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三人

「失礼する」


 女性は正面玄関から堂々と侵入した。網膜、指紋、声帯の認証を全て突破し、開いた自動開閉式扉から残りの二人が続いて入って来る。


 中にいた黒服たちが突然の来客を凝視する。


 広いロビーの床は白く、埃一つすら見当たらない。空気は清潔で、壁面は光沢を放っている。


 黒服たちは、全員が片手に黒い金属の、一般人はおろか国の指導者ですら持つことを禁じられている物体を握っていた。


 次の瞬間、がちゃ、と重い金属音とともに黒服たちが手に持っている物____短機関銃を来客に向けた。


 照準は即座に三人の頭部と鳩尾に合わされ、射殺準備が完了している。


「何の用だ」一人が低めた声で言った。「来客の予定など聞いていないが?」その言葉には、確かな殺気が含まれている。


 ロビーを重苦しい空気が満たす。


「連絡も無しに訪ねてしまった事については申し訳ないと思っている」


 女性は正面を見据えたまま、機械的で抑揚の少ない声を広いロビーに響かせた。何十人もの人間に火器を向けられている危機的状況の中、女性を含めた三人の侵入者は至って冷静だ。


 青年は怯えるでも笑うでもなく、女性に視線を向けている。


 帽子の男は微笑みを崩さず、幽霊のようにその場にただ佇んでいる。


「単刀直入に言わせてもらう」


 女性は自然な動作で、左手に持っていた黒い曲線状の何かを右手で握った。

 そして一気に引き抜いた。

 黒い鞘が、軽い音を立てて白い床に落ちた。

 黒銀の刃が鋭く輝いた。


「この組織を殲滅する」



 発砲命令が出された。

 大量の引き金が押し込まれるとともに、数万もの弾丸が侵入者に飛ぶ。

 それらは三人の急所へと真っすぐに、空気を刺し貫き進んでいく。数万発のうち幾千かの銃弾は狙いから外れ、広範囲にわたって金属片の雨となり敵の退路を塞ぐ。


 勝負が着いた。


 黒服たちが確信したのも束の間、数秒経っても床は白いまま、無数の銃弾だけが散らばっていた。

 侵入者が居ない。

 最前列の黒服の一人の上に、影が落ちた。

 男が顔を上げようとしたその時。


 首に冷たい痛みが走るとともに、意識が消し飛んだ。


 清潔だった床を、赤い噴水が汚す。

 染みの上に、頭と胴体が倒れた。


 女性が着地し、地面を蹴って正面に飛ぶ。一瞬のうちに十数人の首が撥ね飛ばされ、大量の血飛沫がロビーを染め上げる。

 黒服の構成員が恐れ慄き、銃弾を撒くが当たることはない。女性は背後から向ってくる弾丸を振り向きざまに切り裂き、頭を狙う銃弾を軽く避けた。回避された弾丸は別の構成員の頭を貫通した。敵が殺到したことで刀一本での殺戮を辞め、腰のホルスターから黒い拳銃を取り出し正確な射撃で黒服たちの急所を撃ち抜く。


 青年もまた、迫って来る弾と敵を切り伏せ、女性と比べると派手に血を飛び散らせている。

 男が一人、短刀を構えて青年に突進した。相手が長身であることを利用して腹部を刺すつもりだ。青年は銃弾に気を取られているようで、低所からの攻撃に対応できる状況ではない。

 傷を負わせられると男が確信した瞬間、青年が長い脚を半回転させた。踵が男の顔面に直撃し、ばきばきと不快な音を鳴らす。その勢いは止まらず、男の頭が削り飛ばされた。頭を失って手から離れた短刀を青年が受け取り、近くの構成員の額に突き立てた。


 帽子の男は、三人の中で最も激しい損傷を敵に負わせている。敢えて首と心臓は狙わず胴体を切り刻むように刀を振るう。構成員は痛みに絶叫し、力を振り絞って一矢報いようとする者は腕を細切れにされ攻撃手段を絶たれた。


