【第六十三話:未来への道】
「……ここ最近、色々忙しかったな」
夕陽が差し込む学園の中庭。石畳の上に長く影を落としながら、アデルはぼそりと呟いた。
背中を預けたベンチはひんやりと冷たく、吹き抜ける風には草花の匂いが混じっている。
「なーに黄昏てんのよ?」
隣に腰を下ろしたリリスが、からかうように横目を向ける。
「いや、黄昏てる訳じゃないって!」
慌てて手を振るアデル。
「ただ……ここ最近色んなことがあってさ。卒業後のこと、ちゃんと考えられてなかったなって思って」
リリスは肩をすくめ、ふっと笑う。
「ふーん、アデルでもそんなこと考えるのね」
「そりゃそうだろ!」アデルはむっとして言い返す。
「……リリスはどうするんだ?」
問いかけに、リリスは一瞬目を伏せた。
「うーん……あたしも実際どうするか決めてないのよね。お父様のところに戻る必要もなくなったし……それに、星の徒。アイツらのことは絶対に許せないから……」
その声音は低く、だが揺らがない。
アデルは黙って頷いた。自分の胸の奥にも似た怒りが燻っている。
「……そうか。俺はさ、星の徒とか、自分の中の混沌の力とか……色々あったけどさ」
アデルは空を見上げた。夕焼けが雲を朱に染めていく。
「結局は……俺、父さんや母さんみたいに世界を旅したいんだと思うんだ」
リリスが小さく目を見開く。
「冒険者、ってこと?」
「そりゃアイツらのことは絶対許せないさ。でも、それに囚われてばっかりじゃ、せっかくこの世界に生まれてきたのに……なんか勿体ないだろ?」
「勿体ない?」
「ああ。だってそうだろ?世界には俺たちの知らないことがたくさんある。それを見て、感じて、知ることができる。なのに、アイツらのせいでそれを奪われるなんてイヤじゃないか?」
リリスは言葉を探すように視線を泳がせ、それから小さく笑った。
「……まぁ、それはそうね」
「だからさ」アデルは拳を握る。
「俺はアイツらを許さないし、自分の力も制御できるようになりたい。けど、根っこにあるのは冒険者になって世界を巡りたいって気持ちだ。昔からそれは変わってない気がする。だから……俺は卒業したら冒険者になるよ。それに、大森林に行くのも冒険者としてランクを上げる近道だと思うしさ」
「はぁ……やっぱりアデルらしいわね」
リリスは呆れたようにため息をつく。
「しょうがない、そしたらあたしも付き合ってあげるわ!」
「……リリス?いいのか?」
「ええ。レオンさんからも頼まれたし……リナに“楽しんで”って言われたからね。だったら、あたしのやりたいことをやって楽しまないとリナに悪いもの」
アデルの胸に温かいものが広がった。
「……リリス、なんだか色々巻き込んじゃって悪いな」
「何言ってんのよ!あんたがあたしのこと仲間だって言ったんでしょ?だったら最後まで付き合ってあげるわよ!」
そのやり取りに、ひょいと声が割り込んだ。
「リリス、抜けがけはいけませんよ」
「マリア!?」
振り向いたリリスの顔に、珍しく動揺が走った。
マリアは静かに微笑んで言った。
「アデル、私も冒険者になります」
「本当にいいのか?マリアだって、自分のやりたいことがあるんじゃないのか?」
「そうですね……私のやりたいこと。それは自分の正体を知ることです。私は一体どんな竜族なのか、仲間はいるのか、それとも……」
マリアは胸に手を当てる。
「でも、それを確かめるには世界を巡るしかないと思うんです。だから、アデルの目的と私の目的はある意味、一緒なんですよ」
「マリア……ありがとな。頼もしいな、二人とも」
「ちょっと!アデル君!私のこと忘れてない?」
明るい声と共に、ユウナが両手を腰に当てて仁王立ちしていた。
「ユウナ……君こそ自分の目的があるだろ?俺についてきたら、遠回りになるんじゃないか?」
「アデル君が色んなこと抱えてるのは、今まで話を聞いてきてわかったよ」
ユウナは真っ直ぐな瞳で言う。
「でも、私のこと助けてくれて、仲間だって言ってくれたじゃない。ここでお別れなんて……悲しいじゃない?」
「……それは、そうだけど」
「だったら私も一緒に行く!仲間だって思ってくれてるなら、私もアデル君を助けたい。それに……私の腕のことも、鬼のことも。世界を巡れば何かわかるかもしれないし!」
