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平凡な日常

 晴天が今日も美しい。


 そんなことを考えながらぼーっと自転車をこいでいる俺の上を、小鳥が気持ちよさそうに飛んでいく。桜の花びらが、ふわりと肩に乗る。


 もう春だ。


 俺の名前は雨坂明太郎(あまさかみょうたろう)。どこにでもいる普通の高校二年生である。好きなものは焼き鮭とポテトチップス。嫌いなものは蚕豆と虫……ではなくピーマン。今のところ彼女はいない。作ろうとしていないだけだ。


 特に人に自慢できる才能もなく、テストの点数は高くて六十くらい。五十メートル走のタイムは七とか八秒台。うーん普通。


 今俺は一人でゲーセンに行こうとしている。こないだのテストでは珍しく七十点近く取ることが出来たので、普段うるさいうちの親も今回は何も言わず小遣いをくれた。一人で、とは言ったが別に友達が居ないわけじゃない。これはマジ。

 ちなみに今はゲーセンで待っているであろうまだ見ぬ強敵たち(新しいクレーンゲーム)に微かに心を躍らせ久々のサイクリングを楽しんでいる。


 なんとなく道の端に目を遣れば、奥様方の井戸端会議。犬の散歩をするおっさん。スケボーの上で笑顔を浮かべる小学生たち。

 実に平和で平凡な世の中だ。良いことである。


 けど普通とは幸せなことながら、結構退屈することが多い。


 こんな仕事もしない時期に俺みたいなやつはどうするかと言うと、何かと妄想の世界にダイビングすることがこの世のお約束だ。

 モテるだとか、将来成功するだとか、俺の場合はそういうのではない。


 考えたことはないだろうか。異世界転生というやつを。


 俺は所謂オタクである。そんな俺はアニメや漫画の世界に何よりも魅力を感じ、「この作品の世界に生きていたらなあ」としばしば思いを馳せる。一番好きなのは、主人公が異世界に転生してチート級の能力を手に入れ、魔物をビシバシ倒していく冒険もの。特にああいうのは推せる美少女キャラも豊富にいる。だいたいそれ系の話では主人公はモテまくり、誰かと結ばれる。羨ましいこと限りない。


 _____転生できるなら、トラックにでも何にでも轢かれてやる。


 ここ最近俺が思っていることだ。半ば中二病気味であることは自覚している。

 しかしそうでもしないとやっていけないのだ。


 この町……いや、この世界は退屈すぎる! 何か大きな事件でも起きればいいのに。


 そんなこと言ったら死んだじいちゃんに間違いなくぶっ飛ばされるだろうけど、じいちゃんみたいに戦争を体験したり、ヤクザ者に遭遇して死を間近で感じたことのある人の気持ちなんて、無い俺には分からない。

 残念なことに俺はホラーにも、絶叫系のアトラクションにも強い。つまり娯楽では俺の心は満たせない。


 今の俺に必要なのは娯楽ではなくスリルだ。

 そう、例えば、曲がり角で突然暴走トラックが飛び出して来たり…………。


 その時だった。


 突然、耳障りな高音が俺の右から飛んできた。いつか聞いたことのあるような音。どこで聞いたっけ。…………ああそうだ、こないだ見た転生もので、主人公が車に撥ねられて死ぬシーンだったかな。

 ………………まさか。

 俺は反射的に右を向いていた。

 心臓が凍り付くような感覚がした。


 _____黒光りする物体が向かってくる。鼓膜に悪そうな音を響かせながら、水牛のようにこっちに突進してくる。光を放つ鋭い目が俺を睨んでいた。


 車だ。


 車が突進。俺に向かって。


 交通事故、という言葉が頭をよぎった。

 …………あれ、これ___死ぬ?


「うわあああああ!」


 気づいたときには、俺は自転車と一緒に倒れていた。

 脚の上に自転車が乗り、動けなくなった俺に黒い車体が迫ってくる。


 轢かれる!


