最上級の魔導士たち、後編
「こりゃあ酷え」
一人の神鬼が町の小道を歩きながら呟いた。
カツカツと小気味良い靴音が鳴り、建物の壁に微かに反響する。
その場所は神鬼の墓場と化していた。
右を向けば頭部を切り落とされた死体、左を向けば心臓を刺し貫かれた死体。どれも既に七つから十の残機を使い果たして絶命している。
そして正面には、一人の脆仙がサーベルを持って立っていた。
朱色の髪に琥珀のような瞳の若い男。眼鏡の硝子に偽の日光が反射する。
「一人でこんなに殺しちまうとは、こいつらが情けねえのか、お前が強すぎんのか」
神鬼は止まらずにノイヴァに近づいて行った。
「脆仙は脆いが弱くない。貴様らは驕りすぎだ」
「そうだなあ。油断した奴から死んでくっつうのに、頭の悪い奴ア大変だよ」
「貴様は違うと?」
「ああ、今だって警戒しながらお前を殺そうとしてるんだぜ?」
神鬼の手は服のポケットに突っ込まれたままだった。
しかしノイヴァは相手を睨みつけ、サーベルを握り締める。魔法式の準備も整っていた。
死体の山に囲まれる中、二人の間に緊迫した空気が流れだす。
ノイヴァが地面を蹴った。
神鬼は魔法陣の浮かび上がった手を前に掲げた。
赤い光線にノイヴァの頭が焼き払われる。
そして体が塵となって風に消し飛ばされた。
「へえ」神鬼の笑みが濃くなる。「面白い魔法を使うんだな」
そして後ろを振り返った。
____ノイヴァが魔法陣を向けて空中に立っている。
神鬼はもう一度、そのノイヴァに魔法攻撃を放った。胴体のちょうど真ん中が貫かれ、また体が塵と化す。
次の瞬間。
屋根の上から、複数人のノイヴァが飛び降りた。
切れ長の瞳も、眼鏡も、服装も、魔力でさえも全てが本物と全く同じだった。
「ひえー」
神鬼の左右に二つずつ魔法陣が描き出され、そこから風の刃が飛んだ。
ほぼ隙間の無い風刃が、数十人を切り刻む。しかし屋根の上からは刻まれた個体を補うように別のノイヴァたちが次々と飛び降りて来る。
明らかにその人数は屋根に隠れることの出来る量を超えていた。
その時、突然神鬼の左胸に鋭い痛みが走る。
血を吐き、思わず魔法を止めて視線を背後に向ける。
そこではノイヴァが姿勢を低め、サーベルを背中から心臓に突きたてていた。
素早く刃を引き抜くと、傷口から少量の血が溢れ出した。もう回復しかけているのだ。
〈天与魔術・自己複製〉
自分を複製する魔術。意識を共有出来るのは四体までだが、複製可能な量はノイヴァの精神と身体の状態が万全であれば限りは無い。それぞれがノイヴァを主とした上で自律して思考し、行動する。複製体の強度は本物と同じだが、行動不可能な致命傷を負った場合黒い塵に変わる。
命を使い果たして転がる神鬼たちの死体は、その魔術が原因だった。何人かの複製体に後を追わせ、死ぬまで殺させる。耐久力も魔力量もフィロイドである本物と変わらないのだから簡単に追い詰めることが出来た。
「くそっ…………」
神鬼は背後のノイヴァを斬った。だがそのノイヴァも黒く朽ちた。
神鬼の額に冷や汗が流れた。
「きりが無えな……」
そう言って見上げる視線の先には、屋根の上で神鬼を見下ろす何人ものノイヴァの姿があった。
・・・
一方で本物は、そこから約二百メートル程離れた場所に居た。
オルバ、と呼ばれた男と共に、周囲の神鬼の相手をしていた。
「……ん」
「どした? 何かあったか?」
「南東に向かわせた分身が強敵に鉢合わせしたようだ」
「負けそうなのかよ?」
「いや、優勢だ。相手の残機も残り三つ……今二つになった」
オルバが吹き出した。
「戦闘で言えば、お前の天与魔術ほど厄介なものは無いからな。使えるのがお前一人で良かったよ」
「私も同意見だ」
二人目掛けて一体の神鬼が魔法を撃ち出した。
その時、オルバが鞭を振るった。
無駄な装飾の無い鞭がしなり、空気を叩き潰すような音を発しながら敵の頭に向かった。
明らかにその全長は、ついさっきまでオルバが持っていた鞭と同じ個体よりも遥かに長かった。故に避けることは不可能だった。
