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新しい家族

 それから三人は今まで以上に勉学と魔法と体術の鍛錬に励んだ。


 しかしそれは単なる実力の底上げを目的としたものではない。数ヶ月後に控える編入試験で、三人が同時に首席となるための訓練だ。

 筆記試験で満点を取ることは当たり前だが、魔法と体術の試験では僅かな差でかなり点数に違いが出る。試験官がそれぞれ異なることもあり、全く同じ評価を得ることは難しい。


 それがセノカとレイによって可能になる。


 どのように評価が付けられるかが分かっていれば良いのだ。


 必要な情報は試験官たちの、一秒分の声と動作、そして容姿。


 生き物である限り、意識していなくてもその言動の中には膨大な個人情報が現れている。声の揺らぎ、言い回し、瞳の動きと瞼の開き方、動作の癖。


 それらの情報から、住所、家族構成、友人関係、年齢、好物、趣味、そして思考パターンが読み取れる。


 三人の担当試験官合計九人分のそれを読むまでにかかる時間は一秒にも満たない。


 結果、試験当日の動き方は考え始めてから秒で決まった。あとはそれまで練習を重ねるだけ。


 勿論全力で臨めば首席合格など容易いだろうが、それでは意味が無い。全力となると三つ子、主にテオと他二人の実力差が目立ってしまう上、酷く注目を集めることとなる。重要なのは目立たず、三人同時に首席合格すること。


 セノカとレイにはそれに拘る理由があった。


 この国の制度として、その年で十五歳以上となる魔導士及び武人には階級が与えられる。階級は宝石の名称で分けられ、最下級はガエタサイト、前世でダイヤモンドと呼ばれていた宝石。最上級はアメシストによく似た、フィロイドストーンと言う石の名で呼ばれている。


 帝国立第一学院は数多くのフィロイドストーン級の秀才たちを世に出して来た。そして数年前から、編入試験と内部進学を首席で突破した生徒には()()()()()()()()()()()が与えられる。そこで昇級した生徒は一人を除いて誰も居ないが。編入試験直後に開かれるその昇格試験が三人の目的だ。


 フィロイドには特別任務が課せられる。魔物の討伐、一般騎士では対応不可能な依頼の遂行。

 更に、この国で最も重要な役割も背負っている。


  _______魔王との不可侵条約の確認。


 吸血邪仙(ヴァンパイア)の魔王が提案したのがきっかけだった。


 ここ最近、種族ごとの領地を隔てる結界が弱まっている。そのため脆仙(ヒューマン)が他種族の領に入ることも、フィロイド級ならば簡単なこととなっていた。


 その部隊に選ばれれば、神からの依頼を達成出来る。


 今はその準備期間だ。



・・・



「書斎に来なさい」


 夕食後、イーグがセノカの部屋に集まる三つ子を呼んだ。


 三人が作戦会議をしているなど知る由もなく、先刻まで約四分、レイの部屋の扉を叩いては中の返事を待ち、痺れを切らして入ったらレイはおらず虚空に謝罪しながらセノカの部屋の前に歩いて来た。

