奇妙な日常
「とのことだが……」
セノカは昨夜、最高神に伝えられた内容をテオを除いた四人に話した。
テオにも前世の記憶がある。しかしそれは、「曽賀谷永」としての記憶であり、依頼を受けたI-0759としての記憶は無い。そもそもこの二年、彼は表に出ていない。あの人格が消滅した可能性は低いが、もしその通りならば依頼遂行の難易度と彼に及ぶ危険はぐんと増える。
人格のことは従者に対して伏せていた。人格が残っていようがいなかろうが、特にディウルカが口を滑らせでもすれば面倒なことになる。
「このことはテオには言うな」
「質問」ディウルカが手を挙げた。「セノカ様とレイ様は分かったけど、どうしてテオ様は転生したの?」
レムノスもセノカを見た。
二体には、既に自分の転生した経緯を伝えてある。政府直属の殺し屋だったこと、そして任務先の飛行機事故で死んだこと。事故の原因までは話していない。I-0759のこともだ。
レイとセノカは目線で互いの意思を読み合った。
「神の手違いだ。あいつは知り合いの一般人だったのだが、近くで死んだせいで偶然転生した」
セノカは普段通りの、揺るぎの無い平坦な声で言った。
「へえ成程、不憫だね」魔導書を読みながらディウルカが返す。レムノスがぎろりと睨むが、止める気配は無い。
テオには木刀の素振り千本を課しているため、当分は彼を除いた五人で会議を開けるだろう。会議場はセノカの自室に決まっている。
「にしても、脆仙たちはずるいなあ。自分たちの魔王を立てて対策すれば、天与魔術なんて使わなくても良かっただろうに。神に優遇されるなんて、逆に嫌われ者の僕らには羨ましいことだよ」
「貴方たちは堕天使の末裔だから当たり前」レムノスが呟くように言った。
また空気が張り詰めた。
「ディウルカ」呼んだのは、会議開始から一言も発していなかったレイだった。「何故お前は魔王と主従関係を持たない」
「決まってるじゃない。あそこが嫌いだからだよ」
ディウルカは忌々し気に眉根を寄せ、頬杖を付いた。「堅すぎるんだもの、あの城。上司の命令には絶対服従、常につく監視、失敗すれば罰則。一二〇〇年くらい前、嫌になったから魔王殺して、城から出たの。悪魔領からは出られないから、召喚されるまでずっと逃げ惑う日々だよ。召喚主がテオ様たちじゃなければ、召喚されてすぐに逃げる心算だったのに」
盛大な溜息を吐いた。
レムノスは信じられないといった目でディウルカを凝視している。絶対的な服従を破ったことは勿論、魔王を倒せるだけの強さを一幹部が持つことが通常あり得ないからだった。
そこで、テオが魔法陣の中から飛び出してきた。腕は震え、汗だくで真っ青になっている。
「終わった……千本…………ごほっ、終わったよ………………」
「テオ様、お疲れ」
倒れるテオの体をディウルカが支えた。
「んん……? 何話してたの?」
「レイの汚部屋問題」セノカは即答した。
「えっ」レイが何か言いたげにセノカを見た。
レムノスとディウルカは笑いを堪えた。
レイは自分の部屋を魔法で覗く。散らかっては居ない。
「兄さんって汚部屋丸なの…………?」
二体はまた吹き出しかけた。ハルクは無表情のまま、「主の部屋は汚くない」と訴えた。
テオは同情の視線をレイに向けた。
レイは俯いた。
「…………」ふと、セノカは窓の外を見た。
庭の木々が気持ちよさそうに揺れ、囁くような風の音が硝子を擦る。鳥の鳴き声は無い。いつもの風景だ。
穏やかな昼、しかし、魔力探知に反応があった。
「テオ」椅子から立ち上がり、セノカは窓の方を向いた。「自室に戻って休んでいろ」
「うん……」テオはディウルカに支えられ、転移魔法陣に沈んだ。
魔法陣が消えるのを確認し、セノカは壁に魔法陣を浮かび上がらせる。透過魔法だ。
「セノカ」レイが言った。
「来客だ」
ハルクが爪を構え、レムノスが剣を生成した。
レイの片手にも魔法陣が出現するが、セノカが全員を手で制す。
「十中八九、ただの商人の類ではないだろうが…………_____丁度対人戦に飢えていたところだ、今回は私に譲れ」
セノカは透過魔法陣を通り、屋敷の壁から外に出た。
外は思った通り、心地よい空気が流れていた。風に吹かれる木々の葉が揺れた。
魔力探知の反応は、すぐそこにあった。
鼠色の襤褸を纏った少年。片手には麻袋を、もう片手には短刀を握り、猫背で足音を殺して歩いている。
瞳には、小汚い欲望と醜い嫌悪が宿っている。
「どちら様でしょうか」
セノカは愛想笑いを浮かべ、穏やかに歩み寄った。
少年は飛び上がった。そして短刀を構えた。
「お客様でしょうか? 父から予定は聞いていないのですけれど」
