入学式
学院ではこの日、入学式が開かれていた。
まず生徒には制服が配られ、既にほぼ全員が着終わった状態で院内の広場に集まりつつある。
内部進学生含めて全員の表情に緊張が滲んでいる。
しかし二人だけ、余裕のある佇まいの生徒が居た。
誰よりも目立っていそうで目立っていない、テオとレイだった。
「似合ってるね」
「そうか?」
男子制服は、女子と共通の夜空の色を溶かした外套、黒いシャツと洋袴、深い紺のベスト。紐タイには小さな宝石が付いている。軍服風でシンプルだが所々に装飾が入り、帝国一の学院に相応しい上品さを放っていた。
少し動けば、外套が夜空に波を起こす。
長身のレイが着ると、それは更に美しくはためいて見えた。
「問題は…………」
テオは女子生徒の制服を横目で確認した。
外套の下のそれにはいくつか種類があるが、半数以上はそのデザインだった。
風が少し吹けばまずいことになりそうな短いスカート、胸元の空いたシャツ、脚の白さと細さを強調するような長い靴下。
つまり、女子制服はかなり露出度が高かった。
「前に田中さんから借りた転生ものもそうだったけど…………」テオは顔を真っ赤にして小声でレイに叫んだ。「女子制服ってなんであんなんなの⁈」
「俺に言われても困る」
「姉さんがあれ着ると思う?」
二人はあの露出度の高い制服を着るセノカを想像した。
……………………似合わない。というかそんな姿が浮かばない。
配られた瞬間制服を燃やすセノカのほうは容易に想像出来た。
「着ないね」
「着ない」
二人して頷いた時。
「何の話をしている」
いつもの、感情の抜け落ちた低めの声に、テオは肩を震わせて跳び上がった。
セノカが立っていた。
男子制服を着たセノカが。
「男子制服…………」
「服の改造と選択は可能だと聞いたが」無駄に似合う男子制服の外套を揺らし、セノカは二人に歩み寄った。「ならば女子が男子制服を着ようが問題あるまい」
「姉さんが女子、ねえ」
「お前のほうが女に近い」
「何だとコラ」
テオは相変わらず一本だけ妙に長い三つ編みを垂らし、事前情報が無ければセノカでも男子と見破れないほど見た目は完全に美少女だ。女子にしても低い身長も原因の一つである。本人も身長を気にしているし、前世が長身だったために低い世界に慣れず、今でも時々上手く歩けなくなる。
「ほんと、認識阻害魔法が無いと大変だったね」
「何故?」
「そりゃあ………………」
セノカとレイの容姿故である。
二人とも長髪の似合う長身に細い体格、何より国宝級に顔が良い。
阻害さえ無ければ、今頃この場は黄色い歓声で埋め尽くされていただろう。
(いや)
セノカとレイの心の声が重なった。
(どう意味かはよく分からないが、多分こいつが一番まずい)
二人は弟をちらりと見遣った。
最早容姿がこの世の者の常軌を逸している。静止していればよく出来た人形か、妖の類にしか思えない。
何故か前世からテオは妙に顔が整っている。
本人に自覚は無いようだが。
「何?」
「何でもない」
テオが何かを言おうとした直前。
「まもなく始まります、クラス別に分かれて下さい」
生真面目そうな教師の声が三人の会話を絶った。
テオが手を振って走り去り、レイはその場からふっと消えるように離れる。
生徒達が並び、椅子に腰掛けた。
会場が静まった。
セノカが何となく隣を見れば、皆背筋を伸ばして目を見開いている。
その時。
「やあやあ、生徒諸君」
甘い、軽やかな男の声が会場に反響した。
突然のその声に、女子生徒が歓声を上げる。
彼女らの視線は天井近くを向いていた。
そこには一つの人影があった。
「編入生は初めましてかな」
男は空中から壇上へ、殆ど音を立てずに降り立った。
羽織っていた茶褐色の外套が広がる。
栗色の髪に、深い海を宿した瞳。甘い笑みが緊張感を包んで溶かす。
その美青年は、拡声魔法で艶めいた声色で会場を満たした。
「私は帝国立第一学院長でありフィロイドストーン、シラー・グリーニャと申す者だ。元学院生だから、一応君たちの先輩にも当たる」シラーは演じるように続けた。「何、私は長話がどうも苦手でね。君たちも大人の話を長々と聞かされるのは勘弁だろう。なので、一言だけ言って私の話は終わりだ」
「存分に学び、存分に楽しんでくれ給え。以上!」
シラーは壇上から姿を消した。
「短っ」と誰かが零した。
『あー、次は首席合格者の挨拶だ。内部進学から始めてくれ』
どこからか、拡声魔法でまたシラーの声が響いた。
セノカの隣の女子達は、未だ頬を赤らめてうっとりと虚空を見つめている。
男子を除いて濃厚な空気を裂いたのは、一人の少年だった。
「この度は、学院生として壇上に立たせてもらったことを非常に嬉しく思う」
細身だが鋭く、その場の全員を拒絶する目つき。
内部進学首席合格者、ネイズ。
淡い金の瞳は三つ子が試験会場で見た時よりも更に、冷たい闘争心で燃えていた。
「だが、僕は学院長が言ったように学院生活を楽しんで終わらせる気は無い。僕が求めるのはただ一つ、実力だ」
シラーとは真逆の、重い感情の乗る少年の言葉は会場の空気を硬化させた。
心臓を圧迫するような威圧感に、上の空だった女子達も姿勢を固めている。
「学院に入った以上、そこに求めるのは力だけ。他者と馴れ合い、物事を怠るような愚者共は必要無い。国内最高峰である学院、そのような愚者を排し、力を求めることこそが我々の務め。…………僕が言いたいのはそれだけだ」
ネイズは外套を翻し、端の幕の中に消えた。
張り詰めた空気が残された。
(流石はレーべニアの嫡男)
シラーは笑みを濃くした。
『次』
ネイズに代わって、長身の少年が壇上に現れる。
襟足の伸びた、青髪の混じる金髪。片目が隠れているが、それはその少年をより幻想的に作り上げている。
藍緑の瞳が、冷静に前を見据えた。
テオがくす、と笑い、セノカは特段変化しない表情でレイを眺める。
普段とは似ても似つかない優しげな顔で、まさに挨拶、と言った風な、形式じみた内容が語られた。
・・・
かくして、ネイズの噂が流れることも、レイが注目されることもなく入学式は終了した。
ネイズについて生徒が話を挙げなかった理由は、テオの親切だった。
曰く、「あの人、絶対孤立して陰口叩かれる」とのことだ。
ちなみに壇上から戻って来たレイは、矢張り演説していた数分の面影など綺麗さっぱり消え失せた無表情だった。
レイはその後、テオとセノカに感想を述べ、そして述べられた。
「緊張した。頑張って考えた」
「そうか。ごく一般的な内容だったぞ」
「…………自然だったよ!」




