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二千年の矛盾、中編

pixivで、レイ、セノカ、テオと志名雅菊(廻蒐久郎)、玖鴎華奈兎(清宣音真翠)、曽賀谷永とI-0759(凪織藍晶)のイラストを上げました。

「#小説家になろう」か、作者名で出て来ます。

 トライトの死体を、転移魔法陣に入れた。


 完全に乾ききった瞳を虚空に向け、ゾルヴィアは里に戻って自分を待つ仲間の元へ戻る。


 それまでの道が、妙に長く感じられた。

 焼けた地面と家の残骸の山が視界に入ってから仲間の姿がはっきりと見えるようになるまで体感で数時間はかかった。


 ______この道を、昔トライトと共に飛んだ。


 微笑ましい筈の思い出が、今は拷問のように精神を締め上げてくる。考えないよう努めても、一層重苦しい感情が強まるだけだった。


 _______空は静かだ。

 悲しいほどに。


 明日も同じ日が来るわけが無いのに、確信を持ってしまう。彼はずっと、これからも自分の隣で飛ぶのだと。


 実際今そこにあるのはただの虚だ。

 本当は生きていて、後ろから「おい、置いてくなよ薄情野郎」と呼び止めてはくれないだろうか。

 そんな予感を抱いたところで何も為さない。

 もう開かない瞳と、切断された翼が蘇る。


 靴底が地に触れた。ぼんやりと顔を上げると、家族を殆ど失った仲間たちも同じように絶望しきって座り込んでいる。


 トライトを探していた時間は思っていたよりもずっと長かったのだろうか。子供たちの埋葬は済んでいた。

 ゾルヴィアは何事も無かったかのように振る舞おうとした。しかし他者から見ればその内に隠された感情は簡単に見抜くことが出来てしまったらしく、皆戻って来たゾルヴィアに言葉を失っていた。