 絶叫に次ぐ絶叫。真っ赤な水飛沫と床に広がる泉。


 地獄が繰り広げられる中、銃弾と生者の数が急激に減少する。その地獄を作り出している三人の侵入者は日常の一部分を見るのと何ら変わらない目で死体と弾丸の山を眺めている。


 戦闘開始から数十秒。勝負は、その空間の人間の大多数が想像していたものとは真逆の結果で着いた。


 未だ床の上では帽子の男に腹を刻まれた黒服の集団が呻いている。しかしその後、苦悶の表情を浮かべたまま動きを止めた。


 血生臭いロビーで、青年は構成員を殴り顎を潰したとき手袋に付着した血液を払っていた。女性は致命傷を逃れている者の有無を確認していた。帽子の男は微笑んで立っていた。


「次の階層に行く。負傷は無いな?」


「ああ」


「無傷です」


 女性が小さく頷いた。

 どす黒い液体と人間がへばりつく壁面と、死体の山に背を向け、三人は階段に繋がる扉に歩み寄った。

 本来は厳重な認証システムが拒んでいるはずの扉は、簡単に開いた。




 鋭い金属音と発砲音が、建物の中を昇っていく。


 三体の死神が過ぎ去った後には、赤黒い血がゆっくりと階段を伝って落ちていく。


 階段を目にも止まらぬ速さで駆け、通りすがりに首に刃を通す。侵入の知らせが上階にまで届き、構成員が押し寄せて来るようになる。それがかえって殺しを効率化させた。


 侵入者の元に、手榴弾が投げ落とされた。青年が反応し、刀を回し峰ではじき返す。手榴弾は落下の軌道を辿るように上方へと戻り、爆ぜた。


 それによって一時的に構成員の数が減り、三人が加速した。


 一四階を過ぎた辺りで、ガスグレネードが投げ込まれた。瞬時に三人は呼吸を止め、ガスマスクで視界の狭まった構成員の隙を突いて刺し殺した。透明なゴーグルが真っ赤に汚れる。


「……やけに少ないですね」


 三〇階に到達したとき、帽子の男が呟いた。


「何がだ?」構成員を斬りつけながら女性が振り向いた。


 青年は黙々と向かってくる敵を切り伏せつつ男の言葉に耳を傾けている。


「構成員の数ですよ。事前の情報に比べると、妙に密度が低いように思えます」


 帽子の男が言った。その声は奇妙な響きを持ち、悲鳴と銃声が飛び交う中でもはっきりと届いた。


「そこで提案なのですけど」男が朗らかに告げる。「手分けをしませんか?」


「分かった。首領を殺す者、それにつく者、上階の構成員を殲滅する者。選べ」


「何を悠長に…………!」殺し合いの中で行われる会議に苛立った一人の黒服が銃を構えて叫んだ。


「うるさい」


 青年が素早く腕と首を斬り飛ばし、吐き捨てた。


「でしたら殲滅役を。首領室のバリケートを蹴破るのが面倒なので」


 最初に答えたのは帽子の男だった。


「私は首領を殺る」女性が青年を見やった。「お前はついて来い」


「承知」


 その時、帽子の男が刀を振るうのを止めた。

 そして構成員の波を走り抜けた。


「お先に」


 楽し気な言葉を一つ残し、幽霊のように無音で姿を消した。実際はただ走っただけであるにも関わらず、構成員は突如として消えた男に青ざめていた。

 残された女性と青年は殺戮を続けた。

 動揺する構成員は明らかに動きが鈍っている。殺すのは先ほどよりも更に容易になっていた。


「急ぐぞ」


 女性が言った。追いつくためではなく、同僚の死を防ぐためだ。

 青年が無言で応えた。



・・・



 四〇階。最上階から丁度十階下で、帽子の男は足を止めた。


「ここからですね」


 男が見上げる前は、黒く重厚そうな扉が道を塞いでいる。階段は途切れ、扉の右隣にはカードキーを滑り込ませるための窪みがあった。

 男は事前に得た情報を反芻させる。


 ここから先は、上級構成員と幹部のみが入室を許可される大広間だ。それは会議用などではなく本当にただ集まるだけの空間、意味は無いように思えて首領にとっては最重要とも言える場所となっている。

