【第五十七話:顕現する異形】
アデル達とクラウド騎士団長は、魔物の群れを迎え撃つべくリュクシスの城門前に集まっていた。
高くそびえる石壁に囲まれた城塞都市の正門前には、すでに整列した兵士達が並び立ち、空気は戦の前の緊張感で張り詰めている。
「作戦は話した通りです。俺たちが前線に出ます。その間、左右から押し寄せる魔物の群れを、騎士団の皆さんに抑えてもらいたいです」
アデルは真剣な眼差しでクラウドを見据えた。
クラウドは腕を組み、鋭い視線を返す。
「承知した。だが、本当にお前達だけで大丈夫なのか?」
「即席の連携を組むより、互いの動きを熟知している者同士で戦った方が動きやすいんです」
アデルの声には迷いがなかった。
その言葉に、クラウドは短く息を吐き、力強く頷いた。
「……わかった。ならば我らはお前達の背を守ろう。リュクシスの守り手として、一歩たりとも魔物共を街には入れさせん!」
「ありがとうございます! ……よし、みんな、いくぞ!」
アデルが振り返ると、リリス、マリア、ユウナが順に頷いた。
「よし! お前達!」クラウドの声が戦場に轟く。
「リュクシスの守り手の底力、魔物共に見せてやれ!」
その一喝に、兵士達は「おおおおっ!!」と鬨の声を上げ、士気が一気に高まった。
剣を掲げる者、槍を叩き合わせる者。彼らの瞳には恐怖ではなく、誇り高き闘志が燃えていた。
「出撃!!」
クラウドの合図とともに、重厚な城門がゆっくりと開かれる。
直後、轟音のような足音が鳴り響き、騎士や兵士達が一斉に突撃していった。
「いけ! アデル=セリオル!」
「はい!」
クラウドの声を背に、アデル達も駆け出す。
⸻
濁流のように押し寄せる魔物の群れ。牙を剥いた狼型の魔獣、鎧のような殻を持つ巨大な甲虫、赤黒い目を光らせたゴブリンの軍勢。大地を揺らすほどの勢いで迫ってくる。
「まずはコイツらをどうにかしないと話にならない! ――はぁぁっ! 《輝刃破》!」
アデルの剣から奔る閃光が一直線に走り、前方の魔物を光の奔流で薙ぎ払った。
「全力を出しすぎないようにね! このあとも戦いはあるんだから! ――《炎爆陣》!」
リリスの詠唱と同時に、地面が赤く脈打ち、爆炎が一帯を吹き飛ばす。彼女の黒髪は赤に変わり、真紅の瞳が妖しく輝いた。
「……仕方ありませんね。この大群では温存はできません。《竜形態》!」
マリアの全身が光に包まれ、銀色の鱗に覆われた巨大な竜へと変貌した。
大気が震える。鋭い双眸が群れを睨みつけると、口腔に赤熱した魔力が集まっていく。
(――いきます。《竜の息吹》!)
次の瞬間、真紅の火炎が奔流となり、前方の魔物を焼き尽くした。轟音と熱波が戦場を支配し、その威力に周囲の兵士達が思わず息を呑む。
「マリア! その姿……!」
「(この姿は長くは保てません。私が蹴散らしますので、押し込んでください!)」
「私も負けてられない!」
ユウナが腰の刀を引き抜くと、その気配が一変した。瞳は鋭く細まり、空気が張り詰める。
「……《獄門剣・滅》!」
振り下ろされた一閃は、ただの斬撃に留まらなかった。
斬線が幾筋にも分かれ、まるで風の刃が走ったかのように一直線上の魔物を次々と両断していく。血飛沫と破片が宙に舞い、敵の隊列に巨大な裂け目が走った。
「いいぞ! このまま押し返す! ――《闇舞絶技》!」
アデルの詠唱と共に、漆黒の魔力球が雨のように降り注ぎ、広範囲に渡って爆裂する。群れの動きが一気に鈍り、数多の魔物が崩れ落ちていった。
「ふふ、アデルに負けてられないわね」
リリスの髪は完全に真紅へと染まり、血の力が滾る。
「《紅キ血ノ城砦》!」
地面から競り上がるように、血色の城砦が顕現した。無数の砲台から紅い魔弾が放たれ、前線を押し崩す魔物を次々と撃ち抜く。同時に、城砦そのものが盾となり、兵士達を守り抜いた。
「よし、このまま――!」
アデルが叫んだ、その時だった。
⸻
――グガアアアアアアアッ!!