 表に出してはいけない。この中では自分が最も気丈で思考力と知識に長けているのだから。


 何を見れば良いのかわからないまま、ゾルヴィアは仲間たちに向き直った。


「……生存者は居なかった」


 重い声が、荒れ果てた里……だった場所に弱々しく響いた。


 分かっていた。この状況で生存者が居る可能性は限りなく低い。


 里で最も強かったトライトならばもしや、と考えてゾルヴィアに問おうとした者も居たが、視界に入ったその表情が全て物語っていた。

 トライトとゾルヴィアは同じ年に生まれてから六百年余り行動を共にしてきた、二人で一人のようなものだ。里に暮らす誰もが知っている。

 相手を失った悲しみも虚しさも、簡単に理解できてしまう。


 ゾルヴィアは六百歳ほど、つまり里の中では若い方だ。しかし彼には特別な頭脳があり、指導者としての資質があった。

 本当なら今にでも悲しみと怒りに狂ってしまいたい。それをするにはゾルヴィアは聡明すぎた。


 生き残った仲間の中で最年長の男が立ち上がり、ゾルヴィアの方へ歩いた。

 そしてその正面で立ち止まり、固く握り締められた拳に優しく触れた。


「すまねえ。若いあんたにばっかり重荷を背負わせちまって。だけど今は…………今は、仲間の死を悼もう」


「……我も、すまぬ。気づくのがもっと早ければ…………本当に、申し訳が……」


「あんたの所為じゃねえよ。誰も予想できなかったさ、こんなこと。俺の孫だって、あんたのそんな顔、っ……見たくねえだろ………………」


 男は震える声を振り絞るように言った。

 他の者もようやく冷静さを取り戻したらしく、生き残り同士で体を寄せ合い泣き始めた。


 ゾルヴィアはその中には加わらなかった。目に滲む痛みを気のせいだと言い聞かせ、無理矢理感情が溢れるのを抑え込む。

 声が震えないよう一つ深呼吸をし、普段よりも低く告げた。


「……明日、脆仙の領地に入り、事実を確認する」


 それを聞いた仲間たちは驚いたように顔を上げた。

 ゾルヴィアは話せるだけの精神が持つうちに続けた。


「知っての通り、彼らに付けられた致命傷は全て金属の武器と魔法によるものだ。そこで魔力探知を発動させたところ、脆仙の反応が出た」


 全員の瞳孔が収縮するのが分かった。


 魔力の揺らぎが、悲しみから憎悪へと変わる。


 仲間たちが感情任せに飛び出さぬよう、そして自分も暴走しないようにすぐに後の言葉を紡ぐ。


「だが我の探知にも間違いはある。無実かもしれぬ。今は体を休め、明日に備えてくれ。……共に来てくれる者は居るか?」


 ゾルヴィアは周囲を見渡した。


 すると、先ほどの男と娘を亡くした女性、そして弟を失った少年が手を挙げた。

 この中では比較的落ち着いている三人だった。遣いの役割を利用して復讐を遂げるつもりは無く、憎しみに駆られて暴走する心配も不要だろう。


 他の者もそれを自覚しているのか、それ以上動かない。

 ゾルヴィアは一つ頷いた。


「ありがとう。では、…………皆、心の傷がどれだけ痛むか、どれだけ長い時間を苦痛と悲しみで埋めるかは分かっている。真実を見つけ出すまで、どうか彼らを悼み、待っていてくれ」


「……勿論だ」


「ヴィアも無理しないでね」


 仲間たちが無理矢理作った笑顔を向けた。

 ゾルヴィアはそれに微笑み返した。


「……おやすみ」


・・・


 翌日、四人は里の跡地を出た。


 あの焼け野原を見なくて済むのは幾分か気が楽になってしまった。


 脆仙に圧をかけることのないよう、人型のまま空を飛ぶ。本来なら竜の状態で急ぎたいところだが、警戒されてしまっては元も子もない。

 里に残った仲間から託された使命だ。感情的になって失敗しては、彼らの我慢が無駄になる。


 脆仙の領地までかなり距離はあるが、大した時間はかからない。それが唯一の救いだった。


 しかしその道の途中で、何度も嫌な言葉と映像が脳裏を過ぎった。


 ______隣にトライトが居れば。


 あの煩い、明るい声が聞こえない。

 胸の底に穴が空いた感覚だ。


 彼らを殺したのは脆仙なのか、全く違う別の誰かなのか。その問いが脳内で回り、冷たい焦りが強まっていく。


 他の三人も同じことを考えているようだった。


 しばらくして、脆仙の国が見えてきた。里から最も違いその国しか襲撃はあり得ない。どうやら他国との関係は悪いと聞くので、他国の者がここを通って里を襲撃することはないだろう。