 そのためか目が泳いでいた。


 特に気に留める事もなく、三人は父の書斎に入った。


 椅子に腰を下ろし、何やら改まった様子でイーグは我が子らを見据える。


「……フェリザが他界して、十二年になる」


 書斎に重暗い空気が流れた。


 三人も父の言葉に合わせて表情を暗くする。テオだけは本心も混じっているようだった。


「お前たちも学院に入るなら、母が居ないとなると何かと不便も多いだろう。そこで、なのだが…………」


 テオ以外の二人はその先を予想した。テオはきょとんとした顔で父を見た。



「西の領地の女性伯爵と再婚することに決まった」



 時が止まった……ように、音が途切れた。


「______ええ⁈」


 テオの声が壁を震わせた。


 セノカとレイは僅かな驚愕を貼り付けた。


「西の領地……と言いますと、隣のへリシア領ですか」


「そうだ」


「成程、だから最近外出が多かったわけですね」


 レイはあっさりと言った。


 イーグはかしこまった姿勢と表情を崩した。


「気づいていたのか?」


「半年ほど前から」


 それを聞いてイーグは引きつった苦笑を浮かべた。


 へリシア領の領主は六年前に病で他界した。成人していない長男に領主を任せるわけにもいかないため、領主の妻であった女性が女性伯爵として夫の仕事を継いだらしい。


 伴侶を亡くした者同士気が合ったのだろう。ヘリシアの女性伯爵は昔から美人だと評判、それにイーグも四十そこらの年齢に反して見た目が若く整っている。惹かれ合ってもおかしくはない。


「兎に角、七日後にこちらに来ることになっている。あちらにもご子息とご令嬢が居られるから、新しい兄弟として仲良くするのだぞ」


 ロメリオストとへリシアは隣同士、そこが繋がれば互いの領地は広がる。そして子供が三つ子しか居ないロメリオストにとって、三人より年上の男子が子となれば跡継ぎ問題も大方片付く、など好都合なことも多い。


 三人にとっても都合が良い。


 テオは未だ再婚報告の情報を整理しているようで、虚空をぼーっと見詰めている。

 そんな弟の背中を押してセノカが書斎を出た。


 レイは父に一礼して二人の後についていった。





 新しく兄が出来る。


 任務を遂行するにあたって、最大級の壁は跡継ぎだった。


 特に長男であるレイは当主としての教育を受けさせられ、自由に外出する機会はセノカとテオと比べてかなり減るに違いない。そうなれば、任務遂行は絶望的だ。


 しかし、ここに年上の男子がもう一人増えればその彼に当主の継承権を譲ってしまえば丸く収まる。


 テオが緊張する一方、セノカとレイは安心していた。




・・・



 七日後、へリシア領の元当主がロメリオスト家を訪れた。……と言うより、荷物を持って越してきた。


 馬車から降りて来ようとする女性伯爵にイーグが手を差し伸べる。白い手袋をはめた細い手が差し伸べられたイーグの手を掴む。


 清楚なドレスがふわりと揺れた。


 その後から、少年と少女が二人、馬車から降りた。


 女性伯爵、モリアがイーグに微笑んだ。それにイーグは、生真面目そうな顔を緩ませて優しく笑った。


 母子揃っての赤毛。長男であるクリスは母譲りの黄銅色の瞳だが、その妹のミーレはおそらく父親からの遺伝だろう、黄緑の瞳に青空を映している。


 二人とも新しい父親に頭を下げて挨拶され、びくりと姿勢を固めた。


 屋敷に入ったときも同様だった。


 しかし自分の家だった屋敷よりも広い建物に三人は天井を見上げて感嘆の溜息を吐く。


 装飾は細かいが派手ではないし、掃除が行き届いて埃一つすら見当たらない。


「モリアは私の隣室を、クリスとミーレは二階だ」


 クリス達は一つ礼をした。


 そしてイーグは二階に繋がる階段の先を見た。


「レイ、案内しなさい」


 すると角からレイが歩み出て来た。


「はい、父上」


 凛とした声色が広間に反響した。

 現れた青年のような少年に、モリア母子は目を見張った。


 襟足の伸びた、イーグ譲りの青髪の混じる白金髪に深い藍緑の瞳。異常なまでに整った顔立ち。片目は前髪で隠れている。


 レイはクリスとミーレの前で立ち止まった。


「こちらへ」


 声をかけられてミーレは我に返り、クリスはそんな妹に少し首を傾げた。


 傷一つ無い階段を上がって角を曲がる。

 窓からは日光が差し込み、清潔な床を照らしている。


 更に角を曲がってしばらくした所で、セノカとテオの部屋がレイの視界の端に映った。


「そうだ、妹と弟を紹介しておきます」


 レイは扉を軽く叩いた。

 中からセノカとテオが顔を出した。


「おや、クリス様とミーレ様ですか」


「は……はい」


「初めまして。私のことはセノカとお呼び下さい」


 にこりと笑い、そう言ってセノカは頭を下げた。

 後ろからテオがぎこちなく姉の真似をする。


「初めましてぇ……」


 姉よりも大分高い声が震えていた。

 一方でクリスとミーレは瞳だけを動かして二人を交互に見た。


(………………どっちだ)