大地を震わせる咆哮が、戦場全体に轟いた。
耳を劈くその声に、一瞬、前線の兵士達の動きが止まる。
「くっ、この叫び声は……! こいつが、ミーナが言っていたやつか!?」
アデルの視線が咆哮の主を捉える。
群れの奥――。
濃い闇の中から現れたのは、常軌を逸した姿を持つ巨体だった。
その姿はオークを思わせるが、皮膚は岩のような甲殻に覆われ、全身が禍々しい黒紫の光を帯びている。
背中には石像の翼のようなガーゴイルの翼が広がり、空を覆うほどに不気味に羽ばたいた。
握るのは、人間を数人まとめて叩き潰せるほどの巨大な戦斧。刃には血のような液体が滴り、地に落ちるたびに煙を上げる。
そして何より異様だったのは――その瞳。
顔面に六つの眼があり、それぞれが別々の方向を睨みつけていた。全ての視線が独立して動き、まるで獲物を逃さぬよう、戦場を舐め尽くしている。
「な、なんだあれは……」
「化け物か……?」
兵士達がざわめき、戦意を削がれる。
「落ち着け! 怯むな!」
クラウドが一喝し、兵士達の動きを制した。
「アデル!」リリスが叫ぶ。
「あいつ、普通の魔物じゃないわ! 魔力の圧が……異常よ!」
「わかってる……! でも、やるしかない!」
アデルは双剣を構え直し、巨大な異形を睨み据えた。
「なんなんだ、アイツ……!?」
アデルは額に汗を浮かべながら、異形を睨み据えた。
「ねえ! アイツの姿……似てない?」リリスが大鎌を構えたまま叫ぶ。
「学園の地下で戦った、シリウスが呼び出した魔導獣に!」
その言葉に全員の背筋が強張る。
フォルムこそ違えど、纏う異様な魔力の圧、正体不明の不気味さ――確かに、あの時の魔導獣と酷似していた。
「……考えたくはないけど、星の徒が関わっている可能性が高いかもな」
アデルは歯噛みする。
「だけど今はそんなこと言ってる場合じゃない! あいつを倒すぞ!」
⸻
異形が低く、しかしはっきりとした言葉を放った瞬間、場の空気が凍りつく。
「キサマラカ……ジャマヲスルノハ」
「っ……魔物が……言葉を!?」
アデルの瞳が大きく見開かれる。
「我ガ名ハ……アバドン。ジャマスル者ハ、我ガ魔力ニヒレフスガイイ!」
その六つの眼が同時に怪しく光り、名を告げる声は地の底から響くようだった。
⸻
「くそっ……!」アデルが双剣を握りしめる。
「何がなんだか分からないけど、やるしかない!」
「――《終末の光》!」
アバドンの咆哮と共に、濁流のような光と闇が混ざり合った爆発が辺りを薙ぎ払った。
地は抉れ、兵も魔物も区別なく吹き飛ばされる。悲鳴と怒号が戦場に木霊した。
「……コノ程度カ……」アバドンは嘲笑する。
「まだだ!!」
土煙を突き破り、アデルが飛び出した。双剣に聖なる光を宿す。
「《聖斬光》!」
白き光刃が一直線にアバドンを裂かんと走る――が。
「無駄ダ」
アバドンの前で光は掻き消え、跡形もなく霧散した。
「なっ……!? 魔法が……消えた……?」
「フハハ! 我ノ前デハ、キサマラノ魔力ナド無意味!」
「魔法無効化……? それとも相殺?」
リリスは額に汗を滲ませながらも、大鎌を振り上げる。
「どちらにせよ、物理攻撃しか通らないってことね! ――はああっ!」
鋭い斬撃がアバドンの胴を捉える――だが。
「ぐっ……硬っ!?」
リリスの大鎌は甲殻に弾かれ、彼女の腕が痺れる。
「キサマラノ非力ナ攻撃ナド、我ノ魔力装甲ヲ貫ケマイ!」
⸻
「ならば!」
竜の姿のマリアが翼を広げ、槍を掲げる。
「《竜皇穿天槍》!」
皇帝の如き気迫を宿す光の槍が甲殻を貫いた。轟音と共に亀裂が走り、甲殻が砕け散る。
「やったか……!?」
しかし、砕けたはずの甲殻はすぐさま再生を始めた。黒紫の肉が盛り上がり、元通りになっていく。
「なっ……再生……!?」
「はぁぁぁっ! もう、最近こんなのばっかりじゃない!」
リリスが苛立ちをぶつけるように《炎爆陣》を放つが、火炎もまた虚しく掻き消える。
「アデル!」マリアが声を張る。
「このままでは――!」
「アイツの魔法無効化の仕組みを見破らなければ勝機はない……!」アデルは冷汗を流しながら剣を握り直した。
⸻
「はぁぁぁぁっ!」
ユウナが前に飛び出し、刀を振るう。
「《雷鳴迅》!」
稲光を纏った刀身が甲殻を裂いた。
鋭い閃光が奔り、アバドンの身体に深々と傷を刻む。
「無駄ダトイッタハズ……ナニ!?」
アバドンの六つの眼が同時に見開かれる。
