【幕間:ユウナの秘密】
今日幕間なので短めの話です
遠く離れた地――ジャロクの片隅。
赤茶けた岩肌と乾いた風が吹き抜ける丘で、一人の老人と少年が向かい合っていた。
「もっと腰を入れて剣を振るんじゃ!」
ハサンの声は低くもよく通り、長年の鍛錬からにじみ出る厳しさがあった。
「じーちゃん……もう疲れたよー」
木剣を肩に担ぎ、少年は大きく息を吐く。
「まったく、お前ときたらまだまだ未熟だのう」
「そんなこと言ったってさー……」
不満を口にする少年に、ハサンは仕方なさそうに笑った。
「まぁよい、少し休憩にするか」
少年はその場に座り込むと、興味深そうに顔を上げた。
「ねぇ、じーちゃん。前に教えてくれたユウナって人、どんな人なの?」
「ユウナか……」
ハサンは少し遠い目をした。
「突然やってきた子じゃった。異世界人だと聞いておる」
「へぇー! 異世界人!? 俺、見たことないよ!」
「ふむ、異世界人と言っても、わしらと何も変わらん。ただ――少し異質ではあったな」
「どういうこと?」
「魔力の質がのう……わしらのそれとは、少し違っておった」
少年は首をかしげる。
「ふーん……よくわかんないけど、それだけ?」
「いや……もう一つ、驚いたことがあったのう」
「なになに!?」
ハサンの皺深い顔に笑みが浮かんだ。
「それは――あやつの食欲じゃ」
◇
同じ頃、リュクシスの街。
石畳に軒を連ねる店々。市場には香ばしい匂いと活気が満ち、笑い声や呼び込みが途切れない。
「ふぅー、本当に広いわね。ルナーシュと同じくらい……いや、それ以上かも」
リリスは呆れ混じりに肩をすくめる。
「お店の数はこちらの方が多いかもしれません」
マリアはきょろきょろと見渡しながら、穏やかな笑みを浮かべた。
「たしかに。見てるだけで目が回りそうだ」
アデルは苦笑する。
「私は……さっきから屋台ばっかり見ちゃってるけどね」
ユウナの目は輝いていた。
「ちょっと、ユウナ。あんた食べてばっかりじゃない?」
「えっ!? そ、そんなことないよ! でも美味しそうなんだもん!」
「まぁいいじゃないか。たまにはな」
「う、うん。たまにはね!」
そんな時、街角から威勢のいい声が響いた。
「さぁ挑戦者はいないかー! この巨大肉を食べ切れるものはおらんのかー!」
「なんだろう?」
「ちょっと、アデル!」
アデルは声のする方へ勝手に歩き出し、リリスが慌てて後を追った。
そこでは巨大な肉塊が台に乗せられ、店員が誇らしげに呼び込みをしていた。
「い、イノシシ……?」
「ただのイノシシじゃねぇ! 大森林の魔獣からとれた肉さ! 討伐祝いだ! 食べきればタダ! 残せば料金は倍額だがな!」
アデルは思わず後ずさる。
「こ、これは流石に……」
「私やる!」
ユウナが手を挙げた。
「えぇっ!? ユウナ!?」
「嬢ちゃん、本気かい?」
「やってみなきゃわからないでしょ!」
人々の視線が集中し、野次馬があっという間に集まる。
ユウナは大きな肉を切り分け、豪快に頬張った。
――10分、20分、30分。
「おい、あの嬢ちゃん全然ペース落ちねぇぞ!」
「顔色一つ変わらない……」
「お、おい。あの嬢ちゃん何もんなんだ?全然苦しそうな表情見せねえぞ」
「え、ああ、俺にも訳がわからないですよ……」
「うーん、美味しい! アデル君たちも食べればよかったのに!」
「い、いやあたしは……」
リリスは青ざめ、マリアは目を逸らした。
やがて――
「ふぅー……ご馳走様!」
ユウナがにっこり笑って食べ切った。
店員は絶句し、観衆は歓声を上げた。
「すげぇ! 嬢ちゃんだ!英雄だな!」
「お代はタダだ! まさか完食するとは……!」
アデルは額に汗を浮かべ、ぽつりと呟いた。
「ユウナって……実は大食いだったんだな」
「ええ、それも桁外れの」リリスは肩をすくめた。
アデルたちはこの日、ユウナの新たな一面を知った。そして同時に、今後の食費を心配することは口にしなかった。
◇
「と、まぁ……あやつの食欲は底知れんかったというわけじゃ」
ジャロクの丘で、ハサンは笑いながら話を締めた。
「す、すごいね……!」
少年は目を輝かせる。
「まぁ、それ以外は普通の子じゃよ。だが……」
ハサンは空を見上げ、しみじみと呟いた。
「元気にしておれば、それでいい」
「会いたくないの?」
「……会えれば嬉しい。だが、会えずとも構わん。大切なのは、その子が笑って生きておることじゃ」
少年は首をかしげた。
「そういうもんなの?」
「お前も歳を重ねればわかる。さぁ、休憩は終わりじゃ! もう一度構えい!」
「えーっ! じーちゃん厳しいよ!」
笑い声が乾いた空に響いた。
ハサンは心の内で、静かに祈る。
(ユウナよ……また会う日まで、元気でおれよ)
その想いを胸に、老人の指導はますます熱を帯びていくのだった。