 幹部と上級構成員は殆どが元軍人、つまり殺しと戦闘の本職なのだ。

 首領が自らの身を守るための最強の砦だった。


 何とも陳腐な筋書き。その言葉に尽きる。

 しかし二〇年以上前に帽子の男と紅い瞳の女性たちの同業者が十数人でこの建物に侵入し、今まさに男の正面の扉の向こうにそこまで生き残った数人が到達し、殺されている。殺しに長けたものでさえ生存が困難、という訳だ。

 男は現在、その扉を開閉させるためのカードキーを所持していない。システムに介入しようにも、組織内のみに繋がる通信網に干渉できるはずもない。


 問。平和的かつ安全に状況を突破する手段が存在しない場合の突破方法を述べよ。

 答。効率的かつ強行的な手段で突破すべし。


 帽子の男は扉に更に近づいた。

 そして下半身を旋回させた。

 


「それっ」


 金属片が「く」の字に折れ曲がり、前方へと吹き飛んだ。

 室内の構成員たちがざわめき、金属板を避けるように道が出来ている。

 鉄製の扉を蹴り飛ばした張本人が、扉としての役割を失った長方形の穴から現れた。


「これは有名な顔がぞろぞろと」


 大勢の黒服たちが一斉に男を振り返った。

 銃は既に掲げられ、引き金には指がかかっている。反応速度から今までの有象無象とは比べ物にならない実力が垣間見えた。


「おお怖い」


 男は帽子の下で笑ったままだった。


「一人か」集団の中で特に目立つ大男が言った。「その体格で、この数に対抗できるとでも?」


 帽子の男はとても健康とは言い難い外見をしていた。背は高いが体躯は細く、故に声を聴かなければ女性のようにも見える。覗く顔色は青白く、どこか亡霊を彷彿とさせた。


「五秒待つ。投降を宣言し、情報を提供するならば殺さないでおいてやる」


 大男は銃を強調するように掲げ直した。

 帽子の男の右腕が動いた。しかし誰一人として気づくことは無く、男はそのまま帽子に手を置く。


「結構です」


 男は帽子を掴んだ。

 そして静かに帽子を取った。



 現れたのは、妖だった。



 左目の殆どを覆い隠す、くすんだ鳶色の髪。露になっている右の瞳は黒曜石より黒い。顔立ちは不気味なまでに整っていて、低い声を無視してしまえば本当に女としか見えない。この世に存在すら許されないであろう美しい青年が、蠱惑的だが優しい笑みを向けている。

