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混沌のアリス  作者: 里羽
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【第六十四話:新たな旅立ち】

本日で学園編終了となります。

次回からは冒険者編がスタートします。

よろしくお願いします。

その時がやってきた。

アデル達の卒業の日だ。


魔導学園ルクシアでは卒業にあたって特別なにか行うということはない。

それはこれから旅立つ者に「ここが始まりだ」という意味を込めて、担当の教員から少し話があるだけ。

だがアデル達にとって、それは紛れもなく学園を離れるということ。

少なからず学園に想いを馳せる者も少なくはなかった。


「とうとう今日で学園ともお別れか」

アデルが窓から見える中庭を眺めながら呟く。


「やっぱり寂しいの?」

リリスが少しからかうような声をかける。


「まぁ、そりゃ少しはな……。だけど、これで終わりじゃなくてここからが始まりなんだ。そう思えば気持ちも穏やかになるよ」


「そうね。……あ、ユリ先生が来たわよ」


ユリ:トキワが静かに教室へと入ってくる。その歩みはいつもと変わらぬはずなのに、誰もがその背に重みを感じていた。


「皆さん、今日までご苦労様でした」

ユリの声は柔らかく、だがどこか張り詰めている。


「私が教えられたことは多くはありませんが、みなさんのこれからに少しでも役に立ってくれれば嬉しいです。三年間、様々なことがありました。決して楽しいことばかりではなかったのは充分に承知しています。……だけど、この学園で過ごし、学び、競い合ったこと、それはこれからもきっとあなた達を支えてくれるはずです」


ユリは小さく息を整え、微笑んだ。

「――おめでとう、みなさん」


「ユリ先生……ありがとうございます」

アデルは誰にも聞こえないほどの声で、胸の奥から絞り出すように呟いた。


「それでは、みなさんはそれぞれ出発の準備をしてください。明日には学園を出るのですからね」


そう言って、ユリは背を向けた。


その姿を見送る教室の空気は、一瞬の静寂に包まれる。

他の者が見れば、少し素っ気なく見えただろう。

だがクラスメイト達はわかっていた。

――ユリが涙を見せれば、ここから先に進むのに足枷になるのでは、と。


ユリは教室を出て、廊下を歩きながら小さく息をつく。

(みなさん、また会いましょう……立派になってくださいね……)


