初任務
「……ふむ?」
普段のように友人を引き連れて廊下を歩いていたロザリエは、数メートル先の角から現れた集団に気づいて立ち止まった。
ティニーを中心とした四人……否、三人組。授業直後だからなのか、ラゼメアは控えめな欠伸をしている。
三人はロザリエに気づき、慌てて跪いた。
「これはこれは、皇女殿下」
「跪かんでも良い! 学友同士であろう!」
「申し訳ございません」
「態々謝るな! それと、私の事は気軽にロザリエと呼ぶが良い! 我が友セノカの兄が世話になっているそうではないか!」
ロザリエは立ち上がったティニーと肩を組んだ。
ティニーが固まり、ヘラーがロザリエを引きはがした。
「ごめんなさいね、この人、距離感がちょっとおかしくて」
「いえ、ははは……」
「レイさんが見当たらないようだけど、彼も検診かしら」
「……『も』?」
ティニーは友人の弟(妹)を探した。
兄弟揃っての長身、金髪と青髪はどこにも無い。
実際、レイとティニーの部屋には「検診に行く」という書置きが残されていた。シャノンの部屋も同様だ。
「うげ、姉上……」
同じ角からアイレンが顔を覗かせ、露骨に表情を曇らせた。
ロザリエも快活な笑顔を崩し、よく似た魔力が衝突して緩い衝撃波がその場を駆け巡った。
アイレンの後ろからケディも現れ、友人の姉であり権力者でもあるロザリエに頭を下げようとしたが、寸前でアイレンに阻止された。
しかしいつまで経ってもテオの姿は見えない。
「ごきげんよう、アイレン様」
ヘラーが恭しく一礼した。
「ヘラーか。学院内くらいならファッ〇ン姉上の従者として振る舞う必要は無いのだぞ」
それに関しては気にならないらしく、アイレンはロザリエを睨んだまま言った。
主人に対する暴言を無視し、ヘラーは柔らかい笑みを浮かべる。
「私はロザリエ様の隣を歩くのが好きなので、問題ありませんわ」
「ヘラー……私は嬉しい! よくぞアイレ……貧弱論理野郎ではなく私に付いてきてくれた!」
「黙りなさいこの脳筋ガンギマリ根性論エテ公女」
二人は魔力を飛ばして睨み合った。
すかさず二人の間にヘラーが割って入り、魔力を遮ろうと結界を展開した。
「テ、テオさんも居ないのですね」
「……ああ、検診とのことだ。最近はかなり調子が悪いらしい」
「セノカもそのような理由だ!」
「レイも」
「あらまあ、三つ子ってやっぱり大変なのね。……ということでロザリエ様、もう行きましょうか」
ヘラーは半ば強引にロザリエの腕を引いた。
まだアイレンを睨みつけて魔力を爆発させているが、一方でアイレンは冷静な様子で早足で立ち去って行った。
皇族同士の喧嘩には無関係のティニーはぐったりとして壁に手を付いた。
日常的に仲裁役を担わされているヘラーはとうに慣れ、大した心労がかからないようになっていた。今日で仲裁役七年である。
最近、やたらドライな態度の友人が出来たためにその負担も減ったが、居ないことが多いためそう大きな変化は無い。
(セノカさん、早く体調直してくれないかしら……)
・・・
そこはとある荒野だった。
否、荒野というには散らばっている物が多く、何か叫び声のようなものが結界の隙間から漏れ出している。更に幾つもの人影が蠢いていた。
その結界___先日から騎士団が交代で張っているものだ___の近くには別の二つの人影があった。
一人は眼鏡をかけ、軍服を着た青年。朱色の髪に、琥珀石のような鋭い瞳。片耳には紫の宝石のピアスが下げられ、右手にはサーベルが握られていた。
二人目は、緑銀髪の快活そうな若い男。眼鏡の青年よりも背が高く、胸元には紫の宝石のブローチが付けられている。
そこにもう一人、女性が歩いて来た。