 その空間に居る全員が、状況を忘れて青年に魅入っていた。照準は虚空を泳ぎ、全身の力が解けていた。

 青年が民衆の愚かさを憐れむように目を伏せた。

 青年は集団へと歩み寄る。右手は刀の柄に掛かっている。


 鮮血が沈黙を破った。


 青年を中心として、何人もの構成員が腹部から大量の血を撒き散らしていた。絶叫がほかの構成員の目を覚ますが、全員が正気を取り戻すまでに十七人が腹を刻まれて倒れた。

 青白い真珠の肌に返り血が飛ぶ。


「何を呆けている! 撃て!」大男が叫んだ。


 銃弾の波を横に飛んで避け、黒瞳の青年が柱の陰に隠れる。

 青年は背広の中から、銀色の金属線を取り出した。それは先が輪の形に結われている。丁度人の首が通る程度の幅だ。

 それを手に持ったまま、青年が柱から飛び出した。銃弾を器用に避け、ある一方向に走って向かう。大男の方向だった。


「何を…………」


 突然、大男の視界から青年が消えた。さながら幽霊のように、無音で。

 背後を振り返ろうとしたとき、その首には既にそれが掛かっていた。


 青年が持っていた、金属線の輪が。


「ちゃんと苦しんで下さいね」優しい笑みを貼り付けた青年が呟いた。


 青年が跳躍した。金属線に引っ張られ、大男の体が宙に浮く。何とか首にかかった金属製の縄を外そうと足掻くが、固い合金製のそれは人力ではびくともしなかった。

 青年が着地しても、大男はまだ空中に居た。

 固定された金属線は男の頸部を締め上げ、緩やかな死を与え続けている。男が藻掻くほど苦しみは増していき、顔色が紫に変色していく。

 首を吊られた男を見上げて呆然としている構成員の一人の前に青年が現れた。

 顔を覗き込み、青年が手首を握った。


「踊りましょう?」


 構成員が意味を理解する間もなく、青年はその腕を引いた。

 そのまま、周囲の構成員を殴り始めた。

 足が、腹が人体と衝突し、激痛が走る。青年に振り回されている構成員が絶叫するが止まることは無く、やがて腕に鈍い激痛が発生した。骨が折れたのだ。尚も勢いは止まらず、ある瞬間、ぶち、と腕が音を立てた。

 粗い断面から飛沫が舞う。

 千切れて使い物にならなくなった腕から手を放し、青年が残った片腕に持ち替えた。

 両腕が千切れた後は足首を掴まれ、頭部が容赦なく同僚の体に打ち付けられる。ほぼ肉塊と化した構成員は最早叫ぶことすらできない。痛みで意識を飛ばしかけるも、新たな痛みがすぐに目を覚まし、束の間の休息すら与えられない。


「……あーあ」四肢の全てが千切れ跳んだとき、青年が小さく溜息を吐いた。「毎度の如く、もう少し長くもってくれないものですかね」


 青年が胴体だけとなった構成員を蹴り飛ばした。凄まじい勢いで壁面に衝突した構成員は、僅かな呻き声すら上げなくなった。

 人間兵器に直撃した他の構成員は全て他に伏せて静止している。

 自分自身がもぎ取った腕を踏みつけ、惨めに怯え、歯を鳴らす敵に歩み寄る。


 黒い瞳は悲哀も、葛藤も宿していなかった。深淵は本来そこにあった感情を飲み込み、ただの闇として広がっている。


 凄惨な光景の中心で、やはり青年は笑顔を浮かべていた。あの世への旅立ちを祝福する、優しさと無慈悲さを宿した笑顔。

 青年が手招きした。


「皆さんも楽しみましょう?」


 真っ赤な血を浴びた顔が、無邪気に笑った。



・・・



「次の階層だ。警戒しろ」


「無論」


 少しして、茶髪の青年と紅い瞳の女性が四十階に到達した。

 向かってくる敵を全て切り伏せた刀には払っただけでは落とせない血が付着している。

 見上げる先には、扉が付いていたであろう長方形の穴と、その向こうに赤い斑点を散らせた白い天井が覗いている。室内は静かで人の気配は感じない。


 万が一にも同僚の死体が転がっていないことを確認するまでは油断は許されない。


 刀と拳銃を握り、女性と青年は大広間に入った。


 が、その時女性の目が据わった。


 天井からぶら下がる大男の絞殺体。血溜まりの上の斬殺体。悶絶したまま固まる殴殺体。胸から大量の血を流す失血死体。


 凄惨などと言葉に表すことすら生ぬるい光景が一室に描き出され、より強い血臭と死臭が肺を害す。


 帽子の男____黒瞳の青年の死体は、その場には無かった。幾つか顔が潰れ、個人の判別が困難になった死体が倒れているが、見覚えのある制服はどこにも見当たらない。


 女性は耳を澄ました。


 上階から戦闘音と悲鳴が聞こえてくる。距離はおよそ九階分、つまり首領室の一つ下だ。


「生存者は居ない。今は四九階だ、走れ」


 女性と青年は広間から走り去った。目的の階層へ進む間に、同僚の死体と生存者の有無を素早く確認する。

 四〇階以降、階段は広間を一つ隔て全てを扉が遮っていた。既に扉というよりただの穴だが、吹き飛ばされた金属板は丁寧に二人の進路から外されている。障害となるものは、文字通り千切っては投げられた人間の手足か頭くらいだ。


