【第六十二話:覇王剣】
「ッチ……ここの奴ら、クセのあるやつばっかりだな」
吐き捨てるように言い、アスラは剣を振り抜いた。
トカゲ型の魔物が甲高い悲鳴を上げ、岩壁に叩きつけられる。体液と血が床を濡らし、洞窟の空気はさらに淀んでいった。
洞窟の中は湿り気を帯び、重い匂いがこもっている。壁には苔のようなものが張り付き、時折、滴る水音が反響する。
奥へ進むほど空気は冷たく、重く、まるで「帰ることを許さない」とでも言わんばかりに背中へ圧をかけてきた。
彼が足を踏み入れたのは――大森林の手前にあると噂される洞窟。
だが内部にいた魔物は、明らかに大森林で遭遇するような危険度の高いものばかりだった。
毒をまき散らす虫。魔法でしか倒せない透明の影。逆に魔法を弾き、物理でしか傷つかない硬い獣。さらには魔法を反射してくるやっかいな個体まで。冒険者が避けたがるのも当然だった。
「今どのくらい経った……?」
アスラは息を整えながら呟く。時計はない。ただ、永遠に戦い続けているかのような錯覚に陥る。
実際には一時間程度。だがアスラの感覚はすでに半日を越えていた。
疲労も溜まっているはずだが、アスラの足は止まらない。
「思ったより深いな……魔物も強い。……冒険者がこないわけだ。油断したら……一瞬で死ぬな。」
息を吐きながら剣を握り直すと、眼前にふわりと浮かぶ影。骸骨の顔をしたレイスだ。三体。
背筋が粟立つ。アスラは一歩前に踏み込み、低く呟いた。
「お前らにはコイツでちょうどいい……雷剣破!」
振り抜いた剣先から、雷の斬撃が放たれる。青白い光が閃き、二体のレイスをまとめて吹き飛ばした。
しかし残った一体は、より濃い瘴気を纏った上位種――ハイレイス。
「……しつこいな。さっさとくたばれ、斬攻烈波!」
アスラの剣から放たれた連撃が、雷をまとって重なり合う。最後の一閃でハイレイスは絶叫を残し、掻き消えた。
荒い息を吐きつつも、アスラの目はどこか鋭さを増していた。
「……もう少しだ。なんか掴めそうな気がする」
魔力回復薬を一口あおり、喉を鳴らす。荒んだ空気の中でも、彼の瞳には前を見据える光が宿っていた。
◇
「ここか……」
洞窟を抜けた先に立ちはだかるのは、異様なほど巨大な扉。岩に埋め込まれたようなその存在からは、濃密な禍々しい気配が漏れ出していた。周囲には魔物の姿はない。むしろ、恐れて近寄らぬかのように空気が澱んでいた。
アスラは息を吐く。
ここで立ち止まるようなら――アイツを殺せるはずがない。
「ここで死ぬようなら、その程度ってことだ。……こんなところで手間取ってたら、アイツは殺せない。行くぞ」
歯を食いしばり、アスラは扉を押し開く。重苦しい音と共に広がったのは、意外にも光の差し込む広い空間だった。だが、その明るさが逆に異質で、背筋を冷たく撫でていく。
「ここが最深部……か」
空間に黒い霧が集まり、やがて瘴気の衣を纏った骸骨が姿を成す。無数の魔法陣が周囲に浮かび、青白い炎がその眼窩で揺らめいた。
カースリッチ――ゴースト系の最上位種。その魔力の圧だけで空気が重くなり、肺が押し潰されるような錯覚を覚える。
「来たか……だが、長引かせるつもりはない!」
アスラは雷を纏った。《雷神の加護》で身体能力を爆発的に引き上げ、即座に突進する。雷光が空間を裂き、《破滅の雷》を叩き込む。
だが、カースリッチは無造作に片手を上げただけで雷撃をかき消し、逆に闇の衝撃でアスラを吹き飛ばした。
「ぐっ……!魔法が通らない……!」
立ち上がった瞬間、足元から無数の黒い手が伸びてきた。瘴気で形作られた腕が絡みつき、身体を拘束しようとする。アスラは力任せに振り払い、剣を振り下ろす。
