お金がない!ので依頼を受けることにしました。
「……あの、魔王。ちょっと深刻な話があるんですけど」
人々がごった返す街中で、エリスは歩きながら肩の上の黒猫に申し訳なさそうに語りかけた。
しかし、魔王からの返答はない。
《…………》
「実は……バルドルさんからもらったお金でも今日の宿代しか賄えなさそうなんです」
《…………》
「食べ物は保存食を買い込んでいたのでなんとかなるのですが、このままでは野宿です」
《ええい! いちいち言わんでもそんなことは重々承知だ! こうなったのも元よりお前が大金を落としたからだろう!》
魔王の急な大声でエリスは身を縮こまらせるが、苦笑いをしつつその怒声の主をまっすぐ見つめている。
その顔はまるで『バルドルさんと接触しようと提案したのは魔王なんですけどね』という責任の所在を求めるようにも見えた。
魔王は少し後ろめたさを覚え始める。
《……だ、だがこうして罵り合っている暇はない。早急に資金を工面する手立てを考えねば》
少しでも負い目を感じたのだろう。
魔王は肩の上から降り、足早に先導しながら周囲を気にし始める。
そんな黒猫の姿を、エリスは微笑みながら着いていった。
そして何かいい資金集めの方法はないか周囲を見渡しながら探すこと少々。
《待て。何か気になる物音がする》
「え? 何ですか?」
突然、魔王の動きが止まった。
その耳がピンと立ち、細い瞳が街道の脇の路地に向けられる。
エリスも耳を澄ませるが、人間の耳には何も聞こえない。
《どうやら猫の集会があるようだ……面白い話をしている。少しの間、ここで待機していろ》
「えっ? あっ、ちょ、ちょっと待って……行ってしまいました」
エリスの返答を待たずに魔王は集会へと駆けていく。
置いてけぼりにされたエリスは、その後を追って猫たちに警戒されるわけにはいかず、路地の影に身を潜めながら魔王を待った。
◇ ◇ ◇ ◇
少しの時間が経過した後、魔王が満足げな声で報告を始めた。
《面白い話を聞くことができたぞ。この街の外れにある酒場で、掘り出し物の依頼が募集されているらしい》
「掘り出し物の依頼? どんな内容なんでしょうか?」
《詳細まではわからん。直接酒場に行って確認しにいくぞ》
掴みどころのない話にエリスは少し考えるが、とにかく行って見てから考えることにしようとその足を町外れへと向けた。
しかし、魔王は隠していた。
実際に猫たちから得た情報は、もっと詳細が確かなものであったことを。
(……試してみるか)
そう言ってほくそ笑む黒猫の様子を、エリスは気づくことができないままでいた。
◇ ◇ ◇
一行は街の外れにある酒場に向かった。
酒場の中は活気に溢れており、様々な職業の人間たちが行き交っていた。特に、依頼板の前には人が多く集まっている。
どうやら依頼の供給が、需要に対し間に合っていないようだ。
「えーっと……何かいいものは……」
精一杯背伸びをしながら依頼板を確認するエリスだが、次々と貼られた募集用紙を取られていく。
残っているのは建物や鍛治、家具の作成といった職人の募集がほとんどであった。
《おい、あの募集を見てみろ》
魔王が顎先をわずかに動かし、依頼板の一点を示した。
《あの「物資運搬の護衛」、なかなか条件がいいとは思わんか?》
エリスは依頼用紙を仔細に読んだ。
“【急募】街の復興資材を隣町まで運搬する護衛。戦闘発生リスクのないルートをお伝えするため、戦えなくても大丈夫です!報酬:銀貨50枚。最低募集人員:戦闘要員、非戦闘員合わせて4名(冒険者限定)“
「……これ、明らかにおかしくないですか?」
内容は確かに魅力的だった。
だが、あまりにも内容とかけ離れた美味しい報酬のせいで、むしろ魅力的というより怪しさの方が大きい。
エリスの目に疑問の色が浮かんだ。
「戦闘発生なしでこの報酬だなんて、怪し過ぎます。それに、貼り出されてから数日経っているのに、まだ募集が残っているなんて……」
他の依頼用紙とは違い、誰かが手に取った様子すらないのをエリスは気にしていた。
こんな魅力的な募集、誰もが喉から手が出るようなものであるはずなのに。
そんな疑問を浮かべるエリスをよそに、魔王は冷静に分析した。
《他の者が依頼を受けないのは冒険者限定、というのが肝なのかもしれん。今の世の現状、復興のためにそんな暇はないのがほとんどだからな》
「……そうなのでしょうか」
《それに、だ。募集人数が戦闘要員と非戦闘員合わせて4名も必要である。大人数で旅をしている者たちがほぼいない今、寄せ集めの人員しか参加できないことも一つの障壁になっているのだろう》
「……うーん」
エリスはまだ悩んでいたが、背後から突然声をかけられた。
「あのー! その依頼、気になってますか?」
振り向くと、三人のグループが立っていた。
爽やかな笑顔の青年、明るく活発な少女、そして落ち着いた雰囲気の修道女である。
「え、ええ。報酬は魅力的なのですが、条件が少し怪しく感じてしまって……」
エリスが苦笑いしながら三人を順々に眺めると、リーダーの青年が前に出てにっこりと笑った。
「実はこの依頼、俺たちも興味があってね。でも人数が足りなくて受けられないんだ。もしよければ協力してくれないかな? あ、報酬は山分けだから安心してくれ」
活発な少女が短剣を振り回すかのように、大きな身振りをしながら続ける。
「戦闘は発生しないって書いてあるけど、万一あったとしても私たちが守るから安心してよ!」
その言葉に修道女も静かに頷いた。
「報酬もいいですし、街の復興のお手伝いもできます。ぜひ一緒にいかがですか?」
三人とも純粋な目をしており、騙す意図はまるでないことがエリスにも強く感じられた。
ただ、エリスにまだ迷いは残っている。
《ふふふ……》
すると、魔王のほくそ笑む声がエリスの頭の中で響いた。
《純粋な冒険者達だ。騙す意図は見えぬようだし大丈夫だろう。それに、既に戦闘要員として二名確保できているのであれば、お前は非戦闘要員として参加すれば良い。いざという時の備えとしておけば大抵のことはなんとかなるだろう》
魔王らしくない楽観的な言葉にエリスは内心でため息をついた。
妙な企みが見え隠れしてそうだったからだ。
(なんか嫌な予感しかしないんですけど……)
あくまで予感でしか無いため、どのようなことが起きるかは掴めないままであるが、エリスの第六感は強く警告を発している。
しかし、三人の熱心な誘いと魔王の言葉に押され、エリスはついに決心した。
「……わかりました。私、エリスと言います。こちらは相棒のマオです。どうぞよろしくお願いします」
その言葉に三人は満面の笑みを浮かべ、喜びの声をあげながら顔を見合わせた。
「ああ、よろしく頼むよ!」
エリスは三人と固く握手をし、ここに一時的な協力関係が結ばれた。
こうして、エリスは気が進まないながらも、謎めいた依頼に参加することになった。
そして、魔王は心中で再びほくそ笑んでいた。
彼の企みに気づかないエリスは、ただただ不安な胸の内を抱えながら、三人の新たな仲間たちと共に依頼受付へと向かうのだった。