頭から腰にかけて体が切り裂かれた。断面は焼かれたために出血は無く、神鬼は絶叫しつつも傷を回復させる。
ノイヴァが高く飛び上がる。攻撃範囲から味方が外れたことを確認し、オルバは鞭を四方八方に振り回した。
夕焼け色の閃光が散り、敵が無残に攻撃を浴びて砕ける。
飛び上がっていたノイヴァが片手の魔法陣を完成させた。
「オルバ!」
「分かったぜ!」
オルバの姿が消える。
鞭で打たれた神鬼が傷を癒して立ち上がった。
それと同時に、地面で小型の魔法陣が輝きを強めた。
数十体の神鬼の足元で、一斉に魔法陣から爆炎と風圧が発生した。
魔法陣を察知した神鬼は爆発の直前に空中に回避している。下からは爆撃を喰らった仲間の残骸が吹き飛ばされてきた。
しかし、そこに防御結界を足場にしてオルバとノイヴァが襲撃を掛けた。
魔法と獲得能力で強化された鞭が頭を潰し、長いサーベルの刃が首元を一刀両断する。
何体かはその攻撃で命を使い果たし、回復せずに地面に落ち、血しぶきを舞わせた。
「嘘だろ……⁈」一人、女性型の神鬼が叫ぶ。「何で俺らが脆仙なんかに……⁈」
オルバが笑った。
「相手がフィロイドとは、運が無えよなあお前ら……いってえ!!」
その後頭部をノイヴァが殴った。
「悪魔に我々の情報を伝えるな。この間抜け」
「年上を敬えよお!」反射的に涙目になったオルバが口を尖らせる。
「精神年齢なら間違いなく私の方が上だ」
ノイヴァは喚くオルバを尻目に、地上に向けて光線を放つ。何もかもを破壊する光の柱が偽の街を照らした。
オルバは表情を一瞬にして元の笑顔に戻し、靴底に魔法式を付与した。
ネイズと同じ、しかし彼よりもずっと高度な術式を。
「ぃやっほう!」
誰の目にも捉えられない速度で、オルバが町の中を駆ける。壁を避け、スリルを楽しむように裏返った声で叫んだ。
身体強化によって腕力を増強させ、獲得能力で空気抵抗を減らす。
そして極限まで伸ばした鞭を振るった。
町を光が駆け巡った。
オルバがその場を飛び抜けた直後、神鬼が建物の壁ごと粉々になり、轟音が町を走り抜ける。風圧が周囲の窓を割り、硝子の破片が地面に降り注いだ。
百数十メートルまで伸びた鞭は空中の敵も逃がさず細切れにした。
柔軟に曲がる鞭の軌道を予測できる訳もなく、神鬼は無駄に防御魔法を展開しては攻撃を喰らう。全身を囲う結界を張るには時間がかかるため、完成する前に上空からノイヴァの魔法攻撃に弱点を刺される。
二人から離れようにも、逃げた先はシラーとシャロウの攻撃範囲内だ。
第一学院の学園長であるシラーの魔法攻撃は、大規模だが正確に敵を察知し一寸のズレも無く心臓か脳を貫く。
シャロウの豪快な攻撃から逃げる術は存在せず、回避を試みては一瞬で何体もの神鬼が地面に伏せることになった。
「おい、お前!」
生き残っていた神鬼が丁度横に立っていた仲間の肩を掴んだ。
今は建物の瓦礫の裏に隠れ、防御結界を張って何とか持ちこたえている。
「陛下にこの状況を伝えられないのか?」
「無理だ! 何故か転移魔法も通信魔法も使えない!」声を掛けられた仲間が悲鳴のように言った。
「じゃあジュラム様に救難信号を出してくれ! 俺は結界を強化しておくから!」
神鬼が結界に魔力を加えた。
その間に仲間は目を伏せ、思考を澄ませる。そして魔法式を脳内で描き出した。
〈伝念〉
通信魔法とは、その名の通り魔力によって離れた相手と連絡を取ることの出来る魔法だ。その効果範囲は魔力さえあれば限りは無い。
声は上司にすぐに伝わった。
『ジュラム様! こちらは約八割が壊滅しました! このままでは全滅も時間の問題です! どうかお力を…………ジュラム様?』
動揺が原因で届く声量は安定しないが、問題なく伝わる程度だった。
しかし、返事がない。
もう一度、魔力を強めて繰り返そうとする。
その直前、別の声が割り込んできた。
『ボルビア君で許してね~』
それは本来聞こえてくるはずの声の主よりも上の地位に立つ者の声だった。
