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そして少女は棒術により、格の違いを見せつける


 店主の提案で倉庫内の一角が即席の試合場となり、見物客たちが中心に立つ二人を見つめて輪を作っている。

 場を占めるのは期待と好奇の眼差し、そして二人の漲る緊張感であった。


「小娘、手加減はしねえからな! さあ、かかって来い!」 

 

 相手は店主の弟子の一人であるゴードン。

 見た目通り屈強な若者で、鍛え上げられた腕には無数の傷跡が刻まれている。彼は木刀を軽々と振り回し、余裕たっぷりに構えた。

 

 その眼光は鋭く、さすがは鍛冶の街で鍛えられた戦士といった風貌だ。


「――よろしくお願いします」

 

 エリスは深く息を吸い、ゆっくりと一礼した。

 そして、魔王から教わった“棒術の基本の構え“を取るとその瞳は研ぎ澄まされ、相手の全身を“読む”ように観察し始めた。

 

 彼女の指は樫の木の棒をしっかりと握りしめ、わずかに震えているように見えたが、それは緊張ではなく、戦いへの期待からくるものだった。


《相手は力任せの戦い方を好むようだな。――そのような相手に対する最適解……エリス、お前ならわかるだろう》


 魔王が冷静になりながらエリスに期待を寄せると、彼女の真紅の瞳はゴードンの姿を映し出し、その隅から隅までを観察している。

 

 体重の掛け方、武器の持ち方、重心の位置といったものから普通の人間であれば気にしない程度の些細な動きすらも逃さず頭に叩き込んでいく。

 

 そして、第六感による相手への共感力を最大限に発揮させながら、エリスはぶつぶつと呟き始めた。


 “先読み”の開始である。


「いくぜっ、小娘!」


 ゴードンが咆哮すると大きく踏み込み、距離を詰めて木刀を振り下ろしてきた。その動きは力強く、風を切る音が倉庫に響き渡った。


 一方のエリスは冷静なまま、立ち位置を僅かにズラすのみでその斬撃をかわした。まるで水が流れるように無駄のない滑らかな動作だ。

 

 そして、棒の先端で彼の手甲の部分を力強く、正確に弾いた。

 

「ぐっ!? 」


 ゴードンは手の痺れに驚き、思わず後ずさった。エリスは追撃せず、静かに間合いを再び取る。

 

 本気を出せば一瞬で終わらせられる――そう言わんばかりの、圧倒的な格を思い知らせるような、エリスの余裕のある行動と態度は、周囲の見物客をさらに驚かせた。


「おっ! やるな、小娘!」

「追撃しないとは……ずいぶん余裕があるみたいだ」

「おいおい!! 大丈夫かよ、ゴードン!」


 観客のボルテージが上がっていく。中にはゴードンを煽るような声もあった。

 観客は完全にエリスの味方をしている。

 そんな中、ゴードンの顔に悔しさが浮かび、額に汗がにじみ始めていた。


「……ちっ、油断したぜ。でも次はそんな小細工通じねえからな!」


 次の瞬間、彼の動きが一変した。体勢を低くしながら、目つきが獣のように鋭くなる。


「覚悟しやがれっ!」


 勢いよく飛び出してきたゴードンは先程と比べ、速度と力が増しており、本気の突きがエリスに向かって放たれた。

 エリスは棒を縦に素早く回転させて攻撃を受け流そうとしたが、相手の力は強く完全には流しきれない。

 棒と木刀が激しくぶつかり合い、鈍い音を立てる。


「どうした!? さっきみたいに軽々と流せねえのかよ!?」


  ゴードンが嘲笑うがエリスは冷静なまま一貫している。


《焦るな、エリス》

 

(もちろん。大丈夫ですよ)

 

 魔王が冷静に助言し、エリスも心の声でそれに応える。


 エリスは“読む”。ゴードンが斬りかかってくる軌道、速度、力を――。

 そして、彼女は驚くべき行動に出た。

 

 間合いを取るために後ろへ軽く跳ぶエリスに対し、速攻で距離を詰めてくるゴードン。

 そんな彼の懐へ、一気に飛び込んだのだ。


(なっ……!?なんだこいつ!?)


