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深碧の鏡面に月灯、前編

 内部進学首席のネイズ・レーべニア。


 実力主義として有名な上級貴族、レーべニア家の嫡男であり、幼い頃から英才教育を受けてきたことに加え歴代に例を見ない秀才とも呼ばれている。


 周囲からの過剰なまでの期待はその少年から本来あった筈の快活な人格を奪い去った。



 ________少年は実力のみを追い求める鬼と化した。








 二人は葉の海の下で、得物を握って相手の動きを探っていた。


 王家の双子が盛大に戦ったせいでかなり参加者が減ったらしく、互いに集中する二人を襲撃する者は現れない。


 警戒したまま不敵に笑い、語りかけたのはテオだった。


「アンタ、は失礼だったかな。今更だけど貴方に訂正させてもらいますよ、上級貴族サマ」


「気にしていない」


「王子王女を襲撃なんて、大胆なことするもんですね」


「君こそ王子に止めを刺していたように見えたが」


「あれ、見られてた?」


 テオはへらへらと笑って見せた。


 静まっていたネイズの魔力が乱れる。



「……不快だ」



 低められた声が微妙な空気を凍てつかせた。


 テオは不敵な笑みを不自然に浮かべつつも、少年から発せられる威圧に黙り込んだ。


 元から鋭い金色の瞳がテオを睨みつけている。


「目的が成功するまでは笑ってはならない。些細なことに一喜一憂していては信念が削がれるからだ。分からないのか? ここは半端な信念で来る場所ではないんだ」


「へいへい、そりゃあ失敬」


「その笑いをやめろと言っている」膨大で濃い魔力が爆ぜ、不可視の波がテオに押し寄せた。「ここで貴様の精神を砕けば、消えてくれるか?」


 ネイズの体勢が完全に戦闘態勢に入った。


 テオは空いている片手に魔力を集中させる。


「どーでしょうね」


 二振りの刃物が木陰に薄く輝いた。


「……女ならば許しを乞うかとも思ったが、中々肝が据わっているようだ」


 ネイズは何の気なしに言った。

 テオの額に青筋が浮かんだ。



「誰が女だと手前(てめえ)



「ん? 女ではないのか?」


「男ですよ! これかなあ? この髪型が原因かなあ? 仕方ねえだろ毎朝起きたらこんなになってるし妙に硬くて切れねえんだから!」


 テオは瞳孔の開いた笑顔を貼り付け、早口かつ高音で叫び散らす。


 テオの持つ、ネイズよりも更に膨大な魔力が爆発し、いよいよ木々が激しく揺れ始めた。


 突然豹変したテオにネイズは目を細めた。


「分かりました、あーはいはい分かりましたよ。戦ってやります。乗り気になってきました」


「その威勢だけは褒めてや……」


 その一瞬。


 ネイズの喉が裂けた。


「っ⁈」


 体が霧となって消滅を始める。


 ネイズは状況が飲み込めず、破れそうなほど目を見開いている。


 テオは冷たい瞳で倒れるネイズを見下ろしていた。


「敵が倒れるまで気を抜いてはいけない。時に外見に反した能力を秘めている奴が五万と居るから。分からない?」


「貴様…………!」


「気にしてんだよ、こっちは」


 テオは小さく舌打ちした。


 やがて、ネイズの姿は完全にその場から消えた。


「さてとっ、次の敵は……」


 テオが背を向け、歩き出そうとした。


 その時。



 テオの首が刎ねられた。



 喉元を断ったのは幅の広い薙刀の刃だった。


 ネイズが転移した場所から全速力で戻って来たのだ。


「よくも僕を……貴様のような女擬きが……!」


 次はテオの体が消えた。


 ネイズは清々しそうに溜息を吐く。……一瞬見えたテオの目つきに違和感を抱いては居たが。


「口ほどにもない」


 そしてまたその時。



「誰が女擬きだア?」



「のわっ⁈」


 どこからかテオが音も無く突進してきた。


 浮かび上がった青筋。充血した瞳に開ききった瞳孔。骨の形が良くわかるほど力んだ手。しかし顔からは全ての表情が完璧に剥がれ落ちている。



 ________テオはキレていた。



 一方で感情を表す魔力は息を詰まらせるほどに膨れ上がり、絶えず爆ぜていた。


 テオは内の感情を全く出さずに淡々と語り始める。


「手前の親は魔法技術だけ骨折って教えたくせに、道徳教育は放棄かよ。人が気にしてること何度も刺してきやがって。つか一般常識だろうがこんなこと。『人の嫌なことしちゃだめですよー』なんて、知らねえのか?」


