少女の非日常
一日が経ちました。
あんなことがあって、学院に行くのがちょっと怖かったけど、今日は何事も無く平和に過ごせています。
セノカさんから貰った魔道具はやっぱりすごくて、あの人たちと何度かすれ違ったけど全然反応されませんでした。
昨日までのこと、ロザリエ様にはまだ言えてないです。メルヴィさんはあの後、「服が汚れてる」って言って心配してくれました。私の気がもっと強ければ、こんな心配かけなかったのでしょうか。
セノカさんはいつもの調子で、逆に安心します。まだ知り合って間もないですが、とても良いひとです。
でも昨日貰った魔道具、他の人には見えていないみたいです。けれど、それも多分セノカさんの配慮だと思います。本当に強くて、とても優しい人ですね……。
助けてもらっただけじゃなくて学院での生活まで守ってくれて、感謝してもしきれません。
ところで今、そのセノカさんは私の隣で授業のメモを取っています。
この間、この人が男の人だって知ったときは驚きましたけど、すごく格好いいです。横顔をちらっと見たらそのまま見入ってしまいそうになります。
先生の話を真面目に聞いて、指名されても堂々と答えられる。私にはできないから、本当に尊敬します。
……え? セノカさんの話しかしてない? そっ、そんなことないですよ! 仮にそうだったとしても昨日のことで感謝が溢れてるだけです!
最近ついてなかったし寂しかったから、昨日のことが嬉しくて……教科書失くしたり、ルームメイトが全然帰ってこなかったり……あれ、私の学院生活って、今の所闇の中……?
「マリンワーズ、聞いているのか?」
「えっ⁈ はい!」
指名されちゃった指名されちゃった指名されちゃった!
ええと、第六次対大拳仙戦争の年号? ひえ……難しい問題に当たってしまいました……。
ここは分かりませんって素直に言ったほうがいいでしょうか。ああでも考え事してたことがバレてしまう!
どうしましょう…………
『国歴四八一年』
……ん?
何か頭の中に文字が出てきました。
けど今は答えが分からない。ええい、もうこれを言うしかない!
「国歴四八一年、です」
「うむ、正解だ」
え、嘘。
先生にバレなかったことは良かったですけど、何だったのでしょう今の。
「座っていいぞ」
「はい」
混乱して突っ立ってしまいました。
誰の仕業なのかしら……次はそれだけが頭に浮かんできて、授業に集中できません。
どっちにしても、授業は難しいんですけれどね……。
『集中しろ』
声が頭に響いてきました。
なんだか、聞き覚えがあるような。
……セノカさん⁈
はっとして見てみると、セノカさんもこっちに視線を返しています。不思議なことに何を言おうとしているかは一瞬で分かってしまいました。
_____そう何度も助けてやらないぞ。
ああ、迷惑をかけてしまった……。
しかし、こういう時に厳しく怒ったりしないあたり、いい人なんだなあとしみじみ思います。
体を動かしたり魔法を使うのも得意で、私には無い色んなものを持っていて、更に性格も良い。羨ましい限りです。
心なしか授業の内容も頭に入って来るようになった気がします。
普段はすぐ眠くなってしまうのも、今は平気です。
セノカさんに少しでも近づけるようになりたいって思えたからですね、多分。
・・・
そんなこんなで、私は授業を終えて寮に帰りました。
本当は読み終わった本を図書館に返しに行きたかったのですが、昨日のことがあるので大人しく部屋に戻ることにしたのです。
でも授業後、読書に熱中してしまって少し……いえ、かなり遅くなってしまいました。ロザリエ様たちには先に帰って下さいと言ってあります。
実は私、大の恋愛小説好きで、一度読み始めると時間を忘れてしまう癖があって……。
お父さまたちにもそれで何度か注意されたことがあります。自分でも解消しようとしているのですが、どうしても……。
でもこの趣味のお陰で、ヘラーさんとは仲良くなれました! あの人も恋愛が好きなんですって。
そういえば気になることがあって、ヘラーさん、持ってる小説を見せてくれないんです。理由を聞いたら、「薔薇園に貴女みたいな純粋な子を連れ込みたくないわ」って言ってたんです。薔薇園って何でしょうか?
