深碧の鏡面に月灯、後編
ネイズが向かった先…………そこはテオの復活地点だった。
転移したばかりのテオは目を見開いた。
「早っ!」
「言ったはずだ、すぐに殺すと」
「にしても『すぐ』すぎるだろ!」
テオはふらつく足を何とか魔法で支え、熱線を放つ。
貧血中の思考では魔法式が完成せず、熱線は細く木の幹を貫くことすらできない。
「治っているのではなかったのか?」
「二分は空いてないと治らねえよ!」
砂嵐が遮る視界の代わりに、魔力探知でネイズの動きを読む。
ネイズが動作を決定し、実行するまでの流れは魔力を見ていれば大体予想がつくが、鈍った脳では致命傷を避けるのが精一杯だ。
加えてネイズは現在、魔力の大半を使い果たしている。僅かな魔力はそう簡単には探知させてもらえない。
テオは背筋が冷えるのを感じた。
貧血で碌に動けないテオにはお構いなしにネイズはしつこく薙刀を振って来る。
「終いだ」
大きな薙刀を防いだ拍子に、テオは地面に尻を付いていた。
〈影の者〉
テオの手元と足元に、ネイズの白銀の魔法陣が描き出される。
魔法陣からそれぞれ数本の影の腕が手足を固定し、動きを封じた。
テオが持っていた短剣は先ほどの攻撃でネイズに弾かれ、少し腕を伸ばした程度では届かない位置にある。
テオは苦笑しながら俯いた。
「あとで姉さんに謝らないとなあ」
ネイズが薙刀を振り上げる。
その時。
「うりゃああああああああ!!」
何者かが森の中からネイズに飛びついた。
「なっ……」
横に吹き飛ばされ、薙刀がテオから外れる。
間一髪の所でテオを救ったその人物は、涙目で叫び散らしいていた。
「ケディさん⁈」
突然の出来事によってネイズの魔法が解け、テオは自由の身になった。
咄嗟に落ちていた短剣を拾い上げ、二人が吹っ飛んでいった場所を見る。
「チッ……!」
ネイズはケディの背中に刃を突き刺した。
背中に走った重い感覚にケディは情けない泣き笑いの表情を浮かべる。
「くっそおお! 三回目! もう脱落だあ!」
「何でケディさんが⁈ 隠れていれば安全だったのに」
「だってロメリオストさん、負けそうだったじゃん! 勝手に動いてたんだよお!」
霧になって消えかけながらもケディはネイズを離さない。そしてそのまま、またテオに向かって叫んだ。
「僕、もう落ちるから! 頑張ってこいつ倒して!」
「っ……勿論!」
ケディが消えた。
地面に倒れていたネイズが立ち上がり、飛びつかれた拍子に打った頭を押さえて呻く。
痛みは無いが、衝撃が脳を揺らしていた。
故に、背後に回っているテオには気づけなかった。
ネイズが察知する暇も無く、テオはその喉を輪切りにした。
「小物が……!」
「これでどっちも残り一機だ。次は不意打ちなんてされないから、どこからでもかかって来い」
ネイズは消える直前に氷魔法を放つ。テオは貧血から覚めた思考で頑丈な防御結界を張った。
霧の発生と共にネイズが消滅する。
それとほぼ同時に、復活したネイズが斬りかかり、テオが短剣の柄で受け流した。
火花が散り、甲高い金属音が響く。
テオはネイズの隙を狙い、魔力を帯びた短剣を振るう。
短剣はネイズの眼を切り裂くが、致命傷とは認識されず腕輪の魔力で傷が癒える。
ネイズは次の攻撃準備の間にテオの首を目掛けて斬撃を放つ。
斬撃は致命傷に届かず、テオの喉には小さな傷が走ったが跡形も無く治癒された。
大型の武器は次の動作に入るまでの隙が大きい。テオは素早く姿勢を低め、ネイズの足首を蹴った。
体が傾いて宙に浮く。ネイズの腹にテオがもう一発蹴り技を入れる。
直撃を薙刀の柄で防御する。しかし細い脚に似合わない脚力が衝撃波を生み、ネイズは後方に吹き飛んだ。