頬を伝う涙を、誰にも見せることはなかった。



アデルは大きく息を吐き、肩の力を抜いた。

「ふぅ、じゃあ俺たちも準備するか。ユウナは先に準備を始めてもらってるから俺たちも行かないとな」


マリアが微笑んで頷く。

「そうですね。ユウナに任せっきりではいけないですからね」


その時、背後から澄んだ声が響いた。


「お待ちくださませ」


振り返ると、廊下からレティシア、ライエル、そしてシオンの三人が歩み寄ってくる。三人の表情には、どこか緊張と覚悟が入り混じっていた。


「アデルさん達は今日で学園を卒業ですわよね?」

レティシアが気品ある仕草で問いかける。


「ああ、そうだ。レティシア、ライエル、シオン。ありがとうな」

アデルは少し照れたように笑い、感謝を告げた。


「ふん、俺は別に来る気はなかった」

ライエルはそっぽを向きながら吐き捨てる。


「素直じゃありませんわね」

レティシアが呆れたようにため息をつく。


ライエルは数秒の沈黙の後、目を伏せて言った。

「……だが一言言っておきたかった。星の徒の一件、すまなかった……」


アデルは思わず言葉を失う。


「……あの時俺は正直、足手纏いだった。少しでもアイツを止められてれば、結果は変わっていたかもしれない」

拳を強く握り締め、唇を噛むライエル。その姿に、後悔と悔しさが滲んでいた。


「ライエル……そんなことは――」


遮るようにライエルは声を強める。

「いや、俺が俺自身を許せないんだ。誰かに許してもらおうなんて思ってない。だから次にアデル、あんたに会う時までには――あんたを倒せるくらい強くなってみせる」


真っ直ぐにぶつけられた言葉に、アデルは一瞬驚いたが、すぐに力強く頷いた。

「……ああ、楽しみにしてる」


「はぁ、ライエルったらいつもこんな調子ですわね」

レティシアは苦笑しつつ、優雅にアデルたちへ向き直る。

「アデルさん、リリスさん、マリアさん。おめでとうございますわ。……ワタクシ、リリスさんがいなければ今ごろまだ貴族の振る舞いを改められていなかったですわ」


リリスは思わず目を瞬かせ、少し照れたように頬をかいた。


シオンは一歩遅れて口を開く。

「ぼ、僕も……アデルさん達がいてくれて良かったです。リナさんを救ってくれて……僕じゃリナさんを助けることなんて出来なかった。なにも出来なかったです」


「そんなことはない。それに俺たちも結局は――」

アデルは言いかけて言葉を探す。だがシオンが首を振り、強い声で続けた。


「でも、リナさんはきっと感謝してたと思います。星の徒とかいうやつのことはわからないけど……そんなやつらに操られたままよりは、きっと良かったはずです!」


純粋な思いが、場の空気を真っ直ぐに貫いた。


「……ありがとう。リナの分まで俺たちは世界を見てくる。だから君たちも頑張ってくれ」

アデルは真剣な眼差しで言い切った。


三人は静かにうなずき、言葉以上の約束を交わす。アデルたちは振り返ることなく歩き出した。迷わず前へ進むために。


廊下に差し込む陽光が、彼らの背中を明るく照らしていた。




そして旅立ちの日。


アデルが皆を見回して声を上げた。

「よし、みんな準備はいいな」


リリスは腰に手を当て、笑みを浮かべて応える。

「ええ、もちろんよ!」


マリアは胸に手を当て、落ち着いた調子で頷いた。

「大丈夫です」


ユウナは背負い袋をポンと叩いてにこっと笑う。

「バッチリ準備したからね!」


そこへアスラが姿を現した。険しい目つきは変わらないが、その声にはどこか静かな決意が滲んでいた。

「アデル、行くのか」


「ああ、俺たちはこのルナーシュの街から始めるよ。アスラ達はどうするんだ?」

アデルは真っ直ぐに問い返す。


「俺たちは南東の朱花シュカに行く。あそこの冒険者ギルドで腕を磨くつもりだ」

アスラの言葉にアデルは目を細めた。


「朱花ってまた独立した文化があるところだな」

「ああ、違った文化のところで依頼をこなせば修練にもなるだろうからな」


ルナーシュから南東にある街、朱花。王都やルナーシュとは異なる文化を色濃く残す街――互いに違う道を歩む決意が交わされた。


グレイスが両手を振りながら声を張った。

「リリス、マリア、元気でな!」


「ええ、グレイスも!またいつか会いましょう!」

リリスは笑顔で手を振り返す。


「そうですね、きっとまた会うこともあるでしょうから、その時までにもっと私達も強くなっておきます」

マリアの言葉は静かだが、力強さを帯びていた。


少し離れたところでは、ミーナがユウナに駆け寄る。

「ユウナ!ユウナも色々ありがとうね!私、ユウナがリュクシスで助けてくれたこと忘れないから!今度は私が助けてあげる!」


ユウナは驚いたあと、嬉しそうに微笑む。

「うん!私のほうこそみんなに良くしてもらって、友達もできて嬉しかった!お互い頑張ろうね!」


異世界で出来た友達――ユウナにとってその存在は、もうかけがえのないものになっていた。


「おーい!アデル!」

タガロフが声を張り上げる。


「タガロフ、鍛冶屋の弟子入りは出来たのか?」

「おう、親父もとりあえずは了承してくれたぜ。まぁまだ見習いだからこれからだけどよ!けどこの街にいるならまた寄ってくれよな!」


「もちろんだ!また世話になるよ!親父さんにもよろしく伝えてくれ!」

互いに笑い合う二人のやり取りに、温かな空気が流れた。


そのすぐ横で、シグとライカが並んで立つ。

「みんな、三年間ありがとう。俺とライカは王都まで一緒に行くことにしたよ」

「まぁ行き先は同じだしな。お前達に遅れとることがないように俺も鍛錬するつもりだ。そして、騎士となってみせる」


リリスがからかうように笑う。

「ライカったら気合い入りすぎじゃない?そんなキャラだっけ?」


「たまにはいいだろう。それに旅立つ時は皆少なからず気合いは入るだろう?」

「ま、それもそうね」


アデルはみんなを見渡し、しっかりと声に出した。

「みんな、ありがとう。俺はみんなが仲間で良かったと思ってる。だからまた会おう!必ずな!」


その言葉に応じるように、アスラが低く告げる。

「ああ、次はお前を圧倒するつもりだ」


「アンタ達もまた会うまでくたばるんじゃないよ!」

「みんな!またねー!!」

グレイスとミーナも声を合わせて手を振る。


「さぁ行こう!」シグが仲間を促し、

「じゃあまた会う時までな」ライカが力強く続ける。

「おう!こっち来た時はウチに寄れよな!」タガロフも大声で呼びかけた。


クラスメイトはそれぞれの道に向かって歩き出していった。


アデルは深呼吸をひとつし、仲間たちに向き直る。

「……よし、俺たちも行こう!ここからまた新たな始まりだ!」


「行きましょ!あたし達も負けてられないものね!」

リリスが肩を張り、


「ええ、これからがホントの始まりです!」

マリアがまっすぐ前を見据える。


「うん!みんなとならきっと上手くいくよ!」

ユウナが明るく声を重ねた。


「行こう!」

アデルは三人と肩を並べ、歩き出す。


こうしてアデル達は新たな旅路へと足を踏み出した。

この先に待つものがなにか彼らには予想も出来ない。

だがいまはそれでいい。この先の困難も、彼らなら乗り越えていけるだろうから。

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