怒らせると意外と怖い人っているよね
「あのねえ…………」
脱衣所で、レムノスとディウルカとハルクは正座させられていた。
そしてその前にテオが呆れた表情を浮かべ、仁王立ちしていた。
テオの背後では、魔法で姿を隠したレイが着替えている。セノカならば絶対に覚えていない、超がつくほどどうでも良い魔法の使用法だ。
テオは寝ぼけて上手く回らない滑舌で言った。
「オレらは性別があって脆い分繊細なの! 兄さんだって脆仙だし、無防備な時、急に他人が目の前に来たら驚くでしょ! こう見えて兄さんの感性は一般人と大差無いんだから! 前世の銭湯でも」
「待てそれ以上は言わなくていい」
「とにかく、これからは人の入浴中に突然来ないこと! 分かった⁈」
テオはかなり大声で説教をしているが、音響遮断と幻影の魔法のお陰で気づかれる心配は無い。
レイは着替えを終えて脱衣所から出た。
前世は二十一の青年だっただろうに、今は更にとある理由も加わって恥じらう必要は無いというのに何故そうも嫌がるのか。
「でも前にセノカ様の着替え中、間違えて出て来たことあるけどセノカ様は『ああおはよう』で済ませてたよ?」
そもそも彼女の性自認はどうなっているのか、レイですら良く分かっていない。
テオも前世からかなり長い付き合いだが、レイに聞いたところ初対面時もあのような感じだったらしい。
「あの人は参考にしちゃいけません!」
「テオ様が繊細過ぎるんじゃないの? 見た目からして女みたいで精神弱そうだもの」
「あ?」
「そもそも僕は特に何にもしてないし、これで」
ディウルカが立ち上がろうとした。
テオの顔からみるみる表情が消えていくことには気づいていなかった。
「オレが女女言われるの嫌いだって知らなかったっけ?」
「そういえば言ってたね……あれ」
ディウルカはそこでようやく気づいた。
テオが能面も驚くほどの無表情になっている。
藤色の光が乾き切っていた。
「……へえ」
高い筈が、地獄の底から響いて来るような声にディウルかは固まった。
レムノスとハルクは居なくなっていた。
(あいつら…………)
重い空気の中テオと二人きりになり、沈黙が流れる。
やがて、テオは一言も発さずにそこを出て行っ
た。
「…………やばい……」
・・・
(確かテオ様のガクインの休み時間は今だった筈)
上空を飛んでいたディウルカは、姿を隠して屋根の上に止まっていた。
あれから六時間余り。
テオは友人たちと朗らかに会話しているが、未だ魔力は揺らぎに揺らぎまくっている。
つまり、今もムカついていた。
ディウルカが学院に来た理由はたった一つ、謝るためである。
そして現在、テオは手洗いに行こうと一人になった。
「よしっ」
ディウルカは手洗い場に転移した。
「テオ様」
丁度テオの正面だった。
テオは不快感をこれでもかと浮かべ、また他の底から響いて来るような声で言った。
「何」
その圧を感じる言葉に、ディウルカは一瞬心が折れかける。
「朝のアレ、謝ろうと思って。ごめん」
「…………ふうん」
テオは僅かに表情を和らげ、魔力の揺らぎを抑えた。
しかし。
「あの時は忘れてたけどテオ様、女顔なの気にしてたよね。嫌ならその髪、切ったほうが良いと思う」
_______空気が凍った。
「二度と来んなクソコウモリ」
・・・
「…………ティニー」廊下を歩いていたレイが、前を歩く友人の肩を叩いた。
「ん、何?」
「腹が痛い。手洗いに行って来る」腹をさすりながら掠れ声で言った。
「おー」
・・・
「ロザリエ様、忘れ物をしてしまったので、お先に行ってください」
「分かった!」
・・・
「で、何の用だ」
異空間に潜ったレイとセノカの前には、ボロボロになったディウルカが立っていた。
ディウルカは膝から崩れ落ちた。
「テオ様にキレられた…………」
「……は?」
案外素っ頓狂な声が二人から漏れ出た。
そしてディウルカの肩を掴んだ。
「おい、一応聞くが、それは外見についての話か?」
「痛い痛い! そう! 女顔いじったらキレた!」
レイは肩から手を離した。
青ざめた顔でほっと胸を撫で下ろす主人の兄姉に、ディウルカは涙目で疑問符を浮かべた。
すぐに二人は普段の調子に戻った。
「それで、今も怒りが収まらないのか」
「うん、謝ったのに」
「どんな風に」
「えーっと…………」
ディウルカはテオに言った凡その内容を伝えた。
レイは頭に手を当てた。
セノカは微妙な目つきで見下ろした。
「それは怒る」
「僕謝ったことないんだもの。基本的に一人だったし、失敗したことないし。脆仙どころか神鬼の謝り方も知らないよ」
外傷を全て治し、平気な様子で言い放った。
頭を抱えていたセノカが顔を上げた。
「ふむ……確かテオは…………」
「なになに?」
・・・
全ての授業が終わり、生徒たちは寮の部屋に帰っていた。
テオの部屋は寮の最上階にある。
そこでテオは先程まで貼り付けていた笑顔を剥いだ。
不快感の原因が、部屋に入っていたからだ。
「来んなっつったろうが」
「申し訳ありません」
思った以上に丁寧な謝罪に、テオは言葉を詰まらせる。
不機嫌そうにベッドに座り、足を組んで舌打ちした。
「あのお……」
ディウルカは手に持ったそれをテオに差し出す。
自分を睨みつけていた目が見開かれた。
黒猫のハンカチ。
昼、脆仙に擬態してレイとセノカに貰った小遣いで買ったものだ。
(本当にこれで良いの?)
ディウルカは頭を下げたまま魔法で主人を見た。
______満更でも無い様子で贈り物を握っていた。
「分かったよ。許してあげる」
「ありがとう」
「今回だけだからね!」
「充分承知しております」
・・・
「機嫌は治ったか」
「本当に助かった」
異空間でディウルカは額を地につけた。
レムノスとハルクもしれっと戻って来ていた。
「いやー、死ぬかと思ったよ」
「そのままくたばれば良かったのに」レムノスが小さく呟いた。
それを無視してディウルカは土下座をやめ、草原の上で胡座をかく。
「ちょっと気になったんだけど」
「何だ」
「テオ様がキレたって言った時、二人とも妙にビビってたけど何かあったの? もしかして僕よりいじってブチギレられたとか」
「セノカ様は貴方とは違う」
「主も」
レムノスとハルクがディウルカに詰め寄る。
______一方で、セノカとレイの顔色は段々と悪くなった。
滝汗が流れ、呼吸が乱れ、若干の震えも見受けられる。
「え……そんなに?」
従者達は目を見張った。
セノカもレイも無表情で魔力に揺らぎは無いが、体が明らかに何かに怯えている。
感情と言うより、身体が恐怖しているようだ。
二人は首を横に振った。
「何でも無い」