 万が一そうだったとしても、この国は必ず関わっている。


 四人は高度を下げ、ゆっくりと領地に近づいた。

 真っ先に、豪勢な城に向かった。国の主の元だ。


 しかし突然、少年が呟いた。


「……何でこんなにボロボロなんだ?」


 その声に反応し、ゾルヴィアは下を見た。


 所々の家の屋根が崩れ、壁の残骸が石造りの道に広がっている。まるで巨大な何者かに破壊されたかのようだ。


「脆仙は数が多い上に魔王がいないらしいから、戦争じゃない?」


 女性がどうでも良さそうに返した。

 今は脆仙に真実を問うことが最優先事項なのだ。大して交流の無い種族の一街のことなど考えて止まっている暇は無い。


 民衆が空を横切る四つの黒い影を見て騒いでいる。気にしないように、城だけを見つめた。


 複雑な造りの建物に魔力探知を使い、正門を探し当てる。何人かの騎士が見張っている。

 四人はその位置に回り、地面に降りた。


 突然現れた暗黒竜に、騎士は驚愕して呼吸を止めた。


「害を与えるつもりはない。貴君らに聞きたいことがあるのだ」


 獲得能力で脆仙の言語を使った。

 元から脆仙と竜はあまり仲が良くない。無害であることを告げておくことは必須だった。


 脆仙も仙、つまりは知性に優れた種だ。無闇に攻撃してくる筈は無い。


「我らの里が_______」




 しかし、その瞬間。


 二つ、甲高い音が迫って来た。



「何の」



 突如として、視界に鮮やかな赤が映った。


 完全に意識外の攻撃に、ゾルヴィアを含めた誰も反応できなかった。


 故に、それは丁度命中した。



 娘を亡くした女性と、孫を失った男の頭に。



 二本の矢だった。


 かなりの距離を置いて狙撃されたのか、矢は速く、威力も高い。二人の頭蓋を貫き、大脳をかき混ぜて破壊し、赤く染まって地に刺さった。


 ゾルヴィアは残った少年の肩を掴み寄せ、上に結界を張った。


 だが襲撃は上からだけではなかった。



 見張りの騎士が剣を構えていたのだ。



「何で……!」


「我の背中に隠れていろ!」


 ゾルヴィアは少年の前に立つ。


 城の門が開き、大量の兵士が押し寄せてきた。固い鎧に身を包み、強い魔力の込められた剣を握っている。

 この状況で相手に敵意が無いと判断するほど楽な脳は持っていなかった。


 兵に囲まれ、ゾルヴィアは片手に呪力を集中させた。


 大量の殺意に襲われ、少年はすっかり怯えている。まだ四百にも届いていない子供は狩りの経験も無いのだ、この場面に冷静に対処するのは不可能だ。


 その時、一際魔力の多い騎士団長と見られる男が二人の前に歩み寄った。


「城を狙うとは、姑息な」


 低い声には敵意と怒りが含まれている。

 全くもって理解が及ばない。

 ゾルヴィアと少年は背後を気にしながら、少しでも距離を保とうと後ろに下がった。四方八方に結界を展開したが、動揺で魔力の安定性は低い。


 敵を睨みつけ、ゾルヴィアの体に呪力と魔力が立ち上る。

 騎士団長は剣を振り上げた。



「______貴様らの仲間の首を断ち切った剣だ。脆仙を舐めるなよ」



 それを聞いた瞬間、視界が暗転するのがわかった。


「脆仙、矢張り………………!!」


 _______こいつらが。


 彼らの家族を。友人を。


 自分の片割れを。


 もう全てどうでもいい。


 殺したい。脆仙の肉を引き裂き、絶叫を叩き潰したい。のうのうと生きている奴らの場所を残らず灰に変えてしまいたい。


 そこに聡明な若い竜の姿は無かった。

 あるのはただの復讐心の塊だった。


 剣が振り下ろされた。

 ゾルヴィアは呪力を爆発させようとした。


 騎士団長の言葉が全てを物語っていた。疑う余地は無い。仇が今、目の前に、腕を振れば引き裂ける場所に立っている。


 だが、剣が届き、呪力が爆ぜる前に、ゾルヴィアの体は空中に上がった。


 少年がゾルヴィアの腕を掴み、離陸したのだ。


「帰ろう!!」


 悲鳴のような声で我に返った。


 地上の兵士たちは未だ敵意に満ちた瞳でこちらを睨んでいる。


 ゾルヴィアは歯を食いしばった。

 そして自らも翼を開いた。


 追ってくる矢の嵐を結界で遮り、里へ向かう。

 国の平民からも、津波のように罵詈雑言が浴びせられた。

 少年に連れられ、ゾルヴィアはひたすら前へ飛んだ。


 あれらは仙ではない。欲のままに走る薄汚い獣だ。


 あの卑しき獣どもに奪われたものは二度と帰ってこない。


 眩しく輝く笑顔も、能天気な声も。


 赤い瞳から散る雫には、悍ましいまでの魔力と苦痛の化身たる呪力、そして溢れ出した膨大な感情が宿っていた。


 四百年余り、忘れていたものだった。



 脆仙の叫びが聞こえなくなった。


 そこでようやく少年が口を開く。その双眸からは恐怖と憎悪からくる涙が零れ出ている。


「本当にあいつらなの?! 脆仙が弟を殺したの?!」


 少年は幼いが、だからと言って弟への愛情が無かったわけでは無い。死を理解できてしまう。奪われれば憎む。

 しかしどうしても彼は幼い。この状況で相手を気遣う余裕は無かった。

 逃げたのは臆病な彼なりに時間が欲しかったのだろう。そして彼はゾルヴィアが進むべき道を知っていると思っている。

 喚き散らす声は震えていた。


「教えてよヴィア兄ちゃん!!」


 袖を掴み、少年は叫んだ。


 ゾルヴィアは何も答えることができなかった。

 彼を連れて来たのは間違いだったのだ。幼い子供にあんなものを見せ、このような感情を抱かせてしまった。

 ここにトライトが居れば、上手く宥めてくれた筈なのに、今は自分しか居ない。


 抑えようとしても、雫は止まってはくれない。


 だがゾルヴィアの中では、既に答えが決まっていた。


 自分は復讐する。確実に。このまま黙って引き下がり、寿命を待つことなど出来るわけが無い。


 仲間にはどう告げれば良いだろうか。

 それだけが引っかかっている。

 脆仙が敵だったと告げれば、彼らはこの少年と同じように怒り狂う。それは正しいのか?

