召喚魔法
この世界には、多様な種族がそれぞれの領地を持って存在している。
種族は大まかに二つに分けられている。
「仙」。知能に優れる種族。
「鬼」。共食いし、強い力を持つ種族。
「脆仙」、「神仙」、「吸血邪仙」、「聖仙」、「宵聖仙」、「大拳仙」の六仙と、「妖鬼」、「獣鬼」、「神鬼」の三鬼。
それぞれの領地は殆どが特殊な結界で隔てられ、互いに干渉することは非常に難しい。しかし中には、生活圏を共有している種族も存在する。それが脆仙、聖仙、宵聖仙だ。神仙は領地そのものを持たない。
神仙と神鬼は、神から派生した種族であるとされているため他種族と同じように「仙」と「鬼」として呼ばれることは稀であり、一般的に脆仙はその二種族を「天使」と「悪魔」と呼ぶ。
「仙」と「鬼」に含まれない種族も存在する。
天使のように特定の領地を持たない種族は他に、「獣」、「竜」、「蟲」。言語能力を持つ竜は「鱗仙」とも呼ばれるが、その体の形故に区別されている。
そして吸血邪仙、大拳仙、妖鬼、獣鬼、悪魔は種族の頂点、『魔王』が支配する。
召喚魔法とは、魔王と主従関係を結んでいない他種族を召喚し、自らと主従関係を結ばせる魔法のこと言う。
・・・
セノカが作り出した異空間内で、レイが魔導書を開いた。三つ子は疾うに五歳を迎えていた。
召喚魔法によって自分の配下とした対象は、自動的に主に魔力を援助する。それに加えセノカ達が求めているのは、単純な戦力の確保だ。
魔導書には魔法を使用するための補助魔力と、魔法の使用方法、呪文が記されている。
意識を研ぎ澄まし、レイは水平に手をかざし、呪文を唱える。
「現世を往きし我が宿命の友よ、この声に応え、己が主を我とせよ」
地面に巨大な魔法陣が描き出される。
魔法陣が光を放つ。
同時に、膨大な魔力が魔法陣から溢れ出した。
テオは肩を震わせた。
放たれた光の中から、巨大な何かの影が覗いた。
『……何者だ…………』
低い鳴き声は、自動的に言語として脳内で変換された。
光が止む。召喚された者の姿が露になる。
巨大な影が、三人の上に落ちた。
竜だ。
純白の、美しい鱗と体躯。逞しい両足。体を覆い隠してしまいそうな白い翼。縦に長い瞳孔の浮かぶ、深緑の眼。
『私は聖白竜……ハルク…………脆仙の幼子が、この私に従属を求めるか……』
ハルク、と名乗った竜は、三人に近づいた。一歩進むごとに、地面が振動した。
目を合わせようとレイが見上げるが、巨大な竜の目に視線を合わせるには首の角度が急すぎた。レイは飛行魔法でハルクの頭の高さまで飛んだ。
レイの瞳に動揺は無い。
「無理にとは言わん。出来ることならば、俺に力を貸してくれ」
幼い声は、その高さに見合わず冷淡だった。
ハルクは深緑の目で目の前の幼児を睨む。
レイの下では、テオがセノカの背に隠れている。
竜の低い唸り声が空気を揺らした。
『…………』
「…………」
『…………ふん』
竜は放出していた膨大な魔力を鎮めた。
威圧を解いた聖白竜は、神聖な美しさがあった。
『面白い。よかろう、貴君を主とすることを認める』
「良いのか?」
『私は私を超える強者を尊ぶ性分だ』
レイは首を傾げて呻った。
「俺はそこまで強いのか」
『魔力量、その精神力、申し分ない』
ハルクが羽を畳んだ。
二人の視界外で、セノカが目を細める。テオは相変わらず姉の背中に隠れてレイとハルクの様子を窺っている。
レイとハルクの間に、梔子色の魔法陣が浮かび上がった。
主従関係が結ばれた。
その時、ハルクの全身が白い光に包まれた。光となったハルクは縮み、球体になった。光が弾け飛んだ時、現れたのは一人の青年だった。
癖のある白い髪に、深緑の瞳。三人の倍近くある長身。背中から生える白い竜の羽。白を基調とした神父服。白い肌に尖った耳。髪の隙間から生える角。
青年の姿となったハルクが地面に降り立った。
「よろしく頼む、主」
白髪が揺れた。
魔法を解除し、地面に着地したレイが手を差し出した。
二人は互いの手を握り合った。
