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特別昇格、前編

「…………首席」



 三つ子宛てに屋敷に飛んで来た白い鴉の足に括り付けられていた書類を開け、セノカの部屋に来ていたレイが、妹弟の書類にも記されている結果を読み上げた。


 やたらと長ったらしい本名の下には、『合格』『編入試験首席』の文字、そして学院長の印が押されていた。


『首席合格おめでとう。五日後の昇格試験と八日後の首席挨拶に備えておくように。挨拶は一人に決めてね』


 学院長からの言葉だった。


「やったあ! オレも首席だってさ!」三人の中で唯一、テオが弾んだ声を上げた。「嬉しくないの?」


「ウレシイ」「ウレシイ」


「そうでもないんだね」


 既に鴉は窓から出て行った。窓辺には大きく白い羽根が一本落ちている。


「挨拶役はどうする」


「無難に兄さんで良いんじゃない?」


「挨拶に関しては特に危険性も無いし、どちらにしても生徒全員の記憶を改竄すれば解決する。お前が出来ると言うならば私もテオの案に賛成だ」


「承知」


「……」テオは小さく挙手した。


「何だ」




「どうして二人はそうしてまで実力を隠そうとするの?」




「オレは別に目立ちたい訳じゃないけど、何か二人は徹底し過ぎてる気がする。それにフィロイドになる目的だって分からない」


(_____…………ああ)


 そうだった。こいつは子供のような性格をしてはいるが使っている脳はあの幽鬼と同じなのだ。まあその幽鬼は現在生死不明だが。そして一応享年十九歳、自分達の隠密行動の不自然さに勘付いても不思議ではない。


 しかし取り乱すことでもない。聞かれることは想定済みだ。


「テオ、私達に与えられた天与魔術(ホーリーギフト)は五つだな?」 


「うん」


「私はその内二つをお前に見せている」


「ん? いつ?」


「自分で思い出せ。…………未だ知らせていない魔術がある。そのうちの一つ____未来予知で私は数年後を覗いた」


「未来予知⁈」


 勢いよく立ち上がった拍子にテオの座っていた椅子が倒れた。


 勿論嘘だ。しかしこれくらい衝撃的な内容の方が虚言は通りやすい。特にテオの知るセノカの性格からしてふざけてそのような冗談を言う筈もない。

 職業柄、相手を騙すことには常人の何倍も長けている。


「そう遠くない未来、フィロイドによる魔王との交渉が失敗する。大した被害は無いが、脆仙は他の種族から更に軽視され、いつか侵略または内乱が起きる可能性が高い。今のフィロイドでは誰が交渉に向かっても結果は変わらん。だから私とレイが交渉役になるしかない、という訳だ」


 テオは真剣な眼差しでセノカの話に聞き入っている。


「お前には交渉役ではなく私とレイの補助として不在の間は国の護衛に当たって欲しい」


「う、うん?」


「それと三つ子は居るだけでも目立つのにその上に首席合格などが追加されれば毎日動物園状態だぞ」


「それは確かに嫌だ!」


「理由は以上だ。満足か?」


「まだ聞きたいことはあるけど、今のところは満足」


 テオは椅子を立て直した。


 異空間から盗み聞きをしていたレムノスとディウルカが安堵した気配があった。ハルクは現在レイの多忙さ故に中々稽古に付き合って貰えないため、数日前に「修行に出る」と告げてどこかへ飛び去ってしまった。