 まだ迷いがあった。



 _______その迷いを晴らすために、神はそれを見せたのか。



 ゾルヴィアと少年は、その地点で止まった。


「……何、あれ…………」


 地上で悲劇が繰り広げられていた。

 同じ竜種である五玉竜の里があった場所だった。

 五色の竜の鱗が輝いている。

 彼らは楽しそうに、それに牙を立てている。


 血溜まりの上で。


 ゾルヴィアは焦って降下した。


「何をしている!!」


 五玉竜は降りて来たゾルヴィアに、巨大な目を向けた。

 そして嬉しそうに牙を露にして笑った。


「これは暗黒竜! お前たちも食うか?」


「何故……それは…………聖白竜であろう……?」


 そこに倒れ、骨と内臓を剥き出しにしていたにしていたのは、神聖な白を纏った美しい竜の子供だった。竜の子らしい力強さはとうに失われていた。


「ああ! 先ほど狩ってきたのだ! 成竜は喰い尽くしてしまってな、しかし子供も美味い」


 小竜を喰っている赤玉竜は、再びその腸に口を突っ込んだ。

 肉が噛み千切られ、ぐちゃぐちゃと不快な音が響く。硬い骨が砕かれ、無機質な音が頭蓋を揺さぶる。子供の肉は見るからに柔らかかった。

 少年は耐え切れず、背後の森に飛び込んだ、間もなくして嘔吐の声が微かに耳に届いた。聖白竜は相性の悪い相手とは言え、同族だ。本来共食いの特性は無い種族がそれを見れば、誰でも気分を害される。