テオに回り込まれる前に背後に魔法陣を展開し、風を起こす。ネイズは木を二本貫通して止まった。
正面から短剣を構えて突進してくるテオを視認した瞬間、ネイズは靴底に風魔法の式を付与した。風圧がネイズの体を空中に飛ばす。
風魔法でネイズは空を舞い、追いかけて来たテオと応戦する。
空中で魔法の打ち合いが始まる。
〈串刺しの刑〉
テオの闇魔法の棘が地面から生え、ネイズを貫こうとする。
下からの攻撃を風魔法で避け、テオに飛び掛かる。斬撃は防御結界で弾かれ、ネイズの胴体が空く。
テオは腹部を両断しようと、短剣に付与した魔法式を呼び起こした。
〈裂閃・薔薇の精〉
巨大な炎の刃がネイズを狙う。
ネイズは目を細め、刃の幅を計る。
そして掌ほどの防御結界を出現させ、刃を弾いた。
テオは短剣を持っていないもう片方の手に魔法陣を出現させた。
〈紅炎砲〉
太い熱線が風を焼き切る。
ネイズは靴の魔法式を一時的に無効化し、落下によって熱線の描く直線上から外れた。
そのまま地上に落ちようと試みるが、地上からは闇魔法の棘が行く手を塞ぐ。
魔力が残り少ない今、普段通りの魔法ではすぐに戦闘不能になってしまう。防御も攻撃も魔力を節約しなければならない。この状況では反撃するだけでも致命的であるため、出来るのは防御だけだ。
風魔法の式を発動し続けるだけならば大した消費量は無いが、隙を見て地上に戻るに越したことは無い。
テオはその意図を見抜いているらしく、それ以降は中々攻撃を仕掛けて来なかった。
「どうした、もう終わりか?」
「君こそ。地上に逃げる隙を狙ってるんでしょ?」
テオは不敵な笑みを浮かべた。
ネイズの頬を冷や汗が伝う。
_______このままでは魔力が尽きるのは時間の問題だ。
その時、テオの顔から笑みが消えた。
「君、また徹夜したよね。確かに魔法は強いけど息が上がるの早いんだよ」
「それがどうした。僕の時間をどう使おうが僕の自由だ。……また、とは、君はどこかで会ったことがあるのか?」
「えっ? あー、えっと……フィロイド試験の日、道で見かけた」
テオは右斜め上に目を逸らした。
「……使える時間を使わなければ、父上たちの期待に応えられない」ネイズは小さく呟いた。
テオは安堵の溜息を吐く傍ら、真剣な表情でネイズに問う。
「でも、それで精神を擦り減らしてちゃあ元も子も無い。……オレのルームメイト、未だ一度も会ったことが無いんだ。君、何か心当たりは?」
「何故僕に聞く」
「オレは君の家庭事情なんて存じないけどさ、親の期待がどうとか言ってると君は君の人生を歩めなくなる」テオは小声で付け足す。「って、本に書いてあった」
気軽なテオとは対照的に、ネイズの顔は段々と険しくなっていた。
手が震え、少ない魔力が苛立ちによって揺らぎ、静かな圧を放っている。
「女擬きが……僕のことなど何も知らないくせに、偉そうに語るな!」
テオの目元がひく、と動く。
ネイズほどではないがテオの魔力の揺らぎも激しさを増した。
ネイズが風魔法で加速し、テオに薙刀を振るう。
テオはひらりとそれを回避する。
「うるせえ知ってるわけがねえだろ他人の事情なんて。オレはただ……」
「この世界でただちっこいのが嫌で、ちょっと善人ぶりたくて首突っ込んでるだけなんだから」
「__________下らん」
ネイズが低めた声で言った。
直後、ネイズはテオに斬りかかる。技はまた短剣に捌かれ、金属音だけが何度も重なる。
テオの表情は冷たかった。それは冷酷でもあり、どこか同情的にもネイズには見えていた。
どれだけ必死に打ち込もうが攻撃は届かない。
魔力と体力だけが虚しく消えていく。
ネイズの表情は更に険しくなっていった。
ある瞬間、テオがぽつりと呟くように言い放った。
「…………駄目だね」
