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第四幕 契約 魔術師なりの…


「ねーねー下院さまー、いつになったら外出られるのー?」


「ふむ、とりあえずこの書類の山をどうにかしないとどうにもな…」


 ロンドンの薔薇十字騎士団本部にある下院の団長室は、とても下院本人には似合わなそうな壮麗な装飾が自慢である。

尤もその装飾の殆どは前団長(グラディ)の趣味だが、今やその団長室は机も地面も書類の山と化していた。


「そもそもこれは副団長の仕事のはずなんだがね、いったいどこへ行ったのやら…もうあれ退団とみていいのかねぇ」


 行方をくらましたまま連絡のつかない前団長にして副団長を思い出しつつ下院はため息をつく。

そもそも、薔薇十字騎士団は団員の管理がずさんすぎるのである。

その性質上団員一人が一つ所にとどまることなどないし、せいぜいとどまるとすればここで情報を統制する団長と副団長のみである。

しかし副団長のグラディ=マクマートリーも下院が団長となってほんの一ヶ月で不意にどこかへと消えてしまい、ほぼ下院のみが本部でデスクワークに明け暮れているのである。

さらに下院は薔薇十字騎士団と兼用している副業がある、下院が市国に無理を言って団長権限とその魔術の希少性にものを言わせて設立させた日本の魔術結社にして総合企業法人であるO∴H∴社だ。

そう、下院が本部を抜けられる機会など今回のようにどこかを襲撃するか、しばらく書類の山に埋もれる覚悟でサボタージュする時しかないのである。

 元々この組織も勝手に動くと周囲に世界規模の影響を及ぼす程のトラブルメーカーであるとある魔術師を団長と言う立場に縛りつけておくための物でもあったから仕方のない事なのだが…

 そんな境遇にある下院を除いては、実は殆どが薔薇十字騎士団以外の魔術結社に在籍しているのだ。

 それも団員が殆ど『薔薇十字騎士団に所属することで自らの組織を保護してもらう』という権利を欲する者や単に魔術師への復讐に燃える復讐鬼ばかりなのだ。

 つまり…薔薇十字騎士団に所属していると判さえ押されていれば本来魔術結社に必要とされるイニシエイト―盟約儀式による一種の呪いじみた加盟認証―も行わないし、団長以外は基本的にフリーダムなのだ。

 今本部にいる団員もたまたま資料を読みあさりに来たアルジェナと、元々この本部の本来の持ち主であるクロウリー家製のメイドであった姉妹の計3人のみだろう。


 ・・・本来秘密結社である薔薇十字騎士団本部にふつうにジュリアがいるのも、その管理のずさんさによるものなのだが・・・

 本部には結界が貼ってあり、一般人が何も知らずに進入してもただ空き家があるだけである。

そのためそうそう滅多に無関係な人間が本部に侵入しているということはなく、ジュリアが誰かに見つかっても

「あぁ、また知らない間に新入りが来たんだな」という程度の認識で済むことがほとんどだし、ましてこの時期だ。

 ウェルダ教の襲撃から三日が経った今でも、通常の人々が住む世界と隔絶されている魔術界隈とはいえ

その中でも大規模な宗教組織であったウェルダ教が忽然と姿を消したという事実は少なからず一般人たちの話題に上ってしまっていた。

 魔術は表の界隈に干渉する事をほかならぬ薔薇十字騎士団の力によって禁じられている。

なのでそんな状況の中、やたら多国籍の怪しい集団が一つ所にとどまって怪しまれるわけにもいかず、薔薇十字騎士団の面子はそのまま慌ただしくウェルダ教跡の周辺都市を去りロンドンへと帰還していた。


 しかし、当然慌ただしいとはいえ他の団員がジュリアの存在に気づかないはずはない。


「団長、なんだいそこのガキは?」


 ギクリと背筋を強張らせる下院と、闖入者を睨みつけるジュリア。

 その背後にはボンテージと三角帽子に身を包んだまさしく魔女らしい魔女、アルジェナが箒をもってたたずんでいた。


「あ、あー…拾いました」


「犬猫か」


「この子は魔力を得る代償儀式として猫に変身する術を持っているし

何時頃からついた癖なのか偶に「にゃあ」という事があるので、猫と言うのも正しいかもしれないかね」


「にゃあ?」


 アルジェナはジュリアの純粋な瞳に見つめられ、うぐ…と一瞬唸ったのち、確かにと呟いた。

しかし直ぐに取り戻して下院と問答を繰り返す。


「しかしまさか団長、襲撃した結社の生き残りをかくまうなんてお涙頂戴なこた言わないよねぇ?」


「そりゃあ偶には言うさ」


「あたし達ぁ泣く子もナイフで黙らせる薔薇十字騎士団よ?何処にそんな情があるというの」


「まぁある時はあるだろう、人間なんだから」


「正直に言いなさい団長、その子魔法使いでしょう?」


「うん」


 下院が最後の問いに応えると同時に、アルジェナは箒の塚の先を下院に向ける。


「団長自らであろうと、勝手が過ぎれば許されはしないわよ?

