表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/56

新たなフィロイドストーン

 日が昇って間もない頃。


 シャノンは自室で体を起こした。


 カーテンは既に開き、白金の光が窓から差し込んでいる。


 何となく反対側の壁際のベッドを見る。昨晩セノカが入っていた物だ。


 誰も居ない。


 布団は丁寧に畳まれている。


 いつものように、自習をするために自分が寝ている時間に起きて出発したのだろうか。


 否、前に確か「こう見えて体が弱いので不定期的に医者を訪ねる必要がある」と言っていたからその可能性もあるのだろうか。三つ子揃っての虚弱体質とのことだ。双子もそうだが同時に生まれる兄弟というのは不便な体質が多いらしく、ロザリエとアイレンも体調を崩しやすい。

 虚弱体質と身体能力の関係は無いのかもしれないが。


「おはようございます……何てね」


 朗らかな朝に僅かな寂しさを感じながら、シャノンは枕元の制服を手に取った。



 制服を着てからしばらくした頃、扉が叩かれた。


『シャノン、食堂行くわよ』


 ヘラーの声だ。


「はい!」


 シャノンは顔をなるべく視界に入れないように制服と髪型を鏡で確認した。


 おかしなところは無さそうだ。

 最後に机上に置いてある白い宝石のペンダントを首にかける。普段の朝と同じ、何も問題ない。


 シャノンはゆっくりと扉を開けた。


 朝からしっかり者らしい雰囲気を放つヘラーと、目の下に隈を浮かせて猫背で俯くメルヴィが立っている。メルヴィは普通の貴族の娘だが、ヘラーは幼少期からロザリエのお付きであるためか寝起きが良い。