 その時に「修行が済んだ暁には特大の獲物を土産にしてやる」と言われたが、要らない…………と口に出す寸前にもう飛んで行っていた。

 主達は特に心配することもなく待っている。


「では、五日後に備えて異空間に集合だ」


「りょーかい!」「了解」


 二人が頷く。それを確認したセノカは椅子から静かに立ち上がった。


「その前に…………」



・・・


「父上」


 書斎で書物に目を通していたイーグの正面に、いつの間にかセノカが立っていた。

 イーグの椅子が揺れた。


「おお、どうした」


「合格しました」


「そうか、合格したのか」


 顔を上げるとセノカの姿は既にそこには無い。


 一つ、頁を捲る音が寂しく広がり、消えた。


「…………何て?」



・・・



 時は少し経って、五日後のフィロイド試験会場。


 現世で言う、三人には縁の無い英検とやらとは異なり、今回集まる受験者は三つ子を含めて五人だけであった。


 一人はいかにも優秀な騎士といった風な男性で、生真面目そうな顔で何やら文学書を読み、時々眼鏡を指で押し上げている。テオが「THE()って感じだね」と呟いた。


 もう一人は三つ子と同じ年の少年。背筋の伸びた姿勢と質の良い服からして貴族だろう。長い紺碧の前髪の下の鋭い目つきで何かを考え込んでいる。


 セノカとレイは少年の素性を知っていた。


 帝国立第一学院内部進学首席、ネイズ・アユセーネ・レーべニア。十四歳にして上から二番目のビルミナティアを獲得した秀才。


 しかしネイズはというと三つ子のことなど眼中に無いようで、入場の際も反応を見せなかった。


「兄さん、あの人誰」


「内部進学の首席だ」


「へー…………挨拶して来ていい?」


「無視をされて傷つきたくないならやめておけ」


 駆け寄ろうとするテオをレイが手で制止する。


「そんなに無愛想なの?」


「俺も詳しいことは知らない。だがレーべニアは徹底した実力主義の家系だ。そういった連中はお前のような軽快な人間を嫌う」


「てことは姉さんより酷いの?」


「おそらくは」


「誰が何だと?」二人の背後に回っていたセノカが言った。


「いえ」「何でも」


 レイとテオは天井の隅を見た。


「今から試験を開始しまーす。呼ばれるまで控え室に待機して下さい。今回は体術試験を受けるのが一人だけということで、魔法試験の方はしばらくお待ち下さい」試験官は眼鏡の騎士に顔を向けた。「それではまず、コフ・ゼバーノ」


「はい」


 呼ばれた騎士の上に魔法陣が現れる。その中から、ゆっくりと木剣が落ちて来た。


 コフは木剣を受け取り、構える。


「他の方はそこの控え室へ」


 三つ子とネイズは試験官に示された扉に歩いた。

 入室の直前、受験者達が使った反対の入り口から等身大の球体関節人形が入場した。


 最後にレイが入った時、室内の壁には外の体術試験の様子が中継されていた。




 コフと人形が戦っている。


 人形は特殊な金属で構成されていて、並の付与魔法による武器の強化では傷一つ付けることは不可能だろう。


 体術試験と言っても、何も単純に体術で戦う訳ではない。魔法の面で劣る者のために用意された試験だが、採点されるのは体術以外に付与魔法と身体強化魔法も含まれる。この二種類の魔法の魔力消費量は少なく、一般人程度でも扱うことが出来るからだ。しかし本当に体術だけで乗り切れるならそれでも良く、減点にはならないらしい。偶にそのような化け物が現れるからだそうだ。