市国の馬鹿どもから勝手が過ぎれば殺せって『密命』が来てるの団長だって知ってるでしょう?

あたしだって団長は殺したくないのだけれど・・・?」


「下院様…っ!!」


 止めようと動くジュリアの頭に手を置いて、下院はアルジェナに返す。


「ふむ…その密命は俺が魔法使いを味方につけるところなど基準はあるのかね?」


「それは詭弁ってわかってるの?」


「詭弁ですらない、苦し紛れの言い訳さね。」


 下院はすぅ、と深呼吸を挟んではっきりと言い放った。


「俺はこの少女を好きになった、一目惚れだ!

だから義父(教祖)に許可を貰い許嫁として、今は身寄りのなくなったジュリアを保護する!

表の世界から見てもこちら側からみても、当たり前のことではないかね?

それに…この子は未だ未覚醒だ、引き入れても文句は出ないし、団員として教育さえすれば覚醒しても問題はない…違うかね?」


 はぁ、とため息をこぼしたアルジェナは眉間を押さえて箒を下した。


「ハッスル爺の孫はロリコンか…血は争えないものねぇ…解った、私からの報告書にはそう書いて送るから精々追加書類に埋もれなさいな」


「悪いな、今やってるのが丁度その書類だ」


 そう言って下院はトン、と書類に判を押した。





『ジュリア…ジュリア……』

(うるさい・・・)


『私の遺志を継ぐのだ、ジュリアァ……』

(ジュリアはもう、あなたの道具じゃない…ッ!!)


『何が違うと云うのだ…』

(何が…?)


『彼奴もまた、お前が魔法使いだから…その能力と意味を求めて保護しているのではないのかァァ?』

(そ・・・そんな・・・・・・そんなこと、ないもん!!)


『選んだのだろう?』

(う・・・)


『選んだのなら受け入れるがいい、彼奴の所有物となって、その身を開け渡し、思うがままに弄ばれるがいい』

(そんなことない…そんなことないもん…ッ!!)