 シャノンはロザリエに頭を下げようと、その姿を探した。


 しかし、何処を見渡してもそれらしい人物が見当たらない。


「ロザリエ様は……」


「ああ、今日は居ないわよ」


 ヘラーは寝ぼけているメルヴィが船を漕ぐのを制御しながら答えた。


 シャノンもメルヴィほどではないがまだ頭が醒め切っていないようだ。


 ヘラーは子供に呆れる母親のように微笑んだ。


「忘れたの? 今日は……」



・・・



「ふあああ……」


 青年はフィロイドストーンの集まる仮眠室で欠伸をして体を伸ばした。


 オルバはソファで熟睡している。対してノイヴァとシャロウは目に見えて焦っているようだった。


 ノイヴァは本を意味も無く高速で捲り、何度も眼鏡の硝子を拭いては偶に室内を歩き回っている。

 一方でシャロウは壁に向かってこの国で言うところの念仏を唱えている。

 シラーは学院関係の書類を睨んでいた。


「昨晩はしっかり寝たのか?」


「や……ネイズさんに精神魔法をかけてたからほぼ不眠……ふあ」


 青年がもう一度欠伸をした。


 鳶色の髪は一部が編み込まれ、黒曜石のような瞳はまだ醒め切っていなかった。

 声音は麗しくもシラーとは別の、人を狂わせて喰らう人魚の歌声のような響きを秘めていた。

 外見年齢はシャロウと同年代くらいだろうか。美女としか見えない顔に反して身長はシラーよりも高く、亡霊のように肌が白く痩身である。


 その青年の隣では、別の青年が座って本を読んでいる。


 襟足が伸びた茶髪に、色素の薄い瞳。この中では最も長身だ。


 シラーは視線を上げ、その二人ともう一人の女性をまじまじと観察した。


「……先ほどまで少年少女だったことを知っていると、奇妙な眺めだ」


 そしてもう一人の、片手に書類を持って立つ女性に目を向けた。


 腰まで伸びた黒髪に虚ろで美しい石のような紅い瞳に長身。他の二人と同様に非人間的な気配を放っている。

 この世界の脆仙としては髪の色も目の色も希少だ。


 誰もそれが、レイ、セノカ、テオと同一人物だとは思わないだろう。


 公開用の変装である。


 前世の容姿を異世界でも違和感の無いように地味に改造している。

 勿論国民のみに対する処置だ。使者相手には素の姿を使う。


 あと数分で国民全員に向けて姿を広める時間になる。


 華奈兎の姿をしたセノカは書類を異空間の中に落とした。


 ほぼ同時に、仮眠室の扉が叩かれ、その後に中年の女性が顔を覗かせた。


「……お三方、こちらに」


 三つ子が部屋を出る。中年の女性は長身の三人組に怯み、姿勢を低くした。


 ただでさえ身長が高いというのに希少な色をしているため、尚更恐れられるのだ。


 そんなことなど毛ほども気にせず、テオは久々の高い視点を満喫している。しかし低い視点に慣れてしまった所為か、頭の真上に迫っている鴨井に驚いたりこけたりしていた。


 一方で他二人は十センチ前後の変化であるため普段通りに歩いていた。


 オルバが目を覚まし、寝起きで上手く回らない呂律で「行ってら~」と言いながら手を振った。


 三人は女性の後に続いた。


 窓の無い、どこか迷宮に似ている廊下に二人分の足音が響く。他の二人は全ての音を消し去っている。


 遠くの正面には観音開きの扉が佇んでいた。


 永に変装したテオは不安げに目だけを動かしている。


 石造りの廊下に暗闇。苦手な者にはそれなりに効く景色である。


 テオは少しずつレイとの距離を詰めていった。


 どうやら無意識での行動だったらしく、ぶつかった頃にびくりと肩を跳ねさせた。


 入口が闇に溶けていき、外に繋がっているであろう扉が近づく。


 特殊な素材の扉の防音性は優れているか、おそらく騒がしい群衆の声はテオとレイには全く聞こえてこない。


 女性は扉に手を当てた。


 前世で言うところの認証システムが作動し、扉の表面に描き出された魔法陣がその場を薄暗く照らした。


 魔法陣はゆっくりと消え、何かが外れる音がした。


 扉が開き始めた。


 白い光の筋が隙間から差し込み、対策をしていなかったテオは目を細めた。


 光は徐々に広がり、暗かった廊下を仄かに満たす。


 民衆の声が三人を出迎えた。


 女性に示され、三つ子は外へ出た。


 薄桃色のまだら模様が飾る白い小道に人外じみた三つの影が落ちた。


 長い黒髪が風に揺れ、紅い瞳が青空を映す。


 拍手が一斉に鳴り響いた。


 民衆の歓声が出迎えた。


 高い音圧が風に乗り、希望に溢れた笑顔の海が地上を埋め尽くす。


 その全ての視線は、新たな三人のフィロイドストーンに集められていた。


 群衆の中には脆仙とは明らかに違う容姿の者が混じっている。耳は長く、妖艶な顔立ちは神聖な気配を放っていた。そしてその集団の全員が和服を身にまとっていた。



 聖仙(エルフ)