 意識する暇もなく、俺は両手を前に出してひたすらに叫んでいた。我ながら情けない格好である。

 最悪だ。こんな見通しの悪い交差点で左右確認もせずに飛び出してしまった。しかも自転車。完全に非は俺にある。


 高音が近づく。俺は死を覚悟した。


 情けない死に方だ。ぼーっと自転車をこいでいたら車に撥ねられましただなんて。恥ずかしすぎて死にたい。もうすぐ死ぬけど。

 あと数秒も経たないうちに体の上に思い車体が乗る。俺の腹では内臓が潰れ、体中の骨がバキバキと折れる。


 神様仏様、死ぬならどうか転生させて下さい。


 転生ものによくあるのは、トラック事故による死亡、転生トラックというやつだ。しかし俺が見たのは黒い乗用車だった。その場合は転生できるのだろうか。


 けど転生するにしても痛いのは嫌だ。轢くならどうか頭をやってくれ。多分即死だから。

 運転手にも申し訳ないことをしてしまった。俺の不注意で彼か彼女は人を死なせたことになり、世間から白い目で見られることになるのだ。


 ふと、ブレーキ音が止んだ。

 まさか俺、もう死んだのか?


 幸いこれといった痛みは無い。どうやら無事頭が潰れたようだ。良かった。………………良くはないが。

 ごめんなさい父さん、母さん、兄さん、ばあちゃん、じいちゃん。…………あと青木。俺は死にます。じいちゃんと同じ所か異世界に行きます。どうか俺の死に様は後世に伝えないで下さい。

 さあ、あの世へ飛び立つ覚悟は決めた。


 天使の呼びかけよ来い!

 …………と心の中で意気込んだのも束の間、俺にかかってきたのは予想とは全く違う声だった。


「危ないじゃないか!」


 低くて厳つい、良く通る声。天使とは言い難い。

 もしかして、神様?


「すみません情けない死に方して………………死ぬなら転生を……それかやり直させて下さい。無理ならせめて、猫とか助けて車に撥ねられたとか、カッコいい死に方に…………」


 俺は泣いていた。


「何が子猫だ! 急に飛び出してきたことについての謝罪はないのか!」


 声が言った。

 …………おや?

 そういえばさっきから、瞼の裏から見える色が明るいような気がする。まだ背中には地面の感触もある。

 俺は瞼を開けた。

 広がる青空。桜吹雪。地面の感触。そして、俺の顔を覗き込む男性。

 生きてる?

 周囲を見渡すとそこは、飽きるほど見た交差点、間違いなく現世の風景だった。

 間違いなく生きている。

 俺はほっと胸を撫でおろした。


「おい」


 その声に、俺はびくりと肩を震わせた。

 あわてて振り返るとそこには、声通り厳つい雰囲気を醸し出したおっさんが立っていた。

 なんだか奇妙な印象を抱かせる服装だった。


 黒い背広に黒い手袋、黒くてこちらからは目が見えない遮光眼鏡、黒い帽子。全身真っ黒だ。

 まるで政治家とか、お偉いさんの護衛や運転手のような。


 ……と、いうことは、俺はお偉いさんに迷惑を…………?