 テオの片口角が僅かに上がっている。




「_____そりゃフィロイド試験落ちるわけだわ」




「_________殺す!!」





幽風人(ハイドライビング)


 ネイズの体が魔力の風に変わった。


 実体の無い、干渉不可能の風となったネイズは本物の風と混じってテオの背後に回る。


 薙刀を振りかぶった体勢で、虚空からネイズが姿を現した。


 テオは冷静さを崩すことなく、短剣を構え直す。


 薙刀が振り下ろされる前に、テオは振り向きざまにネイズの首を狙って刃を振った。


 一歩寸前でネイズは頭を後方へ逸らし、反撃を回避する。数ミリメートルの傷が喉に走ったが、腕輪の効果で痛みと致命傷以外の傷が無効化される。


 仰け反った勢いのままネイズは一度地面に手を付き、瞬間的な逆立ちの状態の中、テオの足を斬ろうと再び薙刀を振る。


 テオが反応して地面から足を引っ込め、魔法式を描き出す。


〈串刺しの刑〉


 一回転して起き上がったネイズの背後の地面から黒い、一本の棘が飛び出した。


「闇魔法……!」


 ネイズは咄嗟に転移魔法を使い、棘が背中に刺さる直前でテオを挟んだ反対側に移動した。


 急な転移魔法はネイズの体を空中から垂直に落とした。

 素早い動きが取れないネイズの上に、短剣を振り上げたテオが飛び掛かる。葉の隙間から漏れる陽光が刃に反射し、ネイズは反射的に目を細めた。


 このままでは、また首を裂かれて転移させられる。


〈……幽風人(ハイドライビング)!〉


 またぎりぎりでの回避。


 虚空に溶けたネイズの代わりに、地面に真っすぐな傷が走った。


(……まずい。かなり魔力を消費している)


 幽風人は強力な魔法だ。体を魔力の風に変え、高速で移動する。実体が無い風には攻撃が通らない。防御魔法よりずっと、敵の攻撃の無効化には便利だ。しかしそんな強力な魔法が何度も制限なく使用できる訳は無く、一度で常人の持つ魔力の三分の二を消費する。そして厄介なのは、長時間使用を続けると完全な実体、または元の形に戻れなくなる可能性が高まること。一度の使用で安全に発動し続けられる時間は、ネイズでも約四秒が限界だ。


 魔法を解き、ネイズが最初に見たのは、出現した自分に狙いを定めるテオの、獣のような瞳だった。


 テオの姿が、ネイズを斬りかけた場所からふっと消える。


 次の瞬間、その刃先は矢張りその首元にあった。


 短剣の軌道を薙刀の柄で外し、槍のように突き出す。テオは体を半回転させて突き技を避け、ネイズの胴体に蹴りを放つ。腹に直撃するであろう蹴りを再び柄を使って流し、頭に広い刃を振る。


「よっ……と」


 頭を落とそうとした薙刀を伏せて避けると、高い音を立てて斬撃が空振った。


 僅かに生まれた隙を突き、ネイズが魔法を発動させる。


聖砲(ホーリーキャノン)


 ネイズの左右に、計二つの魔法陣が描き出される。


 その両方から、同じ聖なる白い光が放出された。


 テオは回避できる体勢ではない。


〈転移〉


 自分に向かって直線を描く二つの光の軌道の先に黒い魔法陣が浮かび上がった。


 その魔法陣の中に、二つの光線が消える。と思えば、その黒い魔法陣はそのすぐ下に二つ、展開されていた。


 そこからネイズが放った筈の光線が飛び出してくる。


 転移魔法の応用。レイがクウェインとの戦いでも使用した技術。


 術者本人がゼロから魔法を発動するよりも、ずっと短い時間しか必要としない。


〈防御〉!