 その集団の先頭では、長身の女性が玉座に腰かけている。若いがその佇まいは誇りに満ち溢れている。


 女性は三人を見てふっと微笑んだ。


 花の舞う道を、一人は緊張した様子で、もう二人は全くの無表情で歩いていく。


 雲の無い青空が群衆の声を吸い込み、更に鮮やかに染め上げられる。


 最前列の群衆は、妖のような美しさに息を呑んだ。


 レイは外套をなびかせて堂々としながら二人の前を歩く。


 その正面には、国で最も高い地位に立つ男と二人の少年少女が居た。


 男は慈悲と荘厳さを共存させていた。金髪は傍らに立つ二人とよく似ている。


 三つ子はある地点で立ち止まった。


 そしてその場に膝を付き、恭しく頭を下げる。


 男が三人に歩み寄った。



 十八代目、クラニスタ皇帝。



 そしてその子供である、ロザリエとアイレン。



 三人が同級生であることには気づいていないようだった。


 アイレンの手には三つの宝飾品を乗せた賞状盆があった。


 アメシストに似た薄紫の宝石の付いたペンダント。しかしまだ簡単な加工しか施されていない。


 皇帝は盆からペンダントを一つ手に取った。


 民衆は静まり返った。


 宝石が揺れ、日光を吸収して更に激しい輝きを放つ。

 皇帝は輪を広げ、レイの首にそれを通した。



 正式な任命。



 新たなフィロイドストーン、脆仙の希望の誕生。



 銀の輪に下がる薄紫の輝きが垂れた。


 全くの無音。


 民衆の緊張感が増しているのが分かった。


 一方で、皇帝は残り二つのうちの一つを手に取る。

 そしてレイの隣で同じように頭を下げて跪くセノカにペンダントを授けた。


 最後はテオだった。


 レイは俯くテオの顔を横目で見た。

 緊張で固まっているかと思いきや、表情は案外柔らかい。


 その首にも紫の宝石が下げられた。



 ____と、その瞬間。


 爆発するように民衆の歓声が再び殺到した。


 セノカは気づかれないように耳内を魔力で覆った。


 皇帝が元の席の前に戻る。アイレンも同時に後ろに下がった。


 更に激しく花が舞い散った。


 皇帝は仰々しく手を掲げた。


 騒がしかった空間が再び静寂に包まれる。



 皇帝は大きく息を吸った。


「クラニスタ皇帝の名のもとに、彼らを_______」





「_____新たなるフィロイドストーンの魔導士として任命する!」





 声の嵐が巻き起こった。


 三人は立ち上がり、再度頭を下げた。


 薄桃色の雨が降り注ぐ。


 風がその雨を揺らす。


 三人の、その興奮を吸い込んで消滅させるような瞳は、ただ前を真っすぐに見据えていた。






 民衆は歓喜しているが、今日の三人の仕事はこれで終わりではない。

 もっと重要で、危険な用事が残っている。



・・・



「いやはや、まさかあそこまで無反応だとは思いもしなかったよ」


 大広間に向かう石造りの廊下を歩きながら、先刻合流したシラーが笑った。


 手を後ろで組み、足音を消して三つ子の前を進んでいる。


 テオは知り合いとの合流に安心したらしく、今までよりも足取りが軽い。


 しかしその一方で、セノカとレイの眼光は鋭かった。


 後ろで組まれたシラーの腕。足音を立てないように歩く様子。普段よりも低い声色。



 シラーが警戒しているときの癖だ。



 現役のフィロイドストーン一の古株がここまでの警戒を露にする状況。


 ここにシラーが居なければ、テオは胃を抑えて呻いていたことだろう。


 大広間の扉の前に到着し、シラーは黄金の装飾が施された取っ手を握った。



 そして扉を開いた。



 大広間には既に幾つかの人影があった。



 三つ子は扉を抑えるシラーを追い越して前に出る。


 テオの顔は普段の何倍も青白くなっていた。


「お初にお目にかかる」


 元の姿に戻った三つ子はレイを先頭にして、対皇帝よりも深く頭を下げた。


 先程の民衆と異なり、そこに歓声はおろか興奮の気配すら無い。




 どころか、その空間には三つ子と付き添いのシラー以外の脆仙は居なかった。




 テオは流石に不安げに俯いている。


 紫色の宝石が反射するのは、興味と警戒の視線だった。


 そこでは全く別の特徴を持つ五人が三つ子を見据え、ある者は意味深に笑み、ある者は物珍し気な目をしていた。



 一人は四メートルに届きそうな巨体の男。身長以外の外見は脆仙と相違ないが、脆仙には無い威圧感を放っている。



 その隣には熊のような丸い耳を頭から覗かせた壮年の男が立っている。その身長も優に二メートルを超えていた。獰猛な牙が露になっている。



 そして片眼鏡をはめた、執事風の若い男。脆仙に当てはめれば年齢は三〇代といったところだろうか。肌は日光を一度も浴びたことが無いような白。金髪に紅色の瞳。最も特徴的なのは、鋭い牙と背中から生える黒い蝙蝠の翼だ。



 その向かいに座って、おそらく談笑でもしていたのは、十代半ば、つまりは三つ子と同じ歳くらいに見える和服姿の少年だった。健康的な外見をしているが、その額からは一本の白角が突き出している。



 血のような紅い瞳で、離れた場所から三つ子を観察しているのは、執事風の男よりも大きな翼を生やした青年だった。黒髪の中から羊のように巻かれた黒い角が覗いている。



 シラーは伝念を発動させた。


『しつこく絡んでくると思うが、上手く付き合ってやれ。気に入られれば無事に帰れる』


 そして扉の前で腕を組み、見張りを始めた。



 無事に、と言ったあたり、そうではない場合があるのだろう。



 セノカとレイは既に調べ上げていた。


 今現在、フィロイドストーンが二十代以下の若手、しかも三つ子を含めて七人しか居ない理由。何人かは行方を眩ませているが、他の者はフィロイドストーンに任命された日にそれが起こった。


