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鍛治の街で、少女は棒術を披露する


 数日間の森林での旅を終え、エリスと魔王はようやく「鍛冶の街アイロニア」と呼ばれる場所に辿り着いた。

 

 街の入口からして他の町とは雰囲気が違い、石畳の道は炭の粉で黒ずみ、どこからか聞こえてくる槌の打ち合う軽快なリズムが街全体の鼓動のように響いている。

 

 鍛冶屋や武器屋が軒を連ね、熟練した職人たちが真剣な面持ちで仕事に没頭していた。


「凄い……まさに鉄の街、と言われるだけありますね。ですが、果たして棒なんて取り扱っているのでしょうか?」


 エリスが山林の中で拾った木の棒を歩行用にして歩いている中、その強度の低さが明らかになってきた。

 魔王の鍛錬の時から気になっていたことであったが、自然由来のものであるためか所々が裂け始めており、通常の魔獣相手ならともかく本気で打ち合えば折れてしまうだろう。

 

 いざ実戦を想定すると心許ないため、本格的な武器としての棒を調達する必要があった。


《ふむ、ここなら良い品が揃っているだろう。鍛冶の街の名に恥じない職人たちがこれだけいるのだからな……!》


 あまりの武器の多さに武人の血が騒ぐのだろう。

 少なからず興奮した感情が見られる魔王だったが、心中で鋭い観察眼を働かせていた。


《ただし忘れるな。金は有限で、お前の所持金はわずかである。見た目や値段に惑わされず、実用性と耐久性を第一に慎重に選ぶのだ。余も品定めをしっかりする。生半可なものでは許さんぞ》

 

「はいはい、わかりました。できるだけ無駄遣いはしませんので」

 

《『はい』は一回で結構! さあいくぞ!!》


 エリスは興奮を抑えられない魔王の言葉に苦笑しながら頷き、一番大きくて由緒ありげな武器屋を選んで中へと足を踏み入れた。



◇ ◇ ◇


 

 店内は刀剣、槍、斧、鎧などが所狭しと並び、研磨された金属と油の匂いが立ち込めていた。

 魔王はうっとりするように匂いを嗅いでおり、時々肩の上で溜息のようなものを吐いている。

 

 屈強な男や旅装束の冒険者風の者たちが真剣な面持ちで武器を手に取り確認している中、どこにでもいるような村娘の姿であるエリスはかなり浮いており、自然と好奇と訝しげな視線を集めた。


 そして、そんなエリスを店主らしき筋骨隆々の初老の男が鍛冶職人特有の革エプロンを着け、怪訝そうな表情で尋ねてきた。


「ん? 何用だ、嬢ちゃん。ここは武器屋だぞ? 道に迷ったんじゃないのか? 商人の店は別にあるぜ?」

 

「あ、いえ……武器を見に来ました」


 エリスは少し緊張しながらも、はっきりと答えた。


「特に棒……長くていい感じに太い木の棒が欲しいんです。武器として使えるような、しっかりとした素材のものが」


 「棒?」と店主は眉をひそめ、さらに怪訝な顔をした。

 エリスが森で拾った棒を『こんな感じのもの』と例として見せると、ますます店主は眉を顰めた。


「棒ならどこかの森で拾ってくれば済む話じゃないか? わざわざ鍛冶の街の武器屋で買うようなものじゃあない。うちには立派な刀や槍がいくらでもあるぞ」

 

《……無知な男だ。武器としての棒の価値、そして鈍器としての潜在能力をまったく理解しておらぬ》


 魔王が落胆しながらむっつりと呟く。その声には武具を見る目がない者への軽蔑がにじんでいた。

  

「いえ、戦うための……自分の身を護るための武器としての棒が欲しいんです」


 エリスは譲らなかった。その瞳にはかつて勇者であった時の雰囲気を帯びている。

 魔王の指導で得た自信が、かつての彼女を取り戻しつつあったのだ。


「できれば堅い木で、しなやかさもあって、長さは私の背丈よりあって……重心がしっかりしたものがいいです」


 店主は腕を組み、改めてエリスをじっと見た。

 その真剣な眼差し、そして注文の具体性に彼はようやく彼女が冗談を言っているのではないと悟ったようだ。


「それなら裏の倉庫にいくつかあるぞ。ついて来い。だが高価な品には触れるなよ」



◇ ◇ ◇


 