 破滅。借金。自殺。

 嫌な言葉が俺の頭の中を駆け巡る。

 いつの間にか、俺は必死になって頭を上下させていた。


「すみませんすみません! 俺……じゃなくてワタクシ? が、ぼーっとしていたばっかりにそちら方に多大なご迷惑をかけてしまい…………!」


 尊敬語ってこれで合ってたっけ。そんなことを気にする余裕など俺にはなく、ただただ自分の将来を守るために謝っていた。

 後から気づいたことだが、男性は俺の勢いに引いていた。


 勿論俺は男性の顔など目に入っておらず、吐き気がするのも気にせず謝り続けている。

 お偉いさんに何かされたら、俺だけじゃなくて俺の家とか交友関係もヤバいのだ。冷静になどなっていられない。

 もう既に三十回は頭を下げた気がする。流石に気持ち悪い。


「すみまおえぇ」


 吐きそう。というか吐きかけている。


「やめろ吐くな! もういいから吐くな!」


 俺には聞こえていなかった。

 その時だった。

 ガチャ、と金属音がした。

 はっとして車の方に視線を戻すと、後部座席の扉が開いている。


 ______お偉いさんが降りてこようとしている!


 ヤバい。これはマジでヤバい。ヤバすぎてヤバい。


 男性が止めるのも聞こえずにもう一度ヘドバンを始めようとした俺にかかってきたのは、予想とは一八〇度真逆の言葉と声だった。



「そんなに頭を下げなくても。こちらこそ、怖い思いをさせてしまって申し訳ない」


 優しく、同時に凛とした声音。成人男性にしては高く、思っていたよりもずっと若い声。

 俺は声の主を見た。そしてそのまま釘付けになった。


 そこに居たのは、男性と同じような格好をした、長い黒髪を一つにまとめて後ろに流した長身の青年____いや、女性だった。運転手風の男性より背が高い。それに加えて真っ黒な見た目は何だか奇妙な、人間離れした印象を持たせた。

 そして何より、真っ白で日焼けを知らないような、しかし化粧っ気の無い肌と、長い睫毛の下の大きな瞳。小さくて輪郭のはっきりとした顔。

 絶世の美女というのを、初めて見た。

 俺は謝罪も忘れて見入っていた。


「お怪我はございませんか?」


 自転車の下で未だしりもちをついている俺に、黒髪の美女は歩み寄って手を伸ばしてきた。

 近くで見ると、女性にしては本当に背が高い。うちの父さんも見上げるくらいではなかろうか。俺はどうにか自転車をどかして立ち上がったが、それでも彼女の方が背丈が上だ。


「あ、はい。大丈夫です」


 上ずった声が出てしまった。

 美女が目を細めて、くす、と笑う。何か心臓に弓でも刺さった音がした。彼女こそ、あの世から迎えに来る天使に相応しい人物だと思った。


「良かった。曲がり角にはお気をつけなさい」


「ひゃい」

 また上ずった。

 さっきまでの不安が恥に変わっていく。美女は柔らかい笑顔で俺を見ていた。


「では、すみません。用事があるもので」


 そう言って、彼女は車の方に戻って行ってしまった。黒髪を揺らし、俺に背を向ける姿も美しい。

 ……あ。

 俺の将来のことが…………


「あの……」俺はおずおずと話しかけた。「このことは、その……」


 美女が振り返る。


「心配せずとも、口外も脅迫も致しません。というか、我々はただの警察、それも新人の下っ端ですので」


 警察。成程、だから黒服。一昔前までは青っぽい制服だったから忘れてた。

 彼女の言葉に、俺は再び胸を撫でおろした。これで安全は守られる。


「ああ、それと」


 ほっと一息ついた俺に、美女はもう一度近づいた。

 速足で急接近してきたために、心臓がもうはちきれそうだ。

 美女は俺の耳元で囁くように言った。


「こちらのことも口外しないように」


 全身が熱くなった。


「警察が人を撥ねかけたなんて、色々まずいでしょ?」


 彼女はそのまま振り返り、黒い乗用車の中に戻った。

 数秒ほど思考を飛ばしていた俺は、クラクションの音で目を覚まし、すぐさま自転車と自分の身を道の端に寄せる。やがて車は速度を上げた。

 最後に不機嫌そうな……というよりビビッているようにも見える厳つい男性と、笑顔でこちらを見やる美女が暗い緑の遮光ガラスに映った。


 失礼な話ではあるが、惜しくなってしまう。どんどん小さくなる車をしばらく見詰め、俺は小さく溜息を吐いた。

 さっきの美女と離れて冷静さを取り戻し始めた俺が感じたのは、車に撥ねられそうになった恐怖だった。転生できるなら轢かれてやるなんて、もう思えない。数年の思いが一瞬にして無に帰った。

 自転車を押しながら、再びゲーセンの方向に歩く。

 …………あんなことになるくらいなら、俺は一生平凡なままでいいかな。結局のところ、平和が一番なのだ。

 そういえばそうだった。普通、とは言っても俺みたいに平和に生きて、平和に退屈できるような奴のほうが珍しいんだっけ。父さん曰く、「お前のじいさんと比べて、お前は凄く幸せ者なんだぞ」とのことだ。じいちゃんは、俺が生まれる前____二四年前に亡くなっている。