ゾルヴィアは呆然と、その惨劇を眺めていた。


「俺達は脆仙を襲撃する」


 不意にその竜が言った言葉に、ゾルヴィアの目が覚めた。

 竜は血を舐め、欲望を湛えてその先を続けた。


「我々が奴らにとって代わり、魔王を立て、新たな仙として君臨するのだ」


 彼が語ったのは野望だった。


 未だその意味が飲み込めていないゾルヴィアの眼前で、狂気じみた竜の顔が覗き込んできた。赤い鱗は血と同化していた。

 聖白竜の死体には、満足に喰える肉は残されていなかった。聖なる竜はそうだとは思えないほどに、醜く食い散らかされ、そこには悲鳴の残響が存在していた。


「暗黒竜よ、手を組まないか?」


 それは、不本意ながらも好機だった。


 今彼らの手を取れば、脆仙への復讐に利用できる。トライトの仇を取れる。あの獣を一掃できるかもしれない。


 伸びそうになった腕を、ゾルヴィアは爪を立てて掴んだ。

 鈍い痛みと共に、黒い袖に赤い染みがじわじわと円を描いていた。


「……考えさせてくれ」


 ゾルヴィアはそれだけ言い残し、踵を返して翼を広げた。


 骨と肉の音が耳にこびりついて離れない。

 五玉竜の笑い声は止まない。


森の木にもたれかかる少年を担ぎ上げ、その場を後にする。強い血臭が肺に溜まり、不快感と緩い吐き気がこみ上げた。


 それと共に訪れたのは強烈な違和感だった。


 おかしい。本来五玉竜はあのような野蛮な思考の持ち主ではない筈なのだ。暗黒竜や聖白竜に比べて知性は高くないが、同族を食い殺すことなどあり得るのか。

 そしてあの野心に満ちた宣言。

 ゾルヴィアの精神を埋め尽くしていた憎しみが、疑問で上書きされていく。


 担いでいた少年に目を向けると、ぐったりとしたまま口元を抑える彼には、そんなことを考える力は既に無いようだった。


「何が起こっているのだ……!」


 一先ず、里に戻ろう。


 仲間たちと話し合わねばならない。


 ゾルヴィアは竜の姿に変化した。少年を咥え、空を切って進んだ。



 しかし、そこでまた一つの事件に襲われた。


 地上から神聖魔法を放たれたのだ。


「もう殺させない!」


 地上の、何者かが叫んだ。

 執拗に付け回してくる白い光を持ち前の動体視力で躱し、敵を見下ろす。


 そこには聖白竜の里があった。子供を庇い、大人たちが正義感に満ちた瞳で自分を睨み上げ、聖脈を纏わせている。


 殺意ではない。全く理由の分からない、純粋な敵意だった。


「落ち着け! 我は五玉竜ではない!」


「だから何だというのだ! 先日我が里を襲ったのは其方ら暗黒竜であろうが!」


 頭領らしい男が叫ぶ。

 彼らに憎しみは無い。ただ子供たちを守らねばと言う輝かしい正義が上空の暗黒竜に向けられている。とても話が通じるとは思えなかった。


 だが暗黒竜が他の竜に干渉したことは自分の知る六百年の間一度も覚えがないのだ。


「違う! 我らの仲間がそんなことをする筈は……」


「其方の言葉には耳を貸せぬ! 即刻去るが良い!」


 混乱の中、ゾルヴィアは更に速度を上げ、里へ急ぐ。少年を結界で囲み、空気抵抗によるダメージを防御する。

 不快な聖脈の充満する空気に吐き気を感じる。暗黒竜を近づけないための処置だろう。本気で拒絶しているということだ。

 暗闇を白い光が刺し、視覚を焼く。



 自分自身も結界で囲み神聖魔法の射程距離から外れた辺りで、故郷だった焼野原が遠くに見えた。


 少年は結界にしがみつきながら安堵の溜息を吐いた。


 聖白竜は基本的に穏やかな種族の筈。何故あそこまでの敵意を向けて来たのか。

 もしや留守中に何かがあったのか?