 ネイズは咄嗟に結界を張る。


 動揺で乱れた集中力で放った魔法の結界は脆く、光線を数秒防いだ程度で壊れる。


 しかしその数秒は攻撃の軌道から逃れるには充分な時間だった。


「さっすが実力主義家系の嫡男」


「貴様の小賢しい罠なんぞで負けてたまるか」


 テオが短剣に氷を纏わせた。


 ネイズの薙刀には風が宿った。



蒼玉(そうぎょく)・大飛燕の舞〉



 美しく、舞うかのようにテオが短刀を振るった。


 その軌道を辿って、冷気の風が辺り一帯に吹き荒れる。



 更に冷気の跡に続き、粉吹雪と、小さな氷の華が何輪も、何もない虚空から咲き誇った。



 雪と華。幻想的で美しい、魔法で形作られたそれがネイズの外套に降りかかる。


 そして触れた場所から外套が凍り付き、冷気は止まらず外套から下の服を通ってネイズの体に霜を立たせる。


 一帯に吹く冷風でさえ、当たっただけで皮膚が細かい氷に覆われる。


 凍結が心臓に届く______直前、ネイズは魔法で氷を温め、溶かした。


「やっぱり魔法の扱いは上手いね。それうちの姉さんから教わったんだけど、凍ったところをピンポイントで熱さないと自分で体を焼くことになるんだってさ」


 テオは短剣をもう一度振り下ろした。 


炎波(フレア)


 刃に沿って放たれる氷結の魔法を炎が無力化する。


「可憐なる少年平民が、随分物騒な魔法を使う」


「平民じゃねえよ貴族だよ。あと可憐ってどういう意味だコラ」


「言葉遣いに気を付けることだな」


 ネイズは風を纏わせた薙刀を突き出した。


 冷気と対抗するように疾風が生まれ、激しさを増す。 


 薙刀の先から風の刃が広がった。 


「うわ!」


 三日月状の鋭利な魔力の刃物がテオの腕を掠める。防御結界で全身を覆い、刃の嵐をはじき返す。

 腕の傷は腕輪の力で服ごと完璧に治癒された。


 結界に何度も刃が衝突し、堅く耳障りな音が鳴り響く。



 その音に引き寄せられて四、五人の生徒が森の中から現れた。


「ひえ、すっげえ戦ってる」


「あれって第二教室のロメリオスト? 相手は……」


「マジかよ! レーべニアじゃん!」


 生徒の一人が口角を上げた。

 その瞳はらんらんと輝き、心拍は上がっている。


「なあ、あいつ倒せば有利になれるんじゃね?」


「でもレーべニアでしょ?」


「今あっちの戦いに集中しているっぽいじゃん。バレずにぐさり! ど?」


「おう、良いねえ。今だけ協力してやるよ」


「ついでにロメリオストも倒さない?」


「やめとこう。あいつよく見たら可愛いし、協力して仲良くしてやろうぜ」



「ははは! 仲良く、だってさ! お前三年になってまた二人自主退学させたんだろ?」



「寝たってこと? きもー」


「三、二、一で行くぞ?」


 生徒たちが腰をかがめる。


 片手に魔力を集中させ、武器を持ち直す。


 テオとネイズの斬り合いで、その周辺には豪風が吹いている。木の幹がみしみしと音を立てた。


「三」


 雪の華と冷風が地面に霜柱を立たせ、二人が足を踏み込む度に氷が割れて靴底が沈む。


紅炎砲(ファイアキャノン)


 冷気の混じる空気を焼き、赤い熱線がテオの頭がある位置を貫く。


〈転移〉


 魔法陣を通り、熱線がネイズの背後から放たれる。

 ネイズは冷静に防御結界を展開し、熱線を遮った。


「二」


 ネイズが魔法を解除すると、熱線が消えて防御結界が魔力の粒子となって砕け散った。


 薙刀を振り、再び風刃を撒き散らす。木々が倒れ、地面に大きな傷がつく。


聖砲(ホーリーキャノン)