『それが貴様の宿命、存在する意味だ!!!』


「ッ!!!!アァ---------ッ!!!」


 悲鳴を上げながら、ジュリアは騎士団のベッドで跳ね起きる。

この処毎日のようにジュリアが見る夢は、教祖によって攻め苦しめられ続ける悪夢ばかりだった。

 それこそ、それが想像の産物であることはよくわかっているつもりだった。

 しかし毎日のようにそれが続けば、まるでそれが亡霊の声であるかのように明確な意思を持ってジュリアを苦しめ続けた。


『ジュリ…それは夢だ、夢でしかないんだ…』


 ジュリアの頭の中に、今度は凛とした女性の声が響く。

 彼女の名は天使メタトロン、ジュリが魔法使いの前兆としてその内に持った天使の魂から構築した人格、『上位自己(ハイアーセルフ)』である。

 通常上位自己は未覚醒な魔法使いの精神を保護するために、こういったトラウマや悪夢を管理する能力が備わっている。

 しかしウェルダ教祖との戦いで一時的な覚醒を遂げ、簡易的な実体化を遂げた後はその能力も失っていた。

ほかならぬメタトロン自身、それを歯がゆく思っているのだろう。悪夢から覚めたジュリアをなだめるように声だけをかける。


「じゃあ、今すぐ私を魔法使いにしてよ…」


『ジュリ…』


ジュリアは枕に顔をうずめながら、実体のないメタトロンへ訴えかける。


「魔法さえ覚醒すれば、私が下院様を守れるんだ…下院様に忠実なだけの人形じゃなくなるんだ…」


『ジュリ…悪いがそれはできない』


「どうして…ッ!!」


『魔法とはすなわち、英雄として選ばれた人間がその時になって発揮するものなんだ

だから、今はその時ではないんだ…大魔力が圧倒的に少ないんだ』


「…っ」


『(それに、君は未だ未熟だ…君を選ぶ天使として、私は慎重に君を選ばなければならないんだ…許してくれ、ジュリ…)』





 それから数日もしないうちに、ウェルダ教の消滅は音を立てる事もなく人々の記憶から忘却されていった。

そこには市国を含む様々な情報操作もあったのだろう、それも非常識の方法で。

 その暗躍を証明するかのように、ロンドンの騎士団本部は普段各国へ赴いているような団員も含めた魔術師たちによって埋め尽くされていた。


「では、新団員ジュリア・F・ヘンデルの入団を祝して!!」


「「「「「かんぱあああぁぁぁぁああい!!!」」」」」


「んでいい加減グラディは解雇だあの野郎!!」


「「「よくやった!!」」」


 下院の号令で何回かの祝杯を挙げる約数十名の薔薇十字騎士団員。

 それぞれが法具(メガリス)級の能力を持った異能者や魔術師の集団だが、性質上その会合は荒くれ者のパーティに近い雰囲気を持っていた。

 来る者は拒まず去る者は追わず、しかして去った後やりすぎれば元同僚であっても魔術師として全力で排除する。それだけが今の薔薇十字騎士団の掟である。

 そう考えればただの荒くれ者達と言う表現がこの上なく似合う、ただ魔術が絡むだけの傭兵部隊と何ら変わりない。


「…」


 しかし慌ただしい宴の中でもジュリアの表情は重く、何処か居辛さを感じさせるものだった。

それに気づいた下院は主催者席から立つとジュリアの手を引いて本部のベランダへとジュリアを連れて行った。




「ごめんなさい下院様…やっぱり、あの中ではしゃぐのは…」


「まぁ、俺も含めウェルダ教を壊滅させた連中だからな…仕方ない。」


 そのままベランダの柵に背を持たれ寄りかかる下院に、ジュリアは申し訳なさそうな目を向ける。

 薔薇十字騎士団だけじゃない、自分は未だ下院をどこかで信用していないのかもしれない、ジュリアはそう感じた。

広い外の世界を見せてくれる人、どこか悲しい目をした人、魔法使いにすら怯まない最高位の魔術師…

 しかし、下院という人間はいつもそれよりも遠くを見ていて…そこがどこか教祖に似た雰囲気を放っていた。

 もしかしたら、この男もジュリアが魔法使いだから仲間に引き入れたのではないかと…

故にジュリアは我慢できずに下院に問いだした。


「なんで、ジュリアをあの組織から助けたの?」


 下院の目が、ジュリアだけを映した。

 頬を赤らめながら、ジュリアは胸に手を充てて問い詰める。


「ジュリアが…魔法使いだから?

ジュリアの意味も、魔力も、貴重な物だから?」


「…魔法使いだから、というのはあるかもしれないかね」


 下院の答えに、ジュリアは涙を浮かべる…しかし


「…だが、貴重ではない物なんて本質的にはあり得ないのさ。

ジュリア、君が思っている以上に…この世界には様々な物と、生き物と、人と、意味に溢れている。

魔術師としては忘れてしまいがちだが、その意味の一つ一つは確実に自覚する以上に多く複雑に繋がっている物なんだ、それこそその概念が運命の糸とも呼ばれるくらいに」


「じゃあ…っ!!なんで!?ジュリアは魔法以外に持っているものなんて何もない…空っぽの人形なのに…」


「二つある、一つはジュリアが魔法使いだからだ

しかし魔法使いが貴重だからという話ではなくな、俺は過去に二人の魔法使いと共に過ごし共に闘った事がある・・・

しかし俺は二人とも守る事が出来なかった…考えうる最悪の結末を超えて、一人は俺が殺した、そしてもう一人は…壊れてしまった

だから魔法使いなんて宿命に縛られている人間は黙ってみていられない…罪滅ぼしみたいなものかね」


 そう言ってロンドンの冷たい月を見上げる下院の表情は、普段の優しい作り物の笑みではない…辛辣な後悔を表情という形で刻み込まれているような、そんな表情だった。


「もう一つは…?」


「この前言ったかと思うんだがね?…じゃあ、今此処で済ませてしまおうかね」


 そう言うと下院はポケットの中をまさぐってジュリアの前に片膝をつく

そして取り出した物をジュリアの前に差し出す…それは小さい箱だった。


「これは…?」


「以前の契約の証…ってところかね?」


 小箱を開けると、中には蒼い宝玉のついた髪留めが二つ入っていた。

それはある国では王の威光を現す護符の宝玉、下院が持ちうる最高の法具のひとつだった。


「一目惚れ、と言うことだ」


 下院はジュリアに向けて恥ずかしそうな笑みを贈る。


「俺は君だからこそ生涯をかけて、君に様々な事を教え、守る事に決めたんだ

君は色々な物を知らずに育った、幸も不幸も、未来も意味も、愛さえも

それはそれだけ色々な物を手に持つ事が出来るということだ、だから何も持たない空っぽの人形なんかではないさ」


「下院さま・・・」


 ジュリアの髪を櫛でとかし、二つの髪留めで留め上げる。


「そしてたくさんの物を手に入れたと思ったなら、その時は改めて指輪を贈らせてもらおうかね…」


 それは婚約の儀式だった、花嫁に(ティアラ)を被せ、指輪を贈る約束を交わす。

しかしそこに魔術としての大きい意味はない、しかし下院のジュリアに対する誓いは伝えるに十分だっただろう。

 ジュリアはわっと泣き出して、下院にしがみ付いた。

 下院はそのままジュリアを抱きしめて優しく頭を撫でる…月ではなく、ジュリアを見つめながら…

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