挑戦者達との戦い
倉庫内は熱狂に包まれ、エリスに対し次々と挑戦者が名乗りを上げ始めていた。
彼女の棒術の腕に魅入られ、自分の腕を試したいと思ったのだろう。
困惑するエリスに対し、魔王は助け舟を出した。
《……まだ身体は動くのだろう? いい機会だ。受けてみろ》
(えっ?……まあ、いいですけど)
普段の魔王なら《面倒事に首を突っ込むんじゃない》とうんざりするはず。
予想とは真逆の言葉にエリスは驚くが、自身も棒術の実戦経験を積みたいと思っていたので渡りに船だった。
「では、次のお相手の方は――」
エリスは相手を求めようとしたその時、店主がすっと前に出てきて『待った!』をかけた。
「お前ら、見たであろう、この嬢ちゃんの棒術の凄さ! だがな、金属製の武器で挑むには少々嬢ちゃんが危険だ! ここは一つ、わが店自慢の木製武器を使ってみないか?」
店主がにやりと笑い、倉庫の隅に積まれた木製の武器を指さした。
武器を使う者の練習用として作られたもののようだが、その品質は間違いなさそうで、その武器の一つずつを取り上げながら宣伝を始めていく。
「ほれ、堅い樫の木で作った斧! もちろん斬ることはできないが、軽いし打撃は十分に効く! こちらは檜の長棍、しなやかで扱いやすい!」
挑戦者たちは不満の声を上げるがここは店主の店。当人の言うことを聞かなければ追い出されるのは間違いない。
財布の中身を見る者やエリスと木製武器を交互に見ながら悩み始めるものまで出てきており、その中で『価格はどうなんだ!』と誰もが思う疑問を呈した者もいた。
その疑問に、店主はわざとらしく顎に手を当てて考える。
「値段……そうだな。まあ、特別価格だ!一本、銀貨5枚というところだな。高い? とんでもない! あの嬢ちゃんへの挑戦権と思えば安いもんだ!」
「ええっ!?」
店主の突然の言葉に、エリスは驚きの声をあげる。
しかし、挑戦者たちが一斉に視線を向けてきたため、恥ずかしくなって身を縮こまらせた。
「くそっ! このクソオヤジめ、足元見やがって!」
「試してみる価値はあるかもしれんな。おいおっさん! 早く会計しろ!」
「予備の武器として軽い木製も学んでおくのも悪くないかもな……よし!」
不満を口にする者たちは多かったが、さすが鍛治の街の来訪者である。
戦いに関する意欲は人一倍高いらしく、次々と店主の術中に嵌っていく。
注文が殺到するのを見て、店主はさらに笑みを深めた。
「おいおい、順番は守れ! 在庫は十分にあるからよ!」
まさか軽い気持ちで披露した棒術の試し振りからこんな大騒動になるとは。
呆然とするエリスは、肩の魔王と共に忙しない光景を見つめ、思わず苦笑いを浮かべた。
「す、すごい商売っ気ですね……」
《……商売熱心な男だ。場の熱に乗じて巧みに商売を始めるとは》
◇ ◇ ◇ ◇
しばらくして、エリスへの最初の本格的な挑戦者が現れた。
一人目は町の衛兵マルクス。彼は店主から買ったばかりの木槍を軽々と振り回している。
「お手合わせよろしくな、お嬢ちゃん!」
「こちらこそよろしくお願いします」
礼儀正しく一礼するマルクスに対し、エリスも同様に一礼する。
そして深く息を吸い、お互い確認し合った。
《ふむ……槍使いか。槍と棒は長物同士の戦いの基本。お前の力が如何に通用するか良い機会だ、試してみろ》
店主が主審となり、互いの真ん中に立つとエリスとマルクスは間合いを取りながらそれぞれ低く鋭く武器を構えた。
そして、店主の声が倉庫内に高く響き渡った。
「始めッ!」
マルクスの槍が鋭く突き出されるが、直線的な動きに対しエリスはわずかに横軸をずらし、棒で相手の武器の柄を弾く。しかし、相手の武器の方が長い。
マルクスは間合いを巧みにコントロールし、エリスを武器の届く範囲に閉じ込めようとする。
《焦るな。奴の武器は長いが、故に動きが大きくなる。小さく動き、槍の動きを“読め”》
エリスの真紅の瞳が微かに光る。マルクスの肩の筋肉がわずかに収縮するのを捉えると、エリスは左足を半歩引くのと同時に身体の向きを変えた。
その瞬間、相手の武器の穂先が先ほどの位置を空切った。
マルクスが体重を左足に移すわずかな動作を、エリスは足元の音のみで察知する。木槍が弧を描いて振り回されるが、エリスは腰を落としてその下をくぐり抜ける。
(次は……正面からの強突き)
マルクスが深く息を吸い込むと、その構えがわずかに変化し、全身の力を一点に集中させる。
その気配を感じ取ったエリスは木槍が突き出される刹那、すでに回避動作を開始していた。
エリスは深呼吸し、その真紅の瞳が木槍の動きを追う。マルクスが踏み込む瞬間、木槍が振られる軌道――。
(読めたっ!)