 風魔法を飛んで避けたテオの片手に黒い魔法陣が出現し、そこから白い光線が溢れ出した。


 地面を蹴り、後方に跳んだネイズは薙刀を大きく振り下ろす。縦一文字の風が天を裂く。


 空中でテオは防御結界を作り出し、それを足場にして向かって来た風を回避する。


 ほとんど音を立てず、テオが地上に着地する。


 そのまま二人はまた斬り合いになった。


 薙刀の幅広の刃と、短剣の細く短い刃が激しくぶつかり合うが、魔力で強化された短剣が折れる気配は無い。


 小柄な体格からは想像できない力で上からの斬撃を押し上げ、テオは胴体が空いた瞬間を狙って回し蹴りを放つ。


 ネイズは即座に結界を張り、テオの蹴りを防ぐ。 テオが攻撃の失敗を認識し、蹴りの姿勢から戻るまでの僅かな時間で薙刀を構える。


 木々よりも高い位置まで飛び上がり、上空から突き技を放つ。


 テオはふわりとそれを避け、降りて来たネイズの背後から短剣を刺そうと飛び掛かる。


 ネイズは突っ込んでくるテオの正面に魔法陣を作り、そこから炎が波のようにテオを飲み込む。しかし攻撃が通る前にテオは幽風人を使ってネイズの前に移動してきた。


 周囲の生徒たちが足に力を込めた。


「一!」



 生徒たちがネイズに襲い掛かった。



 突然飛び出してきた彼らに二人は大して動揺を見せない。


 テオが短剣の持ち方を変え、しゃがんだ_______ように見えた。


「漁夫の利ってやつだあ!」


 生徒の一人……今年、ある二人の女子生徒を自主退学させた男子生徒が笑顔で叫んだ。


 その時、テオの涼し気な声がその頭を冷ました。


 短剣の先から、薄桃色の魔力が煌めく。



 __________〈呪詛・乱れ八重桜〉



 テオの姿が点滅した。


 ネイズは何かを察知し、自分を囲う結界を作り出す。


 テオを中心として、おおよそ半球状に無数の閃光が虚空に走る。




 閃光から、千を超える薄紅色の魔力弾が一気に放出された。




 広範囲に渡る攻撃。


 それは飛び掛かって来た生徒以外の、近くを偶然通りかかった生徒にも直撃した。


 無数の魔力弾が体を貫き、桜のような幻影を散らせて消える。


 儚く消えていく桜吹雪が、参加者の残機の消失を告げていた。


 襲撃した生徒の全てが、一秒後にはその場から消えていた。


 ネイズの防御結界にはひびが入り、そこかしこが凹んでいる。


 テオは一つ息を吐いた。


「ふう……やっぱ疲れる」


 次の瞬間には隙の無い構えを直し、魔力が嘘のように静まった。


 ネイズは息を上げ、薙刀を地面に突き刺し、支えにする。


「何が『疲れる』だ……」


「防御も魔力消費量多いからね。オレはまだまだ余裕だけど、君はもう六分の一も残ってないでしょ?」


 テオは短剣を突き付けた。


 下唇を噛み、ネイズがテオを睨みつける。


「……さよなら」



 短剣が心臓に押し込まれる______________________筈だった。



 テオの手から武器が零れ落ちた。



 地面に蹲るテオの呼吸は乱れ、青白い顔色が更に青くなっている。藤色の眼の焦点は合っていない。


 テオは歪む視界の中、短剣を手探りで探して拾い上げる。


 しかし立ち上がることは出来なかった。



「くっそ……こんな時に貧血かよ…………!」



 青い顔をしたテオは立ち上がろうとするが、虚しく地面に膝を付いた。


 代わりにネイズが動けないテオに歩み寄る。


 薙刀を振り上げ、ネイズは吐き捨てた。


「気の毒なことだ」


「君……卑怯だとか思わないの?」


「僕の目的はお前を脱落させることだ。安心しろ、またすぐに殺す」


「はっ、その時にはもう治ってるよ。…………こっちだってぶっ飛ばしてや」




 テオが言い終わる前に、薙刀が頭をかち割った。




 体が霧となって消える。その場には既にネイズは居なかった。


銀杏ぎんなん、臭くなってきたね

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