少女でも大志を抱く
(しかし…………)
教室で書物を整え、セノカは内心溜息を吐いていた。
退学を阻止されてから十日。授業は全てが予想通りの内容、予想通りの口調、予想通りのテンポ。
学院生活は新鮮に違いないが、気分はまるで何度も見た退屈な映画を見せつけられているようだ。
数分で学院内の勢力図も全て分かってしまった。
(思っていた以上に無意味な時間だ)
現在教科書を整理しているのも、生徒としてこの集団に自然に溶け込む以外に意味は無い。
やることがあまりにも無さすぎるので、授業中は発言を書き取る傍ら外に飛ばした視界で人間観察を続ける毎日。
ついでに兄と弟を覗くと、レイもほぼ自分と同じことをしていた。テオのほうはバカ真面目に授業を受けている。
今この瞬間も、セノカの視界はどこか遠い場所に飛ばされていた。
整理を終え、立ち上がろうとした時。
「貴様がセノカとやらだな!」
と、快活な少女の声が言った。
視界を戻し、声がした方向を見る。
「貴女は…………」
そこには胸を張って仁王立ちする美少女と、その取り巻きらしい別の女子生徒達が居た。
仁王立ちの少女は胸に手を当て、更に声を張った。
「私はロザリエ・ミリージオ・ファル・クラニスタ! クラニスタ帝国の王女である!」
「お初にお目にかかります」
「一応会うのは二度目だ! 五歳の頃に披露会で見かけたぞ!」
「覚えていましたか」
「三つ子などそう忘れるものでもあるまい!」
普段からこのような喋り方なのか、声はよく響くが喉を痛める様子は見せない。
故に、良く目立った。
学院生全員の情報を持ってはいるが、一応セノカはロザリエの取り巻きにも目を向ける。
「そちらの方々は?」
「私の友人兼部下だ!」
ロザリエは仰々しく、そこに立つ三人を腕で指し示した。
その内一人、ロザリエ含めた四人の中で最も背が高く落ち着いた少女が前に出た。
「初めまして、ヘラー・メユトリアと申します」
ヘラーはにこりと微笑んだ。
続いて名乗ったのは、無愛想な表情の少女だっ
た。
「…………メルヴィ」
「苗字まで名乗らねば平民になってしまうぞ!」
「チッ……メルヴィ・リオエスティです」
「えっ、えっと、ええ…………シャノン・マリンワーズです」
最後に一番後ろに居た小柄な少女がか細い声で言った。
金髪に紅い瞳の組み合わせは、可憐だが人外じみた気配を宿している。
「はあ……それで、ご用件は何でしょう」
「貴様は編入生であろう! どうやら友人も居ないようだ!」
「はっきり言いますね」
(事実そうなのだが)
ロザリエは指をびしっと差した。
吊り目と縦ロールは性格が悪そうにも見えるが、実際の所ロザリエ、と言うより王族の国民からの評価は高い。
「そこで、私は貴様を友人にしようと思うのだ!」
「友人?」
「そう、友人! この学院では上級貴族共がおかしな派閥を築いている! 何弁咎めても聞かないのだ奴等は! なのでこうやって、無所属の者を勧誘している! ヘラーは元から私の付き人だが、他の二人は私から誘ってここに入った!」
ロザリエは全く声を落とさない。
五人は酷く目立ち、シャノンは俯きメルヴィは周囲を睨んでいる。
ヘラーは、やれやれとでも言いたい風に頭に手を当てている。
(……)
〈記憶改竄〉
〈幻影〉
〈幻音〉
セノカが三重に魔法を放つ。
周囲の人間は何事も無かったかのように世間話を始め、ロザリエの言葉は聞こえなくなり、その場の光景は生徒同士の会話に変わった。
魔法の内側では未だ勧誘が行われていた。
(…………記憶はいつでも改竄出来る)
都合の良い時はしてしまえば良い。その気になれば関係を断つことも可能だ。
友人を作ったとしても不都合は無い、という訳だ。
しかも相手は王族、好都合なことのほうが多そうだ。
「では」セノカは席から立ち上がり、辞儀した。「こちらからもお願いさせて頂きます」
青髪の混じる長い白金髪が揺らいだ。
四人はセノカを見詰めていた。
「…………何か?」
「いや、意外と長身だな貴様! それに外見も麗しい!」
「どうも」
ロザリエは外套を大きくはためかせ、踵を返した。
また仰々しく腕を振る。
「では次の教室へ向かうぞ! 着いてこい!」
・・・
「メルヴィ様は」
「呼び捨てで良い」
ロザリエを先頭にし、廊下を歩いていたセノカは斜め下のメルヴィに目を合わせた。
「メルヴィの兄上はフィロイドではなかったか?」
「ん」
「君自身で派閥を作ることも出来ただろう」
メルヴィは面白くなさそうに口を尖らせた。
「皆兄様のことばっかりで私に興味が無い。そんな奴等と仲間になっても退屈なだけ。ロザリエ様はちゃんと私のことを見てくれたから、私はあの人の派閥が良い」
その目線の先には、遠慮など知らず堂々と歩く王女の姿があった。
その時セノカの横から、おずおずとシャノンが頭を出した。二人の間には娘と父親程、身長に差がある。
「……私もロザリエ様に感謝してるんです」シャノンの目はどこか切なげだった。「私、目が赤くて髪が金色でしょう、それで、ずっと………………」
「シャノン!」
制止するようにメルヴィが叫ぶ。
「良いんです」
メルヴィは優しく笑って見せた。
そして続けた。
「ほら、私の外見って吸血邪仙に似てるので…………でもロザリエ様、そんなこと気にせずに友人にするって言ってくれて……」
「そうよ、あの人あんな感じだけど、人柄は良いもの」
ヘラーが話に混ざった。
自分の話題が挙がっているなど知りもせず、ロザリエは相変わらず胸を張って前進している。
「あの人ね、次の王になりたいんですって」ヘラーはふわりとセノカを見上げた。「とても優しい人で賢いの。視野は狭いけど」
「そうか」
「おい貴様ら歩くのが遅いぞ!」
ようやくロザリエが振り返った。
四人めがけてずかずかと歩いてくる。
「はあい、急ぎますよ」
ヘラーが小走りになる。
メルヴィ、シャノン、セノカの三人がその後に続いた。
ヘラーは小さく後ろに顔を向けた。
「これからよろしくね」
「ああ」
と言いつつ、三人よりも手足の長いセノカが一番にロザリエに追いついたのだった。
「何か話していたのか!」
「ただの世間話です」




