最上級の姉弟喧嘩
〈生灯〉!
ロザリエの大剣に炎が付与された。
燃え盛る刃が朱と白の縦一文字を描く。
豪炎の斬撃を回避し、アイレンの魔法陣は青白い電気を帯びる。
視神経が焼け付くような光が点滅した。
〈獄雷〉
歪な白い線が、裂けながらロザリエを狙った。
空気を切り裂き、弾けるような音が会場一帯に渡る。
地上のケディがか細い悲鳴を上げ、耳を塞いで蹲った。上空の二人は地上のことなど気にも留めずに戦闘を続けている。
〈岩壁〉!
黄土色の壁が雷を遮った。
白い光は壁に衝突し、やがて焦げ臭さを残して尽きる。
すかさずロザリエは壁を破壊して相手の目の前に飛び込み、大剣を振り上げた。
「おっと!」
頭をかち割ろうと下されたそれを防御し、アイレンが圧力に呻く。
ロザリエは更に力を加えた。
〈身体強化〉!
数十倍に膨れ上がった力が大剣を押す。
ぎりぎりと金属の軋む音が響く。
ロザリエは結界を破くことに集中している。アイレンは後ろ手に魔法陣を展開し、発動の準備を始める。
力に耐え切れず、防御結界が砕けた。
刃は勢いのまま、アイレンの頭に向かう。
〈幽風人〉
大剣は空を切った。
アイレンの実体が消え、その体が不可視の魔力の風と化す。
一筋の風が吹き抜け、何も無かったロザリエの背後に疲れを滲ませて新たな魔法を準備するアイレンが浮いていた。
「ふっ、この魔法、魔力消費が激しいな……」
「小賢しい技を覚えたものだ!」
魔法陣を足場にし、ロザリエが振り返ってアイレンに斬りかかる。
アイレンは体勢を整え、完成した魔法陣から光線を撃った。
ロザリエとの距離はほぼ無かった。
〈聖砲〉
一本の白い光が放たれる。
「ぬっ⁈」
ロザリエは大剣で魔法を防いだ。
しかし、直撃は避けても攻撃が消えるわけではない。大剣ごとロザリエの体は水平に吹き飛ばされる。
魔法が消えても勢いは止まらなかった。
アイレンはその軌道の先に回った。
そして剣を前に突き出した。
「おしまいです」アイレンはにやりと笑った。
このまま吹き飛べば、ロザリエは背中から剣で串刺しになる。かなり速く飛んでいるから咄嗟の防御でも余裕で心臓を貫かれる。
そこで初めて冷や汗が流れた。
「矢張り頭脳だけは一丁前か!」
高速移動の圧力で上手く働かない頭で何とか魔法式を描き出した。
〈疾風〉!!
吹き飛ぶロザリエの背後に黄金の魔法陣が出現する。
建物一つなど軽々と飛ばしてしまいそうな強風が背中を強く押し返した。
刃が刺さる直前、体が速度を落とし、停止した。
再び魔法を発動させ、アイレンが振るう片手剣を何とか回避する。
ロザリエは一回転して魔法陣の上に着地した。
「チッ……」
罠が不発に終わり、アイレンが舌打ちする。
「そのような罠で私を倒すなど百年早いわ!」
「ついさっき倒されかけてましたけどねえ」
「うるさい!」
黄金の魔法陣と、高貴な紫の魔法陣が展開される。
二人は同時に唱えた。
〈紅炎砲〉!
〈白氷砲〉
炎の魔法と、氷の魔法。
対立する二つの魔法がぶつかり合う。
耐えず互いを打ち消し合い、そこを発生源として豪風が吹き荒れた。
それは地上にも及んだ。
「うわああああああああ!!」二人の戦闘の丁度真下に居たケディは何とか木の幹にしがみ付いていたが、胴体と脚は地面と水平になっていた。
湖に波が立ち、木々の葉が枝を離れ、砂埃が舞う。
冷気と熱気が幾度となく爆ぜる。
「疾く倒れよ!」
「こちらの台詞です!」
魔法が解除された。
残響のように風はしばらく残り、尽きるまで地上を荒らす。
ロザリエが大剣を振った。
アイレンが一撃を躱し、ロザリエは刃の向きを変えて更に振り上げる。
〈幽風人〉
一度目よりも短い時間に発動した魔法によって、攻撃は空を切った。
一瞬の発動故にアイレンの魔力消費は少ない。
〈黒喰〉
アイレンが魔法を放つ。
魔法陣からは巨大な黒蛇の影が伸びた。
それは大口を開け、ロザリエを飲み込もうとする。
〈聖砲〉!