 倉庫は本店よりも広く、長巻や薙刀、矛のような長物や、各種の杖や棍棒が所狭しと立てかけてあった。

 店主が指さしたのは、その中でも特に地味で、目立たない場所に置かれた木製の頑丈そうな数本の棒だった。


「これだ。全て樫の木を加工して作ってあるから堅くて中々折れんだろう。だが、意外と重いぞ? 嬢ちゃんが本当に振り回せるのか?」


 エリスは一本を手に取った。

 確かに重たいが今まで使っていた森の棒よりも明らかに密度が高く、手にしっくりと馴染む重量感を覚える。

 表面は滑らかに磨かれており、所々に職人の丁寧な仕事ぶりが窺えた。


《ふむ、まずまずの材質だ。樫の木としては悪くない。しかし、実際に振り動かしてみなければお前に適しているかわからん》


 棒をふんふんと嗅ぎながらその性質を確かめた魔王の品定めであったが、どうやらひとまず合格らしい。

 ついでに試させてもらえ、と魔王はエリスに指示をした。


「あの、できればこれを……少し振らせていただけませんか? 動きを確かめたいので」


 エリスは上目遣いで恐る恐る店主に尋ねると、店主はやや面倒くさそうに言う。


「ここでか? ……まあ、いいぞ。だが周りの品物にぶつけたら即購入だぜ? 弁償してもらうからな」

 

「はい! ありがとうございます!」


 その笑顔に店主はたじたじになるが、商売は商売。譲らない雰囲気を帯びながらエリスを見守り始めた。

 彼女と店主のやりとりを聞いていたのか、倉庫の隅で作業していた弟子たちやたまたま倉庫にいた数人の客が、珍しそうにその光景を見つめ始めている。

 

 それらはまるで、武芸を見にきた観客のようだった。


 エリスは倉庫の少し広いスペースに移動した。

 周囲の視線が少し気になったが、魔王の《集中しろ》という声に背中を押され、深く息を吸い、ゆっくりと吐いていく。

 

 そして全身を集中させ、魔王から教わった基本の構えを取った。


 両手を適度に離して棒を握り、腰を落とし、棒の先を仮想の敵に向ける。

 その構えはもはや素人ではなく、長物を扱う者特有の無駄のない美しい姿勢だった。


「おお……?」


 店主が興味深そうに唸る。彼の目つきが少しだけ真剣味を帯びた。


 次の瞬間、エリスが動いた。


「――はっ!」

 

 最初はゆっくりとした“突き”。棒の先を細かく震わせながら、真っ直ぐ前方へと繰り出す。その動きは槍術の“穿つ”技そのものだった。

 重い棒が風を切る鈍い音が静かに響く。


《よし。続いて重量とバランスを確かめながら徐々に動きを大きくしていけ》

 

《重心は少し前に。そうだ。その棒は先端よりやや手元に重心があるな。ならば突く際はさらに踏み込んで体重を乗せろ》


 魔王が細かく指示を飛ばしていく。

 エリスはその言葉に従い、次は“払い”へと移る。腰の回転を利用し棒を大きく横に払う。

 重たい棒は風を切り鈍く重々しい唸りような音を立てる。

 

 しかし、エリスの動きには無駄がなく、重さを利用した威力のある“払い”となっている。

 その勢いに倉庫の埃が舞い上がった。


 店内の他の客たちも、エリスが只者じゃないことを理解し始めたらしい。

 棒を操る彼女の様子に興味を惹かれ、ぞろぞろと見学をし始めた。


「あの小娘……見かけによらねえな」

「あの構え、あの動き……どこかの流派の槍術じゃねえか?」

「すげえ様になってる……なんなんだ一体」


 エリスは周りのざわめきなど気にせず、魔王の指示と自身の感覚に集中する。次は“防御”。棒を八の字に、円を描くように回転させ自身の周囲に壁を作る動きだ。

 

 重く長い棒を素早く動かすのは難しいが、彼女はその第六感を存分に発揮しながら効率的な軌道を見つけ出していく。

 棒が風を切る唸りのような音が倉庫に響き、時折高速で回転する棒が空気を裂く鋭い音を立てた。


 期待以上の動きをするエリスに、心中で魔王が興奮気味に叫んだ。

 

《よし、その動きだ。我が配下の防御術を完璧に再現できている。次はいっそのこと、お前の思う通りに存分にやってみるがいい》


 エリスは軽く前進しながらの突きの連打から、後退しながらの防御、流しの型をしつつ、最後は腰の捻りを大きく利用した回転しながらの反動をつけた大振りの薙ぎ払いを再現した。

