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蜒輔?縺薙%縺ォ

 三年生の寮の一室で、ある男子生徒はしきりに寝返りを打っていた。



 実戦試験が終了した日の夜の事だ。



 普段は疲労で、ベッドに入ってからすぐに眠りにつけるというのに、今夜は全くと言って良いほど眠気を感じない。反対側の壁に接しているベッドに横たわっているルームメイトは物凄く安らかな顔で夢の世界を旅しているというのに。


 その顔を見ていると段々怒りがこみあげて来た。


 男子生徒______トルム・コルトジアはベッドから降りた。


(うっぜえ……散歩でもするか)


 端正な顔を歪ませ、箪笥に手を伸ばした。


 寝巻から学生服のシャツに着替え、音を立てないように扉を開ける。



 天井の硝子から青白い薄明りが差し込んでいた。



 まだ職員も起きていない。そのためか奇妙なまでに寮内は静かだった。


 足音でバレないように踵を慎重に床に落とし、無意識に姿勢を低める。見つかったその時には約一時間に及ぶ説教が待っていることだろう。



 ……しかし、暗さで階段から落ちかけてしまった。



 反射的に勢いよく足を出してしまい、カツン、と大きな音が響いた。



(やっべ!)


 慌てて階段を下り、置物の裏に身を隠す。


 息を殺し、誰かが確認に来てから去るまでを待つ。


 だが。


(……………………運が良いじゃねえか)


 誰も来なかった。


 気を取り直して、足音を消して玄関に急ぐ。


 扉の向こうから、薄く広がった月光が寮のロビーを満たした。






 夜道は想像していたよりも明るかった。


 白い石で覆われた地面は月光を反射し、無音が空気をより澄んだものにする。涼しい風を浴びてトルムは目を細めた。


 今回の実戦試験、トルムの順位は前回よりもずっと低かった。大した戦果も無く、今までの中で最悪の結果となってしまったことが寝付きの悪さの原因だろう。


 確か落ちたのは開始から一日と五時間後、夕暮れ時だったはずだ。例年の試験ではその時間に一つくらい残機があった筈なのだが、今回は一日目の初めに想定していなかった敵に倒され、それが致命的な消失となってしまった。


 確かあの生徒は有名な……と考えたが、不思議と相手の顔が浮かばない。


 顔の良い女子、思い出せる情報はそんなものだけだった。



 何故か違和感は覚えない。



 女子と言えば_____と、トルムは朧気になってきた三人の顔を思い返した。



 この学院に入って来て、抱いた女が何人か居た。どれも並外れて綺麗な女子だった。



 一人目は同じ教室の生徒。平民の出らしく、貴族に対して低姿勢な奴だったことは覚えている。それが面白くて仲間と一緒に水をかけたり金を出させたりして遊んだのだ。ある日そいつが「教師陣に報告させてもらう」と言ってきたが自分は国内で九か八位くらいには有力な貴族であるため意味は無く、教師はそいつの話など聞きはしなかった。


 お仕置きとして夜に呼び出し、空き教室で仲間と遊んだ。


 その後退学して自殺したらしい。だが自分には貴族のしての力があるから何も心配は無い。



 二人目は外で会った女だ。冬の夜、休暇に仲間と飲み歩いていたら、多分孤児か貧民だろう、そいつが変な木の実を売っていた。


 自分の家に連れて行って、前の女子生徒と同じようにした。その後は適当にその辺に捨てておいた。多分今頃、誰かの親切心で灰になって地面に埋まってることだろう。



 三人目は後輩、低級貴族の令嬢だった。あいつはどうやら自分に好意があったらしい。少し優しくしてやったら喜ぶのが面白かった。


 そいつが告白してきたから、また空き教室に連れ込んだ。付き合ってやってもいいと思ったが、抱いてしばらくしたらそれっぽい症状が出て来たので退学させた。後のことは知らない。



 生まれた頃から貴族としての権力が何もかもを許してくれる。


 親はずっと自分を花のように扱ってくれていた。


 その結果が今のトルムだった。


 もうあの三人の姿もよく覚えていない。


(……思い出したら気分が沈んできやがった)