 心の中で叫んだ。


(どっちが妹でどっちが弟だ)


 背が高くて髪の長い方が妹だろうか。儚げな美貌や綺麗に伸ばされた髪は女性らしく思える。


 しかしキリッとした立ち居振る舞いと大人の男くらいの長身は、「女」とするには違和感が凄い。何より、この年でこの身長の女性にしては……大きさが…………うん……。


 ならば小柄な方が妹なのだろうか。肩上までの髪は伸ばし方はやや乱雑だが、綺麗に梳かれているし一房だけ長い三つ編みにされていてそれ以外は白いリボンでハーフアップ。体格は聞いていた十五歳という年齢にしてはかなり小柄だ。


(…………よし)


 二人の中で共通の答えが決まった。 


(セノカと名乗った方が弟、小柄な方が妹!)


 そして二人は愛想笑いを浮かべた。


「はじみぇっ…………初めまして。クリスと申します」


「ミーレです。よりょっ…………よっ……よろしくお願いします」


 噛んだ。



・・・



 夕食の席でも二人の緊張は解けないままだった。

 モリアは領主として働いていたからか、義子三人と同室で食事を摂っていても特に気に留める様子を見せない。


 どころか、よく話しかけていた。


「まあ! 貴方達もあの学院に行くの?」


「はい」


「クリスとミーレもそこに通っているのよ」


「そうなのですか? ではもし入ることが出来れば学院で会うかも知れませんね」


 普段の無表情に自然な笑顔を貼り付けてレイは適当に返す。


 モリアは興奮気味に話を続ける。


「私も少し緊張していましたけれど、イーグ様のご子息達がこんなに良い子達ばかりだなんて」


「ありがとうございます、モリア様」


「あら、そんなに畏まらなくて良いのよ? 家族なのですから貴方達がそうしたいなら、母とでも何とでもお呼びなさいな。クリスとミーレのことも、兄姉と呼んであげて頂戴」


 びくりと肩を震わせてクリスは顔を背け、ミーレは俯いた。


 イーグが「ははは」と笑った。


「それでは、母上と呼ばせていただきます」


「ええ」


 貴族らしい、優雅な笑みがレイ達に向けられた。



・・・



「兄上、…………と、お呼びしてもよろしいでしょうか」


 自室に帰ろうとしていたとき、クリスは背後からレイに呼び止められた。


「うわっ! …………良い、ですけど」


「私に敬語は使わないで下さい。急ですが、貴方の弟となった身です」


 クリスはレイを見上げて未だ固まった動きで胸を張り、威厳を出そうとした。平均的な身長のクリスに比べてレイは頭半分ほど上背がある。


「そっ、そうだったな! あはは……」


 それでも続かないらしく、また目が逸れ始める。


「兄上」


「は、はいっ!」


「未だ互いのことも分かりませんから_______男子会なんてどうです?」




「…………はい?」




・・・




「せっかく下の兄弟が出来たのですから、もっと姉らしく接しなさい」


「無理です、母上。あの人たち、何だか怖いのよ」


 脱衣所でミーレとモリアはタオルと桶を持って立っていた。


 ミーレは何か言いたげに母の顔を見上げるが、モリアはやれやれとでも言う風な表情で目を伏せている。


「でも妹の方はちょっと可愛いと思ったわ。ただ他の二人は背が高くて落ち着き過ぎているんだもの」


「確かに、大人びていたわね」


「姉らしく振る舞えるか不安だわ」


 ミーレは浴室の戸を開けた。湯気が押し寄せて頬を撫でて行った。

 数歩進んだことろで、おや、とミーレは違和感に気づく。


 足元が少し濡れている。


「ああ、お二人でしたか」


 凛とした声が湯気を貫いた。

 聞き覚えがある。