冷静な思考を忘れ、闇雲に斬りかかって来るネイズにテオが蹴りを入れた。
重い脚が腹にめり込み、呼吸が止まる。
そのままネイズは水平に飛んだ。
テオは身動きが取れないネイズに手を向けた。
黒い魔法陣に魔力が集まり、光が強まった。
(……負ける。このままでは、何も出来ずに)
何故か妙に思考が落ち着いている。
そのことに違和感を感じつつも、ネイズの脳裏には自分に厳しい訓練を付ける両親の顔が浮かび上がっていた。
指示されたことが出来ないと、「無能」と怒鳴って鞭を振るう父親。
望まれた結果が出せないと、泣いて「情けない」と言って部屋に籠る母親。
フィロイド試験に落ちた日の夜、自分を座敷牢に入れる両親の顔。
自分のことで喧嘩をする両親の声。
自分は彼らの傀儡。そう察したのは十歳にも満たない頃だった。
他者に対して羨ましいと思ったことはない。それが普通で、自分に与えられた意味だったから。
今までどんな無理もこなしてきた。
その意味を消したくない一心で。
________そうではない。
________父上も母上も、見ているのは僕ではなく僕の力と家の誇りだけだ。そんなことはもう嫌なほど分かっている。
僕はただ_________________レーべニア家の嫡男などではなく。父上たちの子ではなく。
ただ、ネイズとして、自分自身のために。
勝ちたい。
_________「そうだよ」
どこからか、テオの声がした。
「それが、君自身の世界、君自身の人生だ」
テオが魔法を放つ直前。
薙刀が光りのような速度で、掌と貫いて腕に刺さった。
「っ!」
魔法が途切れる。
黒い魔法陣が解ける。
その視線の先で、ネイズが空中に立っていた。
ネイズは体に余っている全ての魔力を、掲げた両手に集中させた。
〈天与魔術・魔力限界突破〉
白銀の光が青空に満ちる。
何重もの巨大な魔法陣が描かれる。
本来ならば出せない筈の膨大な魔力が爆発し、風圧を生んだ。
広がっていた光が魔法陣の中心に収縮した。
ネイズの金色の瞳は、月光のように静まっていた。
一つ、魔法式が完成した。
〈帝王新星〉
白銀の光が空間を埋め尽くした。
「まじか……!」
テオが目を見開いて苦笑した。
強靭な防御結界を突き破り、その光線は試験会場一帯を焼き尽くす。
光線の幅は地面から会場と外を隔てる結界の頂点に届いている。
逃げ場はない。
テオは四重にも結界を張った。
しかしそれすら、ネイズが放つ光線の前では安定しない。
まず一つ目の結界が砕け散る。破片は重力に従って地上に落ちようとするが、光線によって形を失った。
テオは他の結界を更に強化した。
二つ目にひびが入る。光線が止む気配は無い。
遂に二つ目が破られた。その魔力を取り込み、三つ目と四つ目の強化に使用する。
それでも三つ目には蜘蛛の巣状のひびが入り始めていた。
光線を放つネイズの魔力は殆ど残っていない。にも関わらずネイズが魔法を維持できているのは、天与魔術で本来は使えない生命活動に必要な巨大な魔力を消費しているからだった。
衰弱していく意識の中、ネイズはただ目の前の敵を討つことだけを考えていた。
四つ目の結界に光線が届く。
テオ自身の魔力も残り少ない。テオは歯を食いしばった。
すでにひびだらけの結界が欠け始める。
一方でネイズは意識を保つのも困難となっていた。
結界の欠けが増え、全てを防ぎきることが出来なくなる。漏れ出した光線がテオの脚を消し飛ばした。
ネイズの視界が暗闇に覆われていく。
次にテオの右肩が消える。結界は頭と胴体を守るのがやっとなほどに削れていた。
そして、光線が結界を完全に打ち破った。
ネイズの意識が消えた。
・・・
________何も見えない。
今はどんな状況だ?
僕は勝てたのか?