 

 その動きはもはや自己流の域を超え、ある種の“業”に近いものだった。彼女の身体が一回転し、その勢いと全体重を込めて全て棒に乗せて振り下ろした――


「――たぁっ!!」

 

 バシッ! と鋭く乾いた音が倉庫内に響き渡り、エリスはぴたりと動きを止めた。

 息は少し弾んでいるが姿勢は微動だにせず、棒は完璧な軌道の終点で静止している。


 その一連の動きは、流れるように滑らかでありながら、各所に爆発的な力を秘めた、矛盾した美しさを孕んでいた。


 倉庫内が一瞬、水を打ったように静まり返った。

 見物していた客たちも、弟子たちも、店主でさえも、その完璧な動きに言葉を失った。


「え、えっと……その、ありがとうございました……?」

 

 エリスはその静けさに慌てたのか、お粗末なものを見せたかのようにおずおずと棒を立て、軽く一礼する。  

 しかし次の瞬間、ドッと湧き上がったのは驚嘆の声と、そして熱狂的な拍手だった。


「す、すげえじゃねえか、小娘!」

「ただの村娘にしか見えねえのに、ありゃ相当の経験を積んでいやがるぞ!?」

「しかもめちゃくちゃ可愛い!……なんか俺、手合わせしてもらいたくなってきた……!!」


 呆然としていた店主は見物客の熱狂に我にかえり、そして興奮してエリスに駆け寄った。


「じょ、嬢ちゃん! いったい何者だ!? あの動きは……ただものじゃない! あれは、どこの誰の流派だ!?」


 エリスは呆気に取られながら首を傾げた。今度は周囲の反応の大きさに少し戸惑っている。


「え? 私は……ただの旅人です。流派は……自己流でしょうか? あ、この棒とても使いやすいです。重たいですがその分、力が伝わりやすいですし」


 彼女はそう答えながら微笑み、心の中で魔王に尋ねた。


(あれ?私、変なことしちゃいました? みんな、なんで騒いでいるんですか?)

 

《……ふふ……っハハハハハ!!!》


 心中で魔王が高らかに、そして非常に満足げに笑った。


(当然の反応だ! 余が直接指南した上、魔王軍随一の槍術の真髄を自己流に更に極め、練り上げたのだからな!)


 魔王の笑声は、ある種の誇りに満ちていた。

 教え子の見事な成長とその成果が大衆に示されたことに武人として、師として心から満足していたのだ。


「え、えっとそういえば……いくらですか? この棒」


 エリスは本題を思い出し、そう尋ねた。

 脳裏には寂しい財布の中身がチラリと映った。足りなかったらどうしよう、こんな状況で買えないとなったら恥ずかしいなんてものじゃない。


 店主はまだ興奮冷めやらぬ様子で、エリスが手にしている棒をじっくりと見直した。

 そして何かいいことを思いついたのか、閃いたような表情を浮かべ、エリスに告げた。


「……この棒は確かに良い出来だ。職人が一つ一つ手間をかけて作った自慢の品だからな。だがな、嬢ちゃん……その腕前を見せてもらった以上、ただの金銭の取引では済まされん」

 

「えっ? お金以外にも何か必要なんですか? 力仕事以外ならお手伝いできるかもしれませんが……」

 

「いや、そうじゃない。少しばかり、腕試しをしていかないか? 相手はそこそこの腕を持つ、うちの弟子とだ」

 

「腕試し……ですか?」


 エリスは少し緊張した。


《ほう、面白くなってきたな。エリス、受けて立つがいい。実戦に近い形でお前の技術を試せる良い機会だぞ》

 

(魔獣との実践とはまた別の感覚が必要そうで少し不安です……)

 

《杞憂だ。お前が実力を発揮すれば、普通の人間程度相手にならん》

 

(……魔王がそう言ってくれるのであれば、受けない選択肢はありませんが)

 

《その意気だ。ただし、決して油断はするな。見かけによらぬ強者や、変わり種の武器の使い手もいるかもしれん》


 魔王が興味深そうに呟く。

 実践経験があればあるほど、この少女の可能性は切り開かれていく。生死を分けない、試合のようなものであれば尚更大歓迎であった。

 

「……わかりました。お受けします」


 エリスは店主にそう宣言すると、手に持つ棒をしっかりと握りしめた。

 

 その真紅の瞳には、わずかな緊張よりも、むしろ期待と好奇心が輝いていた。


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