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エリスの新たなる武器Ⅱ


《……しかし、興奮せずにはいられん。お前のその可能性に武人としての血が騒ぐのだ》


 再び熱弁を振るおうとする魔王に対し、焦りながらもエリスは冷静になるよう魔王へ告げる。

 

「で、でも……今の私の力ではとても重い槍なんて扱えませんし、持って歩くことすら……」

 

《故に、“棒“なのだ!!!》


 しかし、エリスの思惑虚しく、魔王の声は再び熱を帯び始めてしまった。

 次第にエリスは、槍術を使えることを口を出してしまったことに後悔し始めた。


 だがそれはあくまで心の中で思ったこと。

 彼女は肩を落としながら、諦めたように心中で騒ぎ立てる魔王の声に頭を痛め続けた。


《槍術の心得があるお前が同じ長さの棒を扱えば、それは無敵の鈍器となる! 刃はない故に殺傷力を抑えられ、かつ槍術の洗練された突きと払い、防御をそのまま応用できる! これ以上にお前に適した武器があると思うか!?》


 エリスは魔王の熱狂的な説明に圧倒されながらも、ゆっくりと納得していった。


《……それに、だ》


 魔王が突然、真剣な口調で言った。

 興奮した態度と冷静な態度を交互に見せられたエリスは少々混乱しているが、続く言葉を理解できるよう集中する。


《お前が先の戦いで余の力に頼った時、一時的とはいえかつての勇者としての力が蘇った。あの瞬間、お前の肉体と魂は、過去の戦いの全ての経験――筋肉の動かし方、力の伝え方、技の感覚を、短時間ながらも完全に再現していたはずだ》


 エリスははっとした。

 確かにあの瞬間は、忘れていたはずの剣術の感覚や体術の細かいコツが、自然と蘇ってきたような気がした。

 そして、今もその感覚は残っている。

 

《その感覚は力が去った後も、肉体の深いところに記憶として残っているのかもしれん》

 

「……つまり、私が棒を手にした今の動きは、かつて学んだ槍術の型の記憶を無意識に思い出している、ということですか?」

 

《その通り。あの一時的な力の付与によって呼び覚まされた肉体の記憶が表面化しているのだろう》


 エリスは自分の手の中の棒を見つめた。

 魔王の指摘は的を射ているように感じられた。


 棒を握る感覚、構える時の身体の重心の置き方、踏み込む時の足の運び――それらが、かつての敵対者に共感して覚えた感覚と合致するせいか、なぜか驚くほど自然に、そして正しく感じられるのだ。


「……そうかもしれません。なんだか……とても懐かしい感覚で……体が自然に動くというか……」

 

(……ふむ)

 

 エリスが懐かしむように呟いた言葉に、魔王は彼女に聞こえないよう、心の中で一つの考察をし始めた。

 

 エリスは魔王に語り続ける一方、肝心の魔王は聞いてないどころか、別のことを考えており、二人の会話は一方通行へと変化していった。

 


「かつて魔王の配下の方々と戦った時、苛烈すぎる攻撃を避けつつも少し羨ましいとも思っていたんですよね」


 

(……これは興味深い。エリスは我が配下の者たちの技術の核心を捉え、さらに驚異的な“読む”力と第六感が融合している)


 

「剣と違って長さが違いますし、武器の操り方もかっこいいな、とか思っていました」


 

(もし余がここで槍術を教え込めば、エリスは確実に強くなる。――だが)


 

「全身を使った動きができて、力を最大限発揮できるのもいいですよね。剣の場合、両手で使うにせよ少し力が分散してしまうので」


 

(エリスの動きは余の技術とはまた違う、独自の可能性を秘めている。余の色に染め上げてしまうのは……惜しいかもしれん)


 

「こうして使う機会ができたのですから、思いっきり使えるようにしないといけませんね!」

 

 

(むしろ……基礎だけをしっかりと叩き込み、あとはエリスの“肉体の記憶”と“第六感”に任せてみよう。余の想定を超える、面白い技術が生まれるかもしれん)

 

 

「……あのぅ、魔王? 聞いてます?」


 

《――よかろう》


 

 エリスの言葉はまるで聞いていなかった魔王だったが、静かながらも熱意を込めて言った。

 その言葉から感じる重みに、ついエリスは姿勢を正した。


《ならば基礎からだ。我が槍術の根幹をなす、歩法と構え、力の伝え方から教えるが、細かい型には拘らない。それを基に、お前自身の体が覚えている動きとお前の技術を融合させろ。自分なりの“型”を作り上げるのだ》

 

「はい! やってみます!」

 