 コフはかなり体術に優れているが、それでもまだ「優れている」の範疇に留まる。魔力量は一般人程度。


 人形の動きに翻弄され、攻撃を受け続けている。


 人形に入るダメージはそのままだが、受験者へのダメージは無効化され、試験官の持つ水晶に送られる。人形が行動不能となるか、水晶の光が消えれば試験終了だ。


 コフの身代わりである水晶には無数のひびが入り、あと一撃でも受ければ発光をやめそうなほど追い詰められている。


 無理も無い。例えどのような自信があろうとも、一般人より優れている程度ではフィロイドには到達出来ない。


 入手した情報によるとコフは現在、上から三番目のルズディアイトの騎士らしい。昇格においては飛び級も珍しくないし、コフの実力はルズディアイトの中でも上のほうだ。


 しかし級ごとの実力差は、ビルミナティアとフィロイドの間で格段に上がる。


 未だルズディアイトに留まるような者が飛び級を期待するだけ無駄だと言うことだ。


 コフにもう一撃が入ると同時に、試験官の手元の水晶から光が消えた。

 人形は動きを止め、試験官が終了を伝える。


 余程の自信があったのか、コフは呆然と俯いていた。





 魔法試験で最初に呼び出されたのは、内部進学首席のネイズだった。


 控え室では、途中から中継映像に飽きたように参考書を読み始めたネイズにもかなりの自信があるようだ。


 魔力量は常人の域を遥かに凌駕していた。これならフィロイドに届く可能性は充分にある。



 だが__________




「そこまで!」



 試験官の手元、ネイズの水晶にはひびが入り、光は無慈悲にも消えていた。


 中継映像でもその様子はよく分かった。


 ネイズはコフと同じ、しかし現実を受け止めた悲痛な表情を浮かべていた。


 原因はほんの一秒の出来事だった。


 それまでネイズは苦戦しつつも何とか優勢を保っていた。しかしある瞬間、ネイズの魔力が不自然に途切れたのだ。


 その僅かな隙を突かれ、ネイズは負けた。




「どういうこと?」


 控え室に居たテオがレイを見上げた。


「これが正解とも限らないが」レイは中継映像を眺めたまま答えた。「日頃の無理が祟った結果だ。過度な疲労は予期せぬ時に足を引っ張る。ネイズの顔を見るに、四日は睡眠をとっていないだろう」


「嘘、四日⁈」


 テオが驚きの声を上げる。


 それを尻目に見ていたセノカは昔の同僚を思い出した。


(七日連続記録保持者が何か言っている)


 思い出せば、其奴の目の下にもよく隈が浮かんでいた。本人はそんなことを覚えてすらいないが。


 ネイズの家は徹底した実力主義、その嫡男、しかも今までに類を見ない秀才が現れたともなれば両親の期待は凄まじいものとなるだろう。

 おそらくネイズの疲労はそこから来ている。


 レーべニア家の親族からフィロイドが出ていることが、異常なまでの実力主義の原因だそうだ。その家に対抗心を燃やし続けて今に至る。


「そっかあ、でもオレ達はちゃんと休息をとってるから大丈夫だよね」


「多分な」


 テオは胸を撫で下ろした。


 控え室の外から、ネイズの足音が響いてくる。


 と同時に、控え室の壁に設置された魔法陣から試験官の声が、テオの名前を呼んだ。


「呼ばれちゃった、行って来ます」


 ぎこちない動作でテオは扉を開けた。


・・・



「では、説明に入ります」老年の試験官が言った。


「基本的なルールは体術試験と変わりません。ダメージを肩代わりするこの水晶が発光を止めれば不合格、その前に相手である人形が行動不能となったら合格となります。魔法試験は大規模なものとなる場合があるため、我々が作り出した異空間の中で戦闘を行ってもらいます。…………よろしいですか?」


「はいっ!」真っ直ぐに背筋を伸ばしたテオが上擦った声で叫んだ。


 少女のような少年の初々しい姿に、試験官の何人かが娘を見るように顔を綻ばせた。


「では、開始です」





 異空間は草原だった。いつも三つ子が訓練を行うのに使う空間と大差無い作りになっている。


 テオの前には例の球体関節人形が一体立っている。他には誰も居ない。


 テオは弾けるような笑顔を見せた。


〈物体生成〉


 体に黒い布が巻き付いていく。


 手と脚と胴体を覆い、それは派手にも質素にも見える奇術師の衣装を作った。


 最後に、白金髪の混じる青い髪の上に小さなシルクハットが乗った。




 テオが笑った。





「本職にはなれなかったけど、奇術師(マジシャン)……? 演者(パフォーマー)? どっちでも良いや、以上二つ志望者魂、見せつけてあげるよ」

登場人物プロフィールその12

モリア・マーリニオ・ロメリオスト

種族 脆仙

年齢 37歳

身長 161cm

体重 54kg

好きな物・・・子供の笑顔、国の歴史、小動物

嫌いな物・・・暗い話、酸っぱい物

好きな言葉・・・切磋琢磨

恋愛的な好み・・・理解のある男性

特技・・・踊り

最近あった良いこと・・・イーグ様と綺麗な夜景を見に行った

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