光が黒蛇の影を焼き払った。
その隙にアイレンはロザリエから距離を取る。
次の魔法を放とうとするアイレンを追い、ロザリエは姿勢を低くして足に込めれるだけの力を込め、一気に解き放った。
目にも止まらぬ速さで繰り出される斬撃を風魔法で回避するが、ロザリエは連続して同じような攻撃を使って来る。
アイレンは魔力を消耗し、ロザリエは加えて体力を消費していく。しかし互いに隙を見せれば即死だ。それだけの敵意がこの姉弟の間に存在している。
ロザリエとアイレン。二人は王家に生まれた双子の姉弟だ。特に王家では跡継ぎの都合上好ましく思われていない双子だが、父親である王と母である王妃は二人のことを平等に愛した。
二人はかつて仲の良い双子だった。アイレンは常に姉の後に続く、ロザリエにとっても可愛らしい弟であり、どこへ行くにも一緒で物の好みもよく似ていた。
だがその良好な関係は八歳にして崩壊した。
成長するにつれて、その思想の違いが顕著になっていったのだ。
二人はどちらも父親の跡を継ぐことを夢見ている。初めのうちは互いを高め合いながら夢に向かって進んでいった。
しかし八回目の生誕祭を迎えた頃から、二人の仲は段々と悪くなっていた。
情熱的で、人道を何よりも重んじるロザリエ。
理知的な現実主義者で、国民を愛す一方国の安定を最優先にするアイレン。
同じ血を分け人格者でありながらも、二人の思想のずれは時が経つごとに激しくなっていた。
今では喧嘩の絶えない、お世辞にも仲が良いとは言い難い敵同士となってしまった。
上空で二人は睨み合った。
「魔力を随分消費したようですね。姉上、そろそろ限界なのでは?」
「青い顔をして何を言う! 貴様こそ焦っているのが目に見えているぞ!」
上空でロザリエとアイレンは膠着状態になっていた。
二人はそれぞれの武器を握りしめた。
体に力が入っていく。
「矢張りお前とは分かり合えん!」
「私も同意見です」
二人の思考は、流石双子と言うべきか共通していた。
もう二人に魔力は殆ど残っていない。
生き残ったところで他の参加者に止めを刺され、今日の内に退場する可能性は限りなく高い。
だが二人にとっては些細なことだった。
今の目的は、目の前の好敵手を討ち取ること。後のことなど気にする必要は微塵もありはしない。
この膠着を終わらせる方法はただ一つ。
________斬り込む!
「それでは」
「決着だ!」
緊張感が空に走る。
ロザリエは大剣を大きく振りかぶった。
アイレンは片手剣を後ろに引いた。
荒れていた魔力が嘘のように静まる。
_________同時に魔法陣を踏み込んだ。
大剣が振り下ろされる。
片手剣が振り上げられる。
しかし、アイレンは完全に振り切らなかった。
剣から離した手をまっすぐに翳す。
その顔に浮かぶのは、誇らしげな策略家の笑みだった。
〈紅炎砲〉
瞬き一度の間に魔法が完成し、赤い光が青空を切り裂いた。
太い熱線がロザリエの胴体を貫通する。
(魔力に余りがあったか…………!)
一機消失。
ロザリエは目を見開いた。
________が。
「はああああああっ!!」
その体が霧散する寸前。
ロザリエは大剣で、勝ち誇った笑みのアイレンの体を両断した。
油断から碌に防御もしていなかった肉体は肩から縦に割れ、痛みの代わりに重い感覚が体全体に走る。
「なっ…………!」
アイレンは驚愕の声を漏らした。
「はははっ!」ロザリエは楽しげに笑った。「諦めぬぞ! 次に見つけたときは私が勝つ!」
「ふん! 貴女のような脳筋に負けてたまるものか!」悪態を吐くアイレンもまた笑顔だった。
結界の真下、空に浮き、二人の体は霧となって消えた。
その霧も青空の中に溶けていった。
・・・
ロザリエが飛ばされたのは、暗い森林の中だった。
上空から急に地上へ転移させられたため、姿勢を崩して倒れ込んだ。
人の気配も魔力もない静かな森でロザリエは木を背もたれにして座った。
(しばらくは魔力を貯めておかねば……)
魔法で姿を隠そうとした。
その時。
「ぐあっ………………⁈」
胴体を横に切り裂かれた。
別れた上半身と下半身は地面に落ちる前に消えた。
顔を確認しようにも、ロザリエを斬った人物は既にそこには居なかった。
・・・
「全く姉上は……つくづく腹の立つ戦法だ」
川の辺りで、アイレンはため息を吐いた。
しかし表情は生き生きとしていた。
身を隠すために木の上に飛び乗る。
(しばらくは戦えんな……)
そこに一筋、冷たい風が吹いた。
アイレンの頭が首から落とされた。
「何っ⁈」
木から落ちるアイレンの目は襲撃者の姿を捉えた。
「お前は______!」
名を叫ぶ直前、肉体が霧と化した。
・・・
アイレンはまた別の場所に転移した。
(残機は残り一つ……あと一度でも死ねば終わる……!)