……今までに無いほど、無理をしすぎてしまった。
……否。
まだだ。早く起きなければ。
父上と母上が望んだ通りにしなければ。
僕はまだ________________________
「…………もういいよ、お疲れ様」
意識の無いネイズの胸で、銀色が輝いた。
鈍い音がした。
短剣にしては長い刃が、その左胸に突き刺さっていた。
青空を、優しい沈黙が覆った。
短剣を握るのは、両足と右腕を失い、頭の削れた人物。
青髪に白金の混じった、長い三つ編みを垂らした美しい少年。
テオだった。
優しく微笑み、再生した左腕で消えゆくネイズの体をふわりと抱き締める。
右手はその心臓に、深々と短剣を刺し込んでいた。
「女擬き呼び二回は見逃してやるからさ」
大半の魔力を失った少年の顔を覗き込み、テオは目を伏せた。
囁くような声で言った。
「……寝てろ、クソガキ」
・・・
ネイズを倒し、テオは地上に降り立った。
テオにも戦える魔力は無い。しばらくは身を隠して休み、魔力の回復を待つ必要がある。
テオは地面に座り込んだ。
「っはあー。危なかったあ」
小声で零した。
周囲に人は居ない。テオは溜息を吐き、全身の力を緩めた。
そしてすぐに立ち上がり、身を隠せそうな場所を探し始める。
先程のネイズの光線で、会場内の木々の半分が焼けてしまった。その方向に行ったところで開けた場所に出て他の生徒たちにやられるのがオチだ。
確か反対側に、草むらと林があった筈。テオは重い体を動かして歩いた。
あの光線で木々だけでなく、かなりの数の参加者も脱落したことだ、隠れ場所が被ることはないだろう。
一応耳を澄ませ、周囲を何度も確認しながら慎重に進む。
セノカとレイからは、身を隠して行動する方法も教わった。一般人相手に、そう簡単には見つからない。
魔力の残りが少ないとはつまり、魔力探知にかかりにくいということだ。
テオは足音を殺し、目的地に繋がる小道を歩く。
なるべく草の中に隠れて移動したいが、目的地を目指すにはこの小道をどうしても通らなければならない。今は転移も使えない。
テオは短剣を握り締め、より注意深く周囲を見渡した。
すると。
がさ、と草が揺れる音がした。
テオは素早く短剣を構え、音の発生源を睨む。
静寂。
人の気配はしない。しかし微弱な魔力はある。
同じ音と共に、音の主が草むらから飛び出してきた。
その正体は__________
「…………ん?」
光を反射する羽。六本の足。
蟲だ。
この世界の蟲は、前世の虫と比べて体が大きい。今目の前にいる個体も、コガネムシに似ているがテオの足くらいの大きさがある。
蟲はテオに見向きもせずに小道を横断した。
学院が所有する山に結界を張っただけなので、当然生き物はそのままなのだ。
テオは肩をすくめた。
「なんだよ……」
だが。
全く音がしなかった。
テオは自分の状況を飲み込めないような、驚愕に満ちた表情を浮かべた。
地面に膝を付き、自分の左胸に視線を移す。
_______一本の矢が、心臓の中心を貫いていた。
矢には魔力が宿っていた。
何度も感じた魔力。
テオは透き通っていく自分の掌を呆然と見つめる。
「…………ははっ」
乾いた笑いと共に、テオは消滅した。
上空には__________
・・・
山中にある湖で、何人かの生徒が膠着状態になっていた。
草むらから顔を出して他者の動きを確認し、魔力を溜めて武器を構えている。
その中でシャノンは縮こまって震えていた。
(何でこんな所に来ちゃったのお……)
剣を持つ手はカタカタと音を鳴らしている。
敵の中には顔見知りも居るが、状況が状況なので全く安心できない。
既にシャノンの残機は一つ。最初にメルヴィに倒され、逃げ惑っていたら誰かが放った巨大な白銀の光に殺されたのだった。
魔力探知で他の者の動きを読むが、全員が警戒して隙を見せない。
メルヴィもヘラーも近辺に居る。あの二人は学院の一年生屈指の実力者だ。
シャノンは不安げに体を抱えた。
その場に居合わせていたティニーは攻撃の準備をしていた。
(ここでこいつらの隙を突いて離れないと!)