 戦争が終わって、今年で丁度三十年。


 今や俺たちの親世代は皆、戦争の経験者だ。戦争が終わった後も国内には大量の犯罪者が巣食い、じいちゃんは平和な世の中をもう一度見ることは無く、その生涯を終えた。俺が生きている今この瞬間だって、大戦の残した火は消えていない。

 少し後ろを振り向けば、遠いながらもよく目立つ、黒い建物が佇んでいる。

 一般高校生がこうして一人で外出できるようになったのも、三年くらい前のことだ。電車に乗るなんてテロリストとの遭遇を考慮されて不可能だった。一人で留守番も、強盗が蔓延る時代では許されなかった。登下校は必ず送迎、外出は最低限。小中学校では年に四、五人の訃報が校内で報じられていた。

 思い返せば、この十数年間でかなりの変化を遂げたものである。

 四桁を超えていた非合法組織は一桁にまで減少し、元々彼らの拠点であった場所は空き地か工場になっている。対抗する術のなかった我々一般人にとっては有難い話だ。


 ところで、気になることがある。


 非合法組織の人間なんて、大抵話の通じない滅茶苦茶な奴らだったはずだ。何人もの人を虫みたいに殺してきたような奴らは、どうして最近になって行動を起こさなくなったのだろう。警察と軍がいくら攻め入ってもしぶとく犯罪を重ね続けていたのに。

 報道でも明確な情報は伏せられていた。何かを隠すみたいに。

 何があって、世界は平和を取り戻しているのか。

 誰が、国の秩序を守っているのか。

 …………まあ、俺の気にすることじゃないけど。

 平和なら、それでいいか。



・・・



 そこは黒い高級車の中だった。傷一つ無い車体に、車内が殆ど見えない遮光ガラス。

 この車は先ほど、先ほど自転車に乗った少年を撥ねかけた。

 二つの人影があった。一つは後部座背に座る背の高い女性、もう一つは運転席でハンドルを握る厳つい男性だ。


「申し訳ありません……警察官時代の癖が未だに抜けず……」


 一人が言った。


「今後は用心しろ」


 もう一つの声が車内に冷たく響いた。

 謝罪の言葉を発した、体を縮める人物____運転手の男性がハンドルを右に切った。


「それと」後部座席の、長身の美女が言った。「経歴のことは口に出すな。盗聴されれば脅迫材料になりかねん」


「申し訳ございません」


 運転手が泣きそうな顔になった。少年を叱っていた時の面影は消え去っている。女性もまた、少年に見せた笑顔など無かったような無表情だ。

 運転手は緊張を誤魔化そうと視線を前に固定した。

 会話が完全に終了し、沈黙が降りた車内から女性が退屈そうに外を眺めた。濃い茶色の瞳が鏡のように景色を映した。

 白い建物と住宅が並ぶ、平凡な町。何万人もの人々が営み、暮らし、日常物語を紡いでいる。

 ただ、何の変哲もないはずだった街に、幾度となく見てきた異物が混じっていた。

 黒いガラスで覆われた巨大な建物は、よく目立った。

 大きな眼が僅かに細められた。


「落雷にでも打たれればいいものを」


 女性が低く呟いた言葉に、運転手が震え上がった。


「電気椅子……ですか?」上ずった、情けのない声が出た。顔色を青くし、だらだらと冷や汗をかいている。


「お前には言っていない」


 運転手が安堵の溜息を吐いた。女性は変わらず車窓の向こうを眺めていた。

 再びハンドルが切られ、黒い高級車が大通りから外れ人気のない道へと入り込む。

 彼女の隣席にある物が、車体の振動に乾いた音を鳴らした。



・・・



 三十年ほど前になるだろうか。

 西に、とある国があった。その国は百年以上前、さらに西の某国に植民地支配を受け、そして数十年前に明確な独立を果たしていた。某国は、ある戦争の条約に従ってその国を解放したが、長年にわたる支配が生んだ憎悪は簡単に消えるものではなかった。二国は幾度となく対立した。