 この対面の場で、フィロイドストーンに追加された中年や老人たちが事故死したからだった。


 落下してきたシャンデリアに押しつぶされた者、突然心臓が止まった者、発狂した者。



 犠牲者たちの共通点は、「力を持った小物だった」こと。



 権力と戦闘力を同時に持って生まれた傲慢な小物。古い価値観を振り回す小物。力を持って生まれてしまっただけの臆病で平凡な小物。


 天敵である他種族の威圧と殺気に当てられて正気を保っていられる異常者のみが残ったという訳だ。実際、オルバは兎も角、ノイヴァとシャロウは常識人なように見えて神鬼に立ち向かっていける精神力は異常者のそれとしか言いようが無い。



 ある程度狂っていなければ死ぬ。



 フィロイドストーンになるための隠された条件だ。


 その時突然、執事風の男___吸血邪仙の使者が立ち上がり、歩み寄って来た。


「これはこれはシラー殿。今回は三人、前例のない豊作ですな」


 精神をほじくり返すような声。


 シラーは不快感を抑え、愛想笑いを作った。


「ええ。こちらがレイ、セノカ、テオ、全員、私の可愛い教え子たちです。」


「おやそうでした、確か学び舎の長を兼任しておられるとか。前回の……シャロウ殿も?」


「覚えていただいているようで何より。彼女は昨年卒業した、元生徒ですが」


 背中の後ろの手には汗が滲んでいるが、この余裕そうな表情と声。


 これが彼がフィロイドである所以なのだろう。


 男は紅色の瞳を三つ子に向けた。細長い瞳孔が縮まった。


「小さな勇者たちよ、貴殿らと対面できたことを嬉しく思う。私は吸血邪仙(ヴァンパイア)の使者、ジャッドと申します」


 男は深く礼をした。


 レイは無表情を崩さずに礼を返した。


 それに続き、セノカとテオが頭を下げる。


 そこに、大男と熊耳の男が、足音を響かせながら近寄って来た。


「今回のフィロイドストーンは不愛想な子供とは。脆仙にも興味深い人材が居るではないか、褒めて遣わすぞシラー殿」


「勿体ないお言葉」


「いけませんぞ、ベルー殿はからかっておられるのです。失敬、儂はバグロバと申す者だ」


 熊耳の男はレイに手を差し出した。


 爪は鋭く、矢張り脆仙と比べると腕に不釣り合いなほどに大きい。


「よろしく」


 レイは黒手袋をはめた手でバグロバの手を握った。


 テオは得意の笑顔を貼り付けたまま二人を注視している。


 セノカは全員の魔力を計っていた。



「あ、私にも挨拶させて下さいよ」



 角を生やした少年がトコトコと小走りで近づいた。


 下駄が小気味よい足音を鳴らした。


「初めまして、妖鬼(オーガ)の使者のユウナです」


「聞きそびれたが、ユウナ殿。前回の使者……確か、コゲツ殿といったかな。彼はどうした?」


「コゲツ様は、その……鍛錬の成果が出て、強くなってしまったので……ね?」


「成程、そちらの陛下はまた……」


「えへへ、まあ本能みたいなものですから」


 ユウナは友人の愚痴を語るように笑って見せた。



 他の使者がフィロイドストーンと同等以上の魔力と呪力を持っている中、ユウカだけが異質だ。



 魔力量、呪力量、そして身体能力の全てが脆仙の一般人並み。まさに平凡。頭脳は優れているが、それでも常識の範囲を出ない。



 しかし圧倒的実力者である他の使者と対等に語れる人材であることには間違いない。


 ユウナは曇りの無い瞳をテオに向けた。


「緊張しなくても良いですよ! 君も大丈夫ですから!」


 外見は同年代だが、年齢は百を超えている筈だ。落ち着いた振る舞いはそれも関係している。


 大丈夫、に隠された意味をテオは理解していないようだが。



 もしテオが本物の常識人なら言われなかった言葉だ。兄姉と比べれば一般人寄りだが、奇術師志望らしく人を手玉に取ることも出来る上に肝も据わっている。



 ギリギリ手を出されない範囲にしがみつくことが出来たのだろう。


「ほう、なんと美しい」


 ジャッドはテオを観察し始めた。