美しい、白金の髪の幼女が流暢に話しながら近づいて来る。少年は軽い寒気を覚えた。
「ああそうだ、伯爵に用があるんだ」少年は慌てて笑みを作り、短刀を背中に隠した。
「そうなのですね!」
幼女が笑う。
少年は跳ね上がる心臓を抑えようとした。
「でも…………」幼女は薄い藤色の瞳を少年に向けた。「背中のそれは誰に向けるのですか?」
少年の顔が引きつった。
幼女は近づくのを止めない。
次の瞬間、少年が叫んだ。
「クソッ……! 風刃!」
魔法陣が描き出され、風の刃が幼女に飛んだ。
幼女は反応しない。
「出て来るお前が悪いんだよ……!」少年は舌打ちした。
「盗人か」
風の刃が打ち消された。
少年は目を見開いた。
セノカの掌に、水縹色の魔法陣が現れている。
「私は未だ対人戦を試していないのだ。……昨日覚えた魔法の威力、試させてもらう。______生灯」
少年の腕が焼けた。
「ぎゃあああああっ!?」少年が火を消そうと腕を振るが、勢いは止まらない。「熱い! 熱い!!」
少年が泣き叫ぶ。既に腕は黒く変色している。
セノカは凍り付くような無表情で少年を眺めている。
少年が叫んでも、屋敷内の使用人と父は出て来ない。二人が居る庭に、幻影、及び音響遮断の結界が張られていた。
少年は辛うじて、水魔法で腕を消火した。
「ほう、水魔法で簡単に消えるのか」
「クソガキ…………」
セノカが飛び掛かり、少年の体制を崩した。
火傷が地面に擦れ、少年が再び絶叫する。
「お前の所属は何だ」少年から掏った短刀を喉元に当て、セノカが言った。「返答次第では、ここから逃がしてやる」
冷たい刃が首に触れる。
_____拷問は得意分野だ。
「分かった! 言う! 黒き英雄だ!」
痛みに顔を歪め、少年が殆ど悲鳴に近い声で言った。
「そうか」セノカは首から刃を離した。「自白が早いな。拠点の仲間が泣くぞ」
「なあ、逃がしてくれるんだろ?! もうこれからは足を洗う! 組織にも戻らない!」
少年は半狂乱になって叫ぶ。セノカはまるで糞尿まみれの蠅を見るような目で少年を見下ろす。
「……良いだろう」
セノカは少年の上から降りた。
少年は火傷に藻掻きながら安堵の息を吐いた。
起き上がろうとした瞬間その体に、魔力の糸が絡み付いた。
「は……?」
「お前は騎士団にでも突き出しておく」
セノカは短刀を塵にした。金属だった黒い砂が、黄土色の地面に落ちる。
少年の顔色が変わった。
「話が違うだろ! ここから逃がしてくれるんじゃなかったのかよ!」
「『ここから』逃がしてやるとは言った。どこへ逃がすとは言っていない。安心しろ、仲間たちと会えるぞ、獄中で」
少年の体が浮き上がった。
そして屋敷の塀の外に放り出された。
少年は幼女に悪態を吐くが、そこには既にセノカの姿は無かった。
地面に落ちた際に、脚から嫌な音が鳴った。
何故か既に集まっていた騎士の中心で、少年が泣き喚いた。
・・・
「黒き英雄」は、数年前に創立された貧民のみで構成された強盗団だった。今まで十数件の被害が報告され、目を付けられた貴族の殆どが殺害されている。しかしその足取りは掴めず、騎士団は頭を抱えていた。
しかし突然、所属する少年がとある中級貴族の屋敷の外で見つかった。騎士たちは気が付いたらそこに立っていたという。それが何者の仕業なのかは分かっていない。
少年の自供から、強盗団の拠点が判明した。
騎士団が拠点に突撃したとき、そこにあったのは__________大量の首吊り死体だった。
死体は強盗団のものだった。全ての拠点でそのような光景が広がり、騎士団の中には吐き気を訴える者も出た。少年に説明を求めようと試み、その牢獄を覗くと、少年は苦悶の表情を浮かべ、毒で息絶えていた。
・・・
「へえ、怖いわね……誰がやったのかしら」
「さあ。でも、ここが襲われなくて良かったわね。あの強盗団、腕利きの魔導士が多かったらしいから」
「本当に。レイ様たちに危害が及ばなくて良かったって、旦那様も仰っていたわ」
ロメリオスト家の女中が、廊下で立ち話をしている。
セノカがその会話を立ち聞きしていた。
魔導書を腕の中に抱え、少し立ち止まった後、自室に速足で戻って行った。
登場人物プロフィールその8
レムノス
種族 神仙(天使)
年齢 3174歳
身体年齢 16歳
身長 162cm
体重 21kg
好きな物・・・小さい子、魂の綺麗な人
嫌いな物・・・ディウルカ、邪な人
好きな言葉・・・誠心誠意
恋愛的な好み・・・神仙は無性だから恋をしない
特技・・・小さい生き物の寝かしつけ
最近あった良いこと・・・セノカ様の寝顔を拝めた