しかし、人間が不死でない限り、感情は世代を重ねるごとに薄れていく。時がたち、人々が某国に向ける感情は簡単な嫌悪に変わっていた。

 一方で、某国の何千人かが元植民地に向けていたのは、相変わらずの蔑みだった。故に二国が一定以上の仲を深めることはなかった。

 条約から約七年後、その国に一人の少年が生を受けた。名は*****といい、これといった特別さのない普通の家に生まれた。頭が良いわけでも、容姿が優れているでもない、本人も実に普通の子供だ。他者と違う点を挙げるとすれば、何かと影響を受けやすく、思い込みと正義感が強いことくらいだろう。

 ある日、少年は一冊の歴史書を手に取った。そこには過去の支配の事柄が事細かに載っていた。幼かった彼は少なからず憤りを覚えた。

 さらにその六年後、一つの事件が少年の町で起こった。

 某国出身の男性が、隣家の女性とその赤子に暴行を加えたのだ。動機は子供の泣き声だった。女性は腕の骨を折り、赤子は片目にこぶを作った。しかし、治外法権の存在によって男性の罪は軽いものとなった。

 少年は強い怒りと同時に、危機感を抱く。

 植民地時代の上下関係が現在も続いている。その現実は繊細な少年の精神を蝕んだ。


 いつだって世界を変え、新たな安寧をもたらすのはおよそ普通とは言い難い信念を持つ者ばかりだ。そして世界を混沌に陥れるのも、常軌を逸した決断力を秘める者に他ならない。人類にとって初の世界大戦も、そうして発生した。


 三か月後、某国の大統領が来国した。その知らせはすぐに少年のもとに届いた。

 彼はその日、まだ日も昇っていないような深夜に起床し、父の部屋へと向かった。その箪笥の中には、護身用の銃が一丁入っていた。父は少年が銃の場所を知っていることに気づいていなかった。