エリスは咄嗟に身体を捻りながら木槍を避けると、相手の武器の穂先が大きく空を切った。
そしてエリスは、そのまま捻った身体を戻す反動とともに、力強く棒で相手の脚を薙ぎ払った。
「ちっ……!?」
マルクスは寸前で跳躍し、エリスの払いを回避したがその隙を彼女は見逃さない。
いつの間にか接近していたエリスは棒を短く持って連打を浴びせる。しかしマルクスもただ者ではない。彼の武器で必死に防御する。
「クソッ、ちょこざいな……! これで、どうだ!」
マルクスが後ろに下がり、間合いをとる。
エリスは深く追わず、構え直すがそれは彼の罠だった。エリスの油断に乗じて彼はすぐに間合いを詰め、木槍を彼女の首に突き出した。
そして、マルクスは更にそれをフェイントとして利用する。
首に突き出されると思われた木槍の穂先は急停止し、そのまま身体を逆に回転させながらの横薙ぎによる足払いを仕掛けてきた。
しかし、エリスは冷静に全て先読みし、捌いていく。
間合いを詰められても動じず、首へのフェイントには引っかからないまま、真の目的の横薙ぎを軽く跳躍して避けたのだ。
「なっ……!」
マルクスが全ての攻撃を回避されたことに動揺する一方、エリスは全体重を乗せた着地をマルクスの木槍に行い、踏み抜いた。
バチンッ!と地面に接触する頑丈な木槍の音に怯まず、その上に乗ったエリスは、そのまま武器を使わせまいと綱渡りするようにその上を大きく踏み歩こうとした。
だが、ここでエリスにとっても予想外の出来事が起きた。
彼女が全体重を乗せながら木槍の上を走ろうとした矢先、気持ちのいい音を立てて、木槍が折れたのだった。
「わわっ!」
エリスはバランスを崩しながらもなんとか地面に着地し、後ろへ跳んで体勢を立て直した。
一方のマルクスは買ったばかりの木槍の無惨な姿に絶叫した。
「あ“ーっ!! 俺の武器がッ!!」
まさかの決着の形に観客から大きな歓声が上がった。
一人の少女に翻弄され、最後は武器破壊による決着とは本当に魅せてくれるような試合だったようだ。
「す、すみません。まさか折れるとは……あの、弁償します」
「……いいんだ。いいんだ嬢ちゃん……手合わせありがとうな」
「あ、はい。ありがとうございました。槍捌き、勉強になりました!」
エリスに笑顔で礼を向けられたからか、マルクスは悪い気はしなかった。
まるで攻撃が通じない、文字通りの完敗という結果に終わったが、その顔はなぜか晴れやかなまま後ろに下がっていった。
◇ ◇ ◇ ◇
次の挑戦者は、両手に革の籠手をはめた小柄だが敏捷そうな男リョウ。拳法の使い手らしく、見るからに素早そうな動きをしている。
「遠慮はいらねえ、かかって来い!」
「はい、よろしくお願いしますね」
魔王がすぐさまその特徴を見抜き、助言した。
《拳法か……棒との相性は最悪だろうが、いい経験になるだろう。接近戦では不利だ。間合いを保て》
試合開始の合図後、リョウは素早く間合いを詰めてきた。
エリスは棒を振り、間合いを保ちながら攻撃を仕掛けるが、彼は素早い足捌きで棒の攻撃をかわし、さらに接近する。
(速い……!)