 トルムは小さく顔をしかめた。



 夜闇が深くなってきた気がする。



 _______その時。



「……?」


 正面に人影が見えた。



 女子生徒だ。細身で、何やら俯いて立ち止まっている。



「何してる?」


「……」


 話しかけても、そいつは何も言わない。


 長い髪が顔を隠していて、どんな表情をしているのかも分からなかった。


 不気味だ。


 トルムは一歩後ろに下がった。




 すると、その女子生徒が顔を上げてトルムを見た。




「______…………ひっ⁈」


 トルムが一気に青ざめた。


 そいつの顔を見たためだった。



 そいつの目は____いや、目は無かった。本来眼球が収まっている筈の瞼の奥にはただの闇が広がり、無い筈の視覚がこちらを見詰めている。



 口は骸骨のように歯茎を露にしてニタニタと笑っていた。



 その怪物は笑いながら少ない頻度で何かを呟いている。


 トルムは地面に尻もちをついた。


 怪物が歩み寄って来る。まっすぐに自分に向かって。


「く……来るな……」


 トルムの声は怯えからか上ずっていた。


 怪物はそれを嘲笑うように激しく笑い始めた。



 ______怪物はトルムに飛び掛かった。



「うわああああああああっ!!」


 トルムは咄嗟に頭を腕で覆った。


 が、次の瞬間、突然喉が締め上げられて呼吸が止まった。


 後ろから引っ張られた感覚だ。


 地面に投げられ、トルムが転がった。



「逃げて下さい!」



 明らかに怪物とは別の、高い声が叫んだ。


 地面から体を起こし、トルムはその人物を見た。



 その人物は、小柄な女子生徒だった。



 三つ編みにされた黒髪、透明な水晶色の瞳。白い肌は月明かりに照らされて、その少女はまるで女神のようにトルムの目に映った。



 少女は魔法陣を前の怪物に向けた。


白氷砲(アイスキャノン)〉!


 冷気を帯びた光線が怪物に命中し、怪物が白い霜に覆われて固まった。


 その隙に少女は立ち上がっていたトルムの手を取ってその場から逃げ出した。



 しかし______



「……もうこんな所まで……!」


 少女が歯を食いしばった。


 トルムはその後ろで絶句した。



 何体もの怪物が道を塞いでいたのだ。

 しかもその中の一体……男子制服を着た怪物は、トルムのルームメイトとよく似た背格好と髪色をしていた。



 怪物化した生徒が自分たち二人を襲ってきている。


 最悪の状況が瞬時に理解された。


聖砲(ホーリーキャノン)〉!