黒髪に虚ろな紅い瞳。黒い長外套に黒い洋袴、黒ブーツ。黒ずくめの姿はどこか禍々しいが、儚げな美貌が雰囲気を引き締めている。
女性は背後を振り返ると同時に魔力探知を発動させた。
今居る森の入り口で見張りをしていた騎士たちの視界からは既に外れている。
女性の全身が水縹色の光を放ち、その姿が変わった。
現れたのは、青の混じった白金髪に紫水晶の瞳の少女____セノカだった。
青い外套をはためかせ、セノカは更に前へ出る。
「その外套、邪魔じゃねえの?」
快活そうな男___オルバが、長い外套の裾を指差して言った。
「あの仕立て屋と私以外には干渉できない素材とのことだ。問題ない」
「あー。ノイヴァと同じか」
ルナーロによると、セノカたちの仕事衣装の戦闘に邪魔な見た目重視の部分に使われている素材は、聖仙領の技術によって作り出された繊維で構成されている。糸を紡ぐ際に対象の血液を混ぜれば、対象以外の人物や一部の物には干渉することが出来なくなる。セノカを含む三つ子全員、ルナーロから血液を採られた。
一部の物、というのは、一定以上の魔力を持った物体や尖ったものである。つまり剣で刺されることも木の枝に引っかかることも無い。
……希少な素材であろうに、それを惜しみなく使用する辺り、ルナーロらしく狂っている。
最後に見た血走った眼を思い出しながら、セノカは結界に手を翳した。
結界が焼け落ちるように溶け始める。
内部の絶叫がより鮮明に響いて来た。
それらは明らかに脆仙の声ではない。獣のような咆哮だった。
結界には三人が通ることの出来る程度の穴が空いた。
セノカは異空間から長い弓矢を取り出した。
他の二人が首を傾げる中、セノカは矢を弦にかけ、その先を斜め上空へ向ける。
矢の先端に魔力が集中していく。それは瞬く間に爆発寸前まで溜まり、変色が始まる。
そこでセノカは矢から手を離した。
矢は放物線を描いて結界で囲まれた場所の中心に向かう。
長い弓が速度を変化させながら落ちていく。
やがて、それは地面に突き刺さった。
その瞬間。
結界の中で朱色の炎が吹き荒れ、樹木と残った家屋が細切れになった。
幾つかの肉片が飛び、絶叫が激しさを増す。
まだ生き残っている敵が居る。それも大量に。
セノカを先頭に、三人は結界内に侵入した。
結界の穴を修復し、三人はそれぞれの武器を取る。セノカは弓矢を再び異空間に収納し、代わりに黒い鞘と柄の刀をその手に落とした。
美しい銀刃が、結界の鈍い青紫を反射した。
・・・
レイとテオは迷宮の中に居た。
巨大な斧を持ったレイが先頭を歩き、その後ろをシャロウが、そして最後尾ではテオが周囲を見回している。
テオは長めの短剣を固く握っている。
シャロウは細身に合わないウォーハンマーを肩に担いでいる。
「……構えろ」
低い声が石造りの壁に反響する。
シャロウとテオは姿勢を低め、武器を構えた。
三人の視線の先では、魔物の大群が牙を剥いていた。
・・・
四日前。
三人は学院長室に集められていた。
シラーは机の上に置いた書類を三人に手渡し、普段よりも僅かに硬い声を響かせた。
「さて、祭典で君たちも正式にフィロイドストーンとして認められたわけだ」
シラーは窓の外を眺め、三人に背を向ける。
何か重苦しい空気が漂う中、セノカとレイは興味無さそうに書類に目を通している。
テオだけが唯一、シラーを注視していた。
シラーは三人に向き直り、笑みの消えた瞳で緊張感もクソも無い二人と年相応の少年らしい一人を見据えた。
「そこで」
書類を読み終えたのか、レイとセノカの二人は心底どうでもいいという風な表情でシラーに顔を向けた。
調子が狂うが、シラーは一つ息を吸った。
そして良く通る声で告げた。
「初任務を与える」