 ミーレとモリアは声の主のほうを振り向いた。


 セノカが湯に浸かっていた。


「…………も」


「も?」


「申し訳ありません出まあああす!!」


 顔を真っ赤にしてミーレは方向転換し、駆け出ようとした。

 モリアは娘を追いかけようとする。


「姉上⁈」


 セノカが立ち上がった。


 ミーレの視界の端にその全身が映り込んだ。


「………………………………ん?」


 ゆっくりと体の方向を戻してセノカを見る。


 そして次の瞬間、ミーレは顎が外れんばかりに大口を開けて目を見開いた。



 女。しかも普通に()()



「………………ひょあっ…………」


「セ、セ、セノカさん? 貴方、もしかして…………女の子?」


「そうですが」


 セノカは膝上までを湯から出して立った状態で、風呂の温風を消すようなあっさりとした答えを返した。


「それじゃあテオさんは……………………」



・・・



「ここが私の部屋です」


「お、おう」


「もう弟は中に居ますので」


 レイは染みの無い、質素な装飾の扉を開いた。

 キイ、と僅かな音が立ち、中の様子が明らかになる。


 一つ、部屋の端にある椅子にテオが腰かけていた。


「いらっしゃい兄上!」


「………………………」


「兄上?」


 テオがこてん、と首を傾けた。


 その時。


 クリスは素早くレイを振り返った。


 疾風の如く扉を勢いよく閉めて部屋を出て、レイの肩を激しく揺さぶる。


「男子会って言ってたよな⁈」


「言ってました」


「何で妹が居るんだよ!」


「落ち着きましょう、深呼吸ですよ兄上」


「突然妹の方に会わせるなよびっくりしただろうが!」


「妹?」


 レイは頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。


 するとレイの部屋の中からテオが顔を覗かせた。眉根を寄せ、不機嫌を極大に表していた。


「…………です」


 低めたテオの声が微かにクリスの耳に届く。


「何だって?」


「…………男です」


 クリスが固まった。


 下からその引き攣った表情を睨みながら、テオは叫ぶように言った。


「わたしは男ですっ!」



「はあああ?!!」



 屋敷全体にクリスの悲鳴が響き渡った。


 その音圧にテオは耳を塞ぎ、風呂に居たセノカとモリア母娘は顔を上げた。こっそりと二人を陰から観察していたイーグは苦笑した。


「おまっ…………ええ⁈」


 クリスの人差し指がテオに突きつけられたまま震えている。

 テオは相変わらず顔を顰めていた。


 レイは既視感を感じていた。あれは確か、十八の頃N-924に永を紹介した時だっただろうか。


 あの時は…………



『初めまして、菊さんの友達?』


『…………あー、うん。えっと、曽賀谷、永さん』


『呼び捨てで良いよ』


 その後、永の部屋で談笑して…………


『久し振りだなあ、菊さんが友達連れてくるの。いつか彼女とか出来ちゃったりして』


『永ちゃんも可愛いよ? 男とか簡単に出来るんじゃない?』


『………………』


『永ちゃん?』


『…………オレ、男』


『…………………………』




『はあああ?!! えっ…………ええ⁈』




 間違いなくこれだ、この既視感。


 未だクリスは騒いでいる。レイは取り乱して窓に頭を打ちつける兄と慌てて止めるテオを尻目に懐かしさに身を浸していた。


「ナンテコッタアアア!!」


「兄さん! 兄さんヘルプ! ストップ兄上え!」

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