 少女がもう一度魔法を放つ。


 怪物の体の大部分が消し飛び、一時的に道が開けた。


「今の内です! 走って!」


 少女が叫んだ。


 トルムは逃げることだけを一心に考えて怪物の間を潜り抜ける。


 少女はその前を走りながらトルムに振り返った。


「そこに即席で異空間を作ります! 避難して下さい!」


 そして魔法陣を数メートル先の地面に向けた。


 トルムがふと背後を見る。


 そこでは復活した怪物が獣のような絶叫と共に距離を詰めて来ていた。


 トルムは悲鳴を上げた。


 あと数歩で追いつかれる。そうすればどんな目に合うか分からない。分からないからこそ余計に恐ろしい。


 必死に走るも距離は縮まっていく。


 怪物の骨ばった手が肩に触れる。



 しかし、その直前に何者かが足首を掴んだ。



 トルムはその手によって、地面に更に下に引っ張られる。


 怪物の手が届くよりも、トルムの姿が消える方が先だった。




・・・





 そこは暗い廊下のような場所だった。


 壁、天井、床は全て石造りで、音がよく響く。


 トルムはそこで呆然と床に座っていた。



「大丈夫でしたか?」



 少女の声がした。


 トルムの心臓が跳ね上がり、素早く後ろを振り返った。


 そこには先ほどの美しい女子生徒が立ち、心配そうに自分の顔を覗いていた。


 小柄だがその瞳にはしっかりとした意思が感じられ、トルムと違ってその顔に怯えの表情は無い。


 その強さを宿した非現実的なまでの美しさに、トルムは見入ってしまっていた。


「あの……」


 少女は首を傾げた。


 トルムは正気を取り戻し、慌てて笑みを作った。


「あ、ああ! 大丈夫さ! 助けてくれてありがとう!」


 少女はそれを聞いて安心したように溜息を吐いた。


 暗い空間でもその表情と美しさは輝くようで、トルムの頬が薄く染まった。


「出口はこっちに用意しています。学院外に繋がっているので、絶対ではありませんけど一先ずは安全な筈です」


 少女は暗い廊下の先を指し示して魔法陣の上に金色の光を浮かび上がらせた。光属性の魔法だ。


 床が照らされ、二人は少女が示した出口に向かって歩き出した。


「君、名前は何ていうの?」


 トルムは不安を押し殺すように言った。


 少女は照れくさそうに笑った。


「ピリューです。平民なので苗字はありません」


 闇が満たす場所と状況であるにも関わらず、その声色は明るかった。


「可愛らしい名前だね」


「そんなことはありません。トルムさんに比べれば、私なんて平民に付けられた名前ですもの」


 ピリューはまた照れたように俯いた。


 愛らしい。


 トルムの精神はその少女によって落ち着きを取り戻しつつあった。



 しかしその瞬間、一つの違和感が頭を過る。



(俺、この子に名前言ったっけ)