持っていた剣に氷魔法が付与され、冷気が漂い始めた。
ティニーは呼吸を落ち着かせ、勢いよく立ち上がった。
ティニーの動きを感知した生徒たちも攻撃を発動させようとする。
シャノンは覚悟したように、目を固く瞑った。
(来る………………!)
しかし、ある瞬間その場の生徒の何人かが立ち上がったまま動かなくなった。
(あれ?)
魔力でそれを感じ取ったシャノンは、状況を確認するために僅かに顔を草むらから出した。
そして大きく目を見開いた。
他の生徒も同様だった。
湖の精霊が水面に立っていた。
膝を超える長髪が静かな風に揺れている。宝石のような瞳が湖の青を映す。
夜空の色を溶かした長外套が風に舞う。
足元にはゆったりとした波紋が起こり、鏡面がその姿を上下逆さまに映し出している。
その人物が伏せていた顔を上げた。
神聖なまでの美しさがあった。
「セノカ……さん…………?」
シャノンは無意識のうちに呟いていた。
青の混じる白金の髪。藤色の瞳。儚げな美貌。
紛れも無くセノカ、本人だ。
美しい湖の精は、片手に長い弓を持っていた。
次の瞬間。
セノカの周りに惑星のように、水縹色の魔法陣が浮かび上がった。
「あれは……セノカ?」
丁度その場に来たロザリエが目を細めた。
そして友人の魔法陣を見て青ざめた。
セノカの鋭い藤色の瞳と、シャノンの目が合った。
_________そこに宿るのは、虚ろな殺意。
魔法陣が輝きを強める。
ロザリエは危険を顧みず叫ぶ。
「皆逃げよ!!」
気づいた理由は単なる勘だった。
ロザリエが転移魔法を発動するが……………………もう遅かった。
魔法陣から、朱色の弾丸が一発ずつ飛んだ。
それは魔力の熱風を放ちながら真っすぐに飛行する。
風圧だけで生徒たちが微塵切りになった。弾丸に貫かれた者は灰も残らなかった。
弾丸は百メートルほど飛んだ辺りで停止した。
すると弾丸は____________一斉に爆発した。
爆炎が森を焼き、地面を蒸発させる。
生徒たちは片端から残機を失い、転移するがその瞬間に爆炎で消し飛ばされる。
その一瞬で、参加者の殆どが脱落した。
セノカは蒸発した、湖だった凹みの上に浮いている。
炎の中心でも、そこに表情は無い。
セノカは片手に矢を作り出し、弓に引っ掛ける。
撃つ準備をしているのだ。
……次の瞬間。
上空から何かが飛び降りて来た。
地面が地層を露にして割れる。
セノカは防御結界を張り、天地を抉る波を完璧に遮断する。
攻撃の風圧でセノカが起こした火は消え、会場は涼しさを取り戻す。
僅かに残っていた参加者は、その一撃で完全に残機を使い果たした。
つまり今の参加者は、セノカと、飛び降りて来たその人物のみ。
__________その人物は巨大な斧を握っていた。
セノカと同じ髪色。しかしセノカよりも長身で、瞳は海を宿した翡翠。セノカとよく似た儚げな顔立ちと、優雅な美しさ。
片手に持った巨大な斧が重い音を立てて輝く。
ロメリオストの長兄、レイ。
「他の参加者は」
「全滅だ。テオを含めて」
セノカが冷淡に告げる。
二人の間に、冷たい風が吹き込んだ。
そこには魔力が全く存在していなかった。全てが二人の中に抑え込まれていた。
感情は揺らがず、二人はそれぞれの武器を構える。
セノカは長い弓を。
レイは巨大な斧を。
向き合う二人の間に、ロザリエとアイレンのような、テオとネイズのような敵意は無かった。
あるのはただの、『目前の人物を倒す』と言う共通の目的のみ。
「お前と戦うのは何時ぶりか」
「分かっていると思うが、レイ。手加減は忘れるな」
「無論」
二人の足に力が入る。
脆仙の域を遥かに超越した兄妹戦争が開始された。