 棒や槍といった長柄武器はその長さを強力な武器として扱うのが一般的であり、ゴードンもそれを知っていた。だからこそ、驚いたのだ。

 長い武器を持つ者がわざわざ接近戦に飛び込むなど、長所を捨て短所に飛び込む愚行にも程がある、と。

 ――エリスはその一般論を逆手に取ったのだ。

 

 そして彼女はゴードンとの距離が零になった瞬間、棒の握り方を変えながら片手を滑らせ、棒の末端を短く持った。


「――はっ!!」 

 

 気合の入った声と共に、エリスは棒の柄の部分(末端)を、相手の人体急所である腹部へと強烈に突き入れた。

 無防備なまま受けたゴードンの腹部に、鋭く重い痛みが迸る。

 

「ぐ……ふっ……!?」


 ゴードンの息が詰まり、苦しげにその場へしゃがみ込み、うずくまった。 

 しかし、かろうじて意識を保ったまま、震えながらもなんとかその顔を上げると、そこには棒を高く掲げながら見下ろすエリスの姿。

 

 このまま棒を全力で振り下ろせば、間違いなく怪我だけでは済まないだろう。


「……こ、降参だ。……動きがぜんぜん読めねえ」


 ゴードンは額に汗をにじませて、悔しそうながらも認めた。

 あまりにも格が違いすぎる。これ以上戦っても勝てないと悟ったのだ。

 対してエリスの呼吸はほとんど乱れておらず、くるりと棒を構え直し、笑顔のまま一礼した。


 倉庫内に再び拍手と歓声が湧き上がる。

 先ほどの驚き以上に、熱狂と尊敬の念が込められている声が広がっていった。


「す、すげえ! あのゴードンが完全にやられた!」

「小娘、度胸あるな!あんな動き、初めて見たぞ!」

「結果的に無傷で勝利とは……何者だ、あの娘さん」


 観客が勝手なことを騒ぎ立てるが、その中で店主は驚きと感動、そして深い感慨の表情でエリスを見つめながら近づき、真剣な眼差しで言った。


「……お見事。約束通りその棒は嬢ちゃんにくれてやる。値はつけられん。むしろ、あの技術を見せてもらった礼を言いたいくらいだ」


「本当ですか!? ありがとうございます!」


 店主に一礼した後、エリスは嬉しそうに棒を抱きしめた。

 彼女の笑顔は勝利の驕りではない。多くの人に認められた喜びで満たされていた。


《当然の結果だ。これでお前にもようやく、まともな武器ができたな。これを以て、さらに修行に励むのだ》


 魔王は満足げに、そして自慢気に言った。

 まるで技術を教え込んだのは自分だぞ、と言いたいかのようだった。


「ちょっと待ったぁ!!」


 お目当ての武器も手に入れたエリスが、この場から去ろうと思っていた矢先のこと。

 彼女が見事な棒術を披露したことで、その熱に当てられた者達が何やら武器を持って次々と観衆の中から這い出てきた。

 

「娘さん、次は私と戦ってもらえないか?」

「いいや嬢ちゃん! 次は俺とだ!」

「いいえ、私が先よ! ねえいいでしょ? お嬢ちゃん」


 突然言い寄られることを想定していなかったエリスは、後退りしながら戸惑った。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 狼狽するエリスはどうすればいいかわからず魔王に視線を送り、助けを求めている。


(……いい機会だ。エリスの潜在能力の糧になってもらうとしよう)


 複数の挑戦者達を前に慌てているエリスをよそに、魔王はほくそ笑んだ。


 実戦によって、エリスの秘めたる力が開花していくのをこの目で見ることができる。

 

 その事実が、魔王の武人としての魂が無性に揺さぶられたのであった。

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