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幕間 グラディ=マクマートリーの追憶


記憶の初めにこびりついたのは腐るような異臭だったと記憶している。


嗅覚は記憶の根底を刺激し録音する、当時魔香(センス)の知識もなかったであろう私であってもその事は自然と自覚させられていた。


気の遠くなるほど昔、英国の経済的成長と対をなすように生まれたスラムで私は育った。

父は居ない、物狂いとなって人の言葉も解さなくなった母だけが私の家族だった。


母は何故か酷く私を嫌悪し、それ故に私も母を殺してやりたいほどに憎んでいた。


何故私を生んだのか、何故私を嫌うのか、何故狂ったのか、何故理解しないのか、何故理解できないのか、何故理解しないのか、何故私がいるのか、何故父がいないのか、何故私は母を見捨てる事ができないのか、何故何故何故何故何故何故何故…………


疑問は尽きなかった、その中で私を一際深い疑問に苛んだのは

胸の内に宿る強い感情と、それを外郭として渦巻く何か…黒く、ひどく粘液質な感触だった。


私は数多くの疑問と、胸中の不気味な感触にただひたすら耐えながら、道行く人々に金をせびり、どぶ鼠を捕まえ食い蛆さえ貴重なタンパク源だった

人間として生きるべき意味を忘れ、ただ本能(イド)のままに生き続けていた。





「そんなところで何をくすぶっているのかね?」


見上げた先には、手があった。


「人生を無駄にしすぎている、君はここにいるべき人間ではない」


差し伸べられた手、握るために差し出された手。


「勘違いをしてはいけない、君はここに居るべき人間ではないが、同時にここに居る事を選択する余地がある」


溺れる者は藁をも掴む。


「私は君に、名と、知識と、名誉と、人生と、真実を与えよう」


これで私の疑問も、気持ち悪い感触もなくなるのなら…


「代わりに、君は死さえ生温いという思いを抱くだろう」


かまわない、それで私の望みがすべて叶うなら…







「君に、幻想を壊す覚悟なんてあるわけないだろうに」








母は、私の本当の母ではなかった。

身分違いの恋におぼれ、立場を落とされることを恐れた男に逃げられ、赤子も生む前に殺された

そうして壊れた心でどうにか失われた愛を求め続け、他人の幸せを盗んだ…それが私だった。


「憎いかね?」


憎くはない


「悲しいかね?」


悲しくはない


「では、君の胸中に渦巻くその塊は何かね?」


これは、ありえたかもしれない私の可能性…腐臭の中で腐り溶けた『こんなはずではなかった』私の意味。


「その外郭の正体は…」


それを包むものは感情なんて綺麗なものではなかった。

生まれてから今まで私を突き動かしてきた無数の疑問、疑問は回答を 欲する 。

獣のようであり、獣では持ちえない私だけの本能…無限の欲望《Ganância-00》。


「ようこそ、グラディ=マクマートリー」


名を与えられた獣は、母だと思っていたものの死骸の上で産声を上げた。




「今日から君は魔法使いだ」










私を闇へ突き落した男の名はアレイスター・クロウリーといった。

歴史上に名を残す稀代のペテン師(ろくでなしのごうかんま)という認識は、合ってもいたし間違ってもいた。

現に魔術は存在し、彼は魔術師だった。非常に歪んでこそいたが…

しかし行った数々の魔術的実験は多くの人間の人生を無残にも凌辱し、歴史上に残ってしまった事件も少なくはない。

その結果彼は″市国″に目を付けられ、彼を監視するための鎖として薔薇十字騎士団なる組織を興しほぼ強制的に彼をその長とした。


薔薇十字騎士団はそんな彼にとって素晴らしい実験環境だった。

なにせ(じっけんだい)には事欠かない、なにより兵器扱いされているとはいえ

実験を合法的に行っても良いとされる事は彼にとって至上の喜びだった。

代わりに歴史上においてのアレイスター・クロウリーは市国によってとてもつまらない終わり方をしたということにされてしまったが…


アレイスターは言っていた、知恵とはセフィロトの木にぶら下がる林檎のようなものだと。

赤ん坊は知識の吸収(インポート)がない限り精神活動を行う(エクスポートする)ことができないように

それに与えられる(知識)は木に与えられる栄養分として蓄えられ、やがて知恵の実(魔法)という形で発現する。

過去現れた預言者の10権能である魔法使いはまさしくそれだ、自然界の理を作り魔法という名の奇跡を創造する彼らはまさにセフィロトの果実そのものだと。

彼の夢は新しい魔法を創造する事だった、そのための知識を蓄えるためなら何でもやった。


しかし本当に彼は飽きてしまったかのようにあっけなくこの世を去った、まるでもっと面白い物をあちらの世界に見出した子供のように。

体だけをうっかり落っことしたかのように唐突に。

最期は実の子孫にも、その魔術のごく一部を継承した私にも看取られることなく。


私の欲望は彼の家族よりも膨大な量に至るまで、彼の知恵を呑みこんでいた。

蛇である彼に誘われた獣のように、そして必然のように最悪の魔術師の称号とともに私が薔薇十字騎士団の長となった。



私は狂喜した。

彼の膨大な量の人生を私が喰らったのだと実感できた。

生まれて初めて満たされたような気がしていた、ようやく私は獣から人間へ昇華する事ができたのだと


そう錯覚していた。



やがて無能な奴の子の実験によって生を成し得た、奴の孫の手によって…。

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