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バルドルの実力。そして、エリスの実力

「ちょ、ちょっと待ってください! 話せばわかる──」 

 

 エリスの必死の訴えは、バルドルの鋭い視線によって遮られた。

 

 バルドルは爆発的な速さで間合いを詰め、魔力を込めた拳をエリスの顔面に放つ。

 しかし、エリスは無意識に軽く頭を動かし回避した。


「ほう、この攻撃を回避するか。小娘とはいえ、かなりやるな!」

 

 バルドルの拳の風圧が、彼女の黒髪を激しく揺らしていく。

 

 エリスは村娘と同程度の体力ながら、無駄な動きを一切しないまま避け続ける。

 

「観念しろ! お前を虫の息にさえすれば、必ずや、魔王様は復活なされる!」

 

「そんなことで魔王は復活しませんてば! 本人もそう言ってます!」

 

「黙れ! これ以上の問答は不要!」

  

 バルドルは本気の速度で拳を放ってくる。

 エリスは棒で受けようとしたが、想定以上の拳の強圧を察知し、棒を咄嗟に下ろした。


(棒で受けたら衝撃で腕が折れちゃいそうです……! それに、せっかくの貰い物。わざわざ折られるわけにはいきません!)


 エリスは棒を槍投げのように遠くへ投げ、素手のまま、バルドルに立ちはだかった。

 

 バルドルは正拳突きと横蹴り、回し蹴りを組み合わせた隙のない連打を振るうが、全てエリスは避けていく。


「くっ……なぜ当たらん……!」


(この動き……基本を忘れない、無駄のない動きですね。――だからこそ、読みやすい)

 

 バルドルの攻撃は力強く速いが、武人らしい真っ直ぐな戦い方だった。

 

 それは長年戦い続けてきた者ならではの洗練された技術。

 しかし、エリスの第六感の前ではかえって予測が容易すぎるものだった。

 

 バルドルの魔力の流れ、筋肉の動き、視線の先――すべてがエリスに先読みされていたのだ。


「これならッ!」

 

(次は地を這う衝撃波……ならば)


 バルドルの次の攻撃が地面を揺るがし、衝撃波が岩肌をえぐりながら迫り来る。


 エリスはそれを軽く一跳びし、衝撃波が通った後の震える地面に着地した。


 魔王はこの状況に驚きを隠せなかった。 

 

《お、お前……余の力がなくてもこれほどまでに戦えたのか?》

 

(ええ、バルドルさんの攻撃は強いですが正直で読みやすく、私は好きですよ)


 エリスは心の中で返答しながら、次の連続蹴りに対し、体力の消耗を最小限にしながらかわしていった。


「俺の攻撃に対し、ここまで持ち堪えるとは! だがこれならどうだ!」


 バルドルは魔力を身体に纏いながらさらに速度を増した。

 

 自己強化をしたらしく、先ほどとはわけが違う速度と重さを兼ねた攻撃へと変化していった。


(更に速くなった……!? ですが、まだまだ……!)

 

 片手掌底からの裏拳。

 続けて低姿勢になりながら足払いをした後、片手を地面に着きながら身体を大きく旋回させて繰り出す旋風脚。

 

 様々な角度から襲いかかる乱撃を、エリスは第六感を駆使しながら紙一重で避けていく。


 エリスの動きを見た魔王に、一つの考察が過った。


(いくらバルドルが馬鹿正直な戦い方とはいえ、先読みしても身体が反応できないはず)


(……まさか、先日の戦いを経て、更に成長したとでもいうのか?)


(……推測でしかないが、もしそうであるならば、この娘の成長速度は――)


 エリスは他の人間の誰よりも、成長速度が速い。

 

 それはきっと、かつて勇者として、戦場を経験してきたからだろう。

 その経験は未だ血肉となって身体に染み込んでおり、力を失った今でも、第六感として機能している。


(戦闘をすればするほど、力が蘇っていく、というわけか――あの時の勇者のような、素晴らしき力が!)

 

 魔王はその可能性に興奮し、身体を震わせた。

 


 

「はっ……はっ……くっ!」

 

 しかし、いくらエリスとはいえ、体力は有限だ。

 

 回避だけで精一杯の現状では徐々に削られ、追い詰められていくのは当然の帰結だった。

 

《このままでは不味いぞエリス! 余の力を貸してやる!》

 

(いいえ!きっと、まだ話せば分かり合えるはずです!)

 

 魔王の声が緊迫して響くが、エリスの意思は頑なだった。


「バルドルさんお願いです! 少しだけでもいいので話を――!」

 

「隙を見せたな!」


 バルドルが叫ぶと、無数の魔力の刃をエリスめがけて放った。

 

 エリスはその不意打ち気味な攻撃を、歯を食いしばりながら避けていく。

 

 体力の消耗を気にしている余裕はない。

 エリスの第六感が最大限に働き、刃一本一本の軌道を完璧に読んでいた。

 

 しかし、それはバルドルのフェイントだった。

 その瞬間、バルドルの拳がエリスの腹部をかすめた。


「……ッ!……ぐ……!」

 

 衝撃でエリスはのけ反り、苦悶の息を漏らす。

 回避したとはいえ、その威力は絶大。

 

