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彼岸の星空

 ______数刻前。



「すまない」


 爆炎の迫る中、D-1082が呟いた。


 ほぼ同時に、凄まじい爆風と炎が身を焼いた。


 眼には刺すような痛みが走った。右目はすぐに開けなくなり、左目は奥の脳まで焼ける痛みがあった。視界が黒く染まった。


 両手足の先の感覚が消失した。代わりに断面が焼け焦がされる激痛が肩に上った。


 全身が焼ける中、鋭い痛みが胸に走った。硝子片でも刺さったらしい。


 炎に吹き飛ばされながら、咳込んで血を吐いた。


 F-6133とI-0759はこの瞬間まで死ななかったようだ。おかげで何事もなく計画を「成功」に導くことが出来た。


 痛みが引いていく。

 やがて、全身の感覚が完全に消えるとともに、意識がどこか遠い場所に向かっていった。


 死だ。


 本当の死は、案外呆気ないものだった。


 昔、よく死にかけていた頃は、死というものが酷く重く、苦しいものに思えた。


 激痛こそあったが、意識を手放すまでの時間は一瞬だ。


 次に視界に映るのは、三途の川か、それとも無か。

 仮に地獄があるならば、無に帰るまでは相当な時間がかかりそうだ。「嫌だ」と言うより、「面倒だ」と心の内で溜息を吐いた。


 N-924を遺してしまったが、まあ、あの性格なら適当に諭せば死にはしないだろう。



 ……その日、自分の中に芽生えてきた「意味」が全て失われた。それ以降は、何も感じずに殺しに明け暮れていた。局で人々を救う仕事をしていれば「意味」が生まれると思って。



 いつの間にか二十になっていた。その頃には自分の身を病が蝕んでいた。


 未だ自分が生きる必要性が理解できないし、それを見つける時間も無い。


 無駄なものは排除するまで。


 心持としては、ゴミを捨てることと何ら変わらなかった。


 もう意識すら薄れてきた。


 F-6133とI-0759はまだ生きているのか? あの二人も、今生きていた所で局に生きて帰ることはあり得ないだろうが。


 暗い湖畔の底に、記憶と自我が沈んだ。




 ______かのように思われた。


 突如として、濁っていた意識が鮮明になり、身体の感覚が戻って来た。


 ……あの世か?


 そこは冥界か、あるいは地獄か。


 火傷は消えた。反動で少し冷たくなった瞼を開いた。


 思いのほか、そこは暗かった。


 驚愕したのは、冬のあの日以来だろう。


 二つの気配が現れた。一つは長身で穏やかな、もう一つは不気味な殺気に満ちた。

 彼らもまた、瞠目していた。



 宇宙だった。



 黒と呼んでも良いような深い藍色の、足元にまで広がる宙。散りばめられた無数の光。清らかな静けさ。その場を囲む、無数の水晶片の輪。


 明らかにこの世の景色ではなかった。


 更にその宇宙には重力が存在していた。


 足を動かすと、そこにゆったりと波紋が立った。波紋は広がり、どこか遠い場所で消えた。


 振り返ると、見知った二人がそこに居た。


 長身に、襟足の伸びた茶髪。鳶色の髪に、亡霊のような痩身。

 F-6133とI-0759。


「先輩」I-0759が言った。「この場所、知っていますか?」


「知らんな」答えたのはF-6133だった。


 D-1082は反射的に腰に手を伸ばした。そこには刀も、拳銃も付いていない。攻撃手段は素手のみ。相手の得体が知れない分、かなり頼りない。


 気配を注意深く探る。

 例の同僚だけが感知された。二人も状況を飲み込んだらしく、その気配も消えた。


 何者が、いつ出現するか。美しい宇宙の中で、三人は緊張を高めた。


 拳を握り、限界まで気配を消して構えるが、何も起こらない。視覚の中で映るのは星の瞬きだけ。この足元ならば、動けば波紋が立つ。しかしこの非現実的な空間、空中から仕掛けて来る可能性も十二分にある。