ボルビア。今回の作戦の指導者だ。幹部とまではいかないが、二十以上の残機を持つ強者でもある。
普段は気さくで掴めない性格の上司として知られている。だがその時は妙に追い詰められた声だった。
『ジュラム、今さっき死んじゃった』
笑いを含んだ、しかし重い声色が告げた。
ジュラムは魔王軍屈指の切れ者だ。若い故に地位はそこまで高くないが、彼の残機も十八ある。
神鬼は動揺で言葉を詰まらせた。
『援護に行きたいのは山々なんだけど、ちょっとこっちも余裕が無くてさ。もう俺も、あと十回で終わりだ』
『十回……?』神鬼は無意識に呟いていた。
『……これは本当にまずいかなあ……頑張って、としか言えないよ。それじゃあ。どうにか抵抗して』
それを最後に、あちらからの魔力が途切れてしまった。
神鬼は目を見開いたまま固まっていた。
結界を強化していた仲間が振り返った。
「ジュラム様は何と?」
神鬼は答えなかった。
代わりに、呆然と零した。
「……死ぬ?」
仲間の、生気の無い言葉に結界を強化していた神鬼は一瞬肩を震わせる。
だが即座に目じりを吊り上げて怒鳴った。
「何の話だ! いいから早く内容を伝え……う、わ、ああああ!!」
仲間の絶叫が響き、すぐに止んだ。湿った音が鳴った。
神鬼が振り返る間もなく、体から頭が地面に落ちる。
剣を血で濡らしたシラーがそこに立っていた。
「倒せました?」後ろからシャロウが顔を覗かせた。
「ああ、おそらく完全に絶命している」
シャロウは安心したように顔を綻ばせる。
シラーは顔にかかった血液を軽く払った。
「じゃあ、あの子たちの援護に……」
シャロウは足に力を込めた。
「待て!」
細い脚から完全に力が放たれる寸前、シラーが叫んだ。
慌ててシャロウは動きを止める。が、魔法が中途半端に発動して尻もちをついた。
「何ですかあ……」
「我々はここで待とう。行っても足手まといになってしまいそうだ」
シラーは瓦礫の上に腰かけ、懐から小さな書物を取り出し、読み始めた。
もう戦う気は無いと言う風に。
「えっ? いやいやいや! 貴方あの子たちの教師でしょ⁈ そんであの子たちは教え子ですよ⁈ 学生に任せるなんて……」
「オルバとノイヴァは了解しているぞ」
シャロウの言葉を遮るようにシラーは言い放った。
そこでようやくシャロウは平常心を取り戻した。
「あの子たち、そんなに強いんですか?」
「そうさ、君だってさっき、彼らの魔力を感じ取っただろう?」
「……ええ、まあ」
シャロウは数十分前の過去を思い出した。
二人の学生_____よく似た無表情の少年と少女……少女なのか? 見た目からしてそう簡単に忘れるようなものではないが、重要なのはあの二人が自分たちに小物の殲滅を命じた時。有無を言わさない膨大な魔力が、まるで「やれ」と強調するように発せられた。
あの時はその魔力量の所為で冷静さを失って咄嗟に降りてしまった。後から考えて、実は勘違いだったのではないかと思い直したが、シラーの言葉と先輩二人の判断からして本当にあの生徒二人が巨大な魔力の主だったのだろう。
シャロウは僅かに迷う素振りを見せた。
確信が無い限り、あの二人の実力を信用しきれない。
だがシラーたち三人は放置を選んだ。
常識を取るか、信頼を取るか。
二人の学年までは流石に分からないが、自分は去年学院を卒業して半年前にフィロイドになったばかりだ。あんなにも目立ちそうな二人だが初対面だったということは、おそらく十七歳以下だろう。そんな子供に強敵を任せるなど、大人として色々とまずい。
一方で先輩である三人は、癖こそ強くても今まで判断を間違えたことはない。それに子供と言ってもあの二人も一応フィロイドだし、オルバも彼らと同じ年の頃に昇級したのだ。それに先程の魔力量からして十分な実力はある筈。
常識、信頼、常識、信頼、常識、信頼………………単語が交互に頭を回る。
頭を抱え、歩き回って、一分ほどして心が決まった。
(……待とうか)
シャロウは比較的綺麗な瓦礫を探し出し、そこに腰を下ろした。