――斬られた箇所が、再生しない。
「……再生してない……?」
アデルが息を呑む。
「ユウナ、何をしたんだ!?」
「はぁっ……はぁ……私の刀……《斬魔刀》。魔力そのものを断つ刀らしいの……」
ユウナは荒い息を吐きながら答える。
「だから、多分……アイツの再生は魔力に依存してる……その魔力を、断った……のかも」
「ユウナ……無理するな!」
「大丈夫……でも……体が熱くて……」
「……そうか。なら……!」
アデルの眼が鋭く光る。
「魔力を消費させ続ければ……アイツを倒せる! みんな! 攻撃の手を緩めるな!」
⸻
「愚カナ……!」
アバドンが両翼を広げ、禍々しい魔力を収束させた。
「《死者の魂》!」
黒き霧が戦場に広がり、倒れた兵士や魔物の魂を吸い上げて砲弾に変える。
次の瞬間、絶望的な魔力が爆発的に解き放たれた。
「チッ! 《光闇鉄壁》!」
アデルが光と闇の防壁を展開し、仲間達を守る。
防壁は軋み、今にも崩れそうになりながらも、彼らをかろうじて守り切った。
「これじゃ、攻撃する暇がないわ!」リリスが歯噛みする。
「どうすれば……」
「おおおおおっ!!!」
その時、後方から雄叫びが響く。
クラウド騎士団長が跳躍し、巨大な剣を振り下ろす。
「《断岩破刃剣》!!!」
大地を断つ一撃がアバドンを斜めに裂いた。
「キサマ……ジャマダ!」
「お前のような化け物に遅れはとらん!」クラウドの瞳は決して揺らがない。
「クラウド騎士団長!」
「大丈夫か! 我らも共に戦う!」
「でも、街は……!」アデルが振り返る。
「心配無用!」
クラウドの声に導かれるように街を見やれば、王アルメシアが城壁上に立ち、極大魔法を展開していた。
黄金に輝く結界が街全体を覆い、迫る魔物を防いでいる。
「だが、あれも長くは持たぬ!」
クラウドは再び剣を構えた。
「コイツを倒し、王の援護に行く!」
「わかりました! 騎士団長、俺に合わせて!」
「承知!」
二人の声が重なる。
「――二重詠唱! 《正義の鉄槌》!」
「マリア! 私達も!」
「もちろんです!」
二人も詠唱を重ねる。
「――二重詠唱! 《紅竜紅蓮槍》!」
⸻
仲間たちの魔力が戦場を照らす中、ユウナは刀を構えようとした。だが――。
(……な、なに……? この感覚……!?)
両腕の紋様が脈動し、灼けつくような熱が走る。
「うっ……!」ユウナは腕を押さえ、膝をついた。
しかしアデル達は気づかない。迫るアバドンに集中していたからだ。
「キサマラ……人間風情ガァ!」
アバドンが絶叫する。
「《殺戮の舞》!」
地面から黒い刃が林立し、無数の刃が狂気のように襲いかかる。
「攻撃を分散させたのは失敗だったな……!」
アデルが歯を食いしばりながら叫ぶ。
「でも俺たちは、一人じゃないんだ!」
その瞬間――。
アデルの剣がひび割れ、眩い光に包まれた。
「これは……!?」
光が収束すると、そこにあったのは巨大な大剣。人間が振るうにはあまりに重厚な代物を、アデルは軽々と握りしめていた。
「アルセリオン……グラン……!」
「グガアアアアッ!! キサマラ……ゴトキニ……!」
「偶然かもしれない……でも、アルセリオンが答えてくれたんだ! お前を倒すために!」
アデルは渾身の力で大剣を振り抜く。
「――闇に帰れ! アバドン!!!」
斬撃がアバドンを真っ二つに裂き、巨体は断末魔を上げながら闇へと溶けて消えていった。
⸻
次の瞬間、戦場に静寂が訪れる。
魔物達の動きが鈍り、怯えたように散り散りに逃げ始めた。
「やったな……アデル:セリオル」クラウドが息を吐き、剣を下ろす。
「お前達は……この国の英雄だ」
「……よかった」リリスが安堵の笑みを浮かべる。
「これで、この国も……」
だが――。
「ユウナ?」アデルが振り返った。
彼女の様子がおかしい。
「どうした、ユウナ!?」
マリアが駆け寄る。
「まさか、魔物にやられたのですか!?」
「どうした? 待て、すぐに治癒魔法を――!」クラウドが声を張る。
「ああああああああああああっ!!!」
ユウナが突如、絶叫を上げた。
腕の紋様が眩しく輝き、全身を包み込む。
「ユウナ!!!」
アデル達が手を伸ばすも、光は一気に膨れ上がり――そして収まった時。
そこにユウナの姿はなかった。
代わりに残されていたのは――アバドンがマシと思えるような魔力を持った異形であった。