 廊下に二人分の足音だけが寂しく反響する。


 トルムは何となく話すのを止め、黙ってピリューの後について行った。


 怪物に襲われた時とは別の、微かな恐怖がまた精神を侵し始める。


 その時、ピリューの妙に淡々とした声が空間に灯った。



「怖かったですか?」



 突然向けられた問いに、トルムは肩を震わせた。


 つい先刻までの声とは明らかに様子が違っていた。ピリューのものには間違いない。しかしそれはぞっとするほど冷たく、笑っていた。


「何、が……」


「怪物に襲われて、怖かったですか?」


「……うん…………」


 不自然な問いに強烈な違和感を覚え、答える言葉は震えている。



「______良かった」



 ピリューは聞き取れるか否かも怪しい小声で呟いた。


 トルムは目を見開き、目の前の少女を凝視して足を止めた。



 怯えと違和感を掻き消すように、ピリューの笑顔が照らされた。



「もう出口ですよ」



 それは先刻までの、無邪気で強い少女の声と顔だった。


 一瞬にして、今までの不安は消え去った。


 彼女の言葉を信じ、再びトルムの足が動く。




 だが、数歩進んだ所で彼女の足は突然止まった。




「どうしたの?」


 ピリューは何も答えない。


 廊下の中心に立ったまま、前を見て止まっている。


「出口、ここなんでしょ?」


 トルムはその肩に手を置いた。




 ______次の瞬間。




「ふふっ」


 可愛らしいが、空虚な笑い声が反響する前に消えた。


「ピリューちゃん?」


 トルムは下を向く顔を覗いて名を呼んだ。



 突然、ピリューはトルムの目をまっすぐに見詰めた。笑みは美しく、しかしどこか人外じみた気配を持っていた。



 ピリューの足元から、床が白いタイルに変わった。


 眩しい白が空間を染め上げ、トルムは反射的に目を覆った。


 ピリューの楽し気な笑い声がする。





「やっぱり、ここに居て下さい。ようやく玩具が見つかって嬉しいの!」





 学生にしては幼い言葉が弾んだ声が言った。


 トルムは瞬きで目を慣らし、ピリューを見た。



 そこに立つのは、最早ピリューではなかった。




 真っ白な陶器の、人形の肌。眼球の入っていない穴。球体関節。来ているのは真っ白な女性用の服だった。




 怪物を人形にしたような外見に、トルムは絶叫した。


 踵を返し、人形から逃げようと駆け出す。



 が、一歩も進まない内に巨大な人形の手が足首を掴んだ。



 白い床には、いつの間にか血だまりと、元は人型だったであろう肉塊が転がっている。



 それがこれからの運命を物語っていた。



「驕翫⊂?」



 少女の背後には、何本もの白い腕が伸びていた。







 床に赤い液体が絶えず広がる。


 白い空間に、少女の笑いと、少年の絶叫が響き渡った。



・・・








「君の仲間ね、こんなこと言ってたんですよ」



 暗い石造りの廊下で、その人物は床に腰を下ろして子供に聞かせる昔話のように語った。



 黒髪に水晶色の瞳。ピリューその人だ。



「『自分たちの所為じゃない。悪いのはあいつだ。彼女らが死んだことと自分たちは関係が無い』ですって。可哀想に、見捨てられたのです、君はね」


 その足元には、焦点の定まらない目で虚空を見上げるトルムが横たわっていた。


 口からは絶えず言葉にならない呻き声が発せられ、だらだらと涙と涎が垂れている。その様子は精神病者そのものだ。


 ピリューはトルムを見下ろして続けた。


「そこで僕は情けをかけてあげたのです。本来なら君の体内に追加で四匹くらい蟲を放つ予定だったのを悪夢だけにしました。何て人道的なんでしょうね。そう思いませんか?」


 その時、ぴくりとトルムの動きが止まった。



 そして。





「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」





 突然の悲鳴に、ピリューは耳を塞いだ。


 悲鳴は反響し、更に強い音圧となってピリューを襲う。


「うるさいです」


 トルムの喉に小さな魔法陣が浮かび上がった。すると悲鳴は完全に止み、しかしその口と喉は未だ叫び続けている。


 音を消す魔法だった。



「そうですね、多分君の中では二〇〇年くらい経ってる頃でしょうし、もう充分でしょう」



 ふいに、ピリューは立ち上がった。


 そして悪夢の中で拷問を受けるトルムの襟を掴んだ。



 悪夢の中では相変わらず、激しい拷問が行われている。喰って、潰されて、裂かれて、千切られる。それが二〇〇年。人間が許容できる情報量を既に逸している。しかもその二〇〇年の全てが、激痛で満たされている。



 もうトルムの精神は原型を留めていなかった。



 首が締まるのも気にせず、ピリュー______黒髪の少女の格好をしていた人物は、トルムの襟を持って歩き出した。



 少女の姿が黒い光に包まれる。



 それは一秒と経たない内に消え、代わりに全く別の人物の姿に変わった。



 小柄で、男子制服を身にまとったその人物は、呼吸が止まって呻くトルムを引き摺り、とある場所まで歩いた。





 足が止まったその場所には、一つのアイアンメイデンが置かれていた。




 扉は開かれ、長い棘が露になっている。


 人物はトルムを持つ手に力を入れた。




 次の瞬間、無数の棘が待ち構える中身に、トルムの体を投げ入れた。




 背中が貫通され、血が流れ落ちる。


「君は世界から忘れ去られる。君が死んでも、誰も君のことなんて覚えていない。誰も悲しまない。それが命の重さです。だから安心して______________おやすみなさい」


 その人物は、ゆっくりと、子供の寝顔を見て寝室の扉を閉じるように、棘の生えた戸を閉めた。



 肉が抉られ、戸の隙間から新鮮な血が、床に円を描く。



 アイアンメイデンに背を向けた人物は、慈悲深い笑みを浮かべていた。


 足取りは遠足後の少年のように軽かった。





 静かな闇の中。


 彼は一つ、冷たい息を吸った。



 真っ黒な異空間の中に、一つ、歌声が流れた。



 囁くように口ずさむのは、美しい桜色の唇だった。










 星よ、変わらぬ星空よ


 私はここに願いを捧ぐ


 あの人と会いたい


 あの人と歩きたい


 あの人とお話したい


 私の永遠に愛しい君を


 いつまでだって待ち続けるから


 地を惑って


 海を惑って


 空を惑って


 会いに来て


 愛しき勇敢な王子様


 私はここで願うから


 貴方が迎えに来られるまで


 皆が空に還っても


 花が散って流れても


 私はひとり待ちましょう


 どこにも居ない貴方を


 永久(とこしえ)の紺碧の中で


 優しく輝く鏡面の上で




 この声の届かぬ夜よ


 私を星へ連れて行って


タイトルの文字化けを変換する際は、最後の「ォ」を半角に直していただくとまあ何となくわかるようになります。

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