 そしてどこか嗜虐的な笑みを浮かべた。


「こちらの陛下の好みに合いそうだ。君も、君の兄弟も。ただ……おそらく君の血は薄味だね」


「怖がってしまうでしょ」


「おっとすまない。冗談だ」


 ジャッドは誤魔化すように視線を上に向けた。

 テオは不器用な笑いを浮かべながら距離を取った。



 吸血邪仙は脆仙ほど多くの食料を必要とするわけではないが、その名の通り栄養源として他種族の、主に血液を好んでいる。



「そろそろ時間です」


 その時、神鬼の使者が輪の中に降り立った。


「騒がしい場は好みではなかったかな」


「いえ別に……まあそうですが」


 セノカはその魔力を測定し、目を細めた。



 使者たちはユウナ以外、フィロイドストーンと互角以上の力を有している。しかしその神鬼は明らかに群を抜いている。



 ディウルカと戦わせてみれば、低く見積もって苦戦の末の勝利、高く見積もってディウルカに対して圧勝だろうか。



 三つ子でさえ、一瞬の油断が取り返しのつかない結果を招きかねない。




 これは間違いなく_____






「魔王が直接訪問とは、随分優遇されたものだ」






 セノカは冷たく言い放った。


 神鬼の魔王。


 この世界で最強の称号を持つ存在。


 それが今、目の前に立っている。


 ひゅ、と風のような音が聞こえた。


 扉の前……シラーだ。


 ジャッドは驚いたように目を見開き、口角を吊り上げた。



 神鬼の魔王の魔力は巧妙に偽装されている。フィロイドストーンであるシラーが見抜けなかったほどだ。見かけの魔力は使者の中でもそう高いことはない。



 呪力と身体能力もずば抜けている。


「くくっ……ははははは」


 ジャッドの口から笑いが漏れた。


 神鬼の魔王は無反応のままセノカを見下ろしていた。


「まさか新参者の娘に見破られるとは! いや、セノカ殿だけではない……レイ殿、もしや貴方も?」


 レイは凍るような無表情で頷いた。


 ジャッドは笑いを落ち着かせた。


 その一方で、魔王は音も無く三つ子の前に現れた。



「失礼、自己紹介が遅れました」






「___私は神鬼の魔王、ルノーグ・スティアヴロ。とある件でお伺いしたいことがあるのです」






 ディウルカによく似た、無関心を露にした表情。


 シラーが武器を取り出してその場に飛び込もうとするが、その前にセノカが足に鎖をかけた。


「とある件、とは?」


「こちらの兵が六百ほど行方知れずとなっておりまして。……何か心当たりは?」


 血色の瞳が紫の水晶を貫く。


 魔力が爆ぜ、空気が飲み込まれ、セノカとレイ以外の者が固まった。


 しかしセノカは自らの魔力を操り、高密度の魔力を払った。


「何故私に聞く」


 本気で疑問に思うような口調。


 偽ることに慣れれば欺くことなど容易い。


 高密度の魔力に負けて、シラーにはその問いが聞こえていない。


 ルノーグはしばらくセノカの目を見据えていた。



 脆仙領に軍を遣わしたことを明らかにするわけにはいかない。脆仙にバレようとも厄介なのはフィロイドだけだが、その行動を火種として他種族との争いが始まる可能性がある。



 ルノーグは諦めたように目を伏せた。


 そして魔力を体内に収めた。


「少々気にかかっただけです」


「そうか」


 セノカが何を考えているかが分かりにくい無表情で居る中、テオとシラーは肩で息をした。



 今この空間で最弱であるユウナは、種族の特性と言うべきか余裕そうだ。噂程度だが妖鬼に恐怖心は無いらしい。



 シラーが青い顔のまま震える手で扉の取っ手を握った。


 ジャッドはそれを面白そうに鑑賞している。シラーは気づいていないようだった。


 テオはレイの肩を借りて歩き出す。

 ユウナが気さくな様子で大きく手を振った。


「お元気で!」


 扉が重い音を立てて閉じられた。


 最後にルノーグの三人を見据える視線が残された。