 物理耐性の獲得能力を使い、ゾルヴィアは出せるだけの速度を出した。


 二人の魔力を感じ取ったのか、里から迎えの声が上がった。

 人型の姿であれば最高速度でも数十分はかかる道のりは簡単に縮まる。

 竜の姿から青年に戻り、少年を脇に抱えた状態でゾルヴィアは里に降り立った。


 既に夜闇が空を覆っていた。


「他の二人は?」


 仲間の一人が駆け寄って尋ねる。

 少年とゾルヴィアは表情を曇らせた。

 しかし、言うべきだ。


「……脆仙領で殺された」


「それって………………」


 その声が聞こえていた仲間たちの顔色が絶望と憎悪に染まっていく。

 あの二人もそれなりに信用されていた。普段から皆の先頭に立ち、優しく導いて来た年長者だった。

 立ち尽くす仲間の前で、ゾルヴィアは少年を下がらせて告げた。


「脆仙が敵であることは明確になった」


 それは、復讐の報せだった。


 彼らの家族と友人を殺したのは、間違いなくあの脆仙共だ。


「しかしそれ以外にも……聖白竜が敵となっていた」


「……え?」


 仲間たちは一斉にゾルヴィアの方へ顔を上げた。


「五玉竜が聖白竜を狩り、食い殺しているのを見た。聖白竜曰く、我らが同胞を狩ったそうだ。……疑いたくはないが、皆、覚えはあるか?」


「ある筈ないじゃない」


 即答だった。


 答えた者以外も首を傾げている。案の定、本当に覚えは無いらしい。

 安心すると同時に、ならば何故、と新たな問いが生まれてくるのだが。


「……皆の意見を聞きたい。五玉竜と手を組むか?」


 その提案は、何よりも残酷な誘いだった。


 ゾルヴィアの中には迷いがある。単独で復讐するか、五玉竜と手を組み、関係の無い聖白竜と正式に敵対するか。そして、犠牲覚悟で仲間を巻き込むか。

 全員誰かを奪われたとはいえ、年齢も性格もばらばらだ。

 怒りに身を任せる者、家族の死を悲しみ、それを受け入れて前に進もうとする者。


 矢張り、簡単には決まらなかった。


「私は……復讐しない。したってあの子たちは帰って来ないし、脆仙にだって関係の無い人は居る」


「でもあいつらだけがのうのうと生きてるなんて」


「そうだ、同じ思いをさせてやらないと、あいつらが報われない」


「けど聖白竜と敵対する必要なんてあるのかよ?」


「だったらやっぱり俺達だけで行くの?」


「もう聖白竜とかはどうでもいいんだ! 五玉竜と一緒に出来るだけ多く殺したい」


「僕たちも脆仙と同じになるんだよ⁈ それでも良いって言うの?」


 叫びが広がる。

 やがてそれは、ゾルヴィアに向けられた。


 最も聡明な者に。


「ヴィアはどうしたい?」


「……我は…………」


 脆仙への復讐心が消える気配は無い。

 自分はもう止まることなど出来ないのだ。


 しかし今ここでその意思を口に出してしまえば、仲間は全員血の海に沈むことになる。ただ悲しみに暮れる少年すら、戦いに巻き込まれて命を落とすかもしれない。

 憎悪と、仲間への思いが拮抗する。


 どうすればいいのか。


 脆仙に殺された二人が居れば。トライトが生きていれば。


 縋るような視線が身を貫く。


「我は……………………」]


 言葉の先が決断できない。

 復讐を決めれば、関係の無い者も漏れなく巻き込まれる。ただ待つことを決めれば、行き場の無い苦しみに沈み狂ってしまう。


 その結果の責任が全て自分にある。


 どちらを選んだ方が、仲間を幸福に出来るのか。

 どうすればトライトたちは報われるのか。


「……」


 迷いは徐々に深く、重く、ゾルヴィアにのしかかる。

 握り締めた拳から血が滴る。


(……ああ、情けない。多少優れた頭脳を誇って、指導者を気取っていた癖に、トライトが居なくなった途端に決断できなくなる。皆が我に導きを、正しさを求める。我が導くならば……我を導いてくれる者は、居ないのだろうか…………)




 そう望んだ時だった。


 _______突然、全員の縋る声が静まった。


 何の前触れもなく。


 同時に、聖白竜でも、五玉竜でも、脆仙でもない、奇妙な気配が現れた。


 空から。


 仲間は皆、それを見上げていた。


 ゾルヴィアは振り返り、気配の主を見た。



 そして、時が止まった……ような気がした。




『哀れかな。かたへの死ににけるあはれがりに打ちひしがれしままには何もうつろはずといふに』




 その者が言った。


 夜闇に、暗く蒼い光が灯った。


 空から舞い降りたその者は、魔力、呪力、聖脈の全てを宿していた。


 ただそれらには、生き物らしい揺らぎが全くと言って良いほど存在していなかった。


 白い仮面の顔。風に揺れる、藍を帯びた黒髪。神々しい衣装に、子供のような背丈。歪んでいて、高いのか低いのか判別が困難な声。


「……貴方は……貴方様は……?」


 誰かが問うた。

 その者は、再び平坦に告げた。



『われこそ神なれ。君らを導きに来しぞ』



 誰もがその姿に目を奪われていた。

 神である、その言葉は、迷う彼らにはあまりにも甘美な毒だった。



『五玉竜と手を組みて脆き仙を滅ぼすなり。になしと君らに安寧の訪るる日はいまとこしへに来ざりもこそ。神なればわれには分かる。君らの死しにかたへの報はるるよしはさほどなり』



 その声は性別はおろか年齢すら判別できない程に歪んでいた。


 とてつもない高音のような、しかし重低音のような。聞き続けていると平衡感覚が狂ってしまいそうだった。この世の全ての音を凝縮させたように聞こえた。


 神と名乗る者は、全員の視線が集まる中奇妙な青い光を放った。


 光は渦巻き、轟轟と風を起こす。


 宵闇に灯った光が、徐々に透き通っていく。


 _______その中心で。





「……ちゃんと見せてくれなきゃ、君たちの悲劇を」





 その呟きは轟音に吸い込まれた。


 故に誰の耳にも届かなかった。


 光が消える。轟音が時間に溶ける。風が止む。


 神、そう名乗る何者かの姿も、跡形もなくその場から消え失せていた。





 _____虚空に暗く、深い静寂が降りていた。


 絶対的な先導者。








 それを前にして、彼らの答えは、決まった。



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