《言っておくが余の教えは厳しいぞ。かつて幾多の配下共が悲鳴をあげて逃げ出すくらいだった。覚悟はできているな?》

 

「もちろんです! よろしくお願いします!」


 エリスは目を輝かせて魔王に対し一礼する。

 

 それは側から見れば、まるで師弟のような関係にも見えるようだったが、魔王は内心悪くないと思い始めた。


 

 

 ――それからエリスは、旅の移動時の最中に棒術稽古を挟んでいった。

 一般的な稽古とはまったく次元の違う、魔王直伝の教え方によるものだ。


《その突きは力任せだ! もっと体重を乗せろ! 腰から動かすのだ! 腕の力ではない! 》

 

《払いの動作は大きすぎる! 最小限の動きで最大の効果を挙げよ。無駄を省け!》

 

《呼吸が乱れている! 動きと呼吸は一体だ!》


 既に完成されつつあったエリスの技術だったが、それはあくまで自己流のもの。それに上乗せする形で魔王は歩みの速度、重心の移動、呼吸法といった槍術の根幹となる基礎を徹底的に指導した。

 

 しかし、具体的な型や応用技については、あえて教えようとしなかった。

 

(基礎さえ完璧にこなせれば、あとはエリスが最適な動きを導き出すはず。余計なことを教える必要はない)


 エリスは自分の中に眠っていた槍術の記憶が、魔王の基礎指導によって急速に目覚め、血肉となっていくのを感じた。

 教わった基礎と自分が模倣してきた動き、そして第六感が融合し独自の“棒術”が形作られていった。


 

◇ ◇ ◇


 

 数日後、エリスは山道を行く中、猪型の魔獣の群れと遭遇した。以前までの彼女であれば、咄嗟に逃げる判断をしただろう。

 しかし、今は違う。彼女はしっかりと棒を構え始めた。


《成果を見せてみろ、エリス》


 魔王が静かに囁く。

 エリスは深く息を吸った。群がる魔獣たちの動きを“読む”。そして――動いた。


 最初の一匹の突進を、最小限の歩幅でかわし、棒の先端でその側面をしっかり押さえつけた。魔獣は驚いて方向を誤る。

 

 次の瞬間、別の魔獣が突っ込んでくる。棒を地面に突いて支点として利用し、自身は軽く跳ぶようにしてその頭上を越える。

 着地と同時に棒を弧を描くように振り、三匹目の足元を払う――それは打撃というより受け流しに近い動きで、魔獣のバランスを崩すには十分だった。


 かつてのように石を投げつけたり、大声を上げたりする必要はない。

 無駄な動きは一切なく最小限の力で、最大の効果を挙げている。彼女は敵を傷つけることなく無力化し、追い払うことだけに集中した。


 やがて、魔獣たちはエリスを攻撃が通じない相手だと理解し、自分達より格上の存在であることを認めたのか、諦めたように去っていった。


 エリスは棒を杖のように地面につき、深く息を吐いた。

 汗はかいているが息は乱れていない。以前のような恐怖や焦りはなく、静かな自信が彼女の内にあった。


「ふぅ、上手くできました」

 

《……ふん、及第点だ。基礎は身についてきたようだが、動きにまだ無駄が散見される》

 

 魔王はわざとらしく冷淡な口調で言ったが、心中では満足感に浸り、ほくそ笑んでいた。

 エリスの成長速度と可能性は彼の予想をはるかに超えるものだったからだ。


「魔王、ありがとうございます。これならなんとかなる気がします。あなたの力に頼らなくても、少しは自分で自分を守れて、誰かを助けられると思います」


 エリスは初めての実戦にも関わらず、思った以上の成果が出せたことに充実した笑顔を見せた。


《当然だ。余の鍛錬に耐えたのだからな》


 魔王は誇らしげにそう答えた。

 かつての自分の技術が仇敵であった勇者によって、しかも如此に独自の発展を遂げて継承されていく様は、何とも言えぬ感慨深いものがあったからだ。


(……やはり思った通りだ。余の力の付与に耐えるだけでなく、エリスは想定よりも遥かに大きな可能性を持っている)

  

 そして、より確かになっていくエリスの秘められた潜在能力に魔王は興奮せざるを得なくなっていた。


(この強さ、この先どうなるか予測がつかん――改めて思うが、まったく、面白い存在である)

 

 戦闘の中で、卓越した『共感力』によって相手の動きを糧にして限界を知らない成長をしていくエリス。

 しかし、勇者の力を失った彼女はまだ原石でしかない。

 やがて、光り輝く素質となるように多くの経験をさせていくべきであろう。


 ――そんな次なる野望が、朧げながら己の心の奥底に浮かび上がってきたことに、魔王自身、まだ気づいていなかった。

 


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