 扉から離れ、室内の声が聞こえなくなった頃。


 シラーが壁にもたれかかった。


「……魔王が来るなど聞いていないのだが」


「担ぐか?」レイはテオを支えた状態でシラーの傍にしゃがんだ。


「結構」


 シラーは壁を支えにして立ち上がった。


 まだ少し息が荒い。



 それを無視し、セノカは普段通りの早足で廊下を進んでいく。



 とうに慣れ切っているからなのか、誰も制止しなかった。


 セノカは視線をやや下に向けている。薄紫の瞳の奥では超重量の思考が処理された。


 ルノーグは真相に気づいてはいない様子だった。しかしセノカが得られた物は大きい。


 彼が神鬼の魔王であることは間違いない。力量は勿論、立ち居振る舞いは上に立つ者のそれだった。


 しかし問題がまた追加された。


 任務遂行にあたって大きな障害となり得ることだ。



 今までフィロイドの神鬼相手の交渉は魔王だった筈。しかし今回の訪問で一つ確信したことがあった。





 前回の交渉____五年前、各種族の領に遣わされたのはオルバだった。


 その時オルバは神鬼の魔王とも対面した。フィロイドストーンともなれば一度会った強者の魔力を忘れることは無い。にも関わらず、今回オルバは何も言わなかった。


 粗暴だがそこまで馬鹿ではない。だが今回、オルバは魔王の訪問に気づいていなかった。


 それが意味するところは、つまり________



・・・



「ただいま帰りました」


 城に帰ったルノーグは玉座の間の扉を開いた。


「おっかえりー」


 軽薄な男の声が平坦に言った。


「どうじゃ? 今回のフィロイドストーンは強いのか?」


 艶のある女の声が弾んでいる。


 ルノーグは椅子に腰かけた。


「それなりに」


「詰まらんのう」


「前の奴と比べたらどうよ」


「強い」


 ルノーグは素っ気なく返した。

 軽薄そうな男性型神鬼の笑みが濃くなった。


「ふうん……で、襲撃の件は?」


「手掛かりは得られなかった」



「あっは! 兄貴にしちゃあ珍しい!」



 神鬼が膝を叩いて笑った。


 その時、女性型神鬼が手を掲げて言った。


「ならばもう一度遣わしてみるか? 消費しても問題ない雑魚なら有り余っているぞ」


「賛成。要らない雑魚を消せる上に脆仙にも損失を与えられる。一石二鳥じゃん」


「私もそいつと同意見です」


「だが急ぎすぎるではないぞルノーグ。我々の長所は力を持ち慎重であること。そうじゃな、次の襲撃は……吸血邪仙が何か考えていたか。それを利用せよ」


「またあいつらと協力すんの? 俺、あいつら嫌い」


「お前の好き嫌いなど聞いていない」


「奴らに恩を売るのじゃよ。しかし少し先のことになりそうじゃ。気長に待てよ。まあ、計画が成功した暁には吸血邪仙どもを支配下に置くなり何なり好きにするが良い。今の標的は……分かっているな?」


「勿論!」


「必ずや成功させます」


「ふむ、流石は私の弟たち!」


 女性型神鬼は指を振った。


 その瞬間、三人の手元に赤い液体の入ったグラスが出現した。


 女性型神鬼がグラスを掲げ、答えるように他の二人も腕を上に上げた。


 血色の瞳が鋭く光った。



「この世界の強者は我々、この世界を支配するのも我ら。脆き仙を排除し、我らが楽園を築こうではないか。_____神鬼(デーモン)よ、永遠に」







「神鬼よ、永遠に!」


クラニスタ帝国は元々、高慢な王族と貴族が取り仕切る違う名前の国家でしたが、五二〇年くらい前に革命が起きて王が変わり、クラニスタ帝国という国名になったのもその頃です。暦は旧国家のものをそのまま使っています。


種族間で言葉が通じるのは獲得能力によるものです。三種族以上の言語をある程度使えるようになると獲得できます。脆仙のクラニスタ帝国では、自国の言語、聖仙の言語、吸血邪仙の言語を義務教育で習得します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