本命
神々の世界、彼岸の星空。
そこで最高神は下界の映像を虚空に映し出しながら鼻歌を歌っていた。
映されているのは十五年前に転生させた三人。その日常の風景である。
友人と別れて鍛錬も終えたレイとテオは自室に帰って布団を被ろうとしている。しかし転生直後とは比べ物にならない強さが身に付いていることは一目で分かった。
元から人外の力を持たせてはいたが、それを活かすことの出来る者はそう滅多には居ない。ここまで実力を高められたのは彼らの素質故だ。
上機嫌な最高神の玉座の横には、気難しそうな顔をした知恵の神が立っていた。
「……来たね」
最高神は映像を消し、正面を見る。
視線の先で光の粒子が人型に集合した。
一瞬、眩い光を放ったそれは、ある少女の姿を形作った。
長髪、長身に藤色の瞳。セノカだ。
天使であるレムノスに頼んで呼び出したのだ。
「やあ、久し振り」
最高神は気さくに手を振って見せる。
それを無視し、セノカは一歩前に出た。
「何の用だ」
「フィロイドストーンにもなったし、そろそろ本格的に動き出す頃でしょ? そこでもっと詳しい情報と、偶々言い忘れてたことを伝えようと思って」
最高神はわざとらしく「偶々」を強調した。転生した時と、未だ幼かった前回の呼び出しで敢えて言わなかったことは考えずとも分かる。
その「偶々言い忘れていた」情報が、三人の合意の妨げになる可能性があったためだろう。都合の悪い部分は後から、もう断ることの出来なくなった頃に説明する。詐欺師とそう変わらない手口である。
最高神がこれでは、他の神も苦労しそうだ。
実際、知恵の神はかなり疲労が溜まった表情をしている。
態々そこに口を出す理由も義理も無いので、セノカは黙ってその続きを聞いた。
「種族間の結界が、前よりも更に弱まっていることは気づいているね」
「軍勢を送り込める程だ、気づかないわけが無い」
「流石。それで、ぼくの方から監視したところ、どうやら吸血邪仙の魔王が良からぬことを企んでいるらしい。近々衝突することになるだろうね」
吸血邪仙は全種族の中で最も卑劣で高慢だと有名だ。脆仙との条約も裏があるとみて間違いない。
セノカとレイの予想が確信に変わった。
______吸血邪仙の魔王との戦闘は避けられない。
納得した様子のセノカを見て、最高神は続けた。
「吸血邪仙だけでなく、他の種族____特に大拳仙にも気を付けておいて。君たちが最初に向かうのも大拳仙領が望ましい」最高神は玉座の横の部下に顔を向けた。「そうだよね?」
「ええ。吸血邪仙と比べれば危険性は低いですが、脆仙領の支配を目論んでいるもう一つの種族です。確実な成功を求めるなら大拳仙から潰していくことが最適解でしょう」
知恵の神はモノクルの位置を正した。
最高神が頷き、知恵の神が一つ、頭を下げた。
「で、次は忘れてた情報。……良いかい? 君たちの魂の運命は、ぼくが握っているんだ。ぼくだってかわいい下界の子供たちに可哀想なことはしたくない。だから____」
「逃げるな、だろう。正体不明の強敵に怯えて逃げ出すような精神で十五年間殺し屋などやっていられるか」
「それもそうか。では……」
最高神は笑みを消した。
そして一拍置いて、それを告げた。
「君たちの世界を管理していた神がね……______」
美しい宇宙の中、その報せは足元に重い波紋を立たせる。
セノカは驚きも怒りもしなかった。
「ぼくが君たちに依頼した内容は『魔王の侵略を阻止してくれ』だったよね。でも、本当に頼みたい任務は別にある」
最高神の声色はいつにもなく深刻だった。
知恵の神も同様だ。
最高神は水晶の玉座から立ち上がり、数歩前に出た。セノカは紅玉の瞳を真っすぐに見据えた。
「____」
「ってことで、よろしく」
気楽な笑顔が戻って来た。
知恵の神は何かを考えているらしく、目を伏せている。
セノカは躊躇なく頷いた。
「承った」
それを告げられても、セノカの表情は無く、声は普段通り酷く平坦だった。
セノカが光に変わる。
光の粒子が散る。
一瞬、それは激しい光を放った。
星空からセノカが消え去った。