これをメルヴィさんにも聞いたのですが、ヘラーさんが叱られていました。
薔薇園って叱られるようなことなんですか⁈
貴族出身でも、低級と上級の差なのでしょうか、知らないことが沢山あります。セノカさんは中級なので他の人たちよりは話が弾んだり……性格の面で絶対に無いような気がしてきました。
それに、私みたいな女子が男の人と親し気に会話すると変な噂が出来やすいそうなので、程々が良いですよね。
……何故でしょう、少し気持ちが沈んできました。
部屋の前まで来ましたが、ルームメイトは居ないし、もう皆お風呂から上がって夕食を待っている頃です。しばらくは一人ですね……。
色々と嫌なことを思い出して、胸の奥が重くなってしまいましたが、今更部屋を変えてとはとても言えません。ルームメイトも正確には居ないのではなくて帰ってきていないだけなのですから。
ドアを開けたら、また一人ぼっちの自室です。
本当は夜怖かったりするのですが、もう十五歳です、そんな情けないこと言っていられません。
「ただいま帰りました……」
いつもの挨拶。誰も返してくれません。
ドアを閉めると、金属の音だけが部屋に反響して、何だか少し虚しくなります。
これが数か月続いているので、もうそろそろ慣れてしまうかもしれません。
____寂しいですね。
「ああ、おかえり」
ほら、幻聴まで聞こえてきました。
低くて、平坦で、けど安心する、そんな声で_______あれ。
もしかして……………………
まさか、まさかそんなことは無いと思いますが、一応確認しておかなければ。
この女子生徒用の寮で、まさか……
振り返るのが怖かったですが、怖いときは何事も思い切れとお母さまからの教えです。
これは幻聴か否か!
「どうしたシャノン」
………………。
…………………………セ、
______…………セノカさんが居ます!!
え? え? 何で? 私、部屋どころか寮まで間違えちゃったの? どれだけストレス溜まってたんですか。
部屋のプレートを確認してみます。
……女子部屋、ですね。
それじゃあ間違えてるのはセノカさんのほう?
顔には出てないけど、割とセノカさんも疲れてたりするのかしら。
すっごい涼しい表情で神話か何かの本を読んでいますが。
「あの、ここ、女子部屋で……」
「そうだな」
あ、駄目だこれ、もっと分からなくなった。
そうだなって、つまり故意に入って来たってことでしょうか。私に話があるとか、もしかしてルームメイトのお客様だったり?
にしてはベッドに腰かけて、まるで自室みたいな感じになっていますけど。
綺麗な目でこっちを見詰めないで下さい。混乱します。
「何でここに?」
「自室だから」
何だって?
は、つまり私、男子と同じ部屋で寝ることになるんですか? 昨日のことがあるので結構抵抗があるのですが。
そんなことは無い筈。あれば学院長から話が無いとおかしいですよ。
あああ、駄目です、頭がこんがらがってきました。
ちょっと厳しい言い方になるかもしれない。でももう碌に考えられません。
どうとでもなれ!
「何で女子部屋に男子が居るんですか!」
……言ってしまったああああ!
嫌な言い方になってしまいました! セノカさん、傷ついていませんよね?
ぽかんとした顔で見ないで下さいい……。
気まずい。けど流石に男子と同じ部屋は年頃の少女として恥ずかしいです!
どうしましょう、この状況。
「女子だが」
セノカさんが言いました。
そうですか、女子だからですか。
……何て?
え、ロメリオスト家の三つ子って男女男ですよね。この間テオさんに会ったので、セノカさんが男の人なのは間違いないと思うのですが。
それに、仮に女子だとしたらとても失礼なことなのですが、その……胸が……。男子制服ですし。
ん?
⁈ セノカさんが服の前を外している⁈ 何で⁈
ああ、止められる勇気も無く、どんどんシャツのボタンが外れて行っています。
え、ちょっとセノカさん、シャツの下を見せてどうし…………
………………きょえ。
……………………ぴょあ。
…………………………あいぇ。
「もう良いか?」
はい、ご迷惑をおかけして申し訳ございません。
ああ……宇宙に投げ出された猫の気分です。
世界って、不思議ですね。
信じられないことってあるんですね。
ロメリオスト家って、男女女だったみたいです。
それにしても、セノカさんがルームメイトだったんですか。
______……ちょっと嬉しい。
うん? 今、何か変なことを思ったような……。
いやいや、そんなことより。
「どうして今まで帰って来なかったんですか?」
私が寝る時間には図書館も学院も閉まってますし、勉強の可能性は無い筈です。
怪しんでるわけではないのですが、やっぱり気になります。
「異空間に潜って(秘密裏に戦闘の)自習をしていた。今日は(十年以上もこの状態が続いていると流石に疲労が溜まって来たので)休みだ。(もうすぐ完成する薬で睡眠も不要になるから、完全に帰って来なくなるだろうが)」
「そういうことなんですね」
「言っておくと、一応毎日ここで寝ている。私が帰って来る時と出て行く時、いつもお前は寝ているからな」
え?