 四九階に、目的の人物は居た。


 毛先の揃わない鳶色の髪に痩身。先刻別れた同僚だ。

 その腕の先では、おそらく心臓を掴み上げられている構成員が藻掻く。

 青年は待ち合わせをしていた友人が来たかのように入口を振り返った。


「お疲れ様でした、首領殺害、頑張って下さい」


 と同時に、黒瞳の青年が手に力を込める。

 心臓が握りつぶされ、血の爆弾が爆ぜた。構成員はがくりと俯き、腕からは力が抜け落ちた。

 女性は黒瞳の青年の横を素通りする。生存が確認されれば用はない。

 茶髪の青年は一瞬、血塗れの同僚に視線を送って速度を緩めたが、女性の後に続き次の階層へと向かった。


「やれやれ」


 せっかちなんですから、と黒瞳の青年が苦笑した。

 ふと視界に異物が映り込み、床に視線を落とす。

 そこにはいつの間にか、自分が四〇階に捨て置いていたはずの帽子が落ちている。


「ご丁寧にありがとうございます」


 独り言は壁に吸い込まれて消えた。


・・・



 首領室までの階段は長い。

 最後の大広間を出た瞬間から、耳障りな警報音が鳴り響いている。天井からは赤い光が発せられ、暗い廊下を照らしている。

 女性は前方に、茶髪の青年は後方に意識を向け、最終目標地点を目指す。

 上階から構成員が降りてきた。単身だ。おそらくは首領室の護衛だろう。

 短機関銃の銃口がまっすぐに女性を睨むが、瞬き一度の間に女性は踊り場から目の前まで迫っている。

 護衛は額に照準を合わせようとする。しかし引き金を引くはずの指の感覚は消失し、生暖かい液体と痛みがそれを上塗りしていく。

 呆気なく頭が床に落ちた。

 前に傾く死体を蹴り飛ばして進路を開く。


(おっと)


 視界外から転がり落ちてきた頭を青年が踏み潰してしまった。靴に汚れが付くが気にして止まる状況ではない。

 光沢を放つ床に赤い染みを作ったまま、女性の後を追う。

 突然、二人の身長の倍はあろうかという黒い金属扉が行く手を阻んだ。


「何者だ!」


 留まっていたもう一人の護衛が叫ぶ。が、侵入者は答えることなく刀身で頭を突き刺す。

 二人は扉の正面に立った。

 黒瞳の青年はバリケートを蹴破るのが面倒と言っていた。扉の向こうには相当頑丈な防護壁が築かれているに違いない。何度か殴るか蹴るかをすれば女性でも突破できるだろう。しかし標的の逃走、もしくは罠を張られでもされれば面倒なことになる。とっとと破ってしまうことに超したことはない。


 女性は茶髪の青年に目を向けた。

 青年が無言で頷く。


 女性は後方に下がり、青年が前方に歩み出、位置が入れ替わった。

 青年は拳を構えた。肩を引き、力を込め、すさまじい勢いでそれを突き出す。


 扉とバリケートが水平に吹き飛んだ。


 衝撃が空気を伝って体を痺れさせる。間髪入れず、女性が室内に侵入した。

 標的は部屋の隅で瓦礫を凝視していた。

 一人は細身の若い女。もう一人は中年の、派手ではないが高価な服を纏った男だ。

 今回の標的。首領、およびその秘書。

 刀を持って眼前に出現した返り血まみれの女性に、二人はひゅ、と息を呑んだ。


「たすけ」


 秘書が何かを言おうとした。声を発するための口は横に裂かれた。

 重い音と共に、秘書は倒れた。


「ひ……」


 恐怖で動きを止めている首領に、冷ややかな殺気が向けられる。

 十数年、千人を超える殺人鬼の頂点として君臨し続けた男。莫大な権威を振るい、町を思うがままにしてきた人物。

 それに相応しい威厳は残らなかった。

 女性は刀を振り上げる。

 壊れた笛のような声を一つ上げ、喉元から鮮やかな赤い水が噴き出す。

 一瞬の激痛を伴い、頭が撥ね飛んだ。


 絶命した。

 



 女性は顔にかかった血液を、背広の内側から取り出した布で拭き取った。

 足元に転がる屍を、ゴミ捨て場の袋を見るように一瞥した後、入り口で待つ同僚の元へと歩いた。

 茶髪の青年は銀色の携帯電話を開いていた。

 青年は画面の向こうの人物に告げた。


「______任務完了」


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