訓練開始
「あの、姉上、兄上」
セノカの隣室からテオが出て来た。
人格の変化は僅かだが、明らかに言葉が流暢になっている。目を泳がせ、気まずそうに二人に近づく。
「何だ」セノカは冷たい藤色の瞳をテオに向けた。
それを聞いたテオは安心したように息を吐き、三人の中で唯一光の灯る瞳を向けた。
「やっぱり華奈兎さんと菊さんだ!」と、前世の母語で言った。
二人はテオの口を塞いだ。
廊下の角から女中たちが怪訝そうな顔で現れた。
セノカは愛想笑いでやり過ごす。
「前世の言葉で話すな」
「ごめん」
手を放し、三人はセノカの自室に上がり込む。
乱れたベッドと放置された魔導書はそのままになっていた。
「分かっていると思うが、この世界の攻撃手段は主に魔法だ」セノカは魔導書を手に取った。「朝、昼、夕食後に庭に集合しろ。魔法の訓練を行う」
「何でそんなにやる気なの? というかこの状況、いつの間にオレ死んじゃったの?」
「お前が寝ている間に地震で死んだ」
「そんなあ!」
テオは涙目になった。
「この世界には魔物が存在する。ある程度の実力を付けなければ、またすぐに死ぬぞ」
「成程ね」
「そういうことだ」
「うんうん」
三人は歩き出し、扉を開いた。
テオは自室に戻ろうとした。
「どこへ行く」レイはテオの手首を掴んで止めた。
「もう話は終わったんでしょ?」
「何を言っている」セノカが冷淡に言いながら歩み寄った。
そして無言。
レイとセノカはテオを捕らえたまま離さない。
「……ん…………?」
・・・
三人は庭に出ていた。
レイは魔導書を開き、梔子色の魔法陣から炎を発生させる。
セノカは水縹色の魔法陣から氷を、テオは黒い魔法陣から風の刃を飛ばし、的を切り裂いている。
「何で今?!」
「どうせ暇だ、時間があるなら訓練する」
「毎食後って言ってたじゃん!」
「今も昼食後だ」
氷が的の水分を凍らせ、裂いた。
レイが放った炎は的を瞬時に炭化させ、灰すら残さず消し飛ばす。
風魔法は周囲の風も巻き取り、巨大な刃となって飛ぶ。
____魔法。異世界における攻撃手段の一つ。魔力を消費することによって使用可能。闇、炎、氷、水、風、光、の六属性が存在し、九種族中七種族の主な攻撃手段となっている。
セノカは呼吸を整えた。そして自身の魔力を一点に集中させ、氷を生成する。そして氷の中心に溜まった魔力を爆発させ、氷刃の花火が散った。
広範囲攻撃として便利だが、魔量消費量は多い。
「使用魔法を増やすことを第一に、魔力の節約を心掛けろ」
「承知」炎を放つレイが応えた。
「そんなこと言われても難しいよ!」テオが叫んだ。
そこからは夕食まで休みなし。
途中でセノカがイーグの書斎から魔導書を数冊、運び出してきた。攻撃魔法、回復魔法、生成魔法。その量を見たテオは青ざめた。
一冊の魔導書の中から「魔力探知」を見つけ出したセノカは試しに周囲十数メートルの魔力を探知する。結果、テオは魔法発動時の魔力の漏れが多いことが分かった。
「魔力を内に溜め、魔法陣から放出する。そうすれば漏れは減り、威力も上がる」
「……こう?」
「そうだ。次は魔法の制御だ。溜める魔力を少量に設定しろ」
「はい!」
テオの背後で指示を飛ばし、魔法の調節を促す。一人だけ黙々と攻撃魔法を放っているレイが二人の様子をちらちらと確認している。
「お前は攻撃魔法以外も練習しておけ」セノカがレイを睨んだ。
「ああ、分かった」
レイは魔導書を生成魔法用と交換した。
そこから十日間の訓練内容は、基礎的な技術の習得。生誕祭は何事もなく行われた。
次に、空間魔法の習得。この世界において異空間を作り出す魔法を使える者は魔力消費量と並外れた器用さが必要であるため少数だが、使用者と非使用者との間では圧倒的に使用者が有利だ。更に、庭での訓練の限界を突破し、本気で魔法を放てるようになる。
セノカとレイはものの二十日程度で身につけたが、矢張り問題はテオだ。二人が交代制で指示し、担当でない時間は異空間を広げ、魔導書に記される「無限空間」を作り出そうとする。
テオが習得するまでに、七か月がかかった。三人全員が「無限空間」を作り出すまでには、それに加えて十か月の時間を必要とした。
その次は回復魔法。空間魔法ほどではないが、こちらも使用者の数が少なく、戦闘においてこの魔法の存在は重要なものとなる。
魔力探知で傷ついた獣を見つけ出し、その回復を行う。対象が見つらなかった場合は、ひたすら威力の底上げに尽力する。ある程度の技術が身に付いた頃、人間、竜の順に対象の大きさを上げていった。
経過した時間は半年だった。
生成魔法は、ほとんど全ての国民が使用する。魔力を元に、ゼロから無機物を作り出す魔法は主に作業と遊戯用に使用されるが、武器を生成出来れば奇襲への対策に繋がる。
徐々に生成物の体積と密度を上げ、片手剣一本分を作ることが出来るようになった後は、斧、鎧などの大型装備を作り上げていく。最終的な目標は、小山一つ分の体積、密度の生成物だった。結果的にそれぞれの異空間に、山のような高さの鉄の立方体が佇むこととなった。
それまでにかかったのは、九か月。
更に、攻撃魔法の強化。基礎的な魔法を使えたとて、威力と量が無ければ戦闘は不利になる。
新しく魔導書を、数十冊手に入れた。神からの依頼遂行のためには、おそらく全属性の魔法を、最低でも山一つ消し飛ばせるまでには強化する必要がある。
三人は異空間に籠り、ひたすら魔法を撃ち続けた。木を一本倒す程度の威力から、林一つ、そして山一つ、と魔法の威力を底上げしていく。11か月が過ぎた頃には、セノカとレイは山数十個分を消し飛ばせる程度、テオは三つに穴を開ける程度に成長していた。
そしてそれらが済んだ時、セノカが告げた。
_________「次は、召喚魔法に移る」
三歳の生誕祭の後。
「オレ、二人のこと何て呼べばいい?」
「好きに呼べ」
「うーん、華奈兎さん、菊さんは流石にまずいでしょ? 姉上兄上も堅苦しい…………あ」
「どうした」
「思いついた! それじゃ、『姉さん』と『兄さん』で!」