つまり私、ずっとセノカさんと同じ部屋で……?
どうしましょう、顔が熱くなってきました。
寝顔見られた…………。
「そ、それじゃあ私、お風呂入ってきますね……」
誤魔化すためでもありますけど。
もう皆お風呂済んでるでしょうから一人です。あの広いお風呂に一人って特別な気分にもなりそうですが寂しいですね。
毎朝、お風呂用のセットは用意してあるのですぐに向かいます。
ベッドの上に置いてあるのを取る時、セノカさんの真正面に来るのでちょっと恥ずかしいです。
早く入って早く出ないと。
「風呂か。丁度いい、私も入ろう」
セノカさんの掌の上に、いつの間にかタオルと着替えが乗せられていました。
噓でしょ。
・・・
お風呂って、こんな気持ちになる場所でしたっけ。
湯船の温かいお湯の感覚が全然ありません。それどころか少し冷たいまであります。
はい、状況を説明しましょう。
先程、セノカさんが一緒にお風呂に入ってきました。
今真横に居ます。
以上。
相手は女の子なのに滅茶苦茶緊張します。
寂しくないのはいいんですよ。でもよりにもよってセノカさんなのです。
つい数分前まで男子だと思っていた人と裸で湯に浸かる気持ち、想像出来ますか?
しかも、もっと驚くことがあったんです。セノカさん、男の人かと勘違いするくらい胸がアレだったじゃないですか。
脱いで、取ったら普通にあるんですよ! 平均か少し上くらいのサイズのものが!
綺麗な顔と髪も相まって、色気がすごいです……良いなあ。
優れた頭脳も、神様みたいな美しい容姿も、騎士様みたいな体術も、私が持っていないものばかり。同じ十五歳の女の子なのに、遠くの世界の人みたいに思えてしまう。
低級貴族と馬鹿にされて、私は才能だけじゃなく自信すら無い。
この金髪と紅い目さえ無ければもっと違う人になれていたのでしょうか。
「あれから絡まれてはいないか?」
うわあびっくりした!
分かりやすく動じてしまいました。
絡まれては……例の人たちのことですよね。
「セノカさんのおかげで、大丈夫です」
すれ違うことはありますが、前みたいな嫌がらせや睨みは無くなりました。
そういえばあの魔道具、即席感が全く無いんですよね……効果は強いみたいだし綺麗だし……。
けれど私の学院生活もセノカさんが助けてくれたから平和になったのですから、私も何かお返しがしたいなあ。
何ができるだろうか……。
あ、駄目です、セノカさんを見ていても何一つとして分かりません。
「何だ」
しかも視線がバレました。
お風呂なら気が緩んでるかと思っていたのですが。
「いえ、……綺麗だなあって」
……………………。
何言ってるのよ私はあああああ!
誤魔化すにしても下手すぎるでしょ! 「いえ」までで良かったわよ!
完全に変な人ですよお……急に「綺麗」なんて、困るに決まってます。
ああ恥ずかしい恥ずかしい。今すぐ湯船に沈みたい。
セノカさんの顔も見れません。ドン引きされてないでしょうか……。
「どうも」
良かった。本人はかなりどうでも良さそう。
この年の女の子でこんなにさっぱりした反応、ちょっと失礼ですけどこの人やっぱり変わっていますね。
さっきは間違えて口に出してしまいましたが、本当に綺麗なのですけど。
「セノカさんは、どうして男子制服を着るんですか? 口調も男の人みたいで……」
女性の格好をしてそれらしい振る舞いをすれば、恋人の一人くらい出来ていそうなのに。
……恋人。
何故かわかりませんが、少し気が沈んできたような……?
「服装は男子制服の方が動きやすい上に保温性も高い。口調はただの癖だ」
合理主義なのかな?
結局、本当に変わった人ってことでした。
その様子だと恋人どころか他人の恋愛も興味無さそうですもんね、貴女……。
「私はもう上がる」
「それじゃあ私も……」
のぼせやすいので丁度いいタイミングです。
わ、セノカさん立ち上がっ…………脚、長っ。
見ていると何だか自分が情けなくなってきました。早く着替えてしまわないと。
まだこの季節なので、湯船から上がっても寒くなりません。これが冬になると寒くてたまらないから困るんです。でも寒いからこそ湯に浸かるのって気持ちが良いんですよね。
脱衣所に入ると、セノカさんは既に着替えを終えていました。まだ十秒くらいしか経ってない筈なのに……?
というかセノカさん、寝巻まで男性用なんですか……。
※この日の夕食
セノカ:自分で作った薬
シャノン:普通にロザリエ陣営と食堂に行った