エリスが息を吐く。拳法使いの動きは槍使いとはまったく異なり先読みが難しい。
《落ち着け。奴の動きにもパターンがある。必ず呼吸の必要があるはずだ》
リョウの動きを集中して“読む”ことに専念するため、エリスは深呼吸をする。その視界が細部まで鮮明になり、彼の目線の動き、指先の微妙な震え、呼吸のリズム――すべてが情報として飛び込んでくる。
「……今!」
エリスが呟いた。
リョウが息を吸い、踏み込もうとした瞬間、エリスは棒を真っ直ぐ突き出した。彼は寸前で避けながら反撃に移ろうとするが、すぐさまエリスは棒を回転させながら、身体ごと棒を横に振り抜いた。
「うおっ!?」
身体を後ろに仰反ることで間一髪避けるリョウ。
一方エリスは棒を大振りしたことによって大きな隙ができてしまい、リョウにとって絶好の反撃機会が生まれた。
「……しゃあっ!貰ったっ!」
すぐさま接近し、エリスに正拳突きを放つリョウ。狙いは完璧だった。
しかし、それはエリスの仕込んだ罠だった。
彼女の姿は真正面から急に消えてしまい、リョウはその姿を急に見失ってしまう。
「なにっ!?」
リョウはエリスに大きな隙があったはずなのに正拳突きを避けられたこと、そして彼女を見失ったことに戸惑いながらも、必死でその姿を探し始める。
そして上空を見上げたリョウは、その目を疑った。
お目当ての少女は――大きく宙に舞っていたからだ。
攻撃を回避をするため、地面に突いた棒を支えに跳び上がったのである。
「な、なんだそりゃ――ぶっ!?」
「あっ」
リョウが叫んだその直後、エリスが間の抜けた声と共に繰り出したのは、空中からの両足蹴り(踏み)。
見事なまでに彼の顔面に『みし……』とめりこむと、彼は力なく倒れ込んだ。
威力が高い攻撃ではなかった。
だが、裏をかかれて真正面から攻撃を受けた事実が、リョウにとって敗北を喫するに十分すぎるものとなっていた。
そこまで、の合図とともにエリスはリョウに駆け寄る。
「す、すみません……お顔に直撃でしたが大丈夫でしたか?」
「だ……大道芸かよ……完敗、だ……ぐふっ」
◇ ◇ ◇ ◇
次の相手は二刀流の剣士。
その次は奇妙な三節棍の使い手。
そして盾と短剣の組み合わせの戦士。
エリスはそれぞれの武器の特性、戦い方のクセを“読み”、魔王の指示と自身の技術で対処していく。
「……はあ……はあ……」
エリスは次々と現れる挑戦者たちと戦い続けた。
しかし、流石のエリスも連戦の疲労は隠せずにいて、呼吸は乱れ、額には大粒の汗が浮かんでいた。
「すげえぞ嬢ちゃん!!」
「見た目はか弱く見えるのに、なんて強さだ!!」
「まさか……挑戦者全員抜きするつもりか!?」
周囲からさらに期待がこもった歓声と熱狂が湧き上がる。
エリスは礼をすると、額の汗をぬぐった。
魔王はその消耗具合をみて、そろそろ潮時だと判断した。
《よくやった、エリス。だが、そろそろ限界だ。いくらお前とて、疲労ばかりはどうしようもあるまい》
「だ、大丈夫です……あと一人……だけ……」
彼女の瞳には疲労の中にも、貪欲に経験を積みたいという意志が燃えている。
その意志の強さが、魔王の目を見開かせた。
(……止めるのは野暮、ということか)
エリスの意思の強さは誰よりも自分が知っている。
そう自負している魔王だからこそ、エリスがやりたいようにさせるのだ。
――それがきっと、彼にとっても歓迎すべき結果につながることを信じているからだ。
最後の挑戦者は、鎖鎌を使う女戦士ミーナ。
その武器の動きはこれまでの誰よりも複雑で予測が難しく、疲労のピークに達したエリスは苦戦を強いられた。
(くっ……動きが読めない……!)
エリスが必死に棒を操るが、鎖鎌の奇妙な軌道にかき乱される。
常に木製の鎌の位置を頭に入れていないと、途端に思考の外から攻撃される気配を感じるため、回避するのみで精一杯であった。
《落ち着け、エリス。相手の動きに惑わされるな。基本に戻れ》
エリスは深く息を吸い、一度目を閉じた。
そして、魔王の教えを思い出す――読め、流せ、基本を忘れるな。
彼女は瞳を見開いた。真紅の瞳が鎌の動く軌道を追う。複雑に見える動きも、細かく分解すれば――。
(……わかった!)