「さて」セノカはテオを引き離した。「次は私か」
レイの手から魔導書を取り、レイと同じ場所で手をかざす。
呪文を唱えたセノカの前の水縹色の魔法陣が光を放つ。
澄んだ魔力がその場を満たした。
魔法陣から出たのは、長い銀髪を纏めた、桜色の瞳の少女だった。頭上には薄い空色の輪が浮き、背中からは輪と同色の翼が一対生えている。
少女はセノカに視線を向けた。
次の瞬間、その姿はセノカの真正面にあった。
テオが焦って走り出そうとするのを、レイが制止する。
二人が見守る中で少女は、セノカに手を伸ばした。
「! 姉さ……」
そして頭を撫で始めた。
セノカは即座に、無表情で少女の手を掴み上げる。少女は落ち込んだように俯いた。
羽に、頭上の輪。少女の容貌は、紛うことなき天使だ。
「従属しろ」
セノカが言った。あまりにも淡白な物言いに、テオが「は?」と声を零し、レイとハルクは目を見開いた。
「うん」
少女は即答した。
セノカと少女以外の三人は先ほどと全く同じ反応を見せた。
「私はレムノス。天使。貴女は魂が綺麗だから、仲間になる」
レムノスはまたセノカの頭に手を置こうとした。阻止された。
「撫でるな」
「可愛い。撫でたい」
レムノスが力を強め、力ずくで撫でようと試みるが、その幼女の力は意外と強かった。
二人の間に、水縹色の魔法陣が浮かんだ。
レムノスは隙を見つけては頭を触ろうとするが、勘づかれて回避、阻止される。
「私は魂が見える。貴方たちは三人とも魂が綺麗」
レムノスの声はまるで母親が子供に囁くようだった。
セノカは返さなかった。そこでレムノスは今更、何だこの子供は、と言った風の表情を浮かべた。
「残るは……」セノカとレイがテオに振り返った。
テオは引きつった笑いを浮かべて青ざめていた。
「無理無理! オレは姉さんたちみたいに気丈に振る舞えないから!」首を横に激しく振りながら言った。
セノカはテオに魔導書を投げて寄越した。魔法で勢いは抑えられている。
「やれ」
低い声で圧をかけた。
テオは渋々魔導書を開き、呪文を詠唱した。
地面の魔法陣は二人のときと同じ、白光を噴射した。
しかし召喚された者の魔力は、どす黒く禍々しかった。
テオが不安げに兄姉を見た。
「ん……ここどこ」
少年特有の、中途半端に低い声が気だるげに言った。
羊のように巻かれた黒い角に、外に跳ねた黒髪。瞳の色は血の赤。貴族服を纏い、地面に座る姿は上品と下賤感を共存させている。
「デ……悪魔…………?!」テオの声は上ずって震えていた。
「んー? 脆仙が何の用?」
悪魔は立ち上がった。
テオは思わず魔導書を手から落とす。
レイは秘かに魔力を溜めた。
「あれ、何だ、魔力多いじゃない」悪魔が近づく。
セノカの横で、悪魔の姿を視認したレムノスが顔をしかめた。
それを見た悪魔は、面倒くさそうに溜息を吐いた。
二体は間近で睨み合った。
「何で君まで居るのさ」
「こっちの台詞」
二体の魔力が爆ぜ、ぶつかり合った。
澄み切った清らかな魔力と、禍々しく濁りきった魔力はは空中で更に爆発を起こす。
睨み合いの視線が火花を立てた。
悪魔の背後から、テオはおずおずと前に出た。
「あの……」
「何? 君の下に付けって話なら、断…………」
悪魔は血色の瞳でテオを見下し、突然言葉を止めた。
レムノスは相変わらず悪魔を睨みつけているが、違和感に言いかけた罵り言葉を中断する。
悪魔はしばらく、興味深げにテオを見詰めていた。その間、テオはずっと目を泳がせて震えていた。
黙っていた悪魔は数十秒間が経った後、レムノスに背を向けた。
「分かった、契約してあげる。あ、僕の名前はディウルカね」
テオは震えを止めた。レムノスは思い切り顔をしかめた。
「ほんとに?」テオは顔を上げた。
ディウルカと言う名の悪魔は片眉を持ち上げた。
「何言ってるの? 君が…………」
また悪魔は何かを言いかけて止めた。
その場の全員が首を傾げた。
「……何でもない」
二人の間には黒い魔法陣が出現し、契約完了を告げた。