 内臓が揺さぶられるような痛みが走り、体力の限界が近づいていた。


《馬鹿者! ……ならば、無理矢理にでも!》

 

「駄目です! 魔王! お願いですから──!」


 エリスが声に出して叫んだ。


 しかし、もう遅かった。

 エリスの抗議を完全に無視して、膨大な魔の力が黒猫から発せられて、エリスの身体を包み込んでいく。


 そして次の瞬間、エリスに地獄の時間が訪れた。


「……ぐっ……ぎ……!?」


 最初は体内を炎で炙られるような鋭い痛み。

 それは一瞬で全身に広がり、四肢の末端にまで激痛が走る。

 エリスの視界がぼやけていく。


「……あ……が……っ……!」


 エリスの喉からは、悶え叫ぶような声が絞り出される。

 

 まるで全身の骨が内側からゆっくりと、一本ずつ粉砕されていくような鈍い痛み。

 関節がねじ切られ、筋肉が引き裂かれる感覚。

 エリスの血管は浮き上がり、皮膚の下で不気味に蠢く。

 

 魔王の力という名の暴流が、エリスの身体を無理矢理破壊しながら駆け巡る。


「な、なんだ? ……何が起きている?」


 バルドルは愕然としてエリスの様子を見ていた。

 

 小娘ながら天晴れであった相手が、急に常軌を逸した苦しみを発している。

 

 その光景に戸惑い、さっきまでの敵意は消え失せ、純粋な心配と困惑の色が浮かんだ。


 

 そして、バルドルは恐る恐るエリスの元へ、一歩前に出ようとした。


 しかし、その瞬間──エリスの周囲の空間に、漆黒の雷撃が迸った。

 それは警告のようにバルドルの足元の地面を抉り、大きな窪みを作った。


《黙ってみていろ》

 

「…………!?」

 

 まるで魔王にそう言われたかのような圧力を感じ、バルドルは咄嗟に後ずさり、目を見開く。

 この強烈な威圧感、そして全身を震わすような重圧。


「まさか――魔王様がこの娘に力を?……ッ!?」


 それは、狼狽えるバルドルの言葉と同時に起きた出来事だった。

 

 苦しんでいたはずの小娘の身体から今まで感じたことのない超大な闘気が発生し始めたのだ。

 先ほどの黒い雷撃なぞ、遥かに勝るその威圧感に、バルドルは恐怖で思わず後退りをしてしまった。


「はぁ……はぁ……」

  

 エリスの荒れた呼吸は次第に落ち着いていき、ようやく激烈な苦痛の波が過ぎ去ったようだ。

 そして、身体からは微かに漆黒の魔力が迸り始め、エリスを優しく、強力に包み込んだ。

 

 黒い気に包まれると同時に、エリスを襲っていた先ほどまでの猛烈な激痛は完全に消失する。

 身体は軽くなり、驚異的な力に満ちていく。


 そして、変化が始まった。


 ――その黒髪は、みるみるうちに銀糸のように輝き始め。

 ――その赤い瞳は、黄金色に煌めきを放ち始める。

 

 それは、かつてたった一人で魔王と死闘を繰り広げ、そして勝利した者の姿。

 その身を包む白き聖なる力が、世の頂点に君臨することを疑いようのない強さであることを物語っていた。


 

 銀髪の少女は、金色の双眸をバルドルへと向けた。

 

 

「なんだ……この、力は……!」


 

 バルドルはその姿を見た瞬間、思わず息を呑んだ。

 

 眼前に立つのは、さっきまでの無力な小娘ではない。


 銀糸のように輝く髪は夕焼けを反射し、黄金の瞳は優しいながらも鋭く、その聖なる気が周囲の空間さえも歪めている。


(……ッ!? 震えている、だと!? この、俺が!?)


 バルドルの脚が無意識に震え始めた。

 これは単なる恐怖ではない。

 もっと根源的で、生物としての本能に刻まれた畏怖だった。


 眼前の存在が、自分とは根本的に異なる次元のものであることを、肉体が理解している。


 バルドルの額に冷や汗が浮かぶ。

 手の平も汗ばんでいる。

 戦いを生き抜いてきた武人としての本能が、警告を発している。

 

 ――逃げろ、この相手には勝てない、と。


「まだ、続けますか?」


 その言葉と同時に、バルドルの全身に鳥肌が立った。

 

 声の響きそのものに闘気が込められており、鼓膜を通して直接魂を揺さぶられるようだった。


 これはまさに、かつて魔王という主相手に感じたあの圧倒的な威圧感と同等――否、それ以上かもしれない。


「も、勿論だとも!」


 バルドルは拳を握りしめようとしたが、指が震えてうまく力が入らない。

 膝がガクガクと震え、地面に崩れ落ちそうになるのを必死で堪える。

 

 バルドルは長年戦場で生きてきた。

 しかし、これほどの根源的な恐怖を味わったことはなかった。


 眼前に立つ銀髪の存在は美しくもあり、同時に最も恐ろしい存在だった。


 

 そしてバルドルは悟った――これが、己が主である魔王さえも討ち滅ぼした「勇者」の姿なのだと。

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― 新着の感想 ―
またエリスに試練が......(ナムナム) 戦闘シーンに躍動感あって良いですね 毎晩の愉しみにさせていただきます
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