エリスは攻撃できないまま、回避するだけで精一杯な姿を“わざと“、“何度か“見せ、ミーナの攻撃を誘い始める。
「流石に疲れてきたみたいね。気の毒だけどこの勝負、貰ったよ!」
油断しないままミーナは変わらずエリスを翻弄するように鎌を動かしていく。
肩で激しく息をしながら、回避するだけでも一杯一杯のエリス。
――そう見えたはずの彼女が、その瞬間、爆発的な速度で前に飛び出した。
「えっ!?」
回避された鎌を再び自分の手元に戻すミーナ。だが、エリスはその鎖部分に棒を突き刺し、そのまま棒ごと引き寄せることでミーナの鎌を逆に操った。
「うそっ!?」
棒に絡め取られた鎖を支点に、鎌は変則的な動きでミーナに襲いかかる。
手元に戻るはずの鎌が頭に突き刺さるような速度で飛んできて、たまらずミーナはしゃがみ込んで回避した。
しかし、鎌はそのまま手元に戻らず、地面へと乾いた音を立てて転がっていく。
そして、ミーナが顔を上げたとき、すでにエリスはその真正面で棒を上段に構えていた。
「…………」
肩で息をしながら微笑むエリス。その顔にはミーナにある決断を促しているように見えた。
手元に武器はない。そして、今眼前に棒を構えられている。
――ミーナの選択肢は一つしかなかった。
「はぁ……降参、ね」
ミーナは両手を上げ、そのまま背中から倒れた。
遠距離からの制圧に慣れていたのに、その性質を逆に利用されるとは思っていなかったのだ。
「まさかあんなところを狙うだなんて、天晴れだわ……」
床に大の字になって力尽きるミーナ。
その正面でエリスは棒を地面につき、深く深く息を吐いた。全身から力が抜け、その場にへたり込みそうになる。
「はあ……はあ……はあ……」
エリスの呼吸は荒く、手足は震え、額の汗が滴り落ちている。連戦の疲労が一気に襲ってきたのだ。
《……よくやった。この経験は、必ずや将来の財産となるだろう。だが、無茶をし過ぎたな》
魔王はエリスの足元に駆け寄ってくる。その言葉には、称賛とほのかな心配の色が混じっていた。
「いやはや嬢ちゃん……まさか挑戦者全員に勝っちまうとは。ここまでやれるとは思わなかったぞ」
店主が駆け寄り、エリスの肩を支える。
周囲の客たちも、彼女に賞賛の声を送り、中には同じように棒を使ってみる気になった者もいるようで、壁に立てかけてあった売り物の棒がいつの間にか無くなっていた。
エリスが与えた影響は、それほどまでに大きかったのだ。
「皆さん、ありがとうございます……色々と学ぶことができました」
実戦に勝るものはない、と今日の数々の戦いが血肉になっていくのを感じるエリス。魔王の力に頼らなくても、ここまでできたのだ。
その顔は疲れ切っているが、大きな自信を得たことによる満足げな笑みが浮かんでいた。
◇ ◇ ◇
最後の点検を終え、店主は約束通り新品同様になった棒をエリスに渡すと、さらに小袋を手渡した。
中には銀貨がずしりと感じるほど入っているようだ。
「この店を繁盛させてくれた手数料――そして、久々に血が騒ぐようなものを見せてくれた感謝の気持ちも入ってる。遠慮せずに受け取ってくれ」
「で、でも……」
《遠慮するなと言っているんだ。素直に受け取っておけ。万年金欠のお前には良い旅の資金にもなるだろう》
店主の気遣いにエリスは遠慮しようと思っていた。
しかし、魔王がやたら金欠のことを刺してくることに苦笑しつつ、快く受け取った。
「何から何まで、ありがとうございます。私、今日のことは生涯忘れません」
「大袈裟だよ嬢ちゃん。――ただ、また機会があれば店に立ち寄ってくれよな! 今度は嬢ちゃんにもっといい武器を紹介してやるからよ!」
外に出ると、周囲はすっかり夜になっていた。
街灯がぽつりぽつりと照らし出す道をエリスと魔王は歩いていく。
「と、とりあえず宿と食事処を探しましょうか」
《ああ、ゆっくり休息を取るがいい。お前の力で勝ち取った資金なのだからな》
エリスは疲労でふらつきながらも、しっかりと手にした新たな武器を握りしめ、誇らしげに歩いていた。
肩の上では魔王が満足げに微笑んでいる。
そして、彼はエリスに聞こえないよう、心の中で呟いた。
(我が教え子の成長は目覚ましいものだ。これでまた一つ強くなったな、エリス)
かつて殺し合った仲であり、そして復活の“器”という存在の少女との関係が、いつの間にか師弟のようなものになっている。
――この関係も悪くない。
己の内面に産まれたその思いに気づいた魔王は目を見開くが、すぐに目を細め、納得した。
「私、もっともっと強くなりたいです。かつての強さとまではいかなくても、人助けをするのに困らないくらいには」
疲労の色が見えるエリスだが、その目は決意に輝いている。
かつて強さの頂点を極めた少女。そしてその力を失ってなお、貪欲に強さを求めている。
それが自分のためではなく、他者のためなのだから不思議なものだ。
《ならば実践あるのみだ。……お前なら、必ず強くなれる》
それは、魔王にしては珍しく背中を押すような言葉だった。
エリスは満面の笑みを浮かべ、棒を握り締める。
――魔王がそう言ってくれるなら、自信が持てる。
その彼女の微笑みには、魔王に対する信頼を強く感じさせる輝きを放っていた。