奥歯を噛み締め、アイレンは体を起こす。
その場から離れ、どこかに隠れようと走り出そうとした。
だがそこに、見覚えのある人物が歩いてきた。
「うわっ⁈ アイレン様⁈」
自分よりも更に小柄で、少女としか見えない少年________テオ。
突然現れたアイレンに驚いているようだった。
「何だ、テオか」
「さっきまでロザリエ様と戦ってたのに、どうしたのですか?」
「襲撃を受けてな」
アイレンはそこまで言って苦い顔をした。
テオはそんなアイレンを不思議そうに眺めている。
「お前の残機はいくつだ?」
「まだ死んでないので、三つです」
「そうか、私は隠れる。生き延びるのだぞ」
アイレンはテオの横を通り過ぎようとした。
「…………あの、アイレン様」
テオの申し訳なさそうな声に、アイレンが振り返った。
その胸には、小さな縦長の穴があった。
気づかぬ間に、心臓を刃で刺されたのだ。
「…………っ⁈」
アイレンの体が消えていく。
三度目の死。
________終わった。
「これ、個人戦ですよ?」
最後に、テオの奇妙なものを見るような瞳と目が合った。疑う余地も無く、アイレンを刺したのはこの少年だった。
この実戦試験はバトルロワイヤル。普段が味方だからと言って背中を見せれば、敵として討たれる。ロザリエとの戦闘による疲労で完全に抜け落ちていた。
今この空間に味方は居ない。協力する意味がない。
「成程、私としたことが油断した。お前も敵だったな」
アイレンは苦笑いを浮かべて、完全に消滅した。
霧自体は一度目や二度目の死と変わらない。ただ、アイレンが転送されるのは森林のどこかではなく寮の自室だ。
一人残されたテオは、アイレンが居た場所を見詰める。もうそこには霧も残っていない。
「アイレン様、二度目は誰にやられたんだろ
う……」
暗い森に、小さな呟きが浮かんだ。
次の瞬間。
一人の参加者が、テオに斬りかかった。
テオは冷静にそれを流す。
襲撃者は地面で受け身を取り、立ち上がる。
そして体を半回転させて自分に向き直るその人物の姿を観察する。
そいつの得物は質素な薙刀。刃は美しく、一つの土汚れも付いていない。何人もの肉を切り裂いてきた筈が、刃こぼれも見当たらなかった。
平均よりは背が高く、眼差しは冷たく燃え上がる敵意に満ちている。
テオはその人物を知っていた。
人物は薙刀を構えていて、隙が無い。
テオも己の得物を取り出した。
_________それは一本の短剣だった。短剣と言うには少し刃が長く、人の首くらいは両断出来る。テオの魔力を帯び、それはそこにある空気を切り裂くほどに切れ味を増していた。
「ああ、そっか」不意にテオが言った。「当然アンタも参加してるよね」
空気が固まっている。
テオから静かに魔力が放たれる。
襲撃者が口を開いた。
「会ったことがあるか?」
低く、平坦なそれはその場の空気を僅かに下げた。
紺碧の髪。金色の瞳。他者を寄せ付けない気配。膨大な魔力量。だがそこにはしっかりとした知性がある。
「アイレン様の二回目、アンタでしょ?」
「王子か。そうだ、僕がやった」
襲撃者は冷たい声で告げる。
その体からも、濃く重い魔力が広がった。
あの時、共に特別昇格試験を受けた少年。
入学式で、全ての生徒に宣戦布告した人物。
テオは眉根を寄せて、自分の不幸を嘲笑うように言った。
「強敵に遭っちゃったかあ…………。ねえ?」
「内部進学首席、ネイズ・レーべニアさん」
技説明その3
〈夢見鴉の花籠〉
使用者:テオ
根源魔法、風魔法、闇魔法、炎魔法の組み合わせ技。闇魔法で作り出した鴉の影に、爆発の魔法と幻影の魔法の魔法式を付与している。テオの持ち前の計算力(奇術限定)で、何故かその軌道は対象物を中心とした巨大な球体になる。花の半分は幻であり、実際は大量の魔法爆薬をばら撒いている。残りの幻ではない花は風魔法の刃をどうにかして花弁らしく飾ったもの。
作者が東方好きなので、綺麗な技を出したくて三日かけて考えました。