アデルは三人の顔を順に見た。
リリス。マリア。ユウナ。
胸の奥にこみ上げる熱を抑えきれず、言葉を紡ぐ。
「……ありがとう。リリス、マリア、ユウナ。俺は冒険者になる。楽しいことばかりじゃないだろうけど……世界を旅して、父さんや母さんが見てきたものを見て、感じて、そしていつかは二人以上の冒険者になりたい。だから……ついてきてくれないか?」
三人は無言で、しかし迷いなくうなずいた。
こうして改めて、四人は仲間として――冒険者として歩み出すことを決めた。
その未来に何が待つのかは、まだ誰にもわからない。
だがアデルにとって、今はそれで十分だった。
この先の歩みに仲間がいる。それだけで、どこまでも進んでいける気がした。
◇
夕暮れの風が中庭を抜け、静けさが漂う。石畳の上に腰掛けていたアスラの前に、ずしりとした足音が近づいてきた。
「おい、アスラ」
不意に声をかけてきたのはグレイスだった。大きな影がアスラに差しかかる。
「……なんだ、グレイスか。なんの用だ?」
「アスラ、あんた卒業したらどうすんだい?」
問われたアスラはわずかに眉をひそめ、短く答える。
「話すつもりはない」
その素っ気なさに、グレイスは苦笑を漏らした。
「なんだい、つれないね。アタシとミーナはさ、冒険者になるつもりだよ」
アスラは黙ったまま視線を外す。だが、グレイスは引き下がらなかった。
「アンタもどうだい? アタシ達と一緒にパーティ組まないか?」
アスラはゆっくりと立ち上がり、冷ややかに言い返す。
「俺が?……この間は即席の学園からの指示で組んだパーティだ。だからといって俺は誰かと組むつもりはない」
「そうかい? アタシら、結構いい感じの連携できてたと思うけどね」
グレイスの言葉に、アスラはわずかに目を細める。
「たまたまだ。それに俺は目的のために世界を巡ることになるだろうからな」
「だからアタシらがいたら足手纏いって?」
「……別に足手纏いではない。だが俺の目的に関係ないやつを連れ回すのは気が引けるだけだ」
会話に割って入ったのは、少し離れた場所で聞いていたミーナだった。ぱたぱたと駆け寄りながら、声を張り上げる。
「いいじゃない! アンタの目的がなんだって!」
アスラは振り返り、眉をひそめた。
「どういうことだ?」
「私達、冒険者になるのよ。だったら世界の各地にきっと行くことになる。だったらアンタの目的のためにもちょうどいいと思わない?」
「だが、そもそも俺の目的は……」
ミーナはぴしゃりと遮った。
「アンタの目的なんて別に興味ないわ。でも、この間のパーティ……あれで終わりなんて、私が納得いかないの! 私達はもっと上手く出来たはず。だから、あれで終わりじゃ悔しいの!」
その目は真剣で、負けず嫌いの炎が宿っていた。
グレイスも頷き、にやりと笑う。
「ミーナの言う通りだね。アタシも、アンタとミーナのパーティだったらもっと上手くやれたと思ってるよ」
アスラは沈黙し、二人の顔を見比べた。
「……なんでそこまでする?」
ミーナは一瞬考えるそぶりを見せたが、すぐに笑みを浮かべる。
「別に理由なんて特にないわ。でもパーティなんてそんなものよ。組みたい奴と組む。それでいいじゃない」
「ははは、ミーナは分かりやすくていいな」グレイスは楽しげに肩を揺らした。「アスラ、アンタももっと肩の力を抜いたらどうだい? 別にアタシらはアンタに付き合わされてるなんて思わないよ」
アスラは深いため息をつき、頭を軽くかいた。
「……はぁ、面倒な奴らだ。後悔しても知らないからな」
その言葉を聞いた瞬間、グレイスの笑みはさらに大きくなる。
「よし、じゃあ決まりだね」
ミーナはぱっと顔を輝かせて手を伸ばした。
「へへ、改めてよろしくね! アスラ! グレイス!」
アスラは仕方なさそうに頷いた。だが、その頬はほんのわずかに緩んでいた。
――復讐に囚われた青年の傍らに寄り添う二人の仲間。
この小さな契りが、彼の歩みにどんな影響を及ぼすのか。
それは、まだ誰も知らない。
◇
「……ああー、もうすぐ卒業かよ!」
大きな声が教室に響き、振り返ればタガロフが豪快に腕を組んでいた。
「タガロフはどうするんだ?」とアデルが問うと、彼は少し照れ臭そうに鼻を鳴らした。
「俺はよ、前は王都の騎士に憧れてたんだよ」
「タガロフが騎士? ……はははは!」
思わず笑ってしまったアデルは、慌てて手を振った。
「わ、悪い悪い」
「テメェ……アデル!」タガロフは頭を掻き、ため息をつく。「はぁ、わかってるよ。俺がそんな柄じゃねぇことぐらいよ! でもな、最近は騎士じゃなくてやりたいことが出来たんだ」
「やりたいこと?」
「ああ。俺は親父の跡を継いで鍛冶屋になりてぇ」
その言葉に、教室の空気が少し和らいだ。
「親父さんの跡を……?」とアデルが驚いたように呟く。
「そうだ。今までは鍛冶屋なんてダセェと思ってたんだ。でも、アデルの剣を作った話を聞いたり、この前親父の仕事を見に行ったりしてな……あんな真剣な顔の親父は初めて見たんだ。それで、戦いで奪うだけじゃなくて“生み出す”ことをしてみてぇって思っちまった」
アデルは頷き、真剣な表情を見せる。
「いいんじゃないか、タガロフ。鍛冶屋になったからって戦わなくなるわけじゃないし、それに親父さんだってきっと喜んでくれると思う」
「そうか? 親父も素直じゃねぇからな」
「じゃあ、いずれタガロフに武器や防具を頼むとするか」
「おう! 最高のもんを作ってやるから楽しみに待ってろよ!」
笑いが弾け、未来への話題が次々と続いていく。
◇
「俺は王都に行って、騎士になるよ」シグがまっすぐに言い放つ。
「俺もだ」ライカも静かに続いた。「父も騎士だった。だから、それを超えたい」
「ふ、二人は王都なんだね……? 私は、冒険者になるかも……」ティアは頬を赤らめながら言葉を探す。「お母さんがエルフだから……いずれは大森林の故郷に行ってみようかなって思ってるの」
「えっ!? ティアってエルフの血が入ってるの?」リリスが思わず声を上げる。
「あ、うん。……あ、あれ? 言ってなかったっけ?」
「初耳だぞ……」とアデルが目を丸くする。
タガロフは大きな声で笑い飛ばした。
「まぁいいじゃねぇか! エルフだろうがヴァンパイアだろうが、クラスメイトなんだからよ!」
「……そりゃそうだけどな」アデルも苦笑いを浮かべる。
「ありがとう、タガロフ」ティアは小さな声で礼を言った。
「そういや、アタシらも冒険者になることに決めたんだ」グレイスが肩を組むようにミーナを引き寄せる。
「ミーナとアスラとパーティを組むことになった」
「アスラと? よくあのアスラが了承したな?」アデルは驚きを隠せない。
「そこは交渉次第ってやつさ。……ティアも良かったら一緒に来ないか?」
ティアは少し首を横に振った。
「ありがとう。でも私は大丈夫。実は兄さん達のパーティに入れてもらうことになってるの」
「なるほどね。まぁ無理強いはしないさ」
アデルは一同を見渡し、しみじみと呟いた。
「みんな、それぞれの道を行くんだな。卒業したら……別れ別れになるのか」
「なに? アデル、もしかして寂しいの?」ミーナがにやりと笑う。
「ちっ、違うって! だけど、三年間一緒だった仲間だろ? 少しは思うところがあるだろ?」
「まぁ、確かにな」シグは腕を組み、どこか遠くを見た。「でもきっとまた会えるさ」
「ああ」ライカが深く頷く。「まだ先のことはわからない。だが、俺たちの道がまた交わる時は必ず来る」
「そうだね」グレイスも笑みを浮かべる。「世界は広いけど、アタシらの道はきっと繋がってるよ」
アデルは拳を握りしめ、仲間たちを見渡した。
「……そうだな。これでもう会えなくなるわけじゃない。だからまた会う時までは、胸を張って会えるようにするつもりだ」
「アデルったら、再会したら泣いちゃうんじゃない?」ミーナがからかう。
「おい! 茶化すなって!」
笑い声が教室に広がる。
学園生活もあとわずか。
誰もがそのことを心の奥で理解していたが、それでも、残された時間を少しでも仲間と過ごしたいと願っていた。
その光景を、ユリ・トキワは遠くから静かに見つめていた。
(みんな……色んなことがあったけれど……あなた達は私の誇りよ。胸を張って旅立ちなさい)
見守る者、そして旅立つ者――それぞれの想いが交錯する中、確実に「その時」は近づいていた。




