体何が?)
不安が顔に浮かび上がり、つい足を止めてしまうエリス。
それに気づいたのか、前方でミリアが振り返り、明るく叫んだ。
「エリス、遅れないでよ! 山に入ってからが本番なんだから!」
レオンも笑顔で頷き、クラリスも優しく微笑みながらエリスに声をかけた。
「そうだな。でも順調に進めば、昼過ぎには山を越えられそうだぞ」
「エリスさん、お疲れではありませんか? 少し休みましょうか?」
エリスは無理に笑顔を作り、首を振った。
「大丈夫です。ただ……少し緊張していて」
その言葉に対し、三人は理解を示すように頷くと、クラリスがエリスの側に寄りながら優しく手を握った。
「緊張するのは当然ですわ。でも安心してください、私たちがついていますから」
エリスはクラリスの言葉にほっとすると同時に、胸の痛みを感じた。
違和感を覚える。
この先は危険だ。
引き返した方がいい。
そう伝えたほうがいいのだろうか。
だがそれがもし勘違いだったら? 己でも確信したものを掴めていないのに、この依頼を捨てる責任は取れるのか?
答えは――否だ。
もし依頼を放棄したら、その時には、違約者として情報が出回り、今後一切の依頼を受けられなくなる恐れすらある。
一人で旅をしていた頃と違い、己の判断が仲間を巻き込んでしまうのだ。
生半可な覚悟で提案はできない。
ならばいま、己にできることは一つしかない。
(危機をすぐ察知できるよう常時警戒し、察知したら即座に退散できるよう、避難経路を熟知しておかなくては)
エリスは愛用の棒を握る力を強め、目つきを変えた。
(そして、必要あらばこの身を犠牲にしてでも――皆さんを絶対に守って見せる)
たとえ己が犠牲になったとしても、他者を守れるのであればそれでいい。
それは、エリスがかつて勇者だった頃に決意した強く揺るぎない信念だ。
その信念を今一度、噛み締めるように。
再び蘇らせるように。
エリスは心の中で、強く誓うのであった。