「邪魔だッ!斬攻烈波!」
雷を纏った斬撃が黒い腕を薙ぎ払い、拘束を断ち切った。
だがその隙にカースリッチは呪文を完成させる。頭上に闇の矢が十数本も生成され、一斉に降り注いだ。
「ッ……!八方雷撃!」
雷柱を展開し、矢を相殺する。だが、一本だけ防ぎきれなかった矢が脇腹を貫き、血が吹き出す。
カースリッチの眼窩がギラリと光る。そこに嘲笑の色が宿っているかのようだった。
「クソッ……やりやがる……!」
アスラは身体強化で加速し、間合いを詰める。剣を振り抜こうとした瞬間、闇の防壁がまた立ち塞がった。
斬撃が弾かれる音と同時に、横薙ぎの闇の衝撃波――《闇魔閂》が襲い掛かり、肩を焼き貫いた。
「がっ……ああぁぁ……!」
焼けるような痛みが走り、片膝をつきかける。
それでも剣を離さない。視界は揺れ、息も荒い。だが気迫だけで立ち上がる。
カースリッチは畳みかけるように新たな魔法を発動した。
床が歪み、黒い炎が吹き出す。《冥府業火》――死霊の炎が生者を焼き尽くそうと迫る。
「クソ!そんなもの……喰らうか!!」
雷を纏った剣を地面に叩きつけ、電撃の奔流で炎を弾き飛ばす。だが、その代償で腕が痺れ、感覚が鈍る。
「はぁっ、はぁっ……クソ、こいつ……ほんとに化け物だな」
カースリッチは怯まない。今度は空間そのものを歪ませ、アスラの足元に魔法陣を展開した。
――重力。アスラの体が鉛のように重くなる。膝が沈み、動きが鈍る。
「……なめるな!!」
全身の魔力を絞り出して跳躍し、強引に拘束を破る。だが、その瞬間を狙って、闇の槍が胸元に迫る。
紙一重で剣を盾にして受け止めるが、衝撃で吹き飛ばされ背中を岩壁に叩きつけられた。
「ぐはっ……!……ハァ、ハァ……」
血を吐きながら、それでも立ち上がる。
額から汗と血が流れ落ち、視界を赤黒く染める。それでも目は諦めない光を宿していた。
「……どうすれば、こいつを……」
絶望的な差。だが――その時、視界の奥で光るものがあった。
岩に突き刺さる一本の剣。冷たい輝きが、呼ぶように彼を誘っていた。
「……魔剣」
根拠はない。ただ直感がそう告げていた。
「考えてる暇はない!」
爆撃のような魔法の雨を避け、地面を蹴る。全身が悲鳴をあげるが、それでも止まらない。
父と母の姿。血に塗れた記憶。復讐すべき相手の顔。
「……ここで死んでたまるかぁぁぁ!!」
絶叫と共に、最後の力で剣を掴んだ。
瞬間、冷たい力が体を駆け抜ける。暗く重たい衝撃と共に、何かが彼の中に入り込んでくる。
「コイツで……くたばれ! 覇王魔断剣!」
振り抜かれた剣閃は、闇の防壁を易々と切り裂き、カースリッチの体を真っ二つにした。断末魔の叫びが響き、瘴気は煙のように消えていく。
◇
「はぁ……はぁ……手間取らせやがって」
アスラは膝をつき、荒い息を吐いた。剣が突き刺さっていた場所には古びた碑文が残されていた。
彼は声に出して読み上げる。
――この剣を手にした者よ。この剣の名は覇王剣。
持つ者の魔力を限界以上に高めるが、闇の力は心を蝕む。
扱う者は心を強く持て。
ドワーフ鍛冶師 ナハト・ブライア
「ラグナ・クロス……ドワーフの剣か。心を強く持て……だと?」
アスラは鼻で笑い、剣を肩に担ぐ。
「そんなもん知るか。……アイツを殺すためなら、魔剣だろうが何だろうが屈服させてやる。コイツは……俺の剣だ」
冷たい刃の輝きが、彼の決意と共に洞窟を照らしていた。
その一歩は確かに前進。だが同時に、破滅へと踏み込む一歩でもあった。
それでもアスラは迷わない。
復讐を果たす、その日までは――。