 少年は家を出た。大統領が送迎を待つ空港は、少年の町の二つ隣りの町にあった。

 小さな鞄の中に銃の重みを感じながら、少年は空港へと向かった。

 空港には、大勢の野次馬が押し寄せていた。少年がその野次馬をかき分け、前列に並んだとき、大統領は旅客機に搭乗しつつあった。

 自分は今、人を殺そうとしている。心臓が煩く鳴り響いていた。

 少年は正義であっても、人の命を奪うことにどこか躊躇っていた。鞄の中で銃を持つ手が震える。

 少年は二つの思考に、両側から手を引かれていた。そしてある瞬間、ついに彼は引きちぎられた。

 半狂乱で、少年は銃を構えた。

 引き金にかけられた指に力が加わった。

 次の瞬間、鮮血が飛び散った。



 大統領暗殺の報道は、両国間に広まった。

 国民は復讐心に駆られ、指導者を失った某国は軍備を整えた。

 もう一方の国は他国に助けを求めた。

 二国間の対立にすぎないと思われていた戦争は長く続き、やがて世界中を巻き込んだ。


 世界大戦の幕開けだ。


 見境のなくなった国々は無関係な国すら巻き込み、地球上に安全な場所は存在しなくなっていた。

 それは極東の島国までにも広がった。

 成人男性は銃弾の飛び散る戦地に送り出され、女性は兵器工場で働き、子供は兵士としての教育を受けた。何人もの兵士たちが血の海に沈み、世界は地獄と化した。

 一九〇〇年代の光景が戻ってきたような。

 元凶となった殺人犯は捕らえられ、やがて獄中で息絶えた。

 彼が望んでいた平和な世の中は、彼の決意によって消え去った。

 戦争は十年以上続いた。人々の心に癒えない傷を残すには十分な時間だった。

 戦後、少年の国は某国の領地となった。戦犯の国として、取り込まれた国の人間は迫害を受けた。少年の両親と一人の妹は、罪悪感に耐え切れず毒を煽った。

 戦争は終わった。政府の人間は安堵した。

 しかし戦争に身内を、生活を奪われた国民たちは自分らを駒として酷使し、命と意思を蔑ろにしてきた政府に牙をむく。

 裏社会、国家に仇なす非合法組織として。



・・・



 運転手がブレーキを踏む。黒い車体がゆっくりと減速を始めた。

 大通りを外れて走った先にあったのは、錆びた建物の立ち並ぶ通りだった。しかし人気は無く、一つの車すら存在していない。

 殺風景な通りに、薄桃色の桜吹雪が彩を加えている。黒いアスファルトの道路を美しい絨毯が覆い隠している。

 黒い車体が、無慈悲に桜色の布を切り裂いた。爽やかな春風は車体に巻き取られ、ただの風圧となって後方に流される。

 車は音を立てずに、徐々に速度を落としながら進む。

 露になったアスファルトを、桜の花弁が再び覆い隠す。風圧は別の風と混じり合い、春の香りを含むようになる。

 車は、黒い建造物の陰で停まった。

 奇妙な建物だ。ぼろぼろの建物に囲まれたそれは、傷一つ無い遮光ガラスに覆われている。四〇階を超えているであろう黒い直方体は、地上に暗い影を落としていた。

 運転手は後部座席を振り返った。


「行かれないのですか?」


「外す。少し待て」女性はいつの間にか外していた黒手袋を膝の上に置いた。


 女性は白い指で、眼球の表面を摘まんだ。両目から何かを取り出し、手に乗っていた黒いケースを開いて入れた。

 それは茶色の円が浮かぶ薄い膜だった。

 次に女性は隣席に置かれていた物を手に取った。うち一つをベルトのように腰に装着した。

 女性は黒手袋を嵌めなおした手でドアハンドルを握り、前に押し出した。

 弱い風が髪を揺らした。

 女性は車から降り、背中を伸ばす。

 一つにまとめられた黒い長髪。黒い背広。彼女の風貌は建物の陰によく溶け込んでいた。


「もういい。油断はするなよ」


 運転手に目を向け、女性が言った。


「はい」


 運転手は恭しく頭を下げた。

 車体が加速し始めた。

 暗い通りを、真っ黒な車が走り去る。角を曲がり、姿が見えなくなったと同時に、角の向こうから全く同じ車種が現れた。


 中には三つの人影があった。


 運転手と、後部座席の二人の乗客。どちらも女性と同じような服装に身を包んでいるが、一人は黒い帽子を目深に被っている。

 女性の手前で停車し、中からその二人が降車した。

 女性が二人に歩み寄る。

 一人、女性よりも更に長身の青年が、運転手に礼を言った。襟足の伸びた茶髪を風に揺られ、青年は女性の方を振り向いた。整った顔は凍るような無表情で、切れ長の瞳は何の感情も映していなかった。


「少し遅れていたようだが」青年が言った。


「大したことではない」女性は涼しく返した。「少年を撥ねかけただけだ」


「大したことだろう」


 突っ込む青年はやはり無表情だ。


「お二人とも、間の抜けた会話をする状況ではありませんが、まさか油断なんてしていませんよね?」


 楽し気な声がかかった。

 そこにはまた長身の、そして痩身の人物が立っていた。目深に被られた帽子で容姿の詳細は掴めず、口元は薄く笑みを浮かべている。


「警戒している」


「そうですか。なら問題ありません」帽子の人物が言った。演技じみた抑揚のついた声は女性にしては低い。


 奇妙な三人だった。喪服じみた黒い服装を身にまとい、動きは気味が悪いほど流麗で気配は無い。腰に巻くベルトには二つのケースが付き、手には黒く長い棒状の何かを持っていた。

 三人は前に向き直る。


「行くぞ」女性が言った。



 その紅い瞳が、冷たく光った。



登場人物プロフィール

雨坂 明太郎

年齢 16歳

身長 168cm

体重 59kg

好きな物・・・焼き鮭、ポテトチップス、ハーレムもの

嫌いなもの・・・蚕豆、虫(主に細長いヤツ)、リア充

好きな言葉・・・自由奔放

恋愛的な好み・・・大人っぽい女性

特技・・・ドラム、頭跳ね飛び

最近あった良いこと・・・テストで70点取った

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