 襲撃を待った。


 ____何も来ない。


 もしや、無間地獄の類か。


 そもそも、どうせ死んだ身、死を望んだ身だ。襲撃を回避する理由も無い。


 D-1082は力を解いた。


 ____「おやおや、そんなに警戒されちゃって、悲しいなあ」


 その時だった。高い声が、静寂を裂いた。


 三人は周囲を見回した。


 誰も居ない。


 先程まで無かった、何かがあった。


 暗い宇宙の中で、それは酷く目立っていた。


 光り輝く水晶の、背の高い玉座。下では常に波紋が広がっている。水晶の向こうには、屈折して歪んだ星空が見えている。


 あの玉座の主はどこに____


「ここさ」


 視界の端に、何かが入り込んだ。


 三人は全身に力を入れ、威圧を込めてその人物を睨んだ。


 幻想の空間に佇むその人物は、また状況に合わない風貌をしていた。


「そんなに睨まないでくれ給え。取って食う気は無いんだから」


 肩にかかる空色の髪。紅梅色の、思考の読めない瞳。晴天の色に染められた衣を着た、十歳前後の子供。


 その子供がにこりと微笑んだ。


「貴方は?」


 I-0759だった。

 人間離れした容姿の子供を前にしても、I-0759は至って冷静に尋ねた。


 子供は驚いた後、嬉しそうに目を見張った。


「よくぞ聞いてくれた!」


 子供の性別は分からなかった。長い髪に整った顔は女児に見えるが、体つきは男児に似ている。


 振り返って子供が歩き出す。波は立たない。


 子供は水晶の玉座に腰かけた。

 足を組み、頬杖を付いた。


 美しく、不遜なその姿は、現世の生物とかけ離れていた。


 果てしなく広い空間に、幼い声が響いた。


「ぼくは“神”。この世界の全てを司る頂点の存在だ」


 それは脳内に直接入り込んだ。


 が、三人は特に反応を見せなかった。


「驚くくらいしてよ!」


 神は玉座から身を乗り出して叫んだ。


「この状況だ、人外だとは思っていた」


「えええ! でも神だよ? 神様だよ? 『ははーっ』とかない訳?」


「生憎信仰心を持ち合わせていない」


「酷い! 君とかはいかにも『神よ』とか言いそうじゃない」


「神を信じて利益などあります?」


 I-0759は笑顔で言った。


 神は盛大に肩を落とした。次の瞬間、先刻までの動揺は完全に消え失せ、また頬杖を直して笑顔を浮かべた。


「ま、信仰心を持って自殺はしないわな」


 神は呆れたように据わった目で三人を眺めた。


 神は目を伏せた。

 そのまま黙った。


「…………」


「おい待て、説明しろ」


 口を挟んだのはD-1082だった。


「あ、そうだった」


 神は目を開いた。


 一つわざとらしい咳ばらいをした。

 そして告げた。


「ちょっと頼み事があってさ、請けてほしいんだよね」


 表情が固まった。


 その場に相応しい、奇妙で緊張した空気が流れた。


「君たちさ、異世界転生って聞いたことある?」


「一応」


 N-924がいつか話していた。


 I-0759は分かるようだが、F-6133が首を傾げていた。

 囁き声からしてI-0759が教えているようだ。


 異世界転生……N-924の話によると、現世の人物が別の世界に新たな生を受けることを言うらしい。大体はトラックに撥ねられてそのような状況に陥るとか。当事者は底知れぬ能力を手に入れ、転生先の世界で無双するのが典型とも言っていた。


 何か嫌な予感がした。


 ようやく無駄な人生を捨てられたというのに、まさか。


「魔法の世界に生を受け、人類を脅かす魔王を止めてほしい」


 D-1082は露骨な不満を示した。


 F-6133も同様だった。


 I-0759からは表情が消えた。


「それなりにお返しはするからさ、お願い」


 神は手を合わせ、眉尻を下げた。


 D-1082は少し考える動作を取った。


 同僚二人に視線を移すと、あちらからも視線で返された。

 お前に任せる、とのことだ。どちらにしても乗り気ではないようだが。


「請ける以前に情報が足りない。必要な情報全て話せ」


 神は笑みを深くした。


「良いよ、余すことなく、この神が教えてあげよう」





 まず君たちの転生先より先に、存在するすべての世界___分かりやすいように「現世」について説明しておく。


 現世には、二千を超える世界が存在し、全てがこの「彼岸の星空」に繋がっている。君たちの元居た世界もその一つだ。各世界には二、三人の神が付き、管理及び監視を行っている。今回君たちをここに呼んだのも、その世界担当の神だよ。当然世界が違うならば、存在する生物の種族も変わって来る。


 死んだ者の魂はここを通って記憶を抹消され、世界を跨いで次の体に送り出される。魂たちが作り出されるのもここ。全ての源と言ってもいい。まあ、稀にミスで記憶の残ったまま生まれ変わってしまうこともあるけどね。


 そう、ぼくが言う転生は、前世の記憶を持ったまま生まれ変わることだ。


 君たちの転生先は数ある世界の中でも結構な古株、六八一番目に生まれた子だ。種族間の争いで文明の発達はずっと遅いけれど。色々な種が蔓延り、君たちの世界と比べればお世辞にも平和とは言い難い。そしてその世界には魔法と呪術がある。攻撃手段は増えるだろうね。でも非科学的な攻撃がある分、敵への対処も困難になる。


 大丈夫、簡単に死なないようにぼくが色々細工しておくからさ。


 え? ぼくのこと?


 神にも種類があるのだよ。各世界を担当する、力の弱い神が大半、ここに留まっているのは比べ物にならない能力を持った神々さ。


 ぼくらは、概念を司る神。


 知恵、恋愛、法、戦、時空、魔、力。それらを制御し、操作する者。


 ぼくはその頂点。全ての概念を手中に収め、現世そのものを司る神____最高神。


 出来るとは到底思わないけど、神を殺そうなんて思わないほうがいい。神が死ぬと、概念というか、神が持つ膨大な力が暴走することがあるんだ。今まで何回かあったし、次を見つけるのも面倒だから、ぼくはもう懲り懲りだよ。


 ま、そんな感じ。あとは転生先で自然に分かると思うから。





「成程」


 説明を聞いていたF-6133が頷いた。


 その横で、I-0759は星空を眺めている。


「依頼内容は分かったが、何故我々なのだ」


「君たちが一番頼れるからだよ?」


「嘘だな」


 D-1082から、有無を言わさない殺気が爆ぜた。


 相手が常人ならば何人たりとも真実を偽ることは出来ない。「こわっ」と神が呟いた。


「でも嘘じゃない。下界の生物の殆どって、力を持つと野心を制御できなくなるんだ。それに、一人だと何かと心配事も多い。一度死ねば終わりだからね。三人、しかもここまでさっぱりした魂、今転生できる中で君たちほどぼくの希望に近い人は居ないってわけ」


「分かった、それでいい」D-1082は半ば諦め気味に言った。


「請けてくれるってことだね」


 神___最高神は空色の髪を揺らして立ち上がった。


 白い光が波のように広がり、空間全体を包み込んだ。


 眩しさに三人は目を細めた。


「転生先は六八一番世界、クラニスタ帝国、ロメリオスト伯爵家。その三つ子として、君たちの第二の人生は始まる」


「三つ子?」


「そう。そこの婦人が今妊娠している。しかもまだ赤子には魂が入っていないと来た。これ以上絶好の機会は無いだろう?」


 光で濁る世界で神が悪戯っぽく言った。


 「死」のように、また意識が飛び始める。どうやら既に転生は始まっているようだ。

 玉座と最高神が消え、D-1082の目に映るのは白一色となった。


 ____三つ子か。


 母体にはかなりの負担をかけてしまうだろう。異世界の医療技術にもよるが、死亡の危険性すらある。そこは自分でどうにか出来る問題ではないから、完全に運任せだ。


 考えているうちに、五感が消えた。


 異世界がどのような場所かは実際に見なければ分からない。どちらにしても、神からの依頼を達成した後にさっさと自殺してしまえばいい。それで今度こそ無に帰れる。……神の話によると、記憶が消えるだけになるが。


「ああそれと、人格と記憶が戻るのは三年後ね」脳に神の言葉が入って来た。


 自我が消滅する。


 どこかに飛ばされていることだけが理解できた。


 完全に意識が途絶える直前。


「頼んだよ」


 神の、初めて真摯な声が残された。


 魂が、星空から消えた。




 最高神が暗い宇宙の中に寂しく立ち、星を眺めている。


 三つの流星が一瞬、暗い空を横切った。


 子供らしからぬ笑みを浮かべ、神は星空から姿を消した。





「星を渡って、世界を救うのが、君達の最後の_______」

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