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特別昇格、後編

 五日前。


 イーグへの報告が済み、異空間に潜った後。


「フィロイドストーン昇格試験の訓練を行う」


 セノカが仁王立ちの体勢で告げた。

 しかしその、宣言するような声色はすぐに崩れた。


「と、言いたいところだが、正直決まった動きは無い」


 テオとレイが首を傾げる。今現在、この面子の中で最も優れた頭脳を持つのはセノカだ。基本的に二人はセノカの指示に従って動いている。


 レイは数秒としないうちにセノカの言葉の意味を理解した。


「レムノス達を呼んだ七日後から十日後にかけて魔力を貯蔵していた時期があっただろう」


「ん、今も貯めたままだよね。今更だけどこの魔力、何のために用意したの?」


「昇格試験のためだ」レイが答えた。


「その通り。試験当日の動きに関する指示は特に無い。まあ、あるとすれば、一度に大量消費して魔力が枯渇しないよう注意しろ、くらいだ。要するに」




「やりたいように、全力でやれ」




・・・




 試験官の作り出した巨大な異空間で、テオと人形は宙を駆けていた。


 試験開始から約四分、人形の繰り出す上級魔法を舞うように避け、テオはステッキを振った。


 その頭の軌道を描くように、白い閃光が一瞬走った。


 閃光から八匹の、魔力で作り出された黒猫の影が人形を目掛けて走り出す。


 ほぼ音速にも近いそれは人形の体をかすり、金属に小さな傷を残す。そしてそのまま空のどこかで消えた。


 人形が手をかざすとそこから無機質な鼠色の魔法陣が浮かび上がり、大量の炎がテオに殺到する。


 テオが再びステッキを振ると、炎はまるで息を吹きかけられた蝋燭の火のようにふわりと消えた。

 煙の中から人形がテオに襲いかかる。


 しかしそこに居るはずの少年の姿はどこにも無かった。


「こっちだ」


 テオの声がした。


 黒い手袋のはめられた細い手が人形の背中に触れている。


 その掌と背中の間に、一つの光が生み出された。

 光は膨張する。人形が反応するよりも更に速く。


 ついにある瞬間、光は爆発した。


 人形の体は下へと吹き飛ばされた。


「うーん、頑丈だね」体勢を縦に半回転させ、空中に降り立ったテオが呟いた。「これでも凹み程度か」


 見下ろした先の人形が光線を放つ。


 同時に人形自身が弾丸のような速度で空へと飛び上がった。


 光線を軽くかわしたテオはステッキを前に構えた。


「あんまり時間をかけても姉さんに怒られるから」テオは口惜しげな笑みを浮かべた。




Wel()come() to ()the ()last() sho()w!()





夢見鴉の花籠(エフェメラルレイブン)



 テオの背後に六つの魔法陣が出現した。


 黒い魔法陣から、計六体の巨大な鴉のような鳥の影が人形を貫こうと飛びかかる。


 鴉は黒い体に白い光を纏わせていた。


 人形は鳥の影に風刃を放つ。

 しかし鳥は止まらない。影には一つの裂傷も無い。


 実体が無いのだ。


 と言うより、人形からの干渉が不可能となっている。


 影が通り過ぎた場所には奇妙な物が残されていた。


 色とりどりの、無数の魔力の花。


 鳥の翼が人形に命中した。鈍い金属音と共に、人形の右腕が捥げた。


 感情が無い故に、人形が動揺することはない。変わらぬ様子で影の突撃を避け、テオを狙う。しかし影に邪魔され、更にテオから離れていく。


 六体の鴉に同時に襲撃され、流石の人形も全てを避けきるのは困難になってくる。右腕の次は左腕を捥がれた。


 鴉は縦横無尽に動き回る。


 その時、人形は現状を感知した。


 鴉がその軌道上に散らしていた、美しい魔力の花。それが幕のように、人形を中心として巨大な球を形作っている。


 幕の内側は蜘蛛の巣のように幾つも花の糸が張り巡らされていた。


 花で逃げ場が塞がっている。


 鴉の影は既にそこには無い。人形一体だけが、薄桃色と空色の帯に囲まれている。


 炎を放っても花は燃えなかった。鴉の影と同じ、干渉不可能な魔力の塊。


 球の外で、不意にテオが指を鳴らした。



「_____鴉は君だよ、人形さん」





 花は、花弁の刃を吹き荒らしながら爆ぜた。



 重なる爆風が人形の体を破壊し、爆炎が体を溶かす。


 白い刃の旋風が体を切り裂く。


 花の散る美しい幕は煙も炎も、熱ですら通さず、中の爆発で更に美しく輝いている。


 閉じ込められた人形は、ひたすらに完全に破壊される時を待つことしか出来ない。


 どろりと体は溶け、切り裂かれ、人形の原型は時が経つごとに失われていく。


 やがて炎が晴れた。そこに人形の姿は無かった。


 爆風が吹き荒れていた幕の中は静かで、既に熱は消え失せている。


 それを上空で眺めていたテオが笑いながら言った。


「フィニッシュ」


 その言葉に応えるかのように、薄桃と空色の球体が弾けた。


 巨大な花火が咲いた。


 青い晴天に浮かぶそれは、しかしはっきりとその光を地上に落とした。


 試験官の動揺を滲ませた合図が聞こえたのは、それから数秒後のことだった。



・・・


 セノカとレイの試験も同様だった。


 テオと違うのは、二人と人形の決着が着くまでにかかる時間が酷く短かったことだ。




 異空間に立ち、セノカと人形が向き合う。


 緊張感の張り詰める光景を、試験官の合図が破いた。


 人形が宙に浮く。

 その瞬間に勝負は決まった。


 〈裂氷〉と、セノカが念じるのとほぼ同時の出来事である。


 人形が砕け散った。


 断面は白く光を反射していた。


 凍っている。


 全身を氷漬けにされた状態で動いたために、体が割れたのだ。


 流石に試験官も大口を開けていた。




 レイの試験は単純だった。


 合図と共に戦闘が始まる。


 その直後。



 レイの正面に、巨大な梔子色の魔法陣が現れ、瞬き一度の間に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 監視していた試験官が目を細めた。


 そして再び目を開けると、異空間には信じ難い光景が広がっていた。


 焼け野原となった地面。裂けた雲。煙一つ残さず消失した人形。


 テオのように見た目重視で迫力重視の試験と比べて芸術性もクソも無い結果を出したのが二人だった。


 試験官に帰るよう指示されたのは、三人の試験が始まってから四十分にも満たない時間である。




・・・



「初めてではないでしょうか、首席合格者の試験突破は」


 会場を片付けていた試験官の一人が同僚に言った。


「そうかしら。確か七年前、オルバ様も首席から合格なさった筈よ」


「ああ、あの人もそうか」


 二人は目を合わせずに掃除と撤去を続けていた。


 そこに一つの足音が入って来た。


「おやおや、もう終わってしまったのかい」


 凛とした響きを持つその声に、二人が振り返った。


 女性の試験官は顔を赤らめた。


 一方で老人の試験官は呆れたように肩をすくめた。


「誰かと思えば」その人物に歩み寄り、老人が言った。「学院の仕事はどうしたのですかな」


「良いだろう別に。もう仕事は片付いたんだ」





「そんなことより、面白そうな話をしているね。私にも聞かせてもらえないか」

 



 人物_______帝国立第一学院の学長、そしてフィロイドストーンの一人、シラー・グリーニャは、唇で弧を描き、妖しく微笑